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唇ではなく

貴方の唇にくちづけしたい。
顔を見るだけで満足して帰るはずだったのに、涙に濡れる貴方を見た途端、そんな思いが抑えられなくなった。
かつては何度も重ねた唇だ。荒れてカサカサした固いこの唇が、私にとって最上の唇だった。
私は思いを込めてくちづける。
これはくちづけであってくちづけではない。重ねられているのは唇だけれども唇ではない。
私の唇はもう温度を無くし棺に納まっているはずで、目の前にいる貴方は私を見ることすら出来ない。
私の唇に貴方の固く荒れた唇は感じられず、貴方もまた私の唇を感じることは出来ない。
貴方の唇には何も残らない。
貴方に、私はなにも残せない。人並みの幸せも家庭も子供も私自身さえ。
それでも、この唇の重ならないくちづけで、私は貴方となにかを重ね合わせられるだろうか。
貴方に、なにかを残せるだろうか。