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恋が始まる直前

入学してから勉強と部活と大忙しだった俺は、いつも彼の存在を見逃していた。
別に彼の存在が薄いというわけでは、決してない。
ただ彼は、生徒会長であり文化部であり成績優秀なだけで
俺の、飼育委員(といっても名前だけ)でありサッカー部であり勉強なんてまっぴらだというプロフィールと
全く接点が一つもないだけだったのだ。

そんな彼が今、俺と同じ傘に入って、肩を並べて歩いている。
なんでこんなことになったのか…は、分かる。
夏休み、部活帰りの俺と生徒会の仕事帰りの彼がばったり下駄箱の前で会って
外は、突然振り出したどしゃぶりの雨が降っていて
傘を持っているのは俺だけで、彼は傘を電車に忘れて来たそうで、辺りには俺たち以外、誰もいなかったからだ。
「…あ、気つかわなくていいよ」
「え?」
「柊君、肩濡れてる」
「あ、いや。別に…俺だって、部活でよく濡れ慣れてるから」
そう俺が言うと、彼は口を手で軽く抑えながら笑った。
男のくせに、なんだか可愛らしいと思ったのは、末代までの秘密である。
いや、末代…? っていうことは、子孫代々伝えていかなければいけないのか?
それも困る。第一、こんなことをどうやって子に伝えろと…
「柊君?」
「ん?」
「ごめん、怒った?」
「は?」
「だって、さっきから一人でぶつぶつ言ってるから」
「いいいいいやいやいや、なな何にもない。ななな何にも言っていないから、俺」
「……別に、ならいいけど」

落ち着け俺。これじゃ、どこからどうみても怪しい人じゃないか!
とりあえず落ち着こう。それが必要だ。よし、深呼吸。……ん。
そうだ。そしたら頭の中で整理しよう。どうしてこんなことになったのか、だ。
いや、それはさっき考えたな。…そうだ、これから先どうすればいいのか、だ。
駅までまだ距離がある。彼とこうしてまともにしゃべるのは、これが初めてだ。
一体どうすればいいのだろう。ただ無言のまま、というわけにもいかない。
どうすれば彼に、彼がつまらないと感じないように……。
って、あれ。
どうして俺は、こんなことを必死に考えているのだろう。
ただ、ただ普通に、他の友達のように普通に接すればいいだけなのに。

すると突然、彼がしゃがみ込んだ。
俺も歩みをとめて、彼が手を伸ばしたダンボール箱の中を覗いてみると
そこには一匹の子犬が、小さい尻尾を一生懸命パタパタふって彼に愛嬌をまいている。
「捨て犬みたいだね」
「あぁ」
クゥーンと鳴く子犬を、彼は大切に抱えて歩き出そうとする。
「って、おい!」
「何?」
「まさかその犬、拾っていくのか?」
「うん」
「で、でも、お前ん家で飼えるのかよ!」

子犬と同じ。何かに怯えた瞳で問う俺に、ゆっくりと向けられた眼差しを、俺は一生忘れられないだろう。

「……だって、このまま放っておくわけにいかないだろ?」