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暑苦しい夕方

「どうした、忘れ物か」

ぼくは首を振って、自分の席へと小走りで寄った。
誰も居ない癖に、この教室はグラウンドの野球部員の声とアブラゼミの不協和音がよく聞こえ
思っている以上にやかましい。
そういえば今年はヒグラシを聞かんなあ。
先生の言葉にドキンと心臓がはねた。心を見透かされたと思った。

「あ、あの…ヒグラシ、涼しくないと出ないんですよ」
「ああ、そっか。まだまだ暑いもんな。俺はあいつらのカナカナが好きでね」

先生から見たらぼくは印象の薄い生徒だろうと思う。
発言をする訳じゃないし、他の奴等みたいに先生を囲んで騒いだりもしないし。
それでも、先生はぼくの言葉に何てこと無い、といった感じで返事をくれた。

「オマエは虫に詳しいんだな」

知らなかった。勉強が足らんよ。と先生がぼくを見て笑う。
じっとりとした空気がぼくを包んで、背中に一筋汗が落ちるのが判った。
そして、その汗の分軽くなったぼくの胸に、小さな心がすとんと落ちてきた。
暑さのせいで頭がくらくらする。
顔が赤いのも夕日のせいだ。
耳が遠いのはアブラゼミがうるさいせい。
だってぼくは男だ。
これは、違うんだと思う。
そう、絶対違うんだ。

「じゃ、し、失礼します!」

恋なんかとは絶対違うんだ。

山の向こうで、鴉が一声「あほう」と鳴いた。