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せめて今だけは抱き締めて

 いつだって、精一杯を尽くしてきたつもりだった。
 届かないのは、力不足だと分かっている。
「……泣くなよ」
 じゃりっと音を立てて、彼の履き古したスニーカーが一歩を踏み出す。回される手。いつ
もなら振り払うそれを、今は素直に受け入れてしまう。
 広い胸。煙草の匂いが染みついたコートの中に俺を招き入れて。
 泣くなよ、と何度も。
「泣いてなんか」
 確かに泣きたい気分だった。あこがれていた場所。遠すぎた場所。
 届かなかった夢。けれどそれは。
「んじゃ、泣けよ」
 ぽんぽんと、大きな手が頭を軽く撫でていく。
「何でかな。あんたはいつも、タイミング、良すぎる……」
 震えた声が、すすり泣きに変わるのはすぐ。泣きたくなんかないのに。優しい言葉なんて
掛けるからいけない……。
 そんな風にいつも、彼は上手い具合に俺をどん底から掬い上げて。
「お前が一人で泣いてるなんて、たまんないよ。俺の言うこと聞かないで無理ばっかして」
「ごめ……」
「謝るな。そんな一生懸命なとこも、お前のいいとこだ」
「……褒めてるのか、けなしてるのか分からないよ」
「どっちもだ。お前の全部が可愛い。いじらしくて、抱き締めたくなる」
 柔らかく囁き返す彼の体温。
 優しく背を撫でる大きな手の快さ。
「……抱き締めてて」
 今日は。その言葉が何より、嬉しいから。
「好きなだけ抱き締めて。今は……」
 今は、その優しさに甘えていたいんだ。