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お前の小さな台所で寝かしてくれ

夜中に喉が渇いて目が覚めた。
積まれた本の隙間、かろうじて床が見える場所を選んで歩き、台所へ向かう。
毛布にくるまった物体につまづきかけて、口の中で「おっと」と呟いた。
三畳程度しかない狭い場所に、無理矢理長い体を折り曲げて眠っているのは、中学時代の同級生だ。
(何でわざわざこんなところで寝るかなぁ)
もちろん、本がみっしり詰まった1DKの安アパートで、人が寝られる場所はここしかないから、だが。
(家に帰りゃいいのに)
寝入る客をまたぐようにして、水道からコップに水を汲む。
よっぽど疲れているのか、足の間にいる男は目を覚ます気配すら見せない。
こんなところで良く眠れるもんだと、そろそろと足を引っ込めながらため息をついた。

別に付き合いが深かったわけではない。
母親が女優だかモデルだかで、見た目も育成史もひときわ注目の的だったこの男は、同じクラスというだけの関係だった。
それが同窓会で顔を合わせた日、「泊めてくれ」といきなり言い出したので驚いた。

寝るとこないよ、寒くて小さい台所くらいしか。それでいい。

そんな会話の後、本当にこの男は家にやって来て、台所で眠って、何を話すわけでもなく帰って行った。
それからちょくちょく同じことがあり、今ではもう、合鍵を渡して、勝手に来て寝ていけばいいと言ってある。
(何かに似てると思ったら、あれだよ。半野良猫。ふら~っと来てふら~っと帰ってくアレ。血統書つきの半野良ってのも何だけど)
昔家に来ていた猫も、台所で眠ってたなぁと思いながら、男の頭を撫でてみる。
さらさらした髪は、やっぱり猫の毛より固かった。



彼は気付いていない。派手な見た目とうらはらに奥手なこの元同級生が、10年越しの片思いを抱えてひたすら寝たふりを続けていることに。