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ぴしゃりと叱りつけた

 例えば自分が機械であり彼とは違う次元違う存在のインプットにアウトプットを返すのみの存在であったなら。
 そう思うことが何度もある。事実今目の前にある画面はそのためのものでありそれ以外の役目は自分に求められないものだというのにそれすら忘れ、そう思うことが本当に何度も何度も。
 どうしてだろう、と思う。とてもとても、どうしてだろう、どうしてこんなことになったのだろう、と、何度も、何度も。
 そう考えながらいつも思わず見つめ続けるのは目の前の特に高かったわけでもない――というよりはそれ以前にこれは支給されたものだ――1920x1200、22インチディスプレイなのだった。
「ねーねー、『センセ』? どうしたの」
そのディスプレイから聞こえる声に、は、と覚醒する。眉を寄せた様子の馴染みの顔がディスプレイから覗いていた。さあ――『仕事』の時間である。
「…ああ、何でもないよ、寧」
 そう答えて微笑む。ほんと? と笑ったのは、二年前からの『常連』、崎本寧である。
 微笑む、といってもこれはポーズのようなものだ。電話の向こうに体ごと思わず礼をするようなもの。まあ一応は、あちらに反映されもするのだが――ディスプレイに映し出された、マスコットの映像、というかたちで。
 向かいにいるのがヒトでないものの効果がどうの統計が云々ロボットセラピーが、という名目で作られた子供だまし。対話システムを搭載したAIがあなたに適切アドバイス。
優秀なAI故にまるで人間を相手にするかのような対話が可能な相談窓口ですお気軽にご相談をご相談を――そんなシロモノがこれだ。実態は簡単、俺みたいな『対象青少年』の、それらに利害を受けない『少しだけ周り』の地域にいるやつが、
まるでAIみたいなふりをしてマニュアル本片手に『ニンゲンを模したAIシステムならでは』の対応、とまあそんなものだ。よくある映画みたいなもんだ。
 給料だって程々に良いし、なんだかんだいってああ自分もそうだったなあという年頃の少年に相談を受けるのは新鮮で、俺はまあルーティンワークのようにこの仕事を続けて――
 いた、わけなのだが。

「ふうん。別にいいんだけどさ、『センセ』ってAIらしくないよね。それで人間らしくしてるつもりなのかなあ」
「そういうことは言わないでほしいな、寧」
「まあ、いいけどね。ねえ、『センセ』、今日はさあ――」
 ディスプレイの向こうからまだ子どもの気配を残す声が響く。時に淡々と時にあちこちぶれながら、その報告は続いた。
 まず今日一日の報告をするのがこの子のくせだ。それを聞く。この手の子どもはよくいるけれど、決してそれを疎かに聞いてはならない。
 レコーダを使ってでも記録し応対する。自分は少なくともこの相手には話を聞いてもらえるということを認識させるために。
 たとえ『機械』相手といえど、その安心を得ることは非常に重要だ。
 うん、うん、と相槌を打つ。それから何言か言葉を交わす。どうも部活が忙しいらしく、少し眠たげに話す声は次第に小さくなり、やがて途切れた。
「眠いみたいだね。さあ、もう部屋にお戻り」
「うん――ねえ『センセ』」
 促した会話の終わり、そう呼びかけられて、またか、と俺は思う。
「なんだい?」
 マニュアル通りに聞き返す。避けてはならない。静かに聴かねばならない。
「好きだよ。どんな人より大好きだ」
「………意味が分からないね」
 やっぱりか。
 このやり取りも何度目だろうか――出そうになる溜息を押さえ、いつもどおりの一言を言えば、
ちえっ、つれないなあ、と寧が苦笑した。当たり前である。たとえ俺が素直に返事を返すとしてもそうだろう。
 そして笑いを収めた寧は、ディスプレイにそっと触れる。こちらに手を伸ばし、しかし触れることはない。
「AIだもんな、『センセ』。分かんないよな」
 でもさ、とぽつんと言葉が落ちる。
「好きだよ」
 ほんとうに、大好きだよ。

「センセ。センセが――」
 にんげんだったら。にんげんの、女の子でなくてもいいんだ。にんげんだったら。
 前にそういった一言をこらえたか、彼はそれ以上言葉を続けない。
 ただ、ごめんなさい、としばらく経って、そんな言葉を落としただけだった。
 どうしてこんなことになったのだろう。そう思う。一年前、奴がひどく悲しそうにしているときに距離を取り違えたのか。
 それとも半年前、それとも――。
 これは俺のミスだ。画面の向こうの『AI』に不毛な恋をさせてしまっている。気を迷わせている。
 けれど――けれど、これを上に報告するのは。報告するのは。引継ぎだって簡単だ、けれど、けれど――。

「ねえセンセ。好きっていって。嘘でもいいんだ。ただレスポンスを返すだけだよ。ねえ、僕を好きっていって――」

 例えば自分が機械であり彼とは違う次元違う存在のインプットにアウトプットを返すのみの存在であったなら。
 そう思うことが何度もある。事実今目の前にある画面はそのためのものでありそれ以外の役目は自分に求められないものだというのにそれすら忘れ、そう思うことが本当に何度も何度も。
 どうしてだろう、と思う。とてもとても、どうしてだろう、どうしてこんなことになったのだろう、と、何度も、何度も。
 そう考えながらいつも思わず見つめ続けるのは無機質な目の前の――支給されたディスプレイで。
 だからその時、俺は静かに目を瞑る。目を瞑って、自分は機械であり彼とは違う次元違う存在のインプットにアウトプットを返すのみの存在で、プログラミングされた通りの返答を正確に返す、それだけ、それだけなのだと――嘘でもいいから。嘘でもいいから。
 そして目を開け静かに息を吸って、叱りつけるのだ。精一杯冷たく――そう、いうならばぴしゃりと。ぴしゃりと叱りつけるのだ。彼と、ひいては彼に向かいあう、ここの、ここにいる、この――。
 そうしてだから俺は今日も、ディスプレイを睨みつける。睨みつけて、ただただ静かに息を吐き――

「馬鹿なことを言うんじゃない」

 その一言だけでもって、彼をぴしゃりと叱りつけて。
 ディスプレイに伸びる、触れる自分の手のことは、努めて静かに無視をした。