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だから僕はまた歌う

僕は歌が好きだった。
だから僕は、僕の歌が好きな僕の為に、歌を歌っていた。
僕は一人ぼっちだったけれど、歌っていれば寂しくはなかった。

ある日、僕のところに男の人が一人やって来た。立派な服を着た、都の人だった。
「歌っていたのはそなたか」
僕が驚いて歌を止め口をつぐんでいると、都の人がそう問うてきた。
頷くと、都の人は僕の傍に腰を下ろして「続けてくれないか」と言う。
僕は嬉しくなって、いつもより張り切って歌った。
歌い終わった後、都の人は「見事なものだ」と言って、優しい笑みを浮かべた。
「そなた、歌が好きか」
問われて僕は直ぐに頷いた。するとその人は何かを考えるように少しの間目を閉じて
「そうだな。好きでなければ歌わぬな。当たり前のことだ」
と、独り言のように言った。
「好きで歌っているものを誰が止められよう」
大きく頷き、その人は僕を撫でて「また来る」と言い置いて、帰っていった。

その日から、僕は、僕の歌が好きな僕とその人の為に、歌を歌うようになった。
僕の歌を褒め、僕の歌を聞くために足を運んでくる人など初めてで、僕は嬉しかった。

僕とあの人の為に歌うようになってからいくらか経った頃、また都から人がやって来た。
けれどその人は僕の歌を褒めてくれる人ではなくて、あの人より少し若くて、少し怖い顔をした別の人だった。
「先ほど辺りにこだましていた歌は、お前が歌っていたのか」
歌を止めて口をつぐんでいると、怖い顔のその人が僕に問うた。
僕は少しだけ迷って、恐る恐る頷く。
「そうか」
その人はますます顔をしかめた。そのまま俯いて、地面を睨む。
「道理で兄上が気に入られるわけだ。これでは……」
小さく呟いてから、その人は顔をあげた。

「お前はなぜ歌うのだ」
問いの意味が分からず、僕は瞬きをしてその人を見返した。
「他者を遠ざける為か、それとも引き寄せる為か。歌を以てなんとする」
更に強く重ねられる言葉に、僕は首を傾げる。

その人は黙ったまま僕を睨んでいたが、僕が答えられないでいると、ふいに大きく息を吐き出した。
「ああ、分かっている。本当は分かっているのだ。お前が、ただ歌っているだけだということは」
さっきこの耳で聞いて良く分かったと、その人は言った。
「都でお前が何と噂されているか、知っているか」
僕は首を振る。
「妖しの桜だ。あやかしの、人食い桜。人を惑わし、あちら側へ連れてゆくと」
言葉の意味がよくわからないまま、僕はその人を見つめる。
「お前にそんな意思など欠片もないのだろうな。悪しきものではない。兄上も主上にそう申し上げていた。
 しかしもう、宮中はそれでは収まらぬのだ。他ならぬ、兄上が亡くなってしまわれた」
言いながら、なぜかその人はひどく悲しそうな顔をした。
「私はお前のことを、歌のことも、都に報せなければならぬ。……許せ」

その人が帰ってから、しばらく僕はその人の言葉を何度も思い返したけれど、やっぱりよくわからなかった。
結局僕は考えることを諦めて、いつものように枝に腰掛けて、大きく息を吸い込んだ。

――お前はなぜ歌う。

僕は、僕の歌が好きな僕とあの人の為に、歌を歌っている。
だから僕はまた歌おう。この場所で歌っていよう。
僕は一人ぼっちだけれど、歌っていれば寂しくないし、偶にあの人がやって来てくれれば、それで幸せだ。