冷血なギャンブラー
伝説のギャンブラーがこのカジノに来ていると聞いたのは、数ヶ月前のことだった。ブラックジャックしかしない。そしてめっぽう強い。だが、その程度なら伝説にはならない。彼が伝説になったのは、勝った金をすべて慈善事業に使うからだ。 世の中には物好きな人間がいるものだ。あぶく銭なら俺みたいな男娼にもっと使ってくれればいいものを。いつかはそいつを自分の客にしたいと思っていたが、彼はめったに来なかった。そして今日、はじめて俺はその伝説のギャンブラーに会ったのだ。*****わざと彼にぶつかり、酒をかける。古典的だが知り合うには意外と効果的だからだ。「す、すみません! 大丈夫ですか? クリーニング代を…」「いや。たいしたことは……。ああ、君か。見違えたな」「え?」「この間、同じ手で男をひっかけていただろう。どこのカジノだったかな。彼は僕の取引相手でね」顔が赤くなるのが自分でもわかった。男娼であることがばれていたのもそうだが、使い古された手を使っていると笑われているようで恥ずかしかった。だが、致 命傷じゃない。俺は戦略を変えた。「恥ずかしい…俺の事を知っていたんですね…」「この服は彼に? 彼はマイフェアレディが好きだから、さぞかし楽しかっただろうな」「ええ、あの方は慈悲深い方で、俺に身寄りがいなくて、自分の身ひとつしかないからこの仕事をしていると言ったら、食事や服を……」哀れな子供を演出したが、彼は笑いを堪えて肩をふるわせた。「それで彼はだませても、僕は無理だよ」「う……嘘なんてついてません」「君は選んでこの仕事をやっている。そうだろ? 君はもっと強かだ」真正面からきっぱりと言われて言葉につまった。カードが強いということは、人の心理を読むのが強いということだ。俺は演技をあきらめた。「……ここは社会的にステイタスのある人間が多くて、金払いもいいし、病気のリスクも少ないから。はじめるのに元手もかからないし」「悪くない選択ではあるけれど、もったいない。君は体よりも頭を使う仕事の方が向いていると思うけどね。あの男の要求をのらりくらりとかわして、自分のい い値で自分を買わせた手管には感服したよ」「あなたは俺があまり好みじゃない?」「いや、魅力的な子だと思うよ」「なんでも言う事を聞くよ。今夜、俺を買ってくれない? 金がないんだ。これは嘘じゃないよ」それは本当だった。この間の客から貰った金はすべて使ってしまっていた。「なんでも?」「ええ、なんでも」「だったら賭けをしないか?」「賭け?」「一夜で終わるような関係じゃつまらないじゃないか。そうだな。マイフェアレディを僕もやってみたい。僕は仕事が忙しい。自分と同じ能力をもった片腕が欲 しいんだ。探しているんだが、なかなか人材がいなくてね。君は僕と同じで場を読むのがうまい。君に教育をほどこしたらビジネスでも物になるかもしれない。 僕に君を教育させてほしい」「――物好きだね。俺が物にならなかったら、どうすればいい? 俺にかけた金がいくらになるのかは知らないけど、その時の俺に返せるかどうかわからない よ」「君が物にならなかったら、君自身を僕にくれればいいよ」「俺?」そんな回りくどいことをしなくても、今夜誘っているのは俺の方なのに。訝しがっている俺に彼は笑って言った。「君は自分の価値がわかっていないなあ。君を欲しいと思っている人間はこの世にはたくさんいるんだよ」彼は俺の頬に手をやる。「この肌。この瞳――――」その手が下に下がる。「この心臓……とかね」「え?」「僕がギャンブルで勝った金を、困っている人の為に使っているのは知っているだろう? おかげで僕の元には、失明した人や火傷をした人、心臓に生まれつき 穴が空いている人とか、様々な臓器の移植を待っている人から助けて欲しいというメッセージがたくさんくるんだ。僕はお金を出せるけど、臓器までは用意でき なくて」彼の手が俺の体をなでた。「君が勝ったら、君に投資した金は返さなくていい。君に会社のひとつも譲ってもいいよ。でも、もし君が負けたら、その体を僕にくれないか。それがこの賭け の条件だ」まったく表情が読めなかった。俺はこいつを見くびっていたのかもしれない。「どうする?」こいつはギャンブラーだ。とてつもなく強く恐ろしい魔物だ。
恋人は変人
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