スマホ×ガラケー
節電が叫ばれる今日日だが、昼過ぎの喫茶店はそれでも涼しい。やや温くなったコーヒーで口を湿らせ、俺は口を開いた。「結局、今回もNoという事なんですね?」今回も、と言う所に精一杯嫌味を含ませたつもりだったのだが、目前の美丈夫には意味が無かったようだ。「く、ど、い」余分に嫌味ったらしさを増した切り返しに二の句が継げなくなってしまう。この東洋系の切れ長の目に一睨みされるのに、どうも自分は弱い。21世紀の真っただ中にありながら、未だに和装を解かないこの男。名を柄元と言う。「私の立場も解って下さいよ…」交渉終了とばかりにスーツの首もとを緩めると、真向かいの柄元が小さく笑った。「馬鹿を言うな。俺のやり方を好いてくれる奴がいる以上、俺は俺の仕事をする」柄元は俺の同業者である。保守的かと思えば、やたら挑戦的な事もやってのける食えない男。これでも柔らかくなった方なのだから恐ろしい。初対面の際、にべもなく追い返された事が昨日のようだ。「独自路線も結構ですが、世の流れに取り残されませんよう」通い妻もかくやと言うほど通い詰め、口説き続け、漸く少しだけ近くなった距離。しかし、今日のように取りつく島の無い方が多いのもまた事実だった。「須摩、物の良し悪しを決めるのは我々ではないよ」子供のように笑いながら、柄元は言う。対する俺に出来る事と言えば、せめてもの捨て台詞を吐くだけ。「……次はYesと言ってもらいますからね」「さあ?それは俺の決める事だ」これだもんなぁ…どうしろと言うんだ。「お前は押しが弱くて駄目だな、親に叱られた子供か?」蠱惑的な笑みと共に席を立つ柄元。一瞬、見とれて反応が遅れた。「お、俺…いや私が出します!」「俺が先に持ったんだから俺が出す」あれよと言う間に俺は店の外。財布すら見せずスマートに支払いを済ませる柄元を、ただ待つ。情けない事この上ない。「……ゴチソウサマ…です」「何を。年下に奢らせるなんて、格好悪い真似は出来んよ」サラリと歩き出そうとする柄元の、その袖口を殆ど反射的に掴む。「ですから!!」意図せず大声が出た。「ご馳走になってばかりでは格好がつきませんから!」柄元の目が大きく開いている。「夜は、俺に、奢らせて下さい!」口調を繕うのを忘れたと、気付いたのは柄元が口を開いてからだった。「肉」「は…?」「メインは肉料理が良い。他は任せる」パシンと俺の手を払い退け、今度は本当に歩き出す柄元。茹だる様な熱の中、慌てて後を追いかけた。「受けて下さるとは、正直、思いませんでした…」「押しが弱いと言っただろう?少しは骨のある所を見せてみろ」そう言う顔にはやっぱり意地の悪い笑みが浮かんでいる。掴み所が無くて、食えなくて、それ故に惹かれてやまない。「…楽しみにしてるからな?」どうやら、知りうる最高の店を思い出す必要があるようだ。***スマホの須摩さん×ガラケの柄本さん、でした。端末っぽさが弱い所はお見逃しを。お粗末。
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