そこは魔女の待合室とでもいうべき異界の空間。
明かりが元々付いていないのか、それとも灯していないだけなのか――部屋の中は薄暗かった。

ただ一つだけある明かりといえば、部屋の中心に備え付けられたテーブル。
そこの卓上には小さなランプが置かれており、テーブルの上に置かれている数々の茶器とその周辺にある複数のイスだけは視認できた。

……カチャリ。

テーブルの上の茶器から音が響く。
どうやらその茶器とイスには主がいるようで、こんな薄暗い部屋の中で彼女は一人、お茶を嗜んでいた。

――奇跡の魔女、ベルンカステル。
荘厳なドレスを身にまとい、スカートから伸びた尻尾を床に垂らしながら――彼女はそこにいた。
普段ならばもう一人の喧しい魔女、ラムダデルタも一緒のはずなのだがあいにく彼女は不在のようだ。
ベルンは二人用の小さなテーブルの上に二人分のティーカップ、二人分のお茶菓子を用意しながらも、ポツンと一人で紅茶などを嗜んでいるのである。

一見すると、それはとても寂しそうな光景――本来ならばお茶という物は複数で楽しむものだからだ。
けれども一人でそれを嗜んでいるベルンの表情にはあいかわらず人形のような無機質なものしか張り付いておらず、ガラス玉を嵌め込んだような瞳からは微塵も寂しさなど感じさせないふうに見えた。

ベルンは優雅に――それでいて慣れた仕草で紅茶のティーカップを手に取ると、それを口元に運んでいく。
そしてコクリと一口。 ほんの少量飲み込むと、つまらなそうにふうとため息をつきながらカップを乱雑にソーサーへと放り置く。
ガチャン!と無作法な音が彼女以外誰もいない空間に響くと、どうもベルンは見た目ほどは落ち着いていないことがよく見て取れた。

……イラついているのだろうか。
ベルンは手近にあったミルクのカップを手に取ると、それをドバドバと大量にティーカップに注いでいく。
あきらかに適量ではないその量に、薄茶色を保っていた紅茶はみるみるうちに白く混濁していき――どうやら彼女はもうそのカップに口を付ける気など無いようだった。

そうしてミルクをあらかた注ぎ終えると、今度は砂糖入れにまで手を伸ばしていくベルン。
中に収められているサイコロ型の砂糖を一つ、二つ、三つと、たとえいかなる甘党でも加えないであろう量をただただ暇潰し目的だけで加えていくのだ。

いくら一人きりとはいえそこまで退屈なのだろうか。
それはまるで待ち合わせ場所でデートに遅れている恋人を待ち続けているような、そんな光景に見えないこともなかった……。

「…………遅いわよ。 何してたの?」

そうしてベルンがテーブルの上でできる暇潰しをあらかたやり終えると、ようやく彼女の隣に一人の人影が現れる。
しかし、それはベルンが本当の意味で待ち続けている相手ではなかった。

「……遅れて申し訳ありません。 作戦完了のご報告に参りましたものであります」

「…………っ」

期待した相手ではなかったことに気づき、ベルンは舌打ちする。 もちろん、その相手に聞こえるように、だ。
また舌打ちされた彼女の方も主の不機嫌には気づいているようで、用意されているもう一つのイスには座らず、ベルンのやや後方に立つと静かに敬礼をした。

「本日、14:25。 シエスタ45、410両名による作戦を実行。 特に大きな障害も無く、無事標的を鹵獲できたことをご報告するものであります」

そう報告する彼女の頭上には、ピョコンと折り曲げられたウサギ耳――片方には傷が付いている。
また片方にしか光を宿していない瞳は真っ直ぐにベルンへと向けられており、彼女を主人であると認める実直さがよく現れていた。

「……そう。 そういえばそんな命令してたわね。 忘れてたわ」

「………………」

わざわざシエスタ姉妹を統率している少女――シエスタ00が直々に報告に来たというのに、ベルンはご苦労様という労いの言葉すらなく、それどころか忘れていたと毒を吐く始末だ。
もちろんそれは不機嫌なときのベルン特有の嫌味であり、00も彼女がつい一時間ほど前に出した命令を忘れているわけなどないとわかっている。
だからこそそのまま沈黙し、ベルンがそれを『思い出す』時間を与えるのだ……。

「でも、まあ……そう。 あのガキの家具、そんな簡単に堕とせたの。 そう。 ふふ……」

しばらく経つと、ベルンの口元がわずかにほころぶ。
さきほどまでの退屈と不機嫌さはまだ引きずっているようだが、暇潰しで撒いた種に多少興味を持ち始めたようだ。
主が少しだけ上機嫌になるのを確認すると、シエスタ00は更に補足するように細やかな報告を重ねていく。

「ご指示通り、真里亞卿にはベアトリーチェ卿とのお茶会があるとの虚言で対象との距離を引き離しました。 鹵獲時には45、410のみによるスムーズな作戦を遂行できたものであります」

「……鹵獲とか回りくどい言葉使うわね。 ようは童貞のガキ一匹、シエスタの淫売な膣で骨抜きにしたってだけでしょ。 ちゃんと主人への口止めもしてあるわよね?」

「あ……は、はい。 その……」

唐突にベルンの口から出たドス黒い単語に一瞬、00はたじろいでしまう。 それが自分達姉妹を乏しめるものならなおさらだ。
けれども、一見クールを装ったベルンがこういった発言を口にするのは特に珍しいことではない。
いつものことだと知りながらも慣れない自分を戒めながら、00は更に報告を繋げていった。

「そ、そちらの方も問題ありません。 対象が真里亞卿へ今回のことを報告するのは生物学的に見て限りなくゼロであると推測されます。 もちろん、今後の継続する『奉仕』による口止めも完璧であります」

「……そう。 じゃ、それでいいわ。 まあ、バレたらバレたであのうーうーやかましいガキ魔女の泣き顔が見れて楽しそうなんだけど、ね。 クスクスクス……」

「………………」

報告を終えた00――そしてそれを聞き邪悪な愉悦に浸るベルンカステル。
百年以上を退屈で過ごして来た彼女にとって、今回の作戦成功は正に美酒。
気まぐれで思いついた暇潰しの種ではあったが、それが開花にまで至ると思いのほか退屈の苦味を薄めたようだ。

「それで、あの童貞家具。 ……さくたろうとかいったかしら。 どんな様子だった?」

だからこそベルンはまだ満足しない。 できない。
こんなおもしろい話の詳細を聞かないはずはないのだ。

「滑稽だったでしょうね。 初体験でいきなり二人相手。しかもシエスタ姉妹の淫らな膣はニンゲンとは比べ物にないほど良質に作られている。 あのショタ家具が初めてでどんなふうに純潔を散らされたか、想像するだけでゾクゾクするわ。 クスクスクス……」

すでに頭の中ではさくたろうが喘ぐ様でも浮んでいるのだろうか――ベルンはさきほどまでの不機嫌をすっかり忘れたようにクスクスと嗤った。
その寒気がする微笑みを見た00は、自分が更に主を喜ばせられる戦果を持ちえながらも、それを彼女に渡すかどうか一瞬迷ったが――結局、そう口にしていく。

「……恐れながら申し上げます。 その件については45が作戦映像を記憶メモリに保存しているものであります。 編集したのち御提出致しますので、詳細はそれにてご確認ください」

「……あら、気が利くのね。 でも編集なんてしなくていいわ、すぐに持ってこさせなさい。 あのうりゅうりゅ言ってたムカつくガキが馬鹿みたいにオス声あげてヨガるとこ、早く見たいの。 それだけで10年は退屈が凌げそうだしね」

「りょ、了解であります。 それでは45が帰還したのち、すぐにこちらに記録映像をお持ちいたします」

「お願いするわ。 できるだけ早く、ね。 ありがとう。 ご苦労様」

「……は。 労いの言葉、恐悦に存じます。 大ベルンカステル卿……」

ここにきてようやく――ようやく00は主であるベルンからねぎらいの言葉をかけられる。

しかしそれは自分の命令に忠実に従ってくれたから出たものではなく、00が気を利かせて用意させた映像記録によるものであることは明白だった。
もちろんそれは00本人もわかっていることなのだが、主からの欺瞞に満ちた感謝の言葉に形だけでも礼を述べざるを得ないのだ……。

「クスクス、ああ、楽しみ。 ほんと楽しみだわ。 あの純真無垢な童貞家具がセックスを知ってどれほど壊れたのか、イカれたのか。 姉妹に後ろと前を責められて?初めて女の膣の感触を知って? どれほどイカれた射精豚に成り下がったのか、ほんと見るのが楽しみ。 あんたもそう思うでしょう、00? クスクス、クスクスクスクス……」

「………………」

ベルンの表情が上機嫌な――それでいて美徳とは程遠い不道徳な笑みに埋め尽くされていく。

今回の作戦を命令したのはもちろんベルン本人なのだから、その成功を聞いた彼女の口元が綻んでいくのはわからないでもない。
けれども00は初めこの作戦内容を聞かされたとき、自分達シエスタ姉妹はベルンカステルにとって本当の意味での操り人形でしかないのだと実感したのだ……。

右代宮真里亞の家具――さくたろうを誘惑し、こちらの手駒にせよ。

誘惑とはまた小綺麗な言葉で、有り体に言ってしまえばカラダを使って骨抜きにしろという意味だ。
それどころか今後の主への口止めのため、定期的に対象への肉体奉仕まで継続するよう命ぜられている。
それなりの大多数がいるとはいえ、大切な武具であるシエスタの一部が快楽玩具としての用途を求められているということ……。

自分達シエスタ姉妹は標的破壊がその主な用途。 実際、昔からそう使われてきた。
それ目的ならばいかに無遠慮な使用をされてもかまわないのだが、今回のようなニンゲンの一部のメスがするような卑劣、卑怯な『殺し方』はさすがのシエスタ姉妹でも眉を顰めずにはいられない。
もっとも一部の姉妹には――本当にごく一部の姉妹の中にはそういった行為を楽しんでいる者もいるようなのだが、少なくとも彼女らをまとめる立場である00はそれに納得をしていなかった。

「お、恐れながら申し上げます。 大ベルンカステル卿……」

だからこそ00はグっと自らの表情に緊張を持たせ、この場所に来る前から決意していたその言葉を搾り出す。
それが主人の機嫌を損ねる可能性を大いに感じつつも、何人、何十人、何百人の姉妹を束ねるものとしての必死なる抗議の言葉を重ねていくのだ……。

「で、できるならば今後このような任務はご遠慮頂きたい所存であります。 我々シエスタ姉妹の本来の役目は標的破壊、及び殺害が主な用途。 そのためならば如何なる命令も恐悦に存じますが、此度のような卑猥な使用目的は」

……ビチャアァァッ!!!

00がそこまで口にした刹那――彼女の顔に何か生暖かい液体が叩きつけられる。
瞬間、ツンとした甘い香りが00の鼻をついた。

それはさきほどのベルンの退屈凌ぎの残骸――ミルクと砂糖が大量に投与された白濁の毒紅茶だった。

「黙りなさいこのクソ片目女が。 あんたたち生かす殺すしかできない無能なシエスタ姉妹に、わざわざ『女として』の任務を与えてやったんでしょう。 むしろ感謝して欲しいくらいだわ。 それともなに。 まさか私の命令が不服なの? 家具の身であるあんたが? 魔女であるこのベルンカステルに? 身の程を知りなさいこの 豚ウサギ が」

――さきほどまでの上機嫌が嘘のよう。 ベルンの顔は醜く歪んでいた。
眉はハの字に大きく歪み、眉間にはピクピクとしわがよっている。
00はその悪魔のような表情だけで決意の念が揺らぎそうになったが、それでも懸命に言葉を搾り出す。
彼女の肩には今後のシエスタ姉妹達の扱い――命運ともいえるものがかかっているのだ。 ここで退くわけにはいかなかった。

「い……いえけっしてそのようなことは。我々家具が主の命に不服などあるはずもありません。 で、ですが」

「不服って言ってんのよ今のあんたはこのゲロカスが。 何ならあんたたちシエスタ姉妹647体、全員山羊共の肉便器にしてやってもいいのよ? 優美優雅なあの姉妹が揃ってクソ醜い山羊共の肉ペニスでひぃひぃ言う姿はさぞ壮観でしょうね。 あああんたの場合はその隻眼にブチ込んでやるのもおもしろそう。 脳みそまで突き刺してグチャグチャに掻き混ぜたらさぞきもちよさそうだわ、何なら今すぐやってみる?」

「そ、それだけはお許しくださいベルン卿! 私はどうなってもかまいませんが、ほ、他の姉妹達だけはどうかお許しください!」

「だったらいちいち口答えするんじゃないわよ汚らしい豚家畜が。 あんたたちシエスタ姉妹は私の家具家具肉玩具肉人形。 見た目はどんなに美しかろうがその憎ったらしくも可愛いらしい顔もいやらしく実った乳房もバカデカイ尻も全部私の退屈を紛らわす肉塊なのよダッチワイフ共が。 あとあんた今ベルンって言ったわね言ったわよね? そう呼んでいいのはラムダだけなのよいったい何様のつもり。 まさかたかが家具のあんたが主の恋人気取り?  私と数回肌を重ねたくらいで調子に乗るなこの売女が

「…………っ!?」

ベルンカステルから次々と吐き出される暴言、蔑言、卑言――それらが決意した00の心をズタズタに引き裂いていく。
そして何よりも00の心を砕いたのは、ベルンの最後の赤字だった。

魔女の赤字は真実であるというルールのとおり、確かに00は主であるベルンとの肉体関係があった。
もっともそれは強欲なベルン本人の命令によるものであり、00には何の落ち度も無い。 彼女はただ忠実に命令に従っただけだ。

だがそれでもそういった主との関係を利用し、家具である姉妹の立場に有利な進言をしたことが無かったなどと――誰が赤字で証明できようか。
実際一部のシエスタ姉妹の中には、主と関係を持ってしまっている00にリーダーとしての資質を疑問視する者もいるのだ……。

それに矛盾もある。
さきほど自ら自分達を卑猥な目的に使用しないでくれと抗議したにもかかわらず、当の本人が主と肌を重ねているのだから――その言葉には説得力など欠片ほども無いのだ。

00は自分の決意がこれほどまでにも儚かったことにショックを受けつつ、片方しか潤ませられない瞳を涙で濡らしながら、こう、つぶやく。

「も、申し訳……ありま、せ……。 で、出過ぎた発言を、お、お許しくださ、ぃ……」

主の前で涙を流すことだけはすまいと、フルフルと身体を震わせながらグっと悲しみを堪えていくシエスタ00。
見た目ほどは強くない彼女がこれほどまでに耐えられるのは、優秀な家具ゆえの経験と才能だろう。
00は今すぐにでも涙を流したい欲求に駆られながらも、なんとか目を伏せそれを主に見せない健気な努力を重ねていくのだ……。

「……へぇ。 あんた、そんな顔もできるのね。初めて知ったわ。 結構そそる顔するじゃない……」

だが00の必死の努力にも、ドS魔女ベルンカステルは謝罪の言葉など一切かけない。
それどころか初めて見る実直な部下の被虐的な表情に、ドス黒いサド的な欲求まで溢れさせる始末。
そこには家具は魔女に絶対に抗えない。 確定した上下関係があることを多分に匂わせるものだった……。

「ほ、報告を終わりましたので、し、失礼致します。 記録映像は後ほど45に持ってこさせるものであります……」

自らの涙を堪えることに限界が訪れたのか、それともベルンの黒い欲求を察知したのか――00は逃げるようにその場を去ろうとする。
けれども一度獲物を捕らえたら逃がさないのは魔女も同じ。 それはベルンカステルとて例外ではなかった。

「待ちなさい。 誰が帰っていいって言ったの? まだ話があるわ、ここにいなさい」

「……イ、イエス マム」

転移により姿を消そうとするが、それも無駄なことだった。00はふたたびベルンに引き止められる。
彼女としてはこのまま即座にこの場を立ち去り誰もいないところで泣きたかったのだろうが、シエスタ姉妹の統率役という任が彼女の安息を許さないのだった……。


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