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ウサギのナミダ 番外編

オリジナルの矜持  ~前編~



 蓼科涼子にとって、それは千載一遇のチャンスだった。
 いつも四人組で行動している彼女は、今日はたまたま一人だった。
 そして、いつも仲間たちと一緒にいるあの人も、今日は胸ポケットに自分の神姫を連れているだけ。
 あの人は、いつものように、ゲームセンターの壁に背を預け、大型ディスプレイに映し出されるバトルロンドの様子を、見るともなしに見ている。
 しかし、その視線は鋭い。
 ときどき、独り言のようになにか呟いているのは、自分の神姫に何か意見を求めているのだろうか。
 ストイックな人だ。
 だが、涼子はそれが好ましいと思う。
 とにかく、これは滅多にないチャンスだった。
 二度とは訪れないかも知れない。
 涼子はごくり、と唾を飲み込む。
 緊張に背筋が伸びる。
 胸に握り拳を当てて、深呼吸を一つ。

「よし」

 心を決めて、一歩踏み出した。
 はやる気持ちを抑えながら、涼子はゆっくりと、その人に近づいてゆく。
 周りから横やりが入れられないよう、注意を払いながら……。
 やがて、その人の前にたどり着く。

「……あのっ! すみませんっ!」

 まずい。
 声がうわずっている。
 それに伴い、涼子の緊張が加速する。
 目的のその人は、ゆっくりと涼子に視線を向けた。
 まっすぐに、涼子を見る。

「ああ、君は……」

 もちろん、涼子と彼は顔見知りだ。
 だが、こんな風に差し向かいで、まっすぐに視線をもらうなんて今までになかった。
 緊張が高まって、頭がクラクラする。
 しかし、涼子は、勇気を振り絞る。
 そう、こんなチャンスは二度と来ないのだから……!

「あのっ! 遠野さんっ! わたしを……弟子にしてくださいっ!!」

 沈黙。
 二人の間を、ゲームセンターの喧噪が流れていく。

「…………は?」

 あ、こんな顔もするんだ。
 その人……遠野貴樹は世にも間抜けな表情をしていた。



 ことの起こりは、四人組の一人・園田有紀が、自分の神姫であるヴァローナ・タイプのカイに、新たな武装を与えたことだった。

「へぇ……純正ストラーフ装備ね」
「中古だったんだけどさあ、状態も良くて、格安だったんだよ。ちょっと予算オーバーだったけど、思い切って買っちまったい」

 八重樫美緒の感心した声に、有紀は得意満面だ。
 それも仕方があるまい。もともと有紀はストラーフ装備でパワーファイトすることを望んでいた。
 資金の都合でライトアーマーの神姫を購入したが、ストラーフ装備と相性のいいヴァローナを選んだのも、将来を考えてのことだ。
 ヴァローナ・タイプはストラーフ・タイプの姉妹機であり、武装の相性もいい。
 いずれストラーフのフル装備を手に入れる、というのは有紀の口癖だった。
 その思いは、『エトランゼ』久住菜々子と知り合ってから、ますます強くなっているようだった。実際、有紀はエトランゼのバトルに心酔している。
 まさに、念願かなった、といったところだった。
 有紀の神姫・カイも、はじめてのストラーフ装備に満面の笑みを浮かべながら、細かく動作を試していた。

 心中穏やかでないのは涼子である。
 涼子たちは、四人の中で対戦して遊ぶことがほとんどだった。
 その四人のランキングは決まっている。
 一番は八重樫美緒。彼女は頭脳的なバトルを得意としている。オールラウンダーであるウェルクストラ・タイプは、まさに彼女の神姫としてうってつけだった。
 四人の中ではダントツの強さを誇る。
 二番目は、蓼科涼子と園田有紀で争われている。
 有紀の神姫・カイは、猪突猛進のパワーファイター。
 涼子の神姫、パーティオ・タイプの涼姫は機動力を生かしたヒットアンドアウェイを得意としている。
 二人の実力はほぼ拮抗していたが、最近、涼子はあまり勝てなくなってきていた。 特にスランプというわけではない。
 だが、以前のように勝ちに行けなくなっている。
 状況打破のため、新装備の導入も考えてはいるが、いかんせん、女子高生の限られたお小遣いの中では、なかなか手が出せるものではない。
 そんな状況での、カイの新装備導入である。
 涼子は焦った。
 このままでは、美緒と有紀に追いつけなくなってしまう。
 自分の涼姫も、なんとか新しい装備や新しい戦い方を模索して、強くならなければ。

 ちなみに、ポモック・タイプのモナカのマスターである江崎梨々香は、勝敗にこだわらない。装備もデフォルトだし、勝っても負けても楽しそうにしている。なので、涼子は、目下のライバルは有紀だと思っていた。



「ですから、装備や戦い方のアドバイスをいただきたいんです。お願いします!」
「……なるほど。詳しいいきさつはわかった。だけど、なあ……」

 ポニーテールがトレードマークの少女は頭を下げた後、必死の視線で俺を見つめてくる。
 困った。
 彼女の気持ちは、わからないでもない。
 蓼科さんはバトル指向の持ち主だから、バトルをやるからには勝ちたいと思うのも、自然な話だ。
 だが、だからこそ、俺に持ちかける相談じゃないと思うんだが。

「……俺とティアは大して強くないし、勝敗にもこだわってない。君の相談からはかけ離れてると思うんだけど」
「ご謙遜を。クイーンに敗北を認めさせた神姫のどこが強くないって言うんですか?」

 俺は苦虫を噛み潰した。
 そういう風評は、俺にとっては何の価値も持たない。

「だったら、久住さんにお願いした方がいいんじゃないか?
 『エトランゼ』の異名をとる彼女は、俺よりずっと経験が豊富だし」
「あ、菜々子さんはダメです」
「なぜ?」
「有紀が、菜々子さんに弟子入りする! と息巻いてまして……」

 なるほど。
 確かに、エトランゼに憧れていて、しかもストラーフ装備を手に入れたなら、久住さんに教えを乞うのはもっともなことだ。
 しかも久住さん自身、ストラーフ装備には特別な思い入れがあるから、園田さんの願いを無碍に断ることはあるまい。

「それに、わたしはティアの戦い方に憧れています。高速機動で相手を翻弄し、軽量装備で渡り合うスタイルは、わたしが目指すスタイルなんです。だから、遠野さんに是非教えを乞いたいと」

 ううむ。
 残念ながら、蓼科さんの言っていることは筋が通っている。
 似たようなスタイルの武装神姫プレイヤーから教えを乞いたいと思う気持ちは分かる。
 だが、オリジナル装備を使う、俺のような神姫プレイヤーは、他人にアドバイスするのが難しい。
 公式装備なら、同じ装備を使う神姫に有効なアドバイスもできるだろう。公式装備は量産品であり、基本的な性能も大きくは変わらない。 
 オリジナル装備というのは、他人が使わない唯一無二のものだ。
 だから、俺がティアの装備について語ることは、ティアにしか通用しない。他の神姫の参考にはならないのだ。
 公式装備こそは正統派であり、オリジナル装備はむしろ邪道なのだ。
 だからこそ、レギュレーションを満たさないオリジナル装備は、公式大会には参加できない。
 蓼科さんは教えて欲しいと言うが、俺には有効なアドバイスが出来るとは、まったく考えられないでいる。
 しかも、下手なアドバイスをすると、彼女を邪道に引き込んでしまいかねないのではないか。
 俺が腕を組んで思い悩んでいると、蓼科さんは上目遣いで俺を見て、言った。

「だめ……ですか?」

 くそっ。
 どうして女の子という生き物は、男の防御を無効にするずるい攻撃ばかり持ち合わせているんだ。
 蓼科さんたち四人の少女は、いずれも、大城が知り合いになれたことを大喜びするくらいに、美少女ぞろいだ。
 そんな可憐な女の子に見つめられて、お願いされて断る手段を、残念ながら俺は持ち合わせていなかった。
 俺は降参の溜息をつきながら、言った。

「……わかった。アドバイスくらいなら、してもいい」
「ほんとですか!?」
「でも、俺に言えることなんて、観念的なものになると思うし、あまり参考にならないかも知れないけど」
「いいです、それでも。よろしくお願いします!」

 頭を下げ、にっこりと笑う蓼科さん。
 ……正直、可愛い。
 どうにも困った俺は、彼女から視線をはずし、うつむき加減で言った。

「それじゃあ、とりあえず一戦しよう」
「え?」
「君の神姫の現状が知りたい。バトルするのが手っ取り早いからね」
「わかりました。やりましょう……真剣勝負でお願いできますか?」
「もちろん、そのつもりだ」



 バトルのレギュレーションを簡単に打ち合わせて、空いている筐体に向かい合って座る。
 バトルの設定は、ライトアーマー戦。フル装備のバトルとの違いは、武装が限られること。サイドボードの容量も、フル装備のバトルよりずっと狭い。
 ティアはいつもフル装備のバトル設定だが、今回は涼姫に付き合ってくれるようだ。
 フィールドは、おなじみの廃墟ステージ。
 そのステージもライトアーマー設定ということで、ずっと狭かった。

「嬉しそうですね、涼子」

 鼻歌など出てきそうなくらいにニコニコしている自分のマスターにそう声をかける。

「もちろんよ。だってあの『ハイスピードバニー』が全力で相手してくれるのよ?
 今の実力でどれほど通用するのか……勝てないにしても、一矢報いてみせるわ」

 最近、勝率が落ちてきているのを棚に上げて、そううそぶく。
 フル装備が許可されている無差別級で戦う神姫とは言っても、武装は所詮ライトアーマー並なのだ。
 ライトアーマー級の俊敏さを生かせば、少しは勝負になるだろう、と涼子は踏んでいた。
 準備を終えて、向かいに座る遠野を見る。
 ヘッドセットに何事か囁いている。
 この試合の作戦だろう。
 自分を相手にどんな作戦を立ててくるのだろうか。
 涼子は、緊張を感じると共に、少し楽しみでもあった。
 双方とも準備が終わる。
 同時に、スタートボタンを押した。
 バトルロンド、スタートだ。



 涼姫は、廃墟になったビルの屋根から屋根へと飛び移り、駆けている。
 パーティオ・タイプは身の軽さが信条。
 この程度は朝飯前だ。
 涼姫はビルの屋上から、ストリートを伺う。
 ティアの装備はローラーブレードのようなレッグパーツだから、まずはストリートに姿を現す、と思う。
 こっちが身を隠しながら戦うのは分かっているだろうから、誘いに来るはずだ。
 はたして、ティアは現れた。
 広いメインストリートを大きく使って、ジグザグに疾走している。

「見つけました」
『よーし、近付いてきたら、突撃よ! まずはM573でティアの足を止めて!』
「了解」

 涼姫は、基本的にノーマルのパーティオの装備である。
 ただ、左腕の装備のみ、ポモックの射撃武器「PML-01 ポモスバーグM573」に換装してある。
 M573を撃って足を止め、涼姫得意の接近戦に持ち込む。
 これが涼子の考えた戦術だった。
 装甲の薄いライトアーマー相手なら、十分に実用的な戦術。
 ライトアーマー並の装備であるティアにも、当然通用するはずだ。
 ティアは、涼姫のいる廃墟のビルに接近してきた。
 ビルの前で方向を変えようとする瞬間、そこを狙って、涼姫は飛び出した。

「はああああぁぁっ!!」

 ビルの屋上から落下しながら、ティアを狙い撃つ。
 しかし、銃弾は地面の砂埃に消える。
 断続してティアを撃つが、そのことごとくを華麗なステップでかわされた。
 涼姫が着地する。
 ティアはターンの最中で明後日の方角を向いている。
 だが油断はしない。
 目視せずとも狙い撃てるのがティアだ。
 こちらを向いていたサブマシンガンの銃口が火を噴いた。
 予想通り。地を蹴って回避する。
 こちらも再びティアを撃つ。かわされる。ティアは止まらない。

「……はい!」

 小さな返事が聞こえた。
 マスターの指示に応えたのだろうか。
 ティアは涼姫を見据えると、今度は鋭く方向を変えて走り出した。
 速い!
 涼姫は左腕の銃口でティアの姿を追う。



 予想通り、涼姫はティアの姿を追って、銃身を振り始めた。
 涼姫の装備を見てすぐに、彼女の装備の弱点が分かった。
 おそらく、クレバーなバトルを得意とする八重樫さんは気が付いているだろうし、園田さんも無意識のうちにバトルの流れの中でその弱点を突いているのだろう。
 勝率が上がらないのも仕方のないところか。
 このバトルは蓼科さんと涼姫の実力を見ることが目的だから、その弱点を遠慮なしにあぶり出すことにした。
 ティアに出した指示は一つ。
 涼姫の左後方に回り込むこと。
 これだけで、涼姫は思うように戦えなくなるはずだ。



「くっ……」

 涼姫は焦っていた。
 どうにもティアを捕らえることが出来ない。
 ティアが涼姫の左側に回り込み始めたときから、M573の射線を彼女に合わせられないでいる。
 涼姫が銃口をティアに向けたときには、すでに彼女はまたさらに左側に回り込んでいるのだ。
 一度間合いを切るべく動いたが、ティアの高速機動ですぐに左後方を取られる。
 かくて涼姫は、反時計回りに身体を回転させながら、ティアを追う形になった。
 当たらなくてもいい。
 かすめる程度にティアを撃てれば、あのやっかいな足を少しでも止めることができるはずだった。
 しかし実際は、かすりもしない。
 相手の足を止めるどころか、相手に振り回されて、自分の方が足を止めている。

「え……?」

 涼姫はそこでようやく気が付いた。
 機動力が持ち味の自分が、動けなくなっていることに。
 はっ、となって、改めてティアを狙う。
 しかし、既に遅かった。
 身体を回転させて、ティアを視界に入れたとき、彼女は既に至近に潜り込んでいた。

「うわっ!」

 間近に見えるティアの顔。
 身体の回転にようやく追いついてきた左腕を向ける。
 しかし、ティアは涼姫の銃口を跳ね上げた。
 間髪入れず、がら空きになった涼姫の身体にサイドキックを打ち込む。

「きゃあああああ!!」

 地面の上を二転、三転、ストリートの片側まで飛ばされて、ようやく止まった。
 涼姫は、蹴りを喰らったおなかを押さえて、立ち上がる。
 不思議とダメージは少ない。
 手加減されたのだろうか。おそらくそうだろう。
 とどめを刺すならば、蹴りの代わりに、左手に握ったコンバットナイフを突き立てればよかったのだから。
 涼姫は再び、左腕を持ち上げる。
 どんなことをしても、ティアの足を止めなくてはならない。

『姫! 大丈夫!?』
「涼子……なんとか、戦えます」
『よかった……それじゃあ、ビルの壁を背にして、M573を構えなさい。死角を減らして、ティアの動きを絞るのよ』
「わかりました」

 涼姫は涼子の指示に従い、すぐさま背中をビルの壁に着けた。
 そして右腕のPTR-01のブレードを展開して脇に構え、左腕のM573を正面に伸ばす。
 その銃口が示す先。
 ティアが立っていた。



 涼姫の行動は、ある意味では正解だ。
 壁を背にされれば、どんな神姫でも行動は格段に制限される。
 しかし、その戦法が許されるのは、真っ正面の攻撃に絶対の自信を持つ神姫だけだ。
 涼姫のように軽量武器しか持たない神姫では、自らの行動をも制限し、逆に不利になる。
 しかも相手はティアである。
 地上型とはいえ、機動性では後れをとらない自信がある。
 蓼科さんに、考えの浅さを思い知らせるとしよう。
 俺はティアに指示を出すべく、ヘッドセットをつまんだ。


◆ 

 ティアは背を伸ばし、涼姫の正面に立っている。
 美しい立ち姿。
 激しい躍動への予感をはらむ、たたずまい。
 リラックスした状態でありながら、一分の隙も見いだせない。
 涼姫は急に自分が小さく感じられた。
 涼子は「ティアの行動を制限する」と言ったが、本当に制限できているのか?
 ティアは地上型だし、真っ正面に立っているならば、左右どちらかに動くとしか考えられない。
 しかし、ティアに射撃が当たるとも思えないのだった。
 構えた左腕があまりにも心細い。
 ティアが構えた。
 動く。
 ティアの身体はスライドするように、先ほどとは逆で、涼姫の右側に回り込んできた。
 涼姫はあわてて、M573を放つ。
 当たらない。
 銃口でティアを追う。
 しかし、すぐに追えなくなった。
 身体が邪魔で、左腕を右に振ることが出来ない。
 ティアを追うためには、背中を壁から離さなくてはならない。
 涼姫は身体を離し、ティアを正面から捕らえようとした。
 ティアは涼姫を回り込み、壁際までやってくる。
 そうなれば、ティアも速度を落とし、壁際で対峙できるはずだ。
 しかし、ティアは速度を落とさない。
 壁に激突する!
 そう思った瞬間、黒兎の身体がかき消えた。

「!?」

 壁に激突したのではない。
 レッグパーツのホイール音はいまだこだましている。
 ならば……。
 涼姫は思い出す。
 そう、ティアは壁の上などものともせずに走れる神姫だ。
 だとすれば、いま、ティアは、壁を走っている!
 涼姫の予測は当たっていたが、遅すぎた。
 ティアは涼姫の頭上を越え、その背後に着地した。
 その気配を感じ、振り向こうとしたが、できなかった。
 ティアは涼姫の左腕を取ると、それを頭上に上げるようにして押さえ込み、そして身体を密着させて、ビルの壁に涼姫を押しつけた。
 凶悪に輝くコンバットナイフの刃が涼姫の眼前につきつけられる。
 目を見開いたまま、身動きのとれない涼姫。
 彼女が見つめる白銀の刃の先。
 ティアが、なんだか困ったような顔をしていた。



 一戦終えた後、俺はゲーセンの壁際で缶コーヒーを飲んでいる。
 一口飲んで、ちらりと隣の蓼科さんを見る。
 がっくりとうなだれ、ひどく落ち込んでいた。
 ……やりすぎただろうか。
 でも、真剣勝負だと言ったのは彼女なのだから、仕方がないと思う。

「まさか、あんなにあっさり……」
「まあ……今回は真剣勝負だと言うんで、遠慮なく弱点を攻めたし」
「ううう……」

 蓼科さんはますます落ち込んでしまった。
 どうも彼女は、涼姫の弱点に気が付いていなかったらしい。
 涼姫が左腕に装備したM573は、長所でもあるが弱点でもある。
 片腕に射撃武器を装備し、それを撃って相手を牽制し、もう片腕の近接武器で接近戦に持ち込む。
 この戦術自体はオーソドックスだ。
 しかし、蓼科さんはその戦術にばかり固執している。
 だから攻撃は単調になるし、涼姫の足を止めるようなミスを犯す。

「まあ、オーソドックスな戦術だから読みやすいっていうのはあるけれど」
「……いつ弱点に気付いたんですか?」
「スタート直後、涼姫の装備を見たとき……かな」
「そんな早くですか……!?」

 蓼科さんは、またがっくりとうなだれる。
 そこまで落ち込まれると、俺にも罪悪感が溢れてくるんだが。
 俺がどうやって声をかけようか、困っていると、

「……オリジナル装備って……どうやって思いつくんでしょうか……」

 そんなことを呟いた。
 いやだから、お勧めしないと言っているんだが。

「それは人それぞれだろうね」
「遠野さんは、どうやってティアの装備を思いついたんですか?」
「ああ……俺、スキーやるから」

 スキーは、俺の唯一と言っていい、スポーツの趣味だ。
 雪上を滑走するあの興奮と開放感は何物にも代え難い。

「だから、フリースタイルみたいな動きの出来る神姫がほしいと思ったんだ」
「なるほど……」
「俺はあんまりオリジナル装備を使う神姫プレイヤーに会ったことはないけど……みんなそうじゃないかな。
 自分の趣味や興味のあるもの、あるいはインスピレーションで自分が突き詰めたいと思ったスタイルを実現するために、オリジナルの装備を用意するんだ」

 公式装備に、それを実現するものがあればいい。それが最良だ。
 だが、なければ作るしかない。
 オリジナル装備を使う者は、公式装備のメリットを捨てても、自分のスタイルを貫こうとする者たちだ。
 ゆえに、求道者であり、邪道を行くものなのだ。

「……もし、わたしがオリジナル装備を思いついたら……作るの手伝ってくれますか?」
「……オリジナル装備は邪道だし、茨の道だ。
 それでもなお、君がオリジナルでいきたいというなら……その時には協力しよう」

 蓼科さんはようやく顔を上げると、にこりと笑った。



 高い空に、鐘が鳴り響く。

「あー、終わった終わった!」

 うーん、と伸びをしながら立ち上がったのは、園田有紀。
 彼女がそうして立つと、もともとの長身がさらに高く見える。
 終業のチャイムを合図に、クラスメイトもそれぞれに立ち上がり、解散していく。
 高校生の放課後はなかなかに忙しい。
 有紀は、帰り支度をしている仲間の一人に声をかけた。

「美緒~。ゲーセン行くだろ?」
「ええ、そのつもり」
「じゃあさ、今日は特訓に付き合ってくれよ、みんなでさ」
「特訓? なに?」
「もっちろん、カイの新装備さ! こないだ、菜々子さんに手ほどきしてもらってさ、いろいろ教わったんだよね~」

 はすっぱな有紀の言葉に、美緒は苦笑する。
 有紀のエトランゼに対する心酔は、美緒たちの憧れとは少しベクトルが違う。
 そのバトルスタイルに惚れ込んでいるのだ。

「いいわ。付き合うわよ。みんなも行くでしょ?」

 いつもの仲間である、他の二人に視線を向ける。
 江崎梨々香は、はいはい、と手を挙げて、

「わたしも行くよ~!」

 とにこやかに笑った。
 彼女の神姫・モナカはポモック・タイプなのだが、性格や雰囲気が、マスターによく似ている。

「……ごめん、わたしちょっと用事があって図書館に行かなくちゃいけないから……今日はみんなで行って」

 もう一人の仲間、蓼科涼子は、トレードマークのポニーテールを揺らしながら立ち上がった。
 美緒は驚きを隠せない。
 涼子は四人の中でもバトル好きだ。
 有紀をライバル視しているにしても、気心知れた仲間だから、有紀の申し出を断るようなことがあるはずはなかった。

「涼子……?」
「……気にしないで、ほんと。ちょっと調べものがあって、ね。だから、今日はごめん」

 涼子は荷物を肩に掛けると、そそくさと教室を後にした。
 残された三人は、顔を見合わせた。


 はたして、涼子は学校の図書館で本を開いていた。
 机の一角を占領し、十冊ほどの本がうずたかく積まれている。
 一冊ずつぱらぱらとめくっては、机にいる彼女の神姫と何事か話をする。
 気を遣って、できるだけひそひそと話しているが、つい声が高くなったときなどには、図書委員に厳しく注意されていた。

「なにやってんだ、ありゃ……」

 有紀が呆れ気味に呟く。
 バトル派の涼子が、試験前でもないのに、ゲーセン行きを断ってまで、図書館で調べもの。
 気にならない方がおかしい。
 そう思って、涼子の様子を物陰から盗み見る美緒たちだった。
 だが、何をしているのか、さっぱりわからない。

「生物図鑑に乗り物図鑑、百科事典に航空写真集……?」

 涼姫と一緒にそれらの本を見ているということは、神姫がらみなのだろうけれど。
 ときどき、わしわしと頭を掻きながら、それらの本を一心不乱にめくる。
 その様子に声をかけることもためらわれて、三人はそっとその場を後にした。



「そう簡単に見つかるもんじゃないわね……」

 帰り道。
 図書館で閉館まで格闘していたが、今日も成果はない。
 日はとっぷりとくれて、あたりは既に夜だ。
 図書館に通って四日。
 オリジナル装備のヒントを掴もうと必死だったが、芳しい成果はない。
 武装神姫の多くにモチーフがある。
 アーンヴァルは天使だし、ストラーフは悪魔。犬、猫、兎、海豚、カブトムシ、クワガタムシ、戦車に飛行機……様々なものの意匠を装備に取り込んでいる。
 そうした公式装備に使われていない何かを探そうとすれば、おのずと範囲は狭まるし、自分の好みともなかなか合わない。
 昆虫図鑑とかも目を通したが、涼子には十分グロテスクな写真群に、正直引いた。

「そう簡単に見つからないって、遠野さんも言ってましたよ。気長に行きましょう」

 涼姫は前向きだが、涼子は焦っている。
 こうして、自分のスタイルを探している時間は、全くの無駄ではないのか。
 この間にも、有紀のカイも、美緒のパティも強くなっているはずなのだ。
 図書館通いなんて続けるより、装備を妥協しても試合をする方が強くなれるのではないか。
 だが、同時に、その妥協を決して許さない自分がいる。
 今のスタイルは付け焼き刃の仮のものだという意識が強い。
 だから、いつかはこうして自分のスタイルを模索しなくてはならない。
 それが今だというだけなのだ。
 焦りを募らせながらも、無意味とも思える調べものを続けなくてはならない。
 涼子は深くため息をついた。

「ただいま……」
「おかえりー」

 家の扉を開け、気のない挨拶をすると、これまた気のない返事が返ってきた。
 靴を脱ぎ、ポニーテールを揺らしながら、リビングへと向かう。

「雄太……また映画?」

 気のない返事をしたのは、涼子の弟だ。
 彼は最近、映画にはまっていて、古今東西の映画を、ムービーチャンネルの配信サービスで見まくっている。
 もっとも、原作付きやアクション映画ばかりなのだが。
 今も、古い映画を、家のメインのテレビを占領して鑑賞中だった。

「うん~。面白いんだよ。姉ちゃんも見れば」
「いやよ。あんたが見てるの、古いのばっかりなんだもん」

 涼子はキッチンの椅子の上に鞄を置くと、グラスに牛乳をあけて、飲み干した。
 弟は夢中で映画に見入っている。
 何がそんなに面白いのやら。
 涼子は横目でテレビの画面を見た。
 弟が好きそうな、アクション映画だ。
 アメリカの高層ビル街が映っている。
 興味なさげに、視線を逸らそうとした、次の瞬間。

 一人の奇妙な男が、高層ビルの間をふっ飛んで行った。
 赤と青の、趣味の悪いボディスーツを身に纏い、ビルの谷間をすいすいと駆けていく。

 涼子は画面に釘付けになった。
 羽を付けて飛んでいるのではない、その独特の動き。
 まさにビルの谷間を「すり抜ける」というのがふさわしい。
 彼は、摩天楼を縦横無尽に駆け回る。

「こ、これだーーーーーっ!!」

 画面にかぶりつきになった涼子と涼姫は、同時に声を上げた。
 突然叫び出した姉に、弟はどん引きしている様子だが、そんなことはかまっていられない。
 弟の肩をつかんでぐらぐら揺さぶりながら、勢い込んで尋ねる。

「ちょっと! この映画なに!? 何の映画!?」
「ア、アメコミの有名なヒーローだよ……三十年くらい前に実写化されたやつ。その二作目」
「二作目って……何作あるのよ?」
「四作か、五作かな……」
「全部見られる!?」
「今週、アメコミヒーロー映画特集が配信中だから、たぶん……」
「はじめから! 一作目から全部見るわよ!!」
「ええ~? 俺、もう見たんだけど」
「弟のくせに文句言わない!」

 雄太は、横暴だ、と思った。
 いつもはクールな姉であるが、一度スイッチが入ると手が付けられないのは、幼い頃から身に染みている。
 結局は雄太があきらめ、そのシリーズを頭から全部一気に鑑賞する羽目になった。
 涼子は晩ご飯もそっちのけで、映画に夢中になった。
 気が付いたときには、家の中は真っ暗で、家族はみんな寝静まっていた。
 涼子はまだ制服も着替えていなかった。



 土曜日。
 いつものようにティアを連れて、公園に散歩に出かけ、それからゲーセンに向かうその途中で、蓼科さんから電話があった。

『ちょっとこれから、相談に乗ってほしいんですが!?』

 勢い込んでしゃべる彼女に、俺はちょっと気後れする。
 だが、約束は約束である。
 ゲーセンではゆっくり話すことも出来ないということで、いきつけのミスタードーナッツで待ち合わせることにした。
 俺が店の入り口をくぐると、奥に座っていた蓼科さんが立ち上がり、一礼するのが見えた。
 アメリカンコーヒーだけで席に着いているのを見て、俺は余分にドーナッツをトレイに乗せ、会計して、蓼科さんの向かいに座った。

「甘いものは大丈夫だよね?」
「あ、はい、すみません……」

 好きなものをどうぞ、というと、一番安いオールドファッションにおそるおそる手を伸ばす。
 甘いものとコーヒーは、不思議と心を落ち着かせる。
 興奮気味に見えた蓼科さんも、心が整理できてきたようだ。

「目が赤いけど、大丈夫?」
「……二日ほど寝てなくて」

 頭を掻きながら苦笑する蓼科さんに、俺は呆れた。
 あの電話のテンションを二日も維持してたのか。
 お互い一つずつ、ドーナッツを食べたところで、蓼科さんが本題を切り出した。
 バッグからレポート用紙の束を取り出し、俺に差し出す。

「……これは?」
「やっと思いついた、オリジナル装備です。アドバイスしてもらいたくて」

 装備の概要がレポート用紙数枚にまとめられている。
 まだアイデアのラフの段階だが、イラストで図解されており、なかなかわかりやすい。
 俺は一度ざっくりと目を通した後、じっくりと読んだ。
 時間にして五分くらいだろうか。
 蓼科さんは緊張した面もちで俺を見ている。

「……よくまとまってると思う。実現性が高いとすれば、B案の方かな」
「ほ、ほんとですか!?」
「ああ。こっちなら、パーティオの装備に手を加えればいいし、使える部品も想像が付く。安く上がると思うよ」

 蓼科さんは笑顔を弾けさせた。
 ……いやだから、その無防備な笑顔は反則だろう。
 俺は彼女を直視できず、うつむいたまま言った。

「で、どうする? 装備を作るなら、パーツを買いに行かないといけないけど」
「……じゃあ、明日、買いに行きたいので……付き合ってもらえませんか?」
「いいとも」

 俺は即答した。
 このときにはもう、俺も面白くなってきていた。
 新たなオリジナルの武装神姫。
 同じオリジナル装備の使い手として、心躍らないはずがない。
 だが。

「ただし、条件がある」
「え……なんですか」
「今日は帰って早く寝ること。買い物途中に倒れられたら、たまらない」

 俺の言葉に、蓼科さんはなぜか顔を赤くしてうつむいた。



「あれ……遠野くんはまだ?」

 日曜日の午後、菜々子はバトルロンドコーナーで辺りを見回す。
 この時間なら先に来ているはずの遠野が見あたらない。

「あ……そういえば昨日、秋葉原に買い物に行くから、今日は来られないかも知れないって」

 美緒の言葉に、菜々子はがっかりした。
 大学のレポート提出が間近で、昨日は必死でその作業に明け暮れた。
 そしてなんとか今日、ゲーセンに来る時間を空けてきたのだ。
 それなのに、想い人がいないのでは、昨日の苦労が全く無駄になってしまう。
 がっくりと肩を落とし、うつむく菜々子。
 そこに梨々香の言葉が飛び込んできた。

「あれ? そういえば、涼子ちゃんも秋葉原にお出かけって言ってたよね?」
「……梨々香っ」

 たしなめるような美緒の呼びかけに、梨々香はまったく頓着しなかった。

「もしかしてー、涼子ちゃんと遠野さん、二人でお出かけだったりして~」

 あは、なんて笑っている梨々香に、美緒は頭を抱えた。
 我が親友ながら、空気読め、と言いたい。
 そして、正面から伝わってくる、ただならぬ気配に、美緒は身体を硬直させる。

「ふーん……そう……」

 聞こえてきた絶対零度の呟き。
 見れば、菜々子の背後に、ただならぬ暗黒のオーラが立ち上っている、ように見える。
 美緒はもう涙目になりながら、ことの成り行きを見守るしかない。
 そこへ。
 さらに空気の読めない親友が声をかけてきた。

「あ、いたいた! 菜々子さ~ん!」

 有紀は片手をぶんぶん振りながら、小走りに駆けよってくる。
 ゆらり、と振り向いた菜々子の動きは、亡霊じみていた。
 そんなことも気にとめず、有紀は話し始める。

「菜々子さん! 今日もご指導、お願いしていいっすか?」
「……指導? ふふふ……いいわよ……」
「はい! お願いします! ビシビシ鍛えてください!」
「わかったわ……ビシビシ、ね……」

 心酔している『エトランゼ』から、ストラーフ装備の使い方を直接指導してもらえるのだ。
 その言葉に舞い上がり、多少当人の様子がおかしくても、有紀の目には入っていない。
 ああ、神様。
 美緒は親友の行く末に、不安を禁じ得ない。
 やがて。

「ぎょあー」

 断末魔的な悲鳴が断続的に聞こえてきた。
 その日の菜々子はスパルタだった。









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