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空に浮かぶわたあめ

 アメリカ産の赤いパッケージが似合う、あの炭酸飲料を思いっきり振ってみる。
 するとすぐに、ペットボトルが破裂するんじゃないかと思うほど膨張する。
 フタを空けたら、ペットボトルの中身と一緒に俺のモヤモヤした気持ちも吹っ飛んでくれねぇかな、なんて思いフタに手をかけ――止めた。
 俺はため息ひとつ吐き空を見上げる。西の方はもう紅くなっていて、まだまだ冬だなと感じる。空と一緒少しだけ紅く染まっている雲はそんなことなんてまるで気にしたようすもなく、ゆうゆうと空を泳いでいた。
「あーあ、ジュース無駄にしちまった」
 手持ちぶさになったペットボトルをどうしようか、と悩みとりあえず持ち上げる。
 ペットボトルに目を向けてみると、口に溜まった泡がフタを今にも押し開けようとしていた。それは、抜け出せない迷路から無理矢理抜け出そうとするみたいに。
 うーん。フタをあけるわけにもいかず、かと言って捨てるのももったいない。しかし飲むのもなあ……
 そして結局、後で考えりゃいいやと投げ出した。
 だけど俺って、いっつも投げ出したり先送りしてばっかだよな。めんどくさかったり開き直ったりして、答えをだせずにいてさ。
 こんな優柔不断な奴だったけか? なんか、情けねぇ。
 考えるのがめんどくさくなってため息をする。そして学ランのポケットに手を突っ込み、折りたたんである紙取り出し、広げる。
 ――進路希望調査 2年 氏名 柴丘 迅――
 それだけしか書かれてない紙を見て、俺はまたため息。
 自分の将来。それが、今俺の悩みの種だった。
 いつもの俺なら、こんな学校に出せと言われてるものぐらい即行でテキトーに決めるんだけど。
 でもなんかよくわからんが、これだけは詰まっちゃったんだよなー。
 なんつーんだろ、不安って言うか揺れてるって言うか、地に足がついてない感じ。まぁ簡単に言やぁ不安なんだけど、こんな気持ちになったのは初めてだった。
 将来。将来の夢。いくら考えて思い浮かべても、どれもしっくり来ないんだ。
 学校卒業してすること。それは妥当に大学進学かなとは思ってる。でも、大学卒業した後は――?
 その先が、まったく出てこない。
 就職するなら、どんな職業がいいだろーかな、と思ってみてもなにも思い浮かばない。俺の得意なことはパソコンだから、そっち関係の仕事か? でも、パソコンなんてただの趣味程度だし。ほかのこと、つっても漫画とかゲームぐらいしかねぇし。
 ……いまさらながら思うけど、俺って気楽に生きてきたんだなあ。まぁ、後悔なんかしても遅すぎるけど。
 再び俺は進路、将来のことを考え、
「あ゛ー……そう簡単に思いつくかよっ」
 ……やっぱり投げ出した。
 そして俺はさっきよりも紅くなっている空を見て――ホント今の時期は空の色が変わるのが速い――雲はいいよなぁ、なんにも悩みも苦労もなさそうでさ、なんて思ったりした。

      ◇

 どさり、と俺は草の絨毯に寝そべった。
 ……さて、どーすっかなあ。
 もうすっかり紅くなった空を見ながら、俺は進路のことに頭を悩ます。
 「わかんねぇ、ぜってぇ思いつかねぇって」とつぶやきながらも延々と、思考の迷路にはまっていたら。
「じーん、なに魚の小骨が引っかかった、みたいな顔してるの?」
 そんなわけのわからん例えを飛ばしながら、俺の顔を覗き込んできたのは。
「あぁ、満月か」
 幼なじみの天然娘、紅雲 満月(べにぐも みつき)だった。
 ご近所の奥様方になんか知らんけど定評があったり、クラスの男連中に「あの天然が可愛い」とか人気があったり、なにかとご年齢を重ねている人に中学生と間違われることがあったりと、俺とは逆な性格、人受けをしている奴だ。
 しかしなあ、クラスの男連中はこいつのどこがいいんだ? まぁ可愛いのは情けで許容してやるとしてもだ。こんな真正の天然、一緒にいたらマジで疲れるだけだっての。
 そんなことを思ってたら、満月の表情が少しむっとなった。
「迅、あのさ。今あたしの悪口思ってたでしょ」
 おお。さすが長い付き合いだけあってか、勘がいいな。
「だいたい正解」
 一応可愛いと許容してやったんだから、悪口だけじゃないよな?
「じゃあ他にはなに思ってたの?」
 ……でも、正直に可愛いっつーのもなんかシャクだしなあ、と少し迷った末に。
「あいかわらず幼児体系だよな、って」
「んなっ! 会って最初にひとが気にしてることを言う!?」
 案の定、満月は顔はもちろん耳まで真っ赤いにしてぎゃーぎゃーと騒ぐ。
 満月は実年齢より幼く見られがちで、本人はそれを気にしてる。特に気になってるのはどーも胸囲らしい。俺が思い出せる昔の満月とそこら辺は変わってないし。
 十分に騒いで疲れたのか、満月は「まったく、もぉ」とつぶやくと俺の隣に腰を降ろした。
 当たり前だが、満月はまだ怒ってるようで話しかけてこない。
 そう言う俺も、特に話す理由もないんで黙って空を見る。
 じっと見ていた雲が形を変え、さらに視界の端まで流れたいった頃、満月が話しかけてきた。
「ねぇ、迅。今日はまたどんな悩みごと?」
 俺と付き合いのある友達は、考えごとや悩みごとがあるとだいたいここで空を見上げながら考える、っつーのが常識みたいなもんになっている。満月もそんな奴のひとりだ。
「んー、定まってない未来の予定について」
「なにそれ? 将来の夢でも考えてるの?」
 さすが幼なじみなのか、俺のテキトーな答えをちゃんと理解しやがる。
「まぁ、んなところだ」
 俺が言ってやると、満月はふーんと感がい深くうなずく。……いや、お前はなにしみじみしてんだ?
「んだよ、なんかおかしいか?」
「いや、いっつも気楽にしてる迅も、やっとそーゆーこと考え始めたのかと時の流れを感じちゃったり、らしくないなとか思っちゃったり」
「意味わからんかけど、とりあえずそれは俺をバカにしてんのか?……まぁ、俺もそろそろ少しは気にしねぇとやべぇんじゃね、とかさすがに感じてな」
「えっと。2年生の終わりにもなって、まったく気にしてなかったのはちょっとどうかと……」
「うるせぇ突っ込むな」
 ったく、下手に付き合い長いせいか、痛いとこ突いてきやがる。
 そんな俺の内心に全然気づく様子もなく、満月は訊いてくる。
「で、なにか思いついたの?」
「思いついてたらここにいねぇっての」
「……それもそっか」
 納得した、というように満月つぶやくとそれきり口を閉じ、上を――空を見上げた。
 俺も満月を邪魔することなく、静かに空を見上げた。
 そして再び将来のことに思考をめぐらす。
 しかし結局頭の中がごちゃごちゃになるだけに終わって、やめた。
 何気なく視線を移した雲を眺めながら、俺は思う。
 ――雲はいいよなあ。今の俺みたいに悩むことも苦労することもなくて。ただ風に流されながら空を旅すりゃいいだけだもんな。俺もそんな風にのんびり気楽に生きてみたいもんだ。
 気楽に、生きたい。
 それが俺の一番の生き方。
 だけど、人生そんな楽じゃなくて。
 ……はぁ……
 出てくるのは考えの答えじゃなくてため息ばかり。
 そんなネガティブ思考になっていたら。
「あ~、甘いものが食べたいなあ。迅ー、わたあめ買ってよぉ」
 満月がふざけたことをぬかしてきた。
「はあ? いきなりわたあめって、なんだよ?」
 わたあめは砂糖で出来てるから甘いのはわかるけどさ。
「だって、雲がわたあめに見えるんだもん。いいじゃん迅、買ってよぉ」
 ……確かに、見えねぇこともないけど。
「嫌だ。ってか食いたきゃ自分で買やぁいいだろ」
「えぇ~。なんかお金がもったいないじゃん」
 満月はぶーぶーと頬をふくらませガキっぽく怒る。 ってか、自分がもったいないと思うことを人にやらすなよ。
「あー、うるさい。これやるから少し黙っとけ」
 俺はさっきの中身が入ったままのペットボトルを満月に渡す。
「えっ、いいのいいの?」
 すると満月は態度を一変して、きらきらした眼差しで見てくる。
「あぁ、やるよ」
 いまさら、そんな気が抜けてしかも温くなったやつなんて飲みたくないしな。
「うわっ、なにこれ。炭酸ないじゃんっ」
 やっぱりだった。振ったから当然だわな。
 甘いよー、と嘆きながらも飲みつづける満月。なんで文句言いながらも飲むのか疑問だ。
「さっき甘いもん食いたいっつってたし、ちょうどいいじゃねぇかよ」
「言ったけどぉ、それとこれとはまた違うのっ」
 そう恨みがましい視線を俺に向けたあと、困ったようにペットボトルを揺らして再び口に中身を運んだ。
「う゛ー、なんか微妙ぉ」
 なんて言いながら、満月は甘いだけになった液体をちびちびと飲む。
 俺は、よく飲むなと感心する。無論、バカな奴だとも思いながら。
 切り替えるようにため息をし、また空を見た。
 しばらくの間、俺たちは黙っていた。俺はここに進路のことを考えに来たわけで、別に満月と話すために来たんじゃないから、満月が話しかけてこなけりゃ必然的に黙ることになる。
 俺はそれで全然かまわないんだけど。
 今でも俺の頭の中じゃ、どうすりゃいいんだろうとあやふやな答えを求めつづけている。
 ……将来、か。
 自分の将来がこんな重いもんだとはまったく思わなかったな。ホント予想外だ。こんなにも背負いづらい重りはないんじゃねぇ?
 でも、誰であろうとこの重りを背負ってくんだよな。この、隣に座ってる天然すらも。
 けど、今の俺には十分過ぎる重りなんだよなあ。
 あー、くそっ。同じことばかりぐるぐる回りやがる。
 俺は考え疲れ、ため息をもらした。
 ……どれだけ黙ってたのか。空が藍に塗り変わってしまっていた。
 すると満月が今まで待っていたかのよに口を開いた。
「……ほーんと。迅らしくないなぁ」
 なにしてるんだ? とでも言うような満月があきれた口調。
 それが少し俺の勘に触った。
「なにがだよ」
「だって、真面目なことを真面目に考えてるんだもん」
 オイ満月。お前はケンカ売ってんのか?
「は? 俺が真面目なこと真面目に考えてたら悪いっつーのかよ?」
「別に悪いとは言わないけど、らしくないなぁ、って」
「だから、なにがだよ。意味わかんねぇって」
 ふぅ、と満月は息を吐き、仕方ないなと肩をすくめる。
「迅ってさ、めんどくさいことはいーーっつも『こんなもんテキトーでいいんだよ』って言ってるのに、今回はすっごく真剣に考えてるじゃない? らしくないよ」
「らしくないっつってもよ、しかたないだろ。ここで俺の将来が決まるようなもんなんだからよ」
 今回ばかりは、さすがにテキトーじゃマズイだろ、と俺も思ったから本気で考えてんだよ。そうじゃなきゃこんなにも悩まねぇっての。
「でもさぁ、テキトーでもいいと思うなぁあたしは」
 いきなりなに言ってんだ、コイツは? つーか、ばっちり進路決まってるお前に言われても説得力ないっつの。
 思いっきり顔に出てたらしい。満月は吹き出すように苦笑して、言葉を続けた。
「だってさ。ずっと先の未来の自分を考えたってわかるはずないでしょ? もしわかったり夢持ったりしても、未来はそうなるって限らないし。だったら、テキトーでもいいんじゃないかなぁって」
「……まぁ、そりゃあそうだけど。それ言っちまったらお前、自分の将来否定してるようなもんじゃね?」
 俺のそんな答えに、満月は笑いながら。
「あたしの将来の夢は、そんなことで諦めれるものじゃないから」
 またなんとも今の俺にとっちゃうらやましい言葉を言ってくれやがった。
「そうかい」
「うん、そうだよ。でもさ迅にはそこまでの夢がないでしょ?」
「まぁな」
 悲しいことに、まったく反論が出来ない。どーせ自由奔放に生きてますよ。
 ふっ、と短い間だけ視線を空を漂う雲に移し、満月は言う。
「……ならさ、無理に将来決めたってしたかないよ。迅は迅らしく、テキトー進めばいいんじゃないかな。この、気の抜けた炭酸ジュースみたいに」
 笑ってみせる満月は、まだ中身の残ってペットボトルを軽く振ってみせた。
「ちょい待て。俺はそれと同列かよ」
「そんな風に言わない。これにはこれの良さがあるって」
 はい、とペットボトルを差し出される。俺はそれを取ると、一口飲んでみる。
 それは、炭酸なんて少しもなくて、ただただ甘いだけだった。なんでだろう、うまいわけじゃないのに、それは――ものすごく、自然体なんだな、と感じた。
 小さく笑ってみせる俺を見て、満月は嬉しそうに笑う。
「あたしはそんな苦労してるような迅より、めんどくさがりでテキトーな気楽な迅の方がす……」
 と、なんでかいったんそこで言葉を区切り。
「……い、いいと思うなっ」
 少し慌てたように言った。なんか、満月の顔が赤くなって見えるのは気のせいか? 暗くてよくわかんねぇ。
 俺は特に気を止めず、ひとり言のように言う。
「まぁ、そうだな……いいかもな、テキトーにするのも、さ」
 俺はいつもの屈託ない笑顔をしている満月を見て、口だけで笑みをつくる。
「けどな」
 あまりにも嬉しそうな満月を見たせいか、思わずこんなことを思ってしまう。
「それでフリーター。いやニートになってもさすがに困るぞ?」
 すると満月は、予想外の答えをもらったように「あー……」と明後日の方を向いた。つかマジで予想外の答えだな、絶対。
 じとっとした目で満月を見ていると、満月はなにかを思いついたようにおっ、とつぶやく。まーた変なこと思いついたんじゃないだろうな?
 ぴしっと人差し指を立てて、名案! って感じに。
「……じゃあ、そうなったらあたしが養ってあげよう!」
 ぶっ飛ぶぐらい予想外の答えを言ってくれやがった。俺は思わず口を開けたまま固まってしまう。
 気まずい、気まずい沈黙。笑顔のまま電池が切れた電子玩具のように停止している満月の頬に、一筋の汗が流れる。
「もしかして……すべった?」
「当たり前だ!」
 あれ? と首をかしげる満月に俺は全力で突っ込んだ。いったいこいつの思考回路はどうなってんだ? こいつは一回、脳内検査してみるべきだと思う。きっと治らないだろうけど。
 俺の気持ちを少しもわかってないように、満月はえへへとはにかんで笑う。
 あーもー、ホントこいつは……。
 なんだか突っ込むのもめんどくさくなり、俺も苦笑気味で笑う。
「でも、いいな。ごちゃごちゃ考えるより、テキトーにやってく方が楽だし。それでいいわ」
「うん。そっちの方が迅らしいよ。空に浮かぶわたあめみたいでさ」
「はあ? なんだそれ」
 空に浮かぶわたあめ……なんかすっげぇのんびりとした言葉だな。
「ほら、雲ってわたあめみたいに見えるでしょ? だからね」
 確か、さっきもそんなこと言ってた気がするな。
「で、なんでそれが俺みたいなんだ?」
「だって雲って、のんびりゆっくりマイペースに浮かんでるよね? なんかそれが迅みたいなんだもん」
 ……なんとなく納得。つーか、納得しちまった自分に軽く疑問覚えるんだけど。これは気にしたら負けなのか?
「じゃあ、そうするかな。空に浮かぶわたあめのように、テキトーにマイペースでな」
 と、俺は気にしないことにして笑う。
「うん!」
 それに満月は、満面の笑みで返してくれた。
 考えすぎるのもダメなんだな。なんて、その笑顔見て俺は思った。


 ……ちなみに、まったく関係ないことだけど。
 このあと、俺は満月にわたあめをおごった。つーかおごらされた。「あんな気の抜けた炭酸飲料を飲ませた罰!」とか言って。
 誰が買うか! と言ってやったら、「じゃあ迅のおばさんに、迅の机の下から二番目の引出しを」とか脅迫しやがったのだ。
 いつバレてたんだ、いったい。ホント、幼なじみっつーのは厄介だよな。……はぁ。