五ヶ条の御法式


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

五ヶ条の御法式


1617年(元和3年)

3月、甚右衛門が御評定所に呼び出され、本田佐渡守や諸奉行の前で、「願い」という形で傾城町を許された。
そのときに付けられた、5つの条件のこと。

甚右衛門へ被仰渡候書出 五ヶ条覚

一、傾城町之外、傾城屋商売いたすべからず。傾城囲之外何方より、雇来候共、先々へ傾城遣候事、向後一切停止たるべき事

一、傾城買ひ遊候者、一日一夜より長留致間敷事

一、傾城之衣類、惚縫金銀之摺箔等、一切着せ申間敷候、何地に而も、紺屋染を用可申事

一、傾城町屋作普請等、美麗にいたすべからず。町役等は江戸町之格式之通、急度相勤可申事

一、武士商人体之者に不限、出所不確か不審なる者、致ヒ(ギョウニンベンに非)徊候はば、住所致吟味、弥不審に相見候はば、奉行所へ訴え可相守もの也

右之通可相守もの也   奉行
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。