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名物記事[昔はワルかった自慢]


昔はワルかった、というより昔から情けなかったというほうが正しいような…。


オサーンの記事でも特に痛くてびっくりした記事を集め
…たいと思っているのですが
まだ編集中です。
おすすめ記事があればおしえてください!






[昔はワルかった自慢]

  • 高校時代は不良友達がバイクで自宅に集まり、酒盛り&深夜の乱痴気騒ぎ
  • 二人連れを見かけると大声で「せっくすっー!!」と叫び、西武球場に友達と夜中忍び込んで窃盗
  • ゲーセン代稼ぎにホームセンターで集団万引きし捕まる
  • 中森明菜のパンツ盗みに実家探し
  • 客の頭にカレーをかける
  • 深夜のミスタードーナツと暴走族と町の有力者


高校時代は不良友達がバイクで自宅に集まり、酒盛り&深夜の乱痴気騒ぎ

2006年08月12日
8月12日の日記。
  • 団地最後の今朝の自炊メシ:なんでもトウフカレー


明日の午後にはクロネコヤマトが引越しの荷物を取りに来るので、それでもまだ部屋の中は全然スーパーおいどん状態なもんだから、本来ブログなんてUPしてる時間なんか無いんですが、自分にとっては一応節目でもあるんで、無理しても書いておこうと思います。


今日は朝からずーっと、ほとんど一日中冷蔵庫の掃除をしていました。
あさってから住む部屋じゃ今ウチにある冷蔵庫は大き過ぎて置けなくて、まだまだ充分使えるのに捨てんのもったいねえなぁ~と思っておりましたらば、有り難いことに「引き取ってあげますよ」と連絡をくれた方がおられまして。

いくら使い古しを承知されてるとは言え、さすがに汚ったないまま送るのは、この私でも気が引けるってもんです。
なんせずーっと一人だったもんですから、冷蔵庫の中身の入れ替えはともかく、キチンとした掃除なんて私が使い出してこの6年間一度もやったことなくてですね。
いやぁ~大変でした。

まぁ一日かけただけあって、なんとか送れる状態にはなったかもです。
それでも男の仕事なんで、実はどーしても汚れが取れなかったトコが数箇所あるのですが、(ネジを外して大掛かりな分解をしないとどうにもならない)
コレは手の器用なダンナさんに磨き上げてもらうということで勘弁してもらいましょう。

え~いきなり私信ですが、

引き取っていただける方。

連絡してますようにブンブンうなる冷蔵庫ですが、モノはしっかりとしてますんで、そんなに悪いもんじゃないと思います。
ただいきなり使い始めないで、出来れば消毒(笑)してからにして下さいませね。
届いて全然使えなかったらどうしよう???


明日の晩はこの団地におりますが、あさってからは新しい部屋での生活になります。
ネットの開通は当初の話よりかなり早くなりまして、工事は来週の土曜日です。
なので、ブログは明日から一週間強の夏休みを頂戴いたします。




私がこの団地に引越してきたのは、中学3年になる春休みの時でしたから、
かれこれ27年も前のことになります。
そんなにも昔のことなのに、引っ越してきた日のことは未だによく憶えています。

その一年以上前から私の両親はすったもんだがありまして、生まれてから中学1年まで住んでた家を出て、中学2年の一年間はかなりデカい家に家族4人で住んでいました。
それでも一度壊れてしまったものはどうしようもなく離婚することになり、私と妹は母に引き取られることになって、慰謝料代わりにこの団地を買ったのです。

その頃の私は、家族がどんどん壊れていったこと・苗字を変えなければならなかったこと(これはかなり恥ずかしいもんだぞ)等々、子供なりにも自分の人生が悪い方へ向かっていき、悲しむ時期はもう通り越して、不幸になった張本人である母親を憎むようにも思っていました。

妹は既に母親と新しい家の下見を終えていましたが、私は引っ越す日が初めてでした。
それまでのデカい家を出て、叔母の運転する車で向かっている途中、

「今日から住む家はマンションだよ」

と母が後ろを向いて私に言うのです。
おお!すげーな。カッコいいぞ!!
マンションだったら引越しも悪くないぞ、と現地到着を楽しみにしつつ、車窓を眺めていると、車は大きな団地の中へ入っていきます。

ん?まさかこんなとこじゃないよな??
このオンボロ団地の先にきっとマンションがあるんだよな??

私の願いは叶わず、車は今住んでいる部屋の下に止まりました。
叔母さんがいたから声は出さなかったものの、

「なにがマンションだバカヤロウ!
どうしてこんなトコに来なけりゃならねえんだよ!
オマエが離婚しなけりゃこんなふうにならなかったのに!」

もう泣き出したい気持ちでした。
「●●ちゃん(私のコト)もお母さん大変なんだから手伝いなさいよ」と叔母さんに言われても、引越しを手伝う気力も無く、そのまま商店街の方へ走って逃げていきました。
まったく困った息子もあったものです(笑)


子供の私からすれば、それまで住んでいた一戸建ての家に比べると、どうしても貧相にしか見えない団地だったワケです。
けれども母にしてみれば、これから二十年ぶりに社会に復帰して、自分一人で二人の子供を育てていくことを考えると、不安ばかりの中でも新しい自分の「家」にきっと希望を持っていたんだと思います。


しかし当時の私はそんなことは考えもせず、
親戚が心配(母が一番思ってたでしょうが)していた不良になることもなく、
中学を卒業して高校生活に入りました。
もうその頃には団地だなんだと考えることは無くなりましたね。
ああ、早く自活して外に住んでみたいとは思ってましたが。


高校2~3年の間は、今思い出しても毎日笑ってたような楽しい2年間でした。
ちなみにこの間、私にもちゃんと彼女がいたんですよ(笑)
ウチにも毎日のように友達が来てまして、団地の下にバイクが並んでましてね。
近所の人からはかなりの不良集団だと思われていたらしいです。

試験前ともなれば勉強なんてしないのに夜な夜なバイクで集まり、試験が終わればウチで飲み会(笑)
あの頃はとにかく量を飲めるヤツが一番エラい、ってことで、日本酒(忘れもしない「男山」)を2升買って、皆で一升瓶のまま回し飲みをしたことがありまして。
そしたら一人が限界を超えてしまって、団地の窓を開けてゲロを吐き始めたんですよ。

んまぁ~私を含む残りのヤツラはヨッパらってることもあって、他人事のように大笑いしてたんですが、夜中の団地中にゲロを吐く声が響き渡っております。
今だったら警察に通報されてんでしょうが、ぐーすか寝てる我々をよそに、私の母さんは次の日仕事だってのに、2時3時まで介抱してやってましてね。
その彼はいつまでもそのことを忘れず、私の母の通夜の時には、嫁と娘とお母さんまで一家総出で来てくれました。



こんな団地なんか出たい出たいとずっと思っているうちに、
妹は結婚して家を出て、この団地を大切にしていた母は死んでしまって、
中抜き期間はあるものの、結局私が一番長く住んでいることになってしまいました。

この歳になっても何もなし得ぬまま、ここを出ていいのか、
って気持ちは強くあるんですよ。
誰にも恩返しもせず、黙って見捨てるように出て行ってしまっていいのかと。

今回、ここを売らないで残しておくのは、そんな気持ちもあるんです。
もちろん理由はそれだけじゃ無いですよ。
これからも一人で生きていく上で、やっぱりお金は大切だし、また何かあってここに戻ってくる日があるかもしれない。

でも一番の理由は、
この団地は例え名義が変わろうとも私の家では無いんです。
いつまでも母親のマンションなのですよ。
私が一人前にもなってもいないのに、勝手に売っ払うワケには行かないってばよ。




あさってからこの団地の部屋には誰もいなくなりますが、
電気・ガス・水道はとりあえずそのまま契約しておくことにしました。
月に一度は帰ってきて、これからはキレイにしておかないとね。


では、
次回は東京都府中市からUPいたしますね。



posted by Saxman at 23:22 | 東京 | Comment(10) | TrackBack(0) | 日記


二人連れを見かけると大声で「せっくすっー!!」と叫び、西武球場に友達と夜中忍び込んで窃盗

2009年07月26日
ヨッパらうとUPも一仕事。あー明日から会社かあ~7月26日ただ今22時14分也。

海老辛味炒め
地味ヤッコ
塩蔵わかめキューリしらすポン酢(キューリ切り方間違える)
アサヒ ザ・マスター500 & 毎度サントリーストロングレモン350。

---
先週からいつまで続くかわかりませんが、自転車乗りを復活しました。
冷房の効いたスポーツクラブも気持ちいいんだけど、
風を受けながら自然の中を走る気持ち良さとは比べ物になりません。

私が住む街には遥か東京湾まで繋がっている立派なサイクリング道路があって、
ほとんど平坦なコースで走り易く、それゆえいつもかなり混んでおりまして
私としてはウチから終点まで片道約20キロの「多摩湖自転車道」の方が
お気に入りです。

ここ数年は湖(正確には貯水池)の堤防の工事をずっとやってて、
足が遠のく大きな原因になっていましたが、
先週行ってみると、おいおい工事終わってるぞ結構立派じゃんかよ!


夏休みに入ると毎週土日に隣にある西武園遊園地で花火大会がありまして、
夜にもなるとこの堤防は人で一杯になります。
中学の頃だったか、夕方夜に友達数人でここらへんほっつき歩いてて
二人連れを見かけると大声で「せっくすっー!!」とか言ってたのも懐かしい思い出です。
そんなコトしてたからバチが当たってしまったんかなあ・・・


この湖の周りがぐるーっとサイクリング道路になってて、
一周大体10キロ強ぐらいかな?
アップダウンも運動不足のおじさんが鍛えるには調度いいぐらい。
普段の生活じゃ緑に触れることなんて皆無だから、気持ち良いったらありゃしない。
右手に見える白いのが西武ドームです。


ドームの前の西武球場が出来たのは私が中学2年のとき。
まさかこんな田舎にプロ野球のチームが来るなんてホントびっくりでした。
球場を作ってるとき(確か冬ですよ)に友達3人で夜中に忍び込んで
人工芝と椅子をかっぱらってきました。
次の日に学校へ持ってって自慢したんだよな。


堤防の湖から反対側。
写真のちょうど真ん中あたりが、私が生まれてから中2まで住んでた街です。
東京とはいえ田舎ですよ。
小さい頃は街に肉屋が無くて隣の街から車で売りに来てたし、
多分今もそうじゃないかと思うけど、街に本屋が一軒もありません。
電車だって未だに単線だしね。

とりたて何も無い景色ですが、
街の喧騒から離れてほとんど何の音もせず、
いつもここに来ると何だか落ち着きます。


しかし今日は随分と日に焼けたな。
この時間になってもまだ手が痛いですよ。




posted by Saxman at 22:14 | 東京 | Comment(0) | 日記


ゲーセン代稼ぎにホームセンターで集団万引きし捕まる



お懐かしや
私が中学生時代に一世を風靡したスペースインベーダーに続く
第二世代のテレビゲームの名作ギャラクシアン!!
ハマったハマった。毎日ゲームセンター行ってましたよ。

このゲームをやる金をちょろまかすために
我々4人組はホームセンターで万引きしてものの見事に捕まりまして
私はそれ以降、テレビゲームは一切と言っていいほどやっておりません。

ファミコンは当時の彼女の家で1~2回やったきりで、
プレステになっちゃうと一度も触ったこと無いですね。





中森明菜のパンツ盗みに実家探し

2004年 07月 30日
「スローモーション/中森明菜」
僕らが高校2年の時に中森明菜は「スター誕生」からデビューした。

同時期に人気を二分していた松田聖子は、都会的で正しい恋愛一直線という
イメージで売っていたが、方や明菜の方は少し不良がかって&やや寂しげで、
都内と言えども会話語尾に「だべ」を付ける心はイナカ者の僕らを、ときめ
かせていたものである。

高3になっても全然勉強をしないで麻雀ばかりしていた僕らは、その日も教室の
後ろで「アイドルで彼女にするとしたら誰か」という下らない話をしていた。
「小泉今日子」「早見優」だの名前を挙げたところで、付き合える訳は無いんだが
(ちなみにワタシは原田知世)、クロカワという奴がいきなり「中森明菜の妹が
ウチに遊びに来たことがある」と言い出したんである。

このクロカワという男は良い奴なんだが、人が言ったギャグを毎回オウム返し
するウザったいトコロがあって、半分笑いのタネにされている面もあった。

僕ら「クロカワいい加減なこと言うんじゃねえよ」
クロ「ホントだよ。オレの妹と明穂(明菜の妹)は友達だったんだよ」
僕ら「ウソこくんじゃねえよ!証拠あんのかよ」
クロ「明菜の家を知ってるよ。引っ越してなきゃ今もいるはずだよ」
僕ら「ホントかよ!!おめえウソだったらぶっ殺すぞ!」

何とも物騒な話であるが、人気絶頂のアイドルが僕らの身近にいることが
到底信じられなかったんである。
その日の放課後は麻雀を取りやめて、「行くべ行くべ」と中型と原チャリに分乗して
キヨセの中森家に向かった。
実際に行くことになると現実味が沸いてきて「いたらメットにサインしてもらおう」
とか「下着を盗むか」と言った話で盛り上がってきた。

しかし先導のクロカワが、同じ道を何度も走る。
わざとらしく首を振っているのが、後続の僕らから見える。
これはどうやらオカシイと思い始めた時クロカワが止まった。

クロ「あそこだよ明菜の家は」

普通の住宅街にある2階建ての家。
知られることを恐れてか表札は出ていない。

しかし、

元は白壁だったと思われる一面はスプレーでメチャクチャ。
「~参上」とか「尊王愛国~」とか、例の東京都マークとかが何重にも書かれていて
とても人間の住める環境では無い。
これはスゴい・・・

僕らはバイクから降りずに無言で通り過ぎた。
クロ「だからホントだって言ったろ」
その日は気分が悪くて、ファミレスには寄らず皆そのまま帰った。

---
中森明菜には薄幸のイメージがつきまとう。
今はどうか知らんが、美貌と才能に恵まれたのにシアワセに縁遠い。
個人的には興味は無いが、写真週刊誌に撮られてた頃も到底シアワセそうには
見えなかった。

♪砂のう~え 刻~むステェップ ほーんの一人遊び

デビュー曲でありながら、個人的にはBest Trackです。



by yamada_chan_blog | 2004-07-30 10:07 | MUSIC


客の頭にカレーをかける

2004年 09月 05日
9月5日の朝ごはん

最初っから作る気ナシ肉屋のメンチカツ2枚
もやし味噌汁
モモヤ福神漬(ようやく終了)
麦ごはん1合くらい

pegion青年からのコメント、
疲れたときに“いちどドトールで灰皿にミルクを注いだことがあり”には、
あぁワカルワカル!と大笑い。

これ読んで思い出したのは、昔ビジネスホテルでバイトしてた時に手がすべって
女ノコOLの頭の上から、どぼどぼどぼ~っ!とカレーをかけてしまったことがあります。
「ぎゃあ~!!」と阿鼻叫喚の大騒ぎ(当たり前か)。

今思い出しても胸がドキドキしますWa。



by yamada_chan_blog | 2004-09-05 07:47 | めし


ミスタードーナツと暴走族と町の有力者

2005年 03月 12日
“Hello, Goodbye/The Beatles”

今から21年前。

私は「宅浪」という世の中で一番役に立たない生き物でした。
「宅浪」と聞けばドテラを着て牛乳瓶メガメにネジリ鉢巻、なんて姿を想像しますが、
私の場合は勉強などろくにせず、実態は行き場の無いプーだったわけです。
今じゃ「ニート」なんて言葉があるみたいですナ。

なにせ勉強をしないもんだから、時間はあるけど金は無いしで、アルバイトは
色々とやりました。
ドカチン・引越し等の肉体労働から、ファミレス、ホテルマン、事務職等々。
ホテルバイトで電話応対を覚えたし、事務バイトでブラインドタッチを身に着けたのです。
で、話は前後しますが、19の時に憧れだった「ミスタードーナツ」でバイトをしました。

今まで何度も書いてきているのですが、揚げ立てのドーナツというのはとってもオイシイ。
コレを盗み食いしている時は“あ~ウメエなぁ~こんなウメエもんタダで食えて良いバイトを
選んだもんだよなぁ~”とつくづく思ったものです。

けれども、このバイトで良かったのはそこんとこだけ。

私が選んだ働く時間は夜11時~朝7時。当時、女性は深夜働くことは出来ません。
まぁそれはどうでも良いとして、深夜というのは客層がえらく悪いのです。
店内は昼間と同じOSAMUグッズや所ジョージのポスターが貼ってあって、爽やかな雰囲気を
醸し出しているのですが、客は全然爽やかでは無い。
泥酔客は店内でゲロを吐くし、ヨッパらいどおしの喧嘩も多々。
毎日3時過ぎにやってくるアヤシゲなオババから、私は何故か“消防士さん”と呼ばれていました。
そして一番困っていたのは、この店は不良の溜まり場だったのですよ。

毎晩5~6人がコーラとドーナツだけで2時間くらい居座る。
もうねえ凄いんですよ。他の客がいようが大声で猥談をしまくるし、女が一緒だと平気でキスとかしてる。
便所でシンナーは吸うし、こっちが見て見ぬ振りをしてるのをいいことに散らかし放題。
他の客なんて店の中に入った途端、異常な雰囲気を察知して直ぐに出てっちゃうんですよ。
このバカどもがいなけりゃなぁ~、と毎晩思っていました。

その晩の店は22歳の副店長と私の二人だけでした。

12時過ぎにいつものバカども5~6人がやってきて、しばらくしたらパララパララパララ~と
族車に乗った仲間達がやってきて、あっという間に店内は暴走族20数名で満席になりました。
深夜に満席になることなど無いのですが、それが全員暴走族!!
これはですね。もうおっかないなんてもんじゃないですよ!
私はその場で直ぐにでもバイトを辞めたいと思いました。

ヤツラは大声でバカ話をしまくり、アーリーアメリカンな店内は紫煙で霞んでいます。
我々店側の小市民二人はドキドキしながらも何も無い振りをし、「ありがとうございます」
なんてマニュアル通りに返事をし、早く時が過ぎることを願っていたのですが・・・

特攻服を着た眉毛の無いヤツラのリーダーが、コーヒーのマグを灰皿にしていたのです。
これを見つけた副店長。今まで溜めに溜め込んできたものが遂に切れてしまった!

「いい加減にしろよ」

店内一瞬沈黙。

「ああぁ?おまえ今なんて言った?」
「灰皿にすんのはやめろよ」
「もう一度言ってみろよ」
「やめろって言ってんだろ」

この時、店内BGMがニセモノビートルズの「ハロー・グッドバイ」になりました。
♪ゆーせぃいえす あーせぃのー 

「生意気言ってんじゃねえぞこのやろ」特攻服が副店長に掴みかかる。
♪ゆぅせぃすとっぷ ばらあせぃごぅごぅごー
「こんな店ぶち壊しちまえっ」
♪おぅのぉー ゆーせいぐばーぃ あんなーせぃはろー
うぉ~っと20数名の暴徒が襲い掛かってきた!!!
♪はろー はろー あいどんのーわいゆーせいぐっばい あいせーはろー

私もどちらかと言えば体格は良い方なのですが、4人くらいに羽交い絞めにされ身動き出来ない。
副店長も数名に押さえつけられてぶん殴られ、他の暴徒はショーケースを割ってドーナツを店中に
撒き散らしている・・・

ヤツラは(多分)5分くらい暴れに暴れまくり、パララパララパララ~と出て行きました。
メチャクチャにされた店内には鼻血顔で泣いている副店長と、最後まで何も出来なかった私。
BGMはニセモノカーペンターズの「シング」に変わっていました。
♪らんららららーら らんららららーら らららららら・・・

このあと警察に電話をして30分くらい状況聴取があり、朝5時前に一人逆恨みをした特攻服が
再びやってきて、ここで一立ち回りがあるのですが、話が長くなり過ぎるので省略。
翌日、店の危機と思った店長が地元の「有力者」に話をしに行き、それ以降ヤツラはピタリと来なくなりました。
かなりの金を払ったというバイト同士のウワサでしたが、どんなもんだったんでしょうか。


今まで40年生きてて一番恐かったお話。
「ハロー・グッドバイ」がかかると、今でもたまに金八先生で加藤君が暴れた時のように
あの時の光景がフラッシュバックするのです。


長過ぎたかな?まあ休みの晩だし。