もぬけのから


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「最近、投げやりぎみじゃないか?」
「何が」
「世界のすべてがだよ」
 波打った黒髪をわざとらしくかきあげた。気に障る男だ。
 僕は、それを見ないふりをした。奴の顔から視線をそらした。
 低い屋根の家が連なっている向こうに、風呂屋の煙突が見えた。
「わからない。世界のすべてを見たわけじゃないから」
 ボソリと呟く。奴は唇の端をあげて、薄く笑った。
 夕暮れの赤い光が、僕らを染めていた。絹のヴェールのように。
 奴は悪魔的な美少年。僕は、そこらじゅうにいる、平凡な、ちょっと冴えない男。二十歳。
 ああ。でも。不思議だ。奇妙だ。
 きっと人間は、誰にも言えない奇妙な人生経験の一つや二つ必ず持っている。
 日常平凡な、明るい世界の裏側を、時に、ひょいと覗き込んでしまうことがある。
 僕の場合、それは散歩している時に。往々にして。前触れもなく。突然。
「もぬけのからなんだ」
 すがるような声が出た。
「探しても探しても見つからない。僕が何をすべきなのかも。そして、おかしなことばかり起きる」
 泣きそうだ。意味もわからず。なぜ、悲しいんだろう? そもそも奴は何者なんだ?
 目の前の美少年は、首をかしげて、黙ったまま僕を見ている。その唇は、いまや一文字「まだまだってことだよ」
 奴は言った。そして歩き出した。
 僕はうなだれた犬のように後をついていくしかなかった。本当は、すごく嫌だったけれど。
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