木魂


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 薄煙は銀の薬缶より熱含み迸れば、うたた寝の心地覚めて飛び起きぬ。夢は白き花を津間見し乙女、草木茂る暗き森の泉に座し、小肯部うなだれ、陽はまろけく葉を滑り肩へ打ちかかりぬ。我は木魂となり山河渓谷逍遥し鳥獣虫類魚貝魍魎鬼人垣間見む。夕は西のかた迫り酔いの星、雲呼ぶ月の朧なる。
 乙女は森陰にまぎれ木魂の目にもとまらぬ静けさ。夕と夜の境に一時ひらめく光のみその姿を現すべし。いまや幽かなる声に手を休め打ち振り向きぬ。誰ぞと呼ばうに応ふるものなし。あやしみ声ひそめ、再び問ふに音もなし。
 木魂とどまりぬ。己が権能忘却しせり、そはただ与ふるを返すのみなりといえど返さざる。乙女が足元に雪立草ゆかしく花開けば、消ゆる西日の陰まとふ。霜深き淵と見まごう雲鬟の、露と結ぶ寒梅瀬に、銀髪挿しの一ツ星。月下の雫、夕天寵姫、一顧妖かしの心蕩かす。
 木魂彷徨い止むればその身は死すなり。声音途絶えて霧となり散じて山の懐入れば新しき木魂生まれいづ。余人はその新旧知らずまして其の魂を知らず、げに木魂と謂えども我が心に初めて気づけり。
 誰ぞ、誰ぞ、誰ぞ、と木魂返せり。乙女驚き答えの遅きを怪しみ恐れ震えき。木魂は最早木魂ならず、声音は乙女なりとも心は己なり、されど心あれど言葉は持たず、誰ぞと返すのみにあり。乙女衣を返しぬ。
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