思えば、ずいぶん久しぶりだ。
忘れていた。
まったく別のことにばかり気を取られていた。
ナズナ嬢の。
黄昏の国の夢ばかり見ていた。
夢は目が覚めれば消えてしまう。
しかし黄昏の国は消えない。
眠りにつけば、再び現れる。
「いい加減に、こっち向きなさい」
背後から、イラついた声が投げられた。
花の香りとともに。
どんな顔をしたらいいか。
悩む刻限はとうに過ぎている。
だから、生半可な返事をして、振り向いた。
「奈津美」
僕は、ずっと眠っていたのだ。
誰に会うこともなく、まるで死体のように。
「どうして、ここが」
柔らかな鬢の毛を眺めながら言った。
目を見るのは辛かった。彼女は僕を睨んでいるだろうか。
「探していたから。当然」
相変わらずの、断定的な口調。
「でも、ここは」
「どこだろうと、関係ない。探していたから、見つけた」
目線は、知らず知らず、足元のほうへ。黒いジーンズだ。
「僕も、探していたから」
「誰を」
忘れ去っていた言い訳は、思っていたより難しかった。
「わかってるだろ?」
「知らない」
負けそうだ。いつものように。いつもそうだったように。
静かな怒りを感じる。彼女は冷静だ。常に。
しかし、これまでよりもずっと。
「まだ、いまだに、探しているんだ。君と違って」
「だから、誰」
「御免」
そう言って、僕は、ふたたび背をむけた。
最終更新:2008年12月22日 20:09