※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

タケシさんの部屋に行くと、ピカチュウはついさっき出て行ったと言われた。
もしピカチュウがあたしの部屋に戻ったのだとしたら、途中ですれ違っているはず。

「どこに行ったのよ、もう」

爪を噛む。苛立ちと不安で、小さい頃に直った癖が復活しそうになる。
あたしが何気なく庭園に視線を移すと、誰かが正門の方へ歩いているところだった。
常夜灯がその人の顔を淡く照らし出す。

「あっ……」

夕方に見たのと同じ人だった。
既視感がさらに強まる。なのに、それが誰だか思い出せない。
今追いかけてなければ、あの人にもう二度と会えないような直感がした。
靴を取りに行って戻ってきたとき、既に人影は消えていた。
それでもあたしは庭に降りて、常夜灯と青白い月明かりを頼りに人影を見た辺りまで歩いていった。

「探したぜ。何やってんだよ、こんなところで」

振り返ると、そこにはタイチがいた。
きっと、あの人にはもう会えない。
脱力感にも似た諦めで、心がいっぱいになる。

「タイチには関係ない」
「冷てぇな」

タイチは気にした風もなく頭をかいた。

「どうしてあたしを追いかけてきたのよ」
「決まってんだろ。話がまだ終わってないからだ」

しつこい男は嫌われるのよ、という台詞が浮かんだけど、言えなかった。
あたしの心のどこかには、タイチが追いかけてくれたことを嬉しく感じている自分がいた。
それなのに、口からついて出るのは辛辣な言葉ばかりで――。

「無駄よ。タイチにはあたしの気持ちなんて、わかりっこないもの」
「ああ、分からねえよ」
「……開きなおるのね」
「違う。確かに俺は、ヒナタが今どんな気持ちか分からない。
 俺には親父もお袋もいて、勘当されたこともねえからな」
「幸せ自慢するつもり?」

タイチはあたしの横槍を無視して言った。

「だから、教えて欲しいんだ。
 ヒナタは何でも自分の内に溜め込んで、自分の力だけで何とかしようとするところがあるだろ。
 どうして俺やカエデにもっと色々話してくれないんだよ。
 俺たちはそんなに信用されてねえのかよ」
「そ、そんなこと……」
「ないって言うなら、話してくれ。
 じゃないと俺はヒナタがマサラタウンに帰ることに納得できない」
――タイチに納得してもらう必要なんかない。
そうやって突っぱねる選択肢もあった。けど、頭で考えるよりも先に口が動いていた。

「あたしとお母さんのことは、あの夜、あたしがあの人の前に顔を出すまでずっと忘れられていたの。
 あの人にとって、あたしは邪魔者以外の何者でもないのよ。
 だからシゲルおじさまがあたしを同行させたところで、シゲルおじさまの期待通りにはならないの」
「なあ、一旦ヒナタの親父さんが失踪以来何をしてたかとか、ヒナタのことをどう思ってるとか、そういうの全部忘れろよ。
 大切なのは、ヒナタが親父さんに対して、どう思ってるか、だろ」

それ以上突き詰められたら、あたしはきっと全てさらけ出してしまう。
分かっていながら、続くタイチの言葉を待った。

「一分でも会いたい気持ちが残ってるのか?」

俯く。

「完全に縁を切っちまいたいと思ってるのか?」

首を横に振る。
動作を終えてから自分の回答に気付いた。

「ま、待って、今のは無意識で……」
「無意識のうちの行動ほど、深層心理を反映してるって言うぜ」
「で、でも、やっぱりダメなの。
 あの人には新しい女の人がいて、その人との間にはアヤがいて、」
「だーかーら、そんなもん全部関係ねえって言ってんだろ。
 いい加減怒るぞ。
 ヒナタの親父さんがカスミさんと別の女と結婚してようが、その女との間に子供作ってようが、
 ヒナタが親父さんの娘であることにはなんの関係もねえんだよ」

タイチが一歩こっちに詰め寄る。あたしが一歩後ずさる。
そんなことを繰り返して、あたしの背中は、エリカさんのお父さんが大切に育てている柳の幹に押し当てられた。

「あの日からずっと、ヒナタは親父さんのこと、あの人って言ってるよな」
「だって、あの人はあたしのことを、」

――『馴れ馴れしく話しかけるな。お前とお前の母親など、私にとっては過去の遺物だ』――

「娘だって、認めてくれなかったのよ」

目頭が熱くなる。滲んだ涙を見られたくなくて、顔を背けた。
次の瞬間、冬の冷たさを一時忘れてしまうほど、心地よい温もりに包まれた。

「もう、いいだろ」

タイチの声は優しかった。

「ヒナタが父親と思ってる人を『お父さん』って呼ぶのに、資格なんて要らねえ。
 伝わらなくったっていい。一方通行でもいい。
 ヒナタが呼びたいように呼べばいいんだ。思いたいように思えばいいんだよ」

心に重くのし掛かっていた冷たい何かが、一時に溶けていくような気がした。
あたしはいったい、何を思い詰めていたんだろう。
どうしてこんな単純な理屈に気付けなかったんだろう。
お父さんに認められなくったっていい。
見苦しくったっていい。

「ひくっ……あたし、……えぐっ……お父さんに、会いたい……っ……あれで終わりなんて……やだっ……」

涙でぐちゃぐちゃの顔をタイチの胸に押しつける。
低い鼓動の音を聞いていると、妙な安心感に包まれた。
「俺はヒナタの親父さんのことを信じてる。
 あの人が本心からあんなことを言えるわけがないんだ。
 ヒナタがキャタピーに襲われた時、ヒナタを助けてくれたのも、
 俺が大人を呼びにいってる間、ヒナタのことを見守ってくれてたのも、ヒナタの親父さんなんだぜ」
「……うん」
「だから、ヒナタも親父さんを信じろ」
「……うんっ」

幽かな風に靡く柳の葉音が聞こえるほどに心が落ち着いた頃、
あたしは自分とタイチの距離が零になっていることに気が付いた。
普段なら迷い無く突き飛ばしているところだけれど、何故か腕に力が籠もらない。
――きっと今なら、もしタイチが変なことをしたとしても、許してしまう。
そんなことを考えて、顔が熱くなる。
あたしは念入りに涙と鼻水をタイチの服で拭ってから顔を上げた。
こんな時に限ってタイチは混じりけのない優しい表情をしていた。

「反則よ」
「何がだ?」
「な、なんでもないわ。
 ねえ、タイチはどうしてここまでしてくれるの」
「このままヒナタがマサラタウンに帰っちまったら、ヒナタはこの先ずっと、あの夜のことを引きずると思ったから。
 ピカチュウが戻ってきて、ヒナタは笑うようになったけど、なんつーか、見てると脆くてさ。
 お前が心から笑えるには、どうすりゃいいのかって、俺なりに考えて、その答えがこれだ」
「………よ、よくそんな恥ずかしいこと言えるわね」

タイチは頬を紅潮させながら言った。

「でも、理由はそれだけじゃないんだ」
「他にも、あるの?」
「あるけど、言っても逃げないか?」
「逃げないから、教えて」
「俺、ヒナタが一緒じゃなきゃ嫌なんだ。
 お前と一緒に旅をして、お前と一緒にポケモンリーグ目指したいんだ。
 だからお前がマサラタウンに帰るって言ったとき、どんなことしてでも引き留めようと思った」
「タイチ……」
「好きだ、ヒナタ」

飾り気のない淡泊な告白。

「くすっ」
「わ、笑うとこじゃねえだろ」
「タイチらしいなあと思って」
「なんだよ。俺は真面目に……」
「分かってる」

もう一度タイチの胸に顔を埋める。
今なら、自分に素直になれる。
抑えつけていた言葉を解き放つのに、特別な勇気は必要なかった。

「あたしも、タイチのことが好き」

心が温かい幸せで満たされている。
タイチもあたしと同じ気持ちを味わっているのかしら。
夢心地で顔を上げたその時、サク、という軽やかな音が響き、
タイチは安らかな表情を保ちながら地面に崩れ落ちた。



「ピカチュウは、あたしが襲われてると思ったのね……」

ヒナタの声は僕を誉めているようで虚ろだった。
僕は現在後ろ足をたたみ、両手を前に付きながら丸まっている状態である。
これは人間でいうところの正座にあたる。つまり僕は猛省しているのである。

マサキの庵から庭に降り立った僕が見たもの、
それは抵抗するヒナタの四肢を押さえつけ無理矢理に唇を重ねんとしているタイチの姿だった。
そこからの行動は無我の境地だった。
"電光石火"。跳躍。無防備に晒された延髄を目掛けて繰り出した"アイアンテール"はクリーンヒット。
暴漢タイチは沈黙。僕は安堵の表情を期待して主を見上げた。
全てが僕の誤解によるものと判明したのは、ヒナタが今にも泣きそうな顔でタイチに駆け寄ったのを見てからだ。
「一晩眠れば目を醒ますでしょう。
 さあ、君は自分の部屋に戻りなさい」

とエリカの侍医は言った。

「夜遅くにすみませんでした」

ヒナタは最後に複雑な感情の入り交じった視線をタイチに送って、部屋を後にした。
項垂れながらその後に続く。

「ピカチュウ」

ヒナタは僕の行動を咎めるわけでもなく、僕を肩に乗せてくれた。
エリカの侍医がタイチを診ているあいだ、ヒナタはずっとタイチの手を握っていた。
そこにはかつて僕がサトシとカスミの間に感じたものと同じ情緒があった。
若い男女がそれなりの時間を共有していたのだ。
この展開を予想していなかったと言えば嘘になる。
が、しかし――僕の心境は入り乱れていた。
人の気持ちは刹那的で移ろいやすい。
ヒナタが将来傷つけられるかもしれないことを考慮すれば、やはり僕はあのとき、命を賭してでも"雷"を落としておくべきだったのではないだろうか?

「あたし、マサラタウンには帰らないことにしたの。
 どんなに拒絶されてもいい。もう一度だけお父さんに会って、話したい。
 タイチがそれに気付かせてくれたの」

……………愚問だな。
僕は自分の浅はかな邪推を恥じた。
ヒナタを変えたのはタイチだ。タイチなら、ヒナタの心の穴を埋めることができるだろう。
僕が死んだときも、ヒナタの傍にいて慰めてくれるだろう。
嬉しさと切なさが混在した心は、不思議なほどに穏やかだった。

「ねえ、ピカチュウ」
「ピィ?」

ヒナタはふと足を止め、視線を彷徨わせてから言った。

「ピカチュウはもう一度お父さんに会いたい?
 それとも、もう二度とお父さんに会いたくない?」

僕があえて反応しないでいると、

「あたしはさっき、もう一度お父さんに会いたいって言ったけど……、
 ピカチュウが嫌なら、ピカチュウにはここで、あたしが帰るのを待ってて欲しいの」

ヒナタは僕がサトシから捨てられたことを知っているから、
自分が抱いていた心の痛みと同じものを、僕も抱えているのではないかと気遣ってくれている。
僕はヒナタの豊かな髪に身を寄せて、意思表示した。

「ピィカァ、チュッ」

僕は君に着いていく。

「うん、分かった。ありがとう、ピカチュウ」

綻ぶヒナタの顔から目をそらす。
自分とヒナタに嘘を吐いたことは自覚していた。
カスミにはヒナタを護るように言われている。
そしてヒナタを護るために、僕は自分を犠牲にする覚悟がある。
彼女が父親に会いに行くと言うのなら、僕は何も言わず彼女に追従するまでだ。
しかし、サトシにもう一度会いたいか、と問われれば、僕は首を横に振らざるをえない。
シルフカンパニーの屋上で彼と再会するまでは、サトシに再会したい気持ちでいっぱいだった。
カスミとヒナタを捨てた理由を知りたかったから、という理由付けでは不純だ。
僕は少なからず、何故サトシが僕をマサラタウンに置いていったのか、知りたかった。
その疑問に対して一つの憶測が生まれた今、その憶測の正否を確かめるのが怖かった。

「ピカピ……」

僕は目を瞑って、サトシの娘から伝わる熱を少しでも多く感じとろうとした。


途中で中断されたけど、タイチとは気持ちを通わせることが出来た。
お父さんにもう一度会いに行くことに対して、完全に不安がなくなったと言えば嘘になる。
でも、あたしにはピカチュウがいる。ピカチュウが一緒なら、あたしは真正面からお父さんに向き合える。
あの夜からずっと重かった心が、今は軽い。
カエデはもう部屋に戻っているのかしら?
あたしは細く明かりが漏れる襖をそっと開けた。

「………!」

反射的に襖を閉めて、深呼吸して気を落ち着かせる。
あたしが一瞬垣間見たもの、それは浴衣がはだけるのもお構いなしに、
抱き枕もといパウワウに腕と足を絡ませ、部屋の隅に転がっているカエデの姿だった。

「ど、どうしよう」
「ピ、ピカチュ」

ピカチュウが左右に激しく首を振る。
小さな頃から喧嘩ばかりしてきたあたしとカエデ。
負けるのはいつもあたしだったけど、極稀にカエデを負かしたことがあった。
そんな時、あたしがすぐに謝れば、カエデは調子よく復活した。
でも謝る機会を逸してしまうと、カエデはパウワウを抱き枕にして三日ほどあたしと口を聞いてくれなくなった。
思い当たる節は、ある。
あたしが部屋を飛び出した後、タイチはカエデと二手に分かれてあたしを探した。
もしカエデが、中庭にいるあたしとタイチの姿を目撃していたとしたら?
裏切られた、って思うわよね、普通。
カエデは散々あたしにタイチが好きと話していたんだから。
でも、言い逃れしたって仕方ない。
正直に自分の気持ちを打ち明けて、謝ろう。
意を決する。あたしは勢いよく襖を開けて、

「あのね、カエデ――」
「もうキスはしたの?」

完全な不意打ちに、頭が真っ白になった。

「えっと、あの、その」
「まだなんだ。ふーん。初心だもんね、ヒナタは。
 ……いつまでそこに突っ立ってんのよ。
 暖気が逃げるからさっさと入りなさいよね」

言葉通りに襖を閉めて、仲居さんの敷いてくれた布団の上に正座する。
あたしはカエデの背中に恐る恐る尋ねた。

「怒ってる?」

それから長い間、カエデは何も言わなかった。
「ぱうぅ、ぱうぅ」という、きつく抱きしめられているパウワウの苦しげな鳴き声が静寂を乱すのみだった。
ピカチュウはカエデが転がっている角の対角で、小さく丸まっている。
あたしとカエデがまだ幼かった頃、こんな状態になったカエデに、
耳が取れそうになるほどきつく掴まれて振り回された可哀想な記憶が蘇っているのかもしれない。
あたしが部屋の暖かさに眠気を感じ始めた頃、カエデが呟いた。

「……怒ってないわよ」
「ぱ、ぱうぅっ」

パウワウの悲鳴で、カエデの抱擁に一段と力が入ったことが分かる。

「ずっと前から気付いてたもん。
 あんたが本当はタイチくんのこと好きで、タイチくんがヒナタのことしか見てないことだって分かってたもん」
「えっ」

タイチがあたししか見ていなかったという言葉に驚くと、
カエデはパウワウを抱きしめたままこちらを向いて、少し潤んだ目であたしを睨み付けた。

「なんでそこで驚くのよ!
 誰が見ても気付くわよあんなの。
 あーもー、ほんとうんざり。見てて苛々したわ」

そんな風に言われても、腑に落ちなかった。
あたしはつい数時間前まで、気を置かずに話すタイチとカエデを見て嫉妬を感じていたりしたのに。

「どうせ最初からあたしに勝ち目なんか無かったのよ。
 あんな昔から布石打ってたなんて……ほんっとに卑怯よね、ヒナタは」
「昔からの布石……?」
「ピカチュウが帰ってくる前、タイチくんがお父さんと模擬戦した日があったでしょ。
 あの日の夜にタイチくんから聞いたわ。
 子供の頃にヒナタがキャタピーに襲われて、それをタイチくんが助けられなかったこと」
「布石も何も……ただの思い出じゃない」
「その"ただの"思い出が、あたしにとってはどんなに頑張っても手に入れられない物なのっ!
 その思い出があったから、タイチくんはヒナタしか眼中に無くなっちゃったのっ!」
「ぱうぅっ、ぱうぱうぅっ」

いよいよパウワウがつぶらな黒い瞳に涙を浮かべ始める。
カエデは声のトーンを落として言った。

「あの日の夜だって、ほんとは告白するつもりだった。
 でも、二人きりになったのにタイチくんがヒナタの話ばっかりするから、あたし、我慢できなくなって訊いちゃったの」

――タイチくんはそんなにヒナタが大切なの?――

「そしたらなんて答えたと思う?」
「わ、分からないわ」
「タイチくんはね、ヒナタが傷つくのが何よりも我慢ならないんだって。
 ヒナタが悲しんでいたら、何をしてでもその原因を取り除いてあげたいんだって」

純愛すぎて笑っちゃうわよね、とカエデがパウワウに同意を求める。
パウワウはこれ以上抱擁が強くなることを怖れたのか「ぱうぱう!」と即答した。

「それ聞いて、諦めがついたの。こりゃダメだな、って。
 タイチくんの心には、あたしが住めるような余地はないってことに気付かされたわけ」
あたしは誤解していた。
あの日の夜を境に、タイチに対するカエデの態度に遠慮が無くなったように見えたのは、
二人の距離が縮まったからではなく、カエデがタイチを友達として意識すると決めたからだった。

「はぁーあ。なんかもうどうでもよくなっちゃった」

ふときつく絡まっていた腕と足が緩み、パウワウが畳の上を転がる。
それと同時に、それまでパウワウが隠していた、際どいカエデの肢体が露わにになった。

「カエデ、浴衣……」
「ここにはあたしとヒナタしかいないんだから別に気にすることもないでしょ」

そう言ってカエデは、雪のように真っ白な内ももから膝までつと指を滑らせて、

「色気で誘惑したほうが良かったのかな。タイチくんそういうのに弱そうだし」

とんでもないことを呟いた。

「だ、だめよ。それは絶対にだめ!」
「ぷぷっ、冗談に決まってるじゃない。必死になっちゃって、バカみたい」

カエデの表情に笑顔が戻る。あたしも笑った。
ふと部屋の角を見ると、パウワウが丸まったままのピカチュウに近寄って、
主の機嫌がひとまず直ったことを教えてあげているようだった。
「ぱうー」「チュ?」
パウワウが鰭でぽんぽんとふくよかなお腹を叩いて、ピカチュウをパウワウソファーへ誘う。
ピカチュウはパウワウにもたれて目を瞑ると、あっという間に寝息を立て始めた。
「決心、固まったの?」

あたしは座った状態で、浴衣に腕を通しながら答えた。

「もう一度お父さんに会うことにしたわ」
「素直になるのに随分時間かかったわねー」
「……うん。本当に、そう。タイチが気付かせてくれなかったら、
 あたし、マサラタウンでずっと後悔することになったかもしれない」

ふと、カエデが小さな声で言った。

「ごめんね」
「な、なんでカエデが謝るの?」
「あたし、タイチくんみたいに、もっとヒナタに深く突っ込んであげるべきだったかなーって。
 エリカさんのお屋敷に来て、しばらくしたらヒナタの気持ちが落ち着いて、
 自然といろいろ相談してくれるかも、なんて甘いこと考えてた。
 あんなことがあったんだもんね。たとえ従姉妹でも話しにくいこと、あるわよね」
「カエデ……」
「ヒナタがマサラタウンに帰るって言い出した時だって、
 反対したらヒナタをもっと傷つけることになるかもって、怖くなって、
 無難に同意することしかできなかったし。あはは、あたし、ヒナタの従姉失格かも」

あたしは、ううん、と首を振って言った。

「そんなことない。
 内に溜め込んでたあたしが悪かったの。
 周りにはあたしを気遣ってくれてる人がたくさんいたのに……。
 あたし、これからはもっとカエデに相談する」
「一切隠し事はなしよ?
 ……あ、でもでも、タイチくんとの惚気話は報告しないでね。
 嫉妬でヒナタのこと殺しちゃうかもしれないから」

そう言うとカエデは、その夜初めて心からの笑顔を見せてくれた。