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シルフカンパニー内で管理者を捕獲すると聞いた時、僕は初めそれは不可能だと思った。
管理者には最高の護衛がついているだろうし、その護衛は最高のポケモンを連れているだろう。
対するサカキは身分を騙りレセプションに参加することはできても、ポケモンを連れ込むことはできない。
その差はあまりに大きすぎる。
しかし現実にサカキは、捕物は可能だと断言した。
僕は彼が得意の知略を巡らせて、秘密裏にポケモンを持ち込むつもりなのだろうと想像した。
それが蓋を開けてみればどうだ。
サカキは特別な手法をとったわけではなかった。
自分が公にポケモンを持ち込めないのなら、公にポケモンを持ち込める人間に協力を仰げばいい。
そんな単純な考えを、実行に移しただけだった。

「静粛に」

元より、場内は静寂と暗闇に包まれていた。
パニックに陥った女の泣き声も、正義感に駆られた男の怒鳴り声も、随分前に失われていた。
夜目を利かせれば、それらが失われた理由が分かる。
会場に円形の空間が生まれている。
その中心にいるのは杖を突いたサカキと恰幅の良い二人の紳士。
三人の間に漂うものが穏やかな雰囲気ではないことは一目瞭然だった。
サカキのスピアーが両手の針を二人の喉元に突き付けているからだ。
そして、その空間を守るように立ち塞がっているのが、二人のジムリーダーと一人の四天王だった。

アヤメ。
マチス。
キョウ。
その三人の実力者を前に、警備員は余りに無力だった。
増援が来る気配はない。アヤメのパルシェンが張ったのだろう、扉を覆う厚い氷は、部外者の侵入を堅く閉ざしていた。
ハギノを含むシステムの人間も、事態の収拾に乗り出すのを躊躇っているようだった。
何故か?
僕は自問自答する。
あの恰幅の良い二人の紳士のうち一人が、システムの最高責任者だからだ。

「まあまあ、落ち着きたまえ」

喉元に凶器を突き付けられたまま、左の紳士が諭すように言った。
歳は四十代半ば、黒く艶のある髪を整え、豊富に顎髭を蓄えた、精悍な顔つきの男だ。

「あー、君たちは、自分が何をしているのか理解しているのかね?」
「犯罪行為だ」

サカキがにべもなく答える。

「その通り、これは立派なポケモン犯罪だ。
 シルフカンパニーに停電を引き起こし、レセプションを台無しにし、
 罪のない参加者を混乱に陥れ、現在進行形で私と彼を脅迫している」
「冷静な状況把握ですな」
「君たちが働いた罪を挙げれば枚挙に暇がないが、
 最も嘆かわしいのは首謀者であるらしい君に、ポケモントレーナーの象徴たるジムリーダーと四天王が幇助しているという事実だ。
 ……いったいこれはどういうことなのかね?」

アヤメ、マチス、キョウの三人は沈黙を貫いた。
僕はその男の言葉に同意だった。
この事件は世間に大きく報道されることになるだろう。
そうなれば、マチス、アヤメ、キョウが築き上げてきた地位と名誉は、永遠に喪われてしまう。
彼らはそれを覚悟でこの場にやってきているというのか。
全てを擲つ覚悟でサカキに従っているというのか。
そもそも、サカキはどうやってこの三人を説得したというんだ。

サカキは言った。

「建設的な話がしたい」
「犯罪者と話すことなど無いよ」

左の紳士が薄く笑う。
死と隣り合わせの状況下で、この余裕は異常だ。
やはりこの男が管理者なのか?

「拒否権は無い。喉に風穴を空けたくなくば、質問に答えることだ」

サカキは短く尋ねた。

「お前は誰だ? お前の付き添い人であるこの男は何者だ?」
「私はこのレセプションに招待された成金の一人だよ。彼は私の旧くからの友人だ」

それからその紳士は自分と右の男の経歴を簡単に述べ、

「なぜ私や彼が君たちに狙われなければならないのか、理解に苦しむ」

わざとらしい痛切な面持ちで締めくくった。右の男は一言も口を開かなかった。
サカキは静かに言った。

「誰が与太話を披露しろと言った」
「私は真実を話した。今の話の、どこが不満だと言うのかね?」
「全てだ。貴様らの"偽"の経歴など、聞かされるまでもなく調べ上げてある。
 貴様らだけではない。この会場にいる人間全ての経歴は、私の掌中にある。
 誰がシステムの人間で、誰がそうでないのかも分かっている」

サカキはマサキが先端科学技術研究所副所長であると同時に、システムの研究員であることを見抜いていた。
接触は諦めていたようだが、サカキは誰が表と裏の顔を使い分けているのか、知り尽くしていたのだろう。
裏の顔を持つ人物が、システムでどれ程の地位に就いているのかも。

「――だが、唯一貴様らの経歴には実体がなかった。
 貴様らはデータ上では、表社会にも裏社会にも、存在していないのだ」
「それで? それがどうかしたのかね?」
紳士は開き直ったように言った。

「私と彼が架空の存在だとして、それが何の証明になるというのだ?」
「貴様かその男のどちらかが、管理者であるという証明だ。
 消去法によるものだが、こうして貴様等が浮上したのだ、賭ける価値はあった」
「システムだの、管理者だの、さっきから君が何を言っているのか、私には皆目見当がつかないよ。
 君は何か性質の悪い妄想にとりつかれているようだ」

不敵な笑み。
右の男が身じろぎする。
その次の瞬間、壇上にいた黒服が叫んだ。

「動くなッ!」

スピア―の真横に3体のスリーパーが出現する。
だが、そこまでだった。
一体は氷の塊と化し、一体は白い繭となり、一体は雷に打たれたように煙を上げて倒れた。
奇襲は完全な失敗に終わった。レベルが違いすぎたのだ。

「惨いことを」

左の紳士が呟く。

「貴様の人望がそうさせたのだろう?
 親切心で忠告しておくが、"テレポート"で離脱しようなどとは考えないことだ。
 地下の脱出用通路にも二ビシティのジムリーダーを待機させてある。貴様らに逃げ場はない」

サカキは瀕死のスリーパーを一瞥して言った。

「着いてきてもらおう」

閃光。サイドンが現れる。
鋼の皮膚。屈強な肉体。
額から生えた一角は、荒々しく研磨された鉄鋼のように鈍く光っている。
サイドンは重い足音を響かせながら閉ざされた扉に近づき、角の一突きで厚い氷を粉砕した。
サカキが歩き出す。管理者と思しき紳士と隣の男がそれに続く。
包囲網は保たれたまま、二人の喉にはスピアーの針が突き付けられたままだ。
僕は彼らを追うためにダクトを進みながら、さっき感じた違和感を反芻した。
スリーパーが"テレポート"で奇襲をかけた際、右の無口な男は、スリーパーが"現れるより"早く反応を見せた。
あれは偶然だったのだろうか?
それとも――。
廊下の天井を通るダクトに進む。
格子から下の様子を窺うと、サカキ一行はエレベーターに向かっていた。
電力供給が絶たれたシルフカンパニーで、唯一そのエレベーターの電力だけが生きていた。
デプログラムはシルフカンパニーを停電させることが目的ではない。シルフカンパニーのオートメーションシステムを掌握することが目的である。
数多の警備員が隙あらば襲いかかろうとしていたが、アヤメ、マチス、キョウの布陣に隙は無かった。
スピアーを除くポケモンを外に待機させたままエレベーターに乗り込み、扉が閉まる瞬間にボールに格納する。
2Fでの制圧を諦めた警備員が隣のエレベーターを呼ぶが、誰が使っているのだろう、そのエレベーターは上昇し始めていた。

「エレベーターを止めろ」
「電気系統がイカれてるんだ」
「復旧の目処は?」
「まだ経っていない」
「他のエレベーターは?」
「全て停止している」
「階段を使うしかないのか……」
「防火壁が降りて階段も使えなくなっている。
 これからポケモンを使って破砕作業に取りかかるらしい」
「上階の奴らに連絡は?」
「したが、やはり防火壁に阻まれて身動きがとれないらしい」
「警備をこの階に集中させたばかりに……」

警備員の話からするに、サカキの作戦は概ね順調に進行していると考えていいだろう。
エレベーターの現在位置を示す光が一番上で止まる。
防火壁の破砕は意外に早く終わった。階段に警備員が雪崩れ込む。
2Fに残ったシルフカンパニーの人間は、会場の反対側の扉から逃げようとする参加者の整理に躍起になっている。
僕はそっと格子を外し、薄闇の中に降り立った。
破砕口に歩を進めかけ、

「止まれ」

振り返る。懐かしい人物がそこにいた。
やあハギノ。久しぶりだね。どうしたのかな、こんなところで。
てっきり君も管理者を救い出すために、この先の階段を駆けずり回っている頃かと思っていたんだが。

「何故君がここにいるのかは問わない。
 あのサカキという先の無い老人の手駒となったか、
 或いは自らここに赴いたのか、私には興味がない。
 正直なところ、私はただ純粋に、驚いているんだよ。
 なぜならピカチュウ、君はとっくに死んでいるものだと思っていたのでね」

勝手に殺されては困る。

「こうして再会できたことにも何かの縁を感じる。
 だが、死に損ないの君を逃がしてやりたい気持ちも山々だが、
 見つけてしまった以上は、私は責任を全うしなければならないのだよ。
 君が大人しく掴まるようなポケモンでないことは熟知しているつもりだ」

君が僕の何を知っているというんだ。

「ここで私と出会ったのが、君の運の尽きだったな」

ハギノは贅沢にも三つのボールを展開した。
薄闇が晴れるとそこには、イーブイから派生する三体のポケモンが並んでいた。
ブースター。サンダース。エーフィ。
シャワーズがいないのは相性が悪いからだろうか。
僕は強さを見定め、やはりハイパーボールに仕舞われていたブースターが厄介だろうな、と結論を出した。

「行け」

ハギノの言葉を待たず三体が飛び出す。
電気技を使うことの躊躇いは消えていた。
頬が痛む。――だから何だ。
絶縁体の生成が追いつかない。――だから何だ。
僕の体が自壊する。――だからどうしたというんだ?
ハギノ、僕は君なんかに構っている暇はないんだよ。
自分の感覚に嘘はつけない。会場であの男を見た時に感じた懐かしさを、誤魔化すことはできない。
僕は彼のところへ行かなければならない。
会ってどうするかなんて考えていない。でも、僕は行かなくちゃならないんだ。