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映画館の上映直前のそれのように、照明が弱まり、巨大なスクリーンにシルフカンパニーの社標が映し出される。
同時に放談も密談に移り変わり、あたしを囲んでいた人たちは一緒に来た人のところへ散っていった。

「君と話せてよかった。それじゃあまた、のちほど」
「え、ええ」

最後に自称年収三千五百万某ベンチャー企業総取締役が、
ホワイトニングされた真っ白な歯を見せつけるように去っていって、あたしはようやく人心地をついた。
正直、何を話したのか全く覚えていない。
ただ相手の話に合わせて相槌を打っていただけだったような気がする。
もしあたしの身上を仔細に尋ねられたら、どうしようもなかった。
言い寄った女が実は年端もいかない小娘だと知れば、
不審に思ったり、そのせいで印象に残ったりするのは当然の帰結。

「今度うちにいらっしゃいな。
 ブーバーちゃんもあなたのことをきっと気にいると思うわぁ」
「は、はぁ……。あの俺……じゃなくて僕、待たせている人がいるので、これで失礼します」

貴婦人方に別れを告げて、招待客の合間を縫って、タイチがやってくる。
あたしと同じようにへろへろだった。

「ったく。どうして俺のところに寄ってくるのはお姉さんじゃなくて盛りを過ぎた貴婦人ばっかなんだ」
「孫みたいで可愛いからでしょ。
 大人の女性はきっとタイチが子供だってこと、見抜いているのよ」
「それは若々しい財界人に囲まれてた自分は大人に見えてるって言いたいのか?」
「別にそういう意味で言ったんじゃないわよ……。
 なによ。タイチはそんなにカレンさんみたいな大人の女性が好きなの?」
「どうしてここであの人の名前が出てくんだよ」

ささやかな口論になりかけたその時、

「お静かに。壇上に注目してください」

挨拶に回っていたフユツグが戻ってきて、あたしとタイチの間に立つ。
それは静聴を促す諫言ではなく、行動開始の合図。
暗転した場内で、参加者が壇上に注目している今こそが、シルフカンパニーの別階を探索するチャンスだった。

"くれぐれも慎重に行動してください"

眼鏡越しのアイコンタクトに、

"ありがとう"

と返して、あたしとタイチは気配を消しながら会場入り口に向かった。
防音に秀でた二重構造のドアを抜けると、あたしたちを案内してくれたボーイが立っていた。

「どうかされましたか?」

タイチがあたしを気遣うような素振りを見せながら

「ちょっと気分が優れないみたいなんだ。どこか休めるところはないかな」

と言い、あたしが『無理をして作ったような微笑み』を作りながら、

「お仕事の邪魔をしてごめんなさいね」

と続ける。ボーイは猜疑心の欠片もなさそうな真剣な表情で答えた。

「そういうことでしたら、すぐに医務室にご案内します。こちらへ」
―――――――
――――
――

時間が無情に流れていく。
転機が訪れたのは、僕は非常階段経由でのフロア侵入を諦め、
屋上に戻ってビルの壁伝いに侵入するという無謀な計画を本気で視野に入れ始めた時だった。

「誰かいるの?」

僕が気休めにガチャガチャ回していたドアノブは、向こう側でも回ってたらしい。
それに気付いた女性社員が、不審に思って見に来たのだろう。
僕は今か今かと開扉の時を待った。
相手は僕が人間だと思っている。一息に足許を潜り抜けてしまえば、存在に気取られることはないはずだ。
ガチャ……と重い音を響かせてドアが僅かに開き、

「見間違いだったみたいねえ」

一瞬で閉められる。僕は咄嗟にその間に身を挟んだ。

「チャー!!」

激痛が全身を駆け抜ける。

「えっ、なにこれ、ピカチュウ?」

慌ててドアを開く年配の女性社員。僕は呻きながら抗議した。

「ピィーカァー……」

まったく。ドアを半開して向こう側をきちんと調べるのが普通だろう。
おかげでペシャンコになるところだったじゃないか。

「………」

その女性社員は最早僕のことが見えていないみたいだった。
マズイな。そう思った瞬間、

「キャ~~~~~~~!!」

年齢に似合わない黄色い声が、廊下に、その廊下から枝分かれした部屋に、余すことなく反響する。
頭上で叫び続ける女を尻目に、僕は考える。
離脱。突入。
どちらを選ぶ?

「いたぞ! あそこだ!!」

背後から声がして、ライトがスポットライトのように僕を照らす。
屋上の警邏が意外にも早く目覚めたようだ。
結局僕は後者を選択させられた。
女性社員の太い足を躱し、廊下を疾駆する。

「どうした!?」
「何があった!?」

左右の部屋から飛び出してきた社員は、しかし、丸腰だ。
ポケモンを使役できない人間に僕を止めることは出来ない。
警報は鳴らなかった。
階下で行われているレセプションの参加者に不安感を与えないためだろう。
僕は風防グラスに表示されたマップを確認してから、右手の部屋に駆け込んだ。

「誰かそいつを捕まえろ!!」

怒号が静寂を掻き乱す。
作業に集中していた社員も立ち上がり、「何事か」と仕切りから顔を出す。
仕切りは絶好の障害物となって、社員や警備員の邪魔をしてくれた。
死角に入ったことを確認し、三角跳びで従業スペースの一つに侵入する。

「あっ――ぎゃっ」

着地までの流れでそこにいた社員(中年男性禿げ気味)に電気ショックを与え、気絶させる。
素早く記憶媒体をコンピュータに挿入し、ディスプレイを破壊する。
デプログラムの進捗を気取られないようにするためだ。
ディスプレイが壊れてもデプログラムは動作し続ける。
僕は仕切りを飛び越えて隣のスペースに移り渡り、そこにあるディスプレイを破壊しながら廊下に向かった。
フロアは今や大混乱に陥っていた。
このまま逃げ果せるか? 甘い考えが脳裡を過ぎり、

「エイパム、あのピカチュウを捕らえろ!」

シルフカンパニー警備員もまったくの無能というわけではないようだ。
仕切りを飛び越えつつ振り返ると、紫色の体をした尾長のポケモンが数体、僕を追ってきていた。
尻尾の先が手のように広がっていて、器用に足場を掴みながら、一直線に距離を詰めてくる。
廊下に出ると状況はさらに悪化した。
左右から新たなエイパムが現れたからだ。
警備員が誘導したのだろうか、廊下に出ていた社員はいなくなっている。
それは即ち、互いに技の使用に制限がなくなったことを意味する。
しかしこの土壇場で、僕は頬袋に大きな電力を溜めることを躊躇った。

『死んでしまうかもしれないんですよ?』

保養所で看護婦さんに言われたあの一言が、耳元でリフレインする。
――チン。
その福音がなければ、僕は無抵抗のままエイパムに捕らえられていたかもしれない。
"電光石火"を発動して、右側から迫っていたエイパムを突破する。
目指すは今し方到着したエレベータ。

「チュウッ!」

どけ。
この階で起こったことを何も知らない社員二名が、声にならない悲鳴をあげてエレベータから逃げ出していく。
それと入れ違いにエレベータに滑り込み、小さな数字を連打して伏せた瞬間、

「やむを得ん。スピードスターだ!」

無数の衝撃が閉じた扉を内側に凹ませる。
が、それだけの衝撃を受けて尚、エレベータの内部機構は無事だったようだ。
小さな振動とともに、僕を乗せた金属の箱は下降を開始した。
なかなか動悸が収まらない。
アドレナリンが過剰分泌されているのを感じる。
下降途中、上昇していく他のエレベーターとすれ違った。
まさか隣のエレベーターに不法侵入したポケモンが乗り込んでいるとは露程にも疑っていないだろうな――。
突然エレベーターが停止したのは、階層表示が一桁になったあたりだった。
照明が落ちる。
暗闇の中、監視カメラの赤い光がじっと僕を見つめている。
これは確実に、僕を捕まえるための緊急停止だ。
冷静になれ。考えろ。
僕はふと、幼い頃にヒナタと見たアクション映画を思い出した。
こんな状況なのに、笑みを抑えられない。
僕は"アイアンテール"を発動して、エレベータ天井の救出用ハッチをぶち破った。



医務室は上階にあるらしく、あたしとタイチはボーイの後に続いてエレベーターに乗り込んだ。

「シルフカンパニーは社員が快適に勤務できるよう、最大限の努力を払っています。
 同フロアの別室にはリラクゼーションルームやサロンも存在します。
 気分が優れてなお、レセプションに参加されるのが躊躇われるようであれば、そちらをご利用くださいませ」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」

ボーイがボタンを押すと、小さな振動のあとで、エレベーターが上昇を開始する。
――オォン。
途中、別のエレベーターとすれ違った。
レセプションが行われている今も勤務中の社員はいるわけで、あたしはそのエレベーターに特に注意を向けなかった。
しばらくすると扉が開いて、ボーイが一歩前に進み出て会釈する。
あたしは財布を開きながら言った。こういうときはチップを渡すのが普通……なのよね?

「ここまでで結構よ。
 あなたは本来のお仕事に戻って頂戴」

するとボーイは頬を赤らめてエレベーターに戻り、

「医務室は廊下の突き当たりです。それでは失礼します」

逃げるように下に降りていってしまった。余計な気遣いだったかしら。

「ここまでは予定通りだな」

体調不良を訴えて医務室がある別階に移動。
そこで十分ほど休むフリをした後、
レセプションが行われている部屋に戻ると見せかけて、
シルフカンパニーの探索に着手する。
その計画はおおよそのところ上手くいっていると言ってよかった。

「すみません。体調が優れないので、休ませてもらえますか?」

そういうと医務室に居たお医者さんは笑顔で快諾してくれた。

「名前を聞かせてもらってよろしいですかな」
「カエデと……」
「……付き添いのリュウジです」

それぞれ偽名を口にする。

「ふむふむ」

お医者さんは利用者名簿にそれを書き留めて、

「それではこちらの部屋へどうぞ」
「個室まで用意されているんですか?」
「シルフカンパニーほどの大企業ともなると、雇用者保障に大袈裟でねえ。
 医者の私でもやり過ぎなんじゃないかと思うくらいに施設が充実しているんですよ。
 それこそ社員が帰宅せず会社で寝泊まりできるくらいに。
 その割には社員の自己管理能力が高くて、利用者は少ないんです」

人懐こい笑顔を浮かべた。
「この医務室では簡単なポケモン治療もできるようになっているんですよ」
「すごいですね……」
「ミニポケモンセンターみたいなもんだな」

あたしは計画が順調に進んでいる事実と、そのお医者さんの表情で、つい警戒を解いてしまった。
多分、隣にいるタイチも。
それがいけなかった。でも、気付いた時には既に手遅れだった。
お医者さんのあたしを気遣うような手に促され、個室に入った瞬間、

「きゃっ――んっ」

乱暴に背後から突き飛ばされる。
起き上がる間もなく、背中を押さえつけられて、両手を後ろ手に縛られる。
自分が傍観者になったのかと思うくらいに、抵抗の余地のない、鮮やかな手並み。
一瞬遅れて、あたしの横にタイチが転がる。

「く……うぅ……」

鳩尾を押さえて、苦しそうに呻いている。

「タイチっ!」
「抵抗するからだ。馬鹿が。
 初めからこの女のように無様に転がってりゃあ痛い目に合わずにすんだのによぉ」

体を捻ると、物足りなそうにグローブ同士をぶつけ合わせているエビワラーと、
その主と思しきスキンヘッドの男がいた。男はあたしにそうしたように、手際よくタイチを後ろ手に縛った。

「後は任せたぞ」
「あァ」
「悪いねえ、お嬢さん。
 君みたいな綺麗な子を騙すのは気が引けたが命令は絶対でねえ」

お医者さんは今や醜悪な冷笑を浮かべている。
「あ、あたしたちはレセプションの参加者よ?
 こんなことをして、許されると思っているの?」
「ヒャハハハハ、こいつぁ傑作だ。
 このお姫様、この期に及んでまだ役に成り切ってやがるぜ。
 大した役者根性だな、えぇ?」

スキンヘッドが腹を抱えて笑う。
あたしは隙を見て起き上がろうとしたけど、エビワラーの目はあたしたちを捉えて微動だにせず、動けない。

「こら、静かにしないか。
 他のフロアの人間に聞きつけられたら面倒だろう。
 大多数の社員は通常業務に就いているんだからな」

真剣な口ぶりとは裏腹に、目は厭らしく笑っている。

「……っぐ……あぁ……」
「タイチ? 大丈夫!?」
「骨は折れてねえはずだぜ、カエデちゃん……っと、こっちは偽名だったな?ヒナタちゃん。
 リュウジくんならぬタイチくんも、生身で俺のエビワラーに刃向かった勇気は誉めてやるよぉ。ヒャハハ」
「どうしてあんたがその名前を――」
「"あんた"ときたか。お嬢様ごっこも終わりだなァ」
「くっ」
「どうしてってお前、考えてみろよ。
 簡単だろ。簡単すぎて笑っちまうくらい簡単だろ。なあ、ヒナタちゃん?」
慄然とする。スキンヘッドの男に、お医者さんに沸立っていた怒りが一瞬で凍り付いて、さらさらと崩れ去っていく。
後には何も残らない。

「嘘……でしょ……」

スキンヘッドは否定しない。それが全てを物語っていた。
無条件であたしとタイチに手を貸してくれたのは誰?
シルフカンパニー侵入の手引きをしてくれたのは誰?
偽名を使っていることを知っているのは、あたしとタイチの他に誰がいるの?

「喋りすぎるなと言ったはずだ」
「ハハ、すいません」

お医者さんはそれからスキンヘッドに何かを耳打ちし、
次の瞬間には博愛に満ちた微笑みを浮かべて医務室に戻っていった。
悪魔が天使に変化した瞬間だった。
パタン。ドアを閉じて内側から鍵をかけ、

「さあてと」

スキンヘッドが値踏みするようにあたしを眺め回す。
視線が体の上を這っているような感覚に寒気がしたけど、あたしはそれに抗う気力を失っていた。

「……ヒナタに指一本でも触れてみろ……ただじゃおかねえからな」
「カッコいいねえ、タイチくん?
 両手の自由が利かない上に腹痛に堪えながらナイト気取りか。
 ………アホかてめぇ」

鈍い音がした直後、

「ぐぁっ……あぁ……」

タイチの呻き声が部屋に反響する。

「やめて!」

なんとか体を動かして、タイチに近づこうとする。
ドレスが乱れることなんてどうでもよかった。
スキンヘッドは目蓋を押さえながら、

「こいつは純愛だなァ。ヒャハハ」

大きな背もたれ付きの椅子に腰掛けて足を組んだ。
あたしのバッグから取り出したボール三つとタイチのベルトから外したボール二つを机の上に並べ、

「上物が揃ってるねえ。
 今からこいつらをボールの中に入ったまま叩き割るってのも面白そうだ」

エビワラーは興奮した主とは対照的に冷静に指示を待っている。
「割れ」と言われれば躊躇いなく拳を振り下ろす。そんな確信があった。

「……ふざけないで」
「ふざけてると思うか?ねえよ。
 第一シルフにゃボール持ち込みは禁止なんだ。
 危険物は排除。これ危機管理の鉄則だろ?」
「本気なの?」
「どうだかなァ」
「その子たちは何もしてないわ。やめて」
「物を頼むときはどうするか、親に習わなかったのか?」
「やめて……ください」

スキンヘッドは視線を逸らして、

「んな非人道的な所業、俺が働くわけねえだろ。ヒャハハ」

机の上に置かれたTVを付けた。
果たしてそこに映し出されたのは、現在進行中のレセプションの模様だった。
といってもTV局の生中継とは違って、場内に設置されたカメラの映像のようだった。
壇上に上っていた年配の人(シルフカンパニー社長だろうか)が袖に退き、
スクリーンにあたしが見たこともないような色のボールが映し出される。

「俺がお前らのお守りをするのはレセプションが終わるまでだ。
 それまでは精々仲良くしようや」
「レセプションが終わればあたしたちは解放されるの?」

あたしの問いに、スキンヘッドは憫笑を浮かべるばかりだった。



エレベーターの上部に脱出できたはいいが、
当然のことながらエレベーター用通路は真っ暗闇で、
僕はリスクを承知で"フラッシュ"を焚いた。
虫歯程度の痛みが頬に走る。
フラッシュに必要な電力は微少だ。
これくらいならまだ余裕で耐えられるか。

「ピィ……」

無様だな……。
昔は躊躇無く"十万ボルト"を連発していた僕が、"フラッシュ"如き技の成功に安堵するなんて。
脱出路がないか、周囲を見渡す。
目当てのものは拍子抜けするほど簡単に見つかった。
空調ダクト。
いよいよ僕も映画の主人公らしくなってきたな。
僕は再び"アイアンテール"でダクト入り口の金網を切り裂き、その奥に身を滑り込ませた。
音を立てないように慎重に進んでいく。
ダクトの中は意外と清潔だった。
ただ、シルフカンパニー建造当時からダクトを根城にしているらしい鼠が、
仄かに発光しながら縄張りを通り過ぎる僕に興味を示し、後ろをついてくるのには困った。
これじゃあまるで親ガモと小ガモじゃないか。
等間隔に設置された床の格子から差し込む光に、フロアに降りてしまいたい衝動に駆られる。
降りた後はフロアを探索、適当な窓を選び、そこから外へ脱出するのだ。
が、窓に辿りつくまでの過程で誰かに見つかる危険性を考えると、僕は二の足を踏まざるをえなかった。
またエレベーターを緊急停止させられたせいで、十階未満ということ以外、現在の階の正確な数字は分からない。
分かるのが窓から飛び出してからでは遅いのだ。
そしてなにより、再び発見される危険性は関係なく、
サトシと再会する機会を捨てるのが勿体ないと僕が思っているのも事実だった。
サカキは任務遂行後は適宜脱出しろ、と言っていた。
それは僕にとって、任務遂行後の自由をある程度認めるということと同じ意味を持つ。

「――次に紹介するのは重量級のポケモンに対する捕獲性能を向上させた、ヘビーボールです」

真下から聞こえてきた声に耳を澄ます。
どうやらレセプションの模様を社内の人間がモニタリングしているようだ。
格子から覗いてみると、一人の社員のパソコンに、他の社員が仕事をほったらかしにして群がっていた。
自分のパソコンからでも見られるだろうに。僕は溜息を吐きつつも、しばらくはその恩恵に与ることにした。
システムの連中が表立った行動を見せるとしても、デプログラムが発動してからだ。
僕が動き出すのも、それからでいい。



「――スピードボールは追尾機能を搭載し、捕獲可能範囲が広く設定されているため、
 投擲が不得手なトレーナーでも容易に敏捷なポケモンを捕獲することができます。
 欠点としては定着時間の長さと耐久性の低さが挙げられますが――」
「科学の進歩はすごいねぇ。
 俺みたいな一流トレーナーからすりゃあ、ボールなんてハイパーボールで充分だってのによォ」

レセプションの模様を観ることに飽きたのか、スキンヘッドは足を組み替えて言った。

「あんたが一流トレーナーですって? 笑わせるわ」
「減らず口はそこまでにしとけよ、ヒナタちゃん?」
「一流のトレーナーはポケモンに生身の相手を攻撃させたりしないわ」
「ヒャハハ、まだそこの坊やのこと根に持ってんのか?
 女の恨みは怖ぇなァ。まあいい、レセプションも飽きてきたし、いいこと教えてやるよ。
 箴言だと思ってよく聞けや。
 優劣決まった今となっちゃあ意味のねえ話だが、
 あのおっさんにお前らが連れて来られた時、俺とお前らは敵同士だったワケだ。
 俺は俺の目的のために、お前らはお前らの目的のために、相手をねじ伏せなきゃならない。
 そん時にどんな手を使おうが手前の勝手だ。
 使える道具は使う。自分の身体能力をぶっちぎってるポケモンがいれば、そいつに肉弾戦を任せる。
 あったりめえの理屈だろうが」
「でも、あんたはあたしたちを不意打ちで……」
「とことんおつむの弱ぇお嬢ちゃんだなァ。
 任務遂行に卑怯もクソもねぇんだよ。阿呆が。
 警戒を解いた方が悪い。騙された方が悪い。罠に気付かなかった方が悪い。
 悪いのは全部お前らだ」
「……っ」

言い返せない。目が潤む。
瞬きしたら涙が零れてしまいそうで、それでも目を逸らすのが悔しくて、あたしはスキンヘッドを睨み付けた。

「怖ぇ怖ぇ。そうガン飛ばすなや。
 そういやあいつもヒナタちゃんと似たようなこと言ってたなァ。思い出したぜ。
 この街に格闘道場ってむさ苦しい道場があるだろ? 俺は昔そこに通ってたのさ。
 ポケモンで傷害事件起こして破門されるまでな、ヒャハハハ」

スキンヘッドはあたしたちのボールでジャグリングしながら言った。

「師範代は昔気質のくだらねえ野郎だった。礼節を重んじてなんになるってんだ。
 格闘ポケモンで気に入らねえ奴をぶちのめして何が悪い。
 兄弟弟子どもはこぞって俺のことを侮蔑しやがったが、誰一人俺に敵わなかった。
 弱ぇんだよ。覚悟が足りてねぇんだ。
 だからあと一歩のところで加減する。俺から言わせりゃただの腰抜けだ。
 傷害事件さえ起こさなけりゃ、今頃俺は師範代を超えてただろうなァ」
「……破門して正解だったってことね。
 あんたみたいなのが師範代になったら、格闘道場はめちゃくちゃよ」

スキンヘッドはあたしの挑発には乗らずに、ふっと真面目な顔になって、

「でも今は牢獄にぶち込まれて良かったと思ってる。俺はシステムに救われたんだ」
「システムに救われたって、どういうこと?」
「おっと、喋りすぎちまったなァ。またあのヤブ医者に叱られる。
 さぁ、静かにレセプションの続きを見ようぜ」