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フユツグに服を用意するようにと告げられたその日の夜。
名刺にあった住所を元に有名服飾系ブランド『Gardevoir』直営店を訪れたあたしとタイチは、
閉店まで30分ほど待たされた後、店の裏に通された。
あたしが店を訪れた理由を話すと、二人は二つ返事で快諾してくれた。
そこまでは良かったんだけど……。
話を聞きつけたショップのコーディネーターやオーナーさんまで協力してくれることになって、
今は貸し切り状態の店内で、それぞれ男女に分かれて服を選んでもらっている。

「ドレスアップスーツは普段スーツを着慣れていることが重要なんスよ。
 その点タイチさんはポケトレとして旅をしてるだけあって、正装にはほとんど縁がない。
 だから無理に飾り立てるよりは、いっそのこと開き直った方がいいと思います」
「いいのか、そんなんで」
「全然オッケーっスよ。これでも一応勉強してるんで、ここは一つ、俺に任せてください。
 ……次、レギュラーのダブルカフ持ってきて」

離れたところから聞こえてくる声に耳を澄ましていると、

「ヒナタさんが好きな色はなにかしら?」

コーディネーターの一人が話しかけてくる。

「ピンクです」
「普通ね?」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないのよ。あなたのような年頃の女の子で一番好まれているのがピンクなの。
 次点で赤や黒。次に青、橙と続いていって……。
 とにかくフォーマルドレスにピンクは合わないわ。
 特にあなたたち二人は少しでも大人に見えるようにならなくちゃだめなんだから。
 ここは黒でいきましょう。いいわね?」
「は、はい」

最初の質問の意味はあったのかしら。
そう思ったけど、勿論口には出さない。

「それじゃあ、このドレスから試着してみましょうか」

今まで着ていた服を脱いでいると、
コーディネーターの人が妖しく笑って、

「いいものを持ってるじゃない」

胸をまじまじと観察してくる。

「あ、あんまり見ないでください」

同性でも注視されると恥ずかしい。

「あらぁ?自慢の胸でしょう。これはいい武器になるわよー」
「武器って……」
「あなたの数年後が楽しみね。
 よし、決めたわ。
 妖艶と清楚、本来はトレードオフの関係にあるその要素を両立させる。
 今回のコンセプトはそれにしましょう。
 あなたならきっと出来ると思うから。いいわね、みんな?」

アシスタント二名が首肯する。
あたしはただ恐縮するばかりだった。

次々に衣装を試していると、まるで自分が着せ替え人形になったような錯覚がしてくる。
五着目を試すあたしを遠見しながら、コーディネーターの人が言った。

「あなた、香水は持ってる?」
「香水ですか?」

いいえ、と答えかけて、

「持ってます。一つだけ」
「どんな香水?」
「えっと、これです」

バッグを開けて、小瓶を取り出してみせる。
エリカさんから貰った試作品の香水『sweetrose』を、
あたしはなんとなくいつも持ち歩くようにしていたのだった。

「これ、メーカーはどこかしら?」
「たしか、レッドベルだったと思います」
「ふーん、レッドベルねえ……って、嘘はダメよ。
 あそこは香水業界の最大手で幅広い客層に対応してるけど、
 あたしは仕事柄、それらほとんどの香水を把握してるの。
 この香水は初めて見るわ。
 ラベルも貼られてないし、個人で作られたものでしょう?」
「あのう、その香水はまだ一般には売られていないものらしいんです」
「試作品ってこと?」

曖昧に頷く。

「どうしてあなたがレッドベルの試作品を持ってるの?
 家族にレッドベルの開発部門で働いている人がいるとか?」

アシスタントとコーディネーターの六つの視線が小瓶とあたしに注がれる。

「……エリカさんに直接もらったんです」
「それ、本当?」
「はい」

どこからともなく表れる三枚のサイン紙。

「今度エリカさんに会う機会があれば、サインもらってきてくれる?」
「は、はあ」
「エリカさんはOLの神様的存在なのよ。ねえ?」

アシスタント二名が満面の笑みで同意する。
コーディネートしてもらっている手前、断ることが出来るはずもなくて、

「い、いつお返しできるか分かりませんけど」
「いいのいいの。忘れた頃にでも貰えればサプライズプレゼントになるから」

あたしはサイン紙をバッグにしまった。
それからさらに一時間後。
あたしは鏡を見ながら混乱していた。
魔女にドレスアップされたシンデレラも、今のあたしと同じ気持ちだったのかしら。

「終わったッス」
「こっちも今終わりました」

店を二分していた仕切りが取り払われる。
その間、あたしはずっと俯いていた。
タイチがどんな風に変わったのか知りたい気持ちよりも、
ドレスアップしてもらったあたしがどんな風にタイチの目に映るのか心配な気持ちが大きかった。
カエデならきっと、ポーズの一つでも華麗に決めているに違いないのに。
さっきまで騒がしかった店内は、水を打ったように静まりかえっている。
あたしは恐る恐る顔を上げて、

「………」
「…………ぷっ」

五秒と待たずに噴き出した。
タイチが直立不動の姿勢で、視線をぐっと中空に饐えていたから。

「わ、笑うことないだろ」
「だって、どこかのガードマンみたいよ、タイチ」
「ガードマンって……」

タイチが姿勢を崩す。

「今くらいが丁度いいわ」
「そ、そうか?
 こんな服着るのは初めてだからさ、
 どんな姿勢や歩き方がいいんだろうって考えてたら、余計にワケ分かんなくなっちまって……」
「まずはその喋り方を丁寧にすべきじゃない?」

それもそうだな、とタイチが笑って頭を掻く。
そして今更ながらにあたしの方を見て、「うお」とO字形に口を開けたまま絶句した。
それが良い意味での絶句であることを信じて、あたしは少し勇気を出してみることにした。
シフォンミディアムドレスの裾を軽く持ち上げる。

「似合ってる、かな」
「…………」
「不相応に見えない?」
「…………」

どうして黙ってるのよ。
不安になって、すぐにそれが杞憂だったことに気付いた。
タイチの視線はドレスにではなく、開けた胸元に吸い寄せられていた。
どうしてタイチってこんなに馬鹿なんだろう。
自分の目線がどこに向いているか、見られてる本人から丸わかりだってことが分からないのかしら。

「タイチ?あたしが言ったこと、聞こえてる?」
「……はっ。
 あ、ああ、すごく綺麗だな。マジで似合ってる」

白々しいことこの上ないわね。

「あっそ」
「嘘じゃねえ。本当だって。俺はドレスの知識なんてこれっぽっちもねえけど、その黒の生地、すごくヒナタに似合ってる。
 普段着てない色の分、滅茶苦茶大人っぽく見えるぜ。それに……」

まだ適当な褒め言葉を並べるつもり?

「この匂い、香水付けてるのか?」
「わ、わかるの?」

タイチが一歩あたしに近づく。

「分かるよ」

身長の違いから、あたしはタイチを少し見上げながら言う。

「これね、エリカさんに貰った香水なのよ。
 いつも使ってたらすぐに無くなっちゃうから、使い惜しみしてたの」
「へえ。それにしてもいい香りだな」
「あ、ありがと」
「ヒナタに合ってる」

誉められるたびに、むず痒い感覚が体を這い回る。
あたしはタイチの正装を至近距離で眺めながら、
ぼうっとした頭で、返す言葉を考えた。
さっきはガードマンみたいで似合わないと思っていたタイチのスーツも、
今一度見直すと、新人ホストのそれのように格好良く見えてくる。
なんて言ったらいいんだろう。
普通に「似合ってるわ」でいいのかしら。
あたしは妙に緊張しながら顔を上げて、その言葉を飲み込んだ。

「あたし、よく分かったわ」
「な、何が分かったんだ?」
「タイチがデリカシーの欠片もない最低の馬鹿だということが、よ」

そんなに女性の胸の谷間に興味があるなら、
このヤマブキシティに山とある風俗店に行ってくればいいのよ。
結局タイチにとってはあたしのドレスや香水なんて、どうでもいいことなんだわ。
タイチは慌てて視線を逸らして言った。

「ごめん。つい……」
「つい、で済まされると思ってるの?」
「だって仕方ねえだろ。これは不可抗力なんだ。男の性なんだ」
「開き直るのね」
「そうじゃないって。ヒナタが気にしすぎなんだよ」

口論に発展しそうな気配がしたところで、
「お披露目タイム終了ー」と生暖かい笑顔を浮かべたコーディネーターさんの止めが入る。
仕切りが元に戻され、あたしとタイチの間に壁が出来る。
ドレスを脱ぐのを手伝ってもらっているあいだも、
あたしはタイチへの苛立ちを鎮めることが出来なかった。
タイチ許すまじ。
あ、これ語呂いいわね――そんなことを考えて、なにくだらないこと考えてるのよ、と自分を詰る。
ふと我に返ると、既に最初の衣服に着替え終わっていて、
ほこほこした笑顔のアシスタント二人とコーディネーターさん一人が、じっとあたしを見つめていた。

「今日はありがとうございました」
「いいのよ。良い素材を磨くのは私たちにとって幸せなことなんだから。
 それに面白いものも見られたし。ねえ?」

こくこく、とアシスタントが頷く。
面白いものって何ですか?というあたしの問いに、
コーディネーターの人は「さあ。それよりエリカさんのサイン、忘れないでね」とお茶を濁すばかりだった。