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「眼にも止まらん電光石火、っちゅーのはああいうことを言うんやな。
 ワイらの研究の結晶なんて、君が培ってきたもんに比べたら、
 石ころ同然やったことが証明された瞬間やったわ」
「ピカ、ピカピカ」

そう悲観するなよ。
あのライチュウは優秀だった。
僕の虚をついたあの複合攻撃は、なかなか比類しがたい代物だったぞ。

「気持ちだけ受け取っとくわ。
 それ、君が言うと全部嫌味に聞こえるねん」

それもそうか。

「ピ、ピカチュ」

僕は笑った。
マサキは唇をアシンメトリーに歪めて笑った。
僕と彼との間に満ちた和やかな雰囲気は、しかし、鉄格子によって仕切られていた。
彼は白衣についた塵を払いながら、

「この処遇は半永久的に続くわけやない。
 一ヶ月から二ヶ月後に、最終テストがある。それまでの辛抱や」

平坦な声でそう言った。責任を感じているのだろうか。
マサキはさっきから、一度も僕の目を見ようとしない。

「ワイらの構築した戦闘補助システムは、想定以上に抵抗なく動作した。
 しかし君の暴走は、完全な想定外やった。
 不幸なことに、あの実験には上の人間が一人、立ち会っとってな。
 君に対して厳重措置をとるよう命令書を出してきよった。
 だから、たとえワイが食い下がったところで、どうにもならへんねん。
 すまんなぁ、ピカチュウ」
「………チュウ」

僕が我を失ったのは、君の責任じゃない。
ひとつ不平があるとすれば、そうだな、
この空間の居心地の悪さ、それに尽きる。

「確かにここはあまりにも殺風景やな。
 後で色々持ってこさせるように、部下に頼んどくわ」

僕は首を横に振った。

「チュウ、チュウ」

要らないよ。どんな"物"も所詮は退屈しのぎの玩具でしかないんだ。
僕が欲しいのは、人との繋がり。
君はこれからも定期的に、僕の許に通ってくれるんだろうね?
マサキは唇を舌で湿らせてから言った。

「それは無理や」

何故?

「グレンから招待が来てな。
 表に顔出すことも兼ねて、しばらくの間、この研究所を空けるねん」

「ピ……」

落胆する素振りを見せながら、推理する。
マサキを招致するだけの何かが、グレンにはあるのだろうか?
それに、表に顔を出すとは、どういうことだ?
厭世主義の研究家など、世の中にはいくらでもいるじゃないか。
マサキはくっくっく、と喉を鳴らし、
後者の説明をしてくれた。

「年がら年中、こんなとこで研究を続けて、死亡説が流れたりしたら大変やろ。
 ま、ここにはそれでもいい、っていう研究者もおるけどな。
 ワイは違う。表社会で築いた名声や、居場所をいつまでも残しときたい、欲張りなんや」
「チュウ」

君の表の肩書きを教えてくれないか。

「え、知らんかったんか?
 先端科学技術研究所の副所長やで?」

僕が頷くと、マサキは大袈裟に肩を落とした。
――副所長、か。
20年近く前は辺境で細々と研究を続けていた君が、よくもそこまで上り詰めたものだ。

「君が思とるほど副所長の肩書きはえんもんちゃうで。
 研究は中間管理と末梢に投げられるから楽やけど、
 代わりに頻繁に講演頼まれるから、メチャクチャ面倒やねん。
 つい先日もタマムシ大学の方からオファーが来てなあ……。
 あそこは立場の関係上、安易に断れへんから困るわ」

マサキはひとしきり愚痴を連ねて、

「まあ、ワイの思い通りに啓蒙できる、っちゅーメリットもあんねんけど」

と締め括った。
見計らったかのように、警備員がマサキに耳打ちする。

「博士。残り5分です」
「わっ、もうそんな時間か。
 そうやな、じゃあ、置き土産にこれだけ話していったるわ」

警備員は気味悪そうに肩を竦めて、離れていった。
彼の目には、マサキが奇人のように映っているのだろう。
僕とマサキがコミュニケート出来ているのには、二つの理由がある。
一つ目は、僕が長年人間と寄り添い生きてきたことで、人語を解するようになったこと。
二つ目は、マサキが転送装置の実験過程で、ポケモンと融合してしまった経験を持っているということ。
たとえ他の人間でも、昔から見知った仲の相手となら、簡単な遣り取りが可能だが、
会話レベルで意思疎通が可能なのは、目下、マサキのみである。
そして当然、その事実を知る者は、マサキ本人を除いてこの研究所内に存在しない。

マサキは密やかに言った。

「戦闘補助システムの完成はな、
 ポケモンと強化骨格の飛躍的なシンクロ率向上を実現したんや。
 ただ単純に強化骨格で敏捷性、攻撃力を加算しただけの実験体は、
 所詮、パラメータが他の個体よりも若干高いポケモンでしかない。
 そやけど、徹底的に解析され尽くした"経験則"を与えられたポケモンは違う。
 君が戦ったあのライチュウは、戦闘中、ほとんど思考しとらんかった。
 その必要がないからや。いつ、どこに、どうやって攻撃するか。全ては機械が判断する。
 そしてそれにリンクしたパワーアシストには、0.01秒のタイムラグも存在せえへん」

「ピカー?」

それはつまり、戦闘経験に羨しいポケモンでも、
基盤となる身体能力さえあれば、熟練した動きが可能になるということか?

「その通り。
 あえて補足するなら、基盤となる身体能力なんて別にいらん、てとこやな。
 脆い部分は強化骨格が補強するわけやから」

ほう。では、装着するポケモンが精々数年生きただけのヒヨッコでも、
効果は大いに期待できるというわけか……。
ぞっとしないな。
君たちはそれでどうするつもりなんだ?
生まれつき能力の高い野生ポケモンを乱獲し、
その強化骨格で即席のポケモン軍団でも作る気なのかい?

「ワイらはそんな野蛮な真似せえへん。
 それに、前にも言うたやろ。最終的に設計されるモデルは、ひとつだけやって」
「博士。お時間です」

丁度いいところで邪魔が入る。
僕はマサキが警備員に延長を懇願するのを期待したが、

「ピカチュウ。残念やけど、お別れみたいやわ。
 君の目の上の傷が治る頃に戻ってくるから、それまで大人しくしてるねんで」

彼はそう言って、踵を返した。
白衣が翻る。かつ、こつ、と固い靴音が連続して、やがて、何も聞こえなくなった。
僕は灰色の天井を眺めた。

マサキの研究室から移された先は、地下牢だった。
お伽噺や寓話とのそれと違って、ここは清潔感溢れているが、
酷い孤独感を感じるという点においては忠実に再現されている。
何年もいたら発狂すること請け合いだ。

「ピカ……チュ……」

僕は自嘲的に笑ってから、
壁際に設けられた寝床に横になった。新品の匂いがした。
そのままの姿勢で、頭の丁度真上あたりにある小窓を見る。
脱出を防ぐためだろう。太い鉄格子がはまっていた。
その隙間から漏れる外の光を見ているうちに、僕は浅い微睡みに落ちていった。

タマムシシティを出発して、はや五日。
あたしたちはサイクリングロードに沿うように設けられた脇道を、延々歩き続けていた。
そこにタマムシの華やかさはなかった。
両側には草原。目の前には地平線。――あたしたちは、いつになったらセキチクシティに辿り着けるんだろう。
最初の頃は、自転車に乗った人が横を軽快に走り抜けていったり、
背中に何か乗せた鳥ポケモンがばさばさ羽音を立てて頭上を通り過ぎていく度に腹立たしくなったものだけれど、
今では考えを改めて、あたしが苦労しているのは、自転車の法外な値段のせいだ、と思うようになった。

100万円って、なに。
その日暮らしが常の旅人を馬鹿にしてるの?
サイクリングロードもサイクリングロードで、
どうして規定の電動型高速自転車しか走行を許してくれないのよ。
あたしたちは一日でセキチク行く気なんて初めからないのに――。
普通の自転車の乗り入れも許可されてたら、どんなに楽が出来たかしら。

「ヒナタぶつぶつうるさーい」
「ごめん。つい、考えてたことが口から出てたみたい」
「はぁ……。あんた、いつから心に余裕がなくなったの?
 海にも喩えられるあたしの器量を見習ったら?」

カエデはいつもの調子でそう言って、
すぐに興味を手の平のモンスターボールに戻した。
徒歩。野宿有り。到着予定日未定。
以前のカエデなら無条件に突っぱねるようなこの旅路も、
今のカエデにとっては、全然苦にならないようだった。

そりゃそうよね、と思う。

タマムシシティを発つ前日。あたしがエリカさんとバッジを賭けた戦いをしている間、
カエデはタマムシシティのスロットで15万円分も勝って、景品のミニリュウといっぱいに膨れた財布を手に入れていたんだから。


「前向いて歩かないと転ぶわよ?」
「余計なお世話。あたしは今ミニリュウに愛情を送るので忙しいの。邪魔しないで」

いい気になっちゃって。
あたしは少しムッとしたけど、結局何も言い返せなかった。
カエデに大きな借りを作られてしまったから――いえ、作られた、と言うと語弊があるわね。
複雑な気持ちで、ベルトの一番左端のボールを見る。
その時だった。

「うっそぉ、それ有り得なくない?
 フッた後も一日一通ポケモンに手紙届けさせるとかストーカーじゃん」
「キモすぎ、みたいな? こっちはもう次の男見つけてるっつーの……あ、アレ見て」

黄色い声が、甲高いブレーキの音と一緒に、あたしたちの横で止まる。
カエデはいち早く反応した。

「なんか用?」

遅れて声のした方を見ると、
カエデと同等、もしくはそれ以上に派手な身形の女の子が二人いて、
憚ることも知らずに、こっちに人差し指を向けてクスクス笑っていた。
イラッときたけど、我慢我慢。こんなのカエデで慣れっこだし。
いちいち反応してたらキリがないわ。

「ぷっ……この寒空の下を歩きとかーマジ信じらんないんですけどー」
「くすくす……貧乏人詰っても仕方ないって。ウチらと一緒の基準で考えたらダメっしょ」


カエデは再び、今度はとても和やかな声で問うた。

「……あたしたちに、なにか用?」

女の子二人のうちの、金髪ロングが答えた。

「べっつにー?
 通りがかりにぃー、可哀想な二人組がいるなぁーって思っただけでーす」

明るい茶髪の方が後に続く。

「乗せてあげよっか? うしろ」
「えっ……」

引っ掛けだと分かっているのに、反応してしまう。
すると二人はキャハ、とお腹を抱えて吹き出して言った。

「ウチらがそんなタルいことするわけないっしょ。
 慈善活動家じゃあるまいしー」
「それじゃ、まあ……くすくす……道は長いと思いますけど……くすくす……頑張って踏破してくださーい」

耳障りな笑い声を響かせて、再びハンドルを握る二人。
あたしはカエデを見た。丁度カエデもあたしを見たところだった。
満面の笑みで。

「ちょっと待って」
「なによ?」

茶髪ショートが首を捻り、
金髪ロングが「うぜー」と言わんばかりの視線で睨み付けてくる。
後半の台詞はあたしが引き継いだ。

「ポケモンバトルしない?あんたたちのベルトに着いてるそれ、モンスターボールでしょ?」
「はぁ? ウチらにそんな暇なことやってる時間なんてねーんだよ。
 お姉さんら二人でやってれば?」

その台詞のどこがツボだったんだろう。
金髪ロングがまた笑いだし、茶髪の背中をバシバシ叩き始めた。
――ああ、ダメ。もう限界。
あたしはボールをアタッチメントから外すのももどかしく、半ば捨てるように擲った。
二閃。

「スターミー、"みずでっぽう"をお願い」
「パウワウ、"冷凍ビーム"で氷壁を作って」

たちまち、即席のバリケードが完成する。

「言い忘れてたけど、あんたたちに拒否権はないの。ヒナタ、ルール説明お願い」
「時間かかるのはヤだから、タッグバトル方式で行きましょ。
 場に出せるポケモンは各々一匹ずつ。
 相手側のポケモンが二匹とも戦闘不能になった時点でバトル終了。いいわね?」

いきなり目の前に出来た氷壁に顔を引き攣らせた茶髪ショートとは違い、
金髪ロングは笑うのをやめて聞いてきた。

「いいよ。なに賭ける?」
「こっちは有り金全部。そっちはその自転車。それでどう?」
「ちょっと、カエデ……!!」

万が一負けたらどうするのよ。あたしたち一文無しよ?
咄嗟にアイコンタクトを試みたものの、カエデは既に臨戦態勢に入っていた。
分かり易く言い換えるなら、キレていた。

「ふーん。上等じゃん」

金髪ロングは茶髪ショートの肩を叩いて、

「さっさと片付けちゃお。だいじょーぶだって。
 お小遣いゲット出来る上にストレス解消で一石二鳥、みたいな?」
「だ、だよねー」

乾いた声。
もしかしたら茶髪の子の方は、ポケモンバトルの経験が浅いのかもしれない。
まあ、そうだとしたところで、手加減するつもりはないけど。
ね、スターミー。

二連結した五芒星の、片側がくるくると回る。
純度の高い宝石みたいに透き通ったコアが、虹色に輝く。
元ヒトデマンのスターミーは、進化後初めてのポケモンバトルに気分が高揚しているようだった。

このところ、あたしがカエデに頭が上がらない理由は、このスターミーにある。

レインボーバッジ獲得祝いとしてプレゼントされたのは、
ジム戦前夜に約束したパフェではなく、
タマムシデパートに売っていた『水の石』だった。
カエデ曰く、

『あたしや店員さんが香水の説明してるのに、
 ヒナタ、進化の石のコーナばっかり見つめてたでしょ?
 それで、ショーケースに置かれた値札見て、
 拾ってきた犬をもっかい捨ててきなさい、って言われた子供みたいな顔してるもんだからさあ、
 ここは心優しい従姉のあたしが、一肌脱いで上げようかな、と思ったわけ』

なんだそうだけど、
あたしに『水の石』を渡す時のカエデはすっごく照れてて、見てるこっちが恥ずかしいくらいだった。
その後も

『スロットでボロ勝ちしてなきゃ、パフェになってたんだから』

とか

『あたしの金運と賭け事の才に感謝しなさいよね』

とか言っていたけど、
見え透いた照れ隠しにどれほどの意味があるのか、
カエデは多分、分かっていないんだと思う。
あたしはとりあえずの感謝の印として、カエデに抱き着いた。
カエデの反応は……誰にでも想像できる通りなので省略する。

三閃。
パウワウがミニリュウと入れ替わり、
あちら側に、カイロスとエレキッドが現れる。

「それ、ドラゴンポケモンだっけ? キャハ、お姉さんが育てるにはレベル高すぎるんじゃないの?」
「コイキングが似合いだよねー」

カエデは痛烈に言い放った。

「そのエレキッドとカイロス、あんたたちの汚い髪色とそっくりね。
 わざと合わせてるの?」

それがよほど癇に触ったのだろう。
二人は怒りの形相になって命令した。

「ッ……エレキッド、"電光石火"!」
「カイロス、"気合い溜め"しながら"はさむ"攻撃!」

エレキッドがアスファルトを駆けて、一直線にスターミーに向かってくる。
相性の良い相手を狙う――。正攻法ね。
でもあたしには、エレキッドがコンセントに手足をくっつけて黄色と黒で塗り分けたような姿をしていて、
主人とそっくりな居丈高な表情をしている、と分析するくらいの余裕があった。

「"バブル光線"で滑らせて、スターミー」
「ぷっ……そんな子供だましにやられると思った?
 エレキッド、躱して、雷パンチを叩き込んでやりな!」

二の腕が極端に細く、前腕が極端に太いエレキッドの腕が、
肩口から指先まで、青白く帯電していく。
跳躍。バブル光線は外れて、地面を泡塗れにしただけに終わった。
でも、布石はそれで十分だわ。

「"水鉄砲"の反動でバックステップ。
 エレキッドを吹き飛ばして、"スピードスター"よ」

スターミーが跳躍する。
高出力の"水鉄砲"が、反動でその体を瞬時に後退させて――。
エレキッドの"雷パンチ"は虚しく空を切った。
接地。
後ろ側の五芒星でブレーキを掛けて、さらに水を噴出する。
体勢を崩したエレキッドが吹き飛ばされる。

「水鉄砲とか、痛くもかゆくもないし。お姉さん、相性分かってる?」
「ええ、分かってるわ」

電気タイプのポケモンに対して、水鉄砲のダメージは微々たるものかもしれない。
けど、滑る地面で起き上がれないところにスピードスターの全弾命中、という連携ならどうかしら?

「なっ――」

スピードスターは元々、命中精度が高い。
そこに、回避されにくい状況を合わせることで、必中とも言える命中率を実現する。
エリカさんの戦い方から学んだことの一つよ。
エレキッドが滑り終える頃には、その体には星形の火傷のような痕がいくつも残っていた。
随分あっさり終わったわね……あたしはもう一方の組に視線を移した。

膠着状態が続いていた。
泰然自若と身繕いするミニリュウ。
気合いは充分溜まったものの、攻め倦ねているカイロス。

「ミニリュウ、いい子だから言うことを聞いて?
 目の前のクワガタに、どんな技を使ってもいいから、攻撃するのよ」
「カイロス、いい加減にしてよ。
 ドラゴンポケモンといってもピンキリなの。ミニリュウなんて、一捻りで勝てるんだってば。
 ッ、どうして攻撃しねーんだよ」

ミニリュウがカエデのいうことを聞かないのには、二つ、理由がある。
一つは、カエデがミニリュウを景品としてゲットしたために、ミニリュウが未だ、カエデを主だと完全に認めていないこと。
そしてもう一つは、ミニリュウの性格が、お世辞にも良いとは言えない、ということ。
ドラゴンタイプのポケモンに共通して言えるのが、手懐けるのがとても難しい、ということなのに、
このミニリュウはあたしが見た限りでもかなりプライドが高いポケモンで、
現に今も、カエデの命令をまったく無視して、目先のカイロスなど眼中にないといった風に振る舞っている。
カエデはあの子のことを溺愛してるみたいだけど……、苦労するだろうな。

果たして降着状態を破ったのは、
カイロスでもミニリュウでもなく、あたしが倒したと思い込んでいたエレキッドだった。
金髪ロングが茶髪ショートに目配せし、耳を塞いで言った。

「"嫌な音"攻撃!」

コンセントのプラグみたいな耳が、音叉のように震えて、
一瞬遅れて、空気が黒板を爪で引っ掻いたような、発泡スチロールを擦り付けたような音に感染する。

「きゃああっ!!」

カエデが耳を押さえ、ミニリュウが身悶えする中、あたしは感覚を閉じずにいた。

「――今しかないわ。カイロス、角でミニリュウを投げ飛ばせっ」

雑音の狭間で、茶髪の子の声を捉える。
カイロスがミニリュウの体を挟み、頭上に掲げる。
物理的にミニリュウを助けるのは無理、ね。
ミニリュウにまで攻撃が及んでしまうかもしれないし、第一、攻撃が届くまでのタイムラグで、ミニリュウはやられてしまっている。
距離に関係なく作用する"サイコキネシス"が使えれば、と思った。
ヒトデマンはスターミーになってエスパー属性が付加された。
けど、レベルアップによってエスパータイプの技を習得するかと言えばそうではなくて、『技マシン』と呼ばれる特殊な装置が必要になる。

あたしは技マシンを持っていない。
ましてやエスパー系最強技である、"サイコキネシス"の技マシンなんて、現物を見たこともなかった。

ミニリュウは"嫌な音"の所為でまともに抵抗できていない。
可哀想だけど……やられちゃうのは時間の問題ね。
二対一の場合はどうやって戦えばいいんだろう。
瀕死のエレキッドを手早く沈黙させて、一対一の状況に持ち込むのが得策かしら。

「スターミー、エレキッドの"嫌な音"を止めて!
 今度こそ再起不能にするのよ!」

そう指示を出してから、
あたしは恐らくは決着のついているであろう、カイロスとミニリュウペアに視線を戻した。
予想は違う意味で当たっていた。
カイロスが炎上していた。直立不動で。
"嫌な音"が鳴り止み、静かになったところで、あたしは問いかけた。

「ねぇ、カエデ。何があったの?」
「それが……カイロスの角にギザギザがあるでしょ……?
 あれがあの子の頭の横にある鰭を擦った途端、いきなり、目の色が変わって……」
「"竜の怒り"が発動されていた、というわけね」

ポケモン図鑑を閉じる。
主の命令には従わないけど、自分の体に傷をつける相手には容赦しない。
それはまさに、逆鱗に触れられた龍の如し。

「あんたのミニリュウ、かなり難しい性格してるみたいね」
「ええ……そうみたい」

二人一緒に嘆息する。ミニリュウはカイロスには目もくれずに身繕いを再開していた。

自己中心的な性格に加えて、ナルシスト。
もしこの子が人間だったら、あんまり関わりあいたくないタイプだわ。
でも――そう考えてみると、ミニリュウの態度も仕方ないのかもしれない。
ミニリュウを人間に直すと、色々と一般人との格の違いが見えてくる。

例えるなら、上流家庭のお坊ちゃん。
身の回りの世話は下女がこなして当然、
素質は十分、幼少の時分から両親から受け継いだ英才を発揮し、
将来有望と噂されながら幼少期を終えて思春期に突入、
周囲と比較して時分が特別な存在であることに自惚れはじめ、
傲慢っぷりはさらにエスカレート、
挫折らしい挫折を味わうこともなく青年期を迎えようとしている――のが、このミニリュウなんだと思う。

二閃。
エレキッドとカイロスがボールに仕舞われる。
カエデは猫なで声で皮肉った。

「あらあら、もう諦めたの?
 エレキッドは瀕死だけどまだ戦えるし、カイロスだってまだ体力残ってるんじゃない?
 燃えてるけど」

茶髪ショートが俯きながら答えた。

「……降参、します」

金髪ロングが吐き捨てるように、しかし悔しさの所為だろうか、声を震わせて後に続く。

「はいはい、ウチらの負けー。
 年下嬲って気分爽快になれて良かったねー。約束通り自転車、持ってっていいよ」

あたしはカエデと顔を見合わせる。
――どうする?
――どうしよっか?
無表情に見えて、その実、口角からは笑みが零れていた。

柵に腰掛け、自棄気味に携帯を弄る二人に近付く。

「まだなんか巻き上げるつもりなの?」
「ドロボーはドロボーらしくさっさと消えてくださーい」
「あんたたち、威勢だけはいいのね。
 目にうっすら涙滲んでるの、知ってた?」

ごしごしと目の端を擦る二人。
騙されたことに気づいた金髪ロングは、ぶわっと髪を逆立てて言った。

「おちょくるのもいい加減にしてよっ。何が目的なのよっ!」

放っておくと余計に挑発しそうなカエデに代わって、

「折角だけど、自転車は要らないわ。
 元々、ポケモンバトルに賭ける物じゃないし、
 あなたたちに、ここから徒歩で旅をさせるのは罪悪感を感じるし。
 で、その代わりにお願いがあるんだけど、
 セキチクまで、あたしとこの従姉を乗せていってくれない?」

茶髪の子が恐る恐る訊いてきた。

「本当にそれで許してくれるんですか」
「もっちろん。それで、どうなの?
 やっぱり、あなたたちは慈善活動家じゃないから無理?」
金髪ロングは頭にコツンと手を当てて言った。

「アレ? あたしそんなこと言いました?」