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荒々しい熱気が、僕の喉から容赦なく湿り気を奪っていく。
蹄を鳴らし、

「ぶるるっ」

と嘶く、火の馬ポケモンポニータ。
整った毛並み。色も一般的なトパーズ色と違って、雪のような純白だ。
乱すには惜しい――
が、自らその美しい体を強化骨格で覆っているのだ、
僕の配慮は無用を通り越して余計なお世話だろう。

「……ピカ」

さあ、早いところ始めてくれ。
僕も毛並みには気を遣っていてね。
あんまり長時間、君の熱気に晒していたら、毛が縮れてしまう。

アイシールドの奥の瞳が、鈍い赤色に光る。
挑発は一度で足りたようだ。
今まで心地よい音色を立てていた蹄が、
疾駆によって、小刻みな、機械的に正確な16拍子へと調子を変える。

僕は無防備な構えで、ポニータが距離を詰めるのを待った。
もっとも、攻撃を受けてやる気はさらさらない。
あの固い蹄に踏まれたら、しばらく痕になりそうだからね。

ポニータがさらに加速する。
速い。鬣の炎が、体に追いつけていない。
セキチクのポケモンレースに出場したら、二位に大差をつけて優勝できるだろう。
しかし――。
悲しいかな、ポケモンバトルにおいて直線的な高速移動は変則的な挙動に劣る。
通常回避、カウンター共に不可能な距離まで引きつけてから、
僕は真上に軽くジャンプして、ポニータの首にしがみついた。

手の平から熱が伝う。
火傷を負う前に終わらせよう。
ポニータが、自分の身に何が起きているのか把握するよりも先に。
相対速度を殺さず、
体を上に振り上げるようにして、ポニータの背面へ。
掴み所のない、不安定で真っ直ぐとした背筋。
そこを首筋から尻尾の付け根に向かって、
転がるように移動しながら。
頬袋に充電する。そして、

「ピーカー……」

跳躍と同時に、解放。

「チュウ~~~~」

僕が着地して間もなく、背後で彼女が倒れ伏す音が響いた。
電圧を完全に制御してやれなかったのが、唯一の気がかりだ。
彼女が炎を纏ってさえいなければ、
アイシールドのICをショートさせるだけの電流を流す余裕があったのに。

「全フェーズ、終了しました」

アナウンスが響くと共に、
昂ぶっていた気持ちが静まり、虚無感が去来する。
僕は白い空間の一角を一瞥した。

「ピカ、ピカチュ」

――ねぇ、マサキ。僕はあと、どれだけ君たちの実験に協力すればいいんだい?

返事はない。当然だ。
この時間、僕にとって彼は冷酷な研究者であり、
彼にとって僕は、使い勝手のいい試金石なのだから。
僕は床に座って、両目を瞑った。
やがて訪れるであろう、人工的な眠りに備えて。

―――――――――
――――――
――――

「前から言おう言おう思ててんけど、
 君、結構なフェミニストやなぁ。
 あのポニータを倒した後で、気遣う素振り見せとったやろ。
 ワイの目は誤魔化せへんでぇー」

僕が目覚めてから時計の短針が二周した頃、
マサキはいつぞやの助手と連れだって、研究室を訪れた。

「ピカピカ―」

心外だな。僕は常日頃から男女平等のポケモンバトルを心懸けていつもりなんだが。

「ほんまかぁ?
 なんだかんだ言って手加減してるんちゃうん?」
「ですから博士、ピカチュウは人語を解するほど高度な知能を――」
「でも安心しとき。次の実験体は、確か、雄やったはずや」
「はぁ……もういいです」

憮然とした表情で、書類の束をマサキの机に置く若き研究員。
かれこれ五度目の遣り取りを終えて変わらぬ結果を受け止めた彼に、
僕はささやかな憐れみを送った。
マサキはコーヒーを煎れながら、

「あっちの進捗状況は上々みたいや。こっちもモタモタしてられへん。
 ジャンクション露出面積と感覚増強装置の脆弱性の改善は後回しにして、
 今はパワーアシストと非装着部のバランス改善、戦闘補助システムの構築に時間割くよう、皆に言うといてくれ」

そう言いつけて、
後は「君なんでまだここにいるんや」と言わんばかりの視線で、
若き研究員を見据えた。

「……了解しました」

彼が退室すると、マサキはホッと溜息をついて僕の許に歩み寄り、
ガラスケースの電子ロックを外してくれた。
雨の匂いがした。
耳を澄ませると、僅かに開いた窓から、柔らかい雨音が聞こえてくる。

僕がこの場に連れてこられてから、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
しかし、経過した時間と得た情報量は比例していない。
というのも、積み重なった疲労の所為か、
僕にポケモンの起源に関する情報を語り、パソコンの電源も落とさずに眠りこんでしまったあの日以降、
マサキは僕と話す時に、口を滑らせないように警戒するようになってしまったからで、
結果、最も有力な情報筋が絶たれてしまった僕は、
マサキの部屋で怠惰な時を過ごし、
時折彼らの実験に協力する、という実に非生産的な毎日を送っている。
脱出の目処は、未だに立っていない。

マサキはいつものように並列作業を進めながら言った。

「ワイも最初は、君を実験の試薬にするなんて間違っとると、上に反論してたはずやねんけど……。
 今や意見は正反対や。君にはほんまに感謝してる。
 なにせ君の協力のおかげで、ワイらの研究は幾何級数的な速度で完成に近づきつつあるんやからなぁ」

どうせ強化骨格の研究目的や、
完成した後の転用先については、問うても教えてくれないだろう。
婉曲にいくか。
僕はガラスケースの縁に掴まり、

「ピカ?」

技術的疑問があるんだが、質問してもいいかな。

「なんや?」

ディスプレイの影から、マサキの白髪交じりの髪と、片目が覗く。
僕は手と足の順に指差して、

「ピカピーカ?」

ポケモンにはそれぞれ大きな個体差がある。
同種のポケモンでも、成長度によって各部位の特徴は異なる。
とすると、君たちの造っている強化骨格には、普及化に問題があるんじゃないのかな。

「まあな。アレを造るには、それ相応のコストは必要や。
 君が今まで相手してきた実験体の強化骨格やって、
 まだ試作段階で造りが粗いにしても、莫大な金がかかっとるんやで」

「ピカチュ……」

それは悪いことをしたな。
君たちの技術の粋を尽く破壊してしまって。

「ピカチュウ、君が謝ることはないんやで。
 あれは壊されるために造られてるようなもんやからな。
 それに――」

マサキは自嘲するような顔になって、

「量産段階に入れば、比較的低コストでの製造が可能になるし」
「チュウ?」

量産……?
君たちが研究している強化骨格は、
オーダーメイドのような方式で利用者に提供されるんじゃなかったのか?

「ちゃうちゃう。最終的にモデリングされる強化骨格は、一つだけや」

僕は首を傾げた。
マサキは唇を左右非対称に歪めて、

「観点を変えれば、ワイらのやってることはただの金の無駄遣いっちゅーことになる。
 データ集積を名目に、ワイらが科学的好奇心に突き動かされるまま研究費を空費してる――
 上層の連中には、そう思っとるヤツらも多い。困ったもんやで、ほんまに」

最後に造る強化骨格のタイプが決められている――。
それはつまり、強化骨格を装着するポケモンが決められていることと同義だ。
ならば、マサキの話に出てきた"上層"の人間が、
マサキの研究グループを批判するのも一理ある。
強化骨格が宛がわれるポケモンが決められているのなら、
何故、最初からそのポケモンで実験しない?
何故他のポケモンに、それぞれ個別に適合させた強化骨格を造り、それで実験を繰り返す?
いや、そもそも最終的に強化骨格が宛がわれるポケモンとは、一体どんなポケモンなんだ?

僕が頭に浮かべた数多の疑問符を感じ取ったのか、
マサキは

「いずれ解るわ」

とだけ言って、ひょいと顔を引っ込めた。
――ダメ、か。
やはり、まだ僕は警戒されているようだ。
彼と意思疎通する機会を持てることが、最初は良いことだと思っていたが、
こうやって情報を出し惜しみされるようになると、
無識者のフリをしたまま彼が無警戒に助手と交わす言葉の中から
情報を選び取っていた方が、ずっと良かったように思えてくる。

「チュ……」

僕は開かれたガラスケースを自ら閉じ、横になった。

晩夏の太陽にじりじり焼かれながら丘陵を進んでいくのは、
あたしにとってはちょっとしたハイキングのつもりでも、
カエデにとっては難行苦行以外の何者でもないらしく、

「ヒナタ、そろそろ休憩しましょ」
「パウワウ、冷風お願い」
「ワニノコー、打ち水してくんない?」

などと言ってはあたしたちを困らせていた。
暑そうに舌を出しながらも、
律儀に冷気や水を放出しようとするカエデのポケモン二匹を制止しつつ、

「ここを抜ければ大都市タマムシシティなんだから、我慢しなさいよ」
「もうあたし十分我慢したもん。
 悪いのはこの残暑よ。汗は気持ち悪いし、肌は焼けちゃうし……まったく、いけない太陽ね」

サングラス越しに空を睨み付けるカエデ。
あたしは溜息を吐いて、ふとボールの中のいるゲンガーのことを思い出した。

「ねぇ、カエデ。いいこと思いついたんだけど」
「なによ?」
「ゲンガーってシャドーポケモンよね」
「そうね」
「シャドーポケモンっていうからには、体も冷たいわよね」
「さ、さあ、それはどうかしら?」
「きっと冷たいわよ。影だもの。
 そこで、あたしのゲンガーを冷却材代わりに、カエデにくっつけてあげようかな、と思ったんだけど」
「い、いらないって。余計なお世話よ」

そう言いながらも、少し興味ありげにあたしのベルト付近を眺めるカエデ。
試してみたいなら、素直にそう言えばいいのに。

「一応やってみましょ」

閃光。

「うー」

間延びしたチェロの音のような、気怠げでかわい……くない鳴き声。
どうしてこのゲンガーは、ピッピやヒトデマンみたいに、
ボールの外に出られることを喜ばないのかしら?
インドア派なの?

「うー……」

眩しそうに目を細めて、縮まるゲンガー。
あ。そういえばまだこの子は、強い光に慣れていないんだった。
でもキクコお婆さんは、徐々に慣れていくと言っていたし、大丈夫よね。

「ねぇゲンガー、お願いがあるんだけど」
「う?」
「カエデが暑い暑いってうるさいの。
 だからあなたの冷たい体で、冷やしてあげてくれない?」
「……うー!」

お安いご用だ、と言わんばかりに胸を張るゲンガー。
顔に不安を滲ませたカエデと、使命感に充ち満ちたゲンガーが向かい合う。

「ゲンガーで涼むっていっても、どうやればいいの?」
「とりあえず触ってみたら?」
「い、いやよ……」

渋るカエデに痺れを切らしたのか、

「う!」

ゲンガーがヒタヒタと、カエデの許に歩み寄る。
そして、今は実体化してるのね、とあたしが思った瞬間、
晩夏の熱気を凍り付かせるほど鋭い悲鳴が響き渡った。

「どうしたのっ、カエデ――」
「いやぁぁああ! やだやだやだやだ! ヒナタ、今すぐコイツをボールに戻して!
 お願いだから! もう我儘言わないから!」

じたばた暴れ回るカエデの、ミニスカートからのびた太股に、
ゲンガーがしがみついていた。
……何、やってるの?

「う……?」

ゲンガーは困惑したような顔で――しかしどう見てもニタニタした変質者同然の笑みで――よく考えたら最初からそんな表情だったかもしれないけど――振り向く。
いよいよあなたにはエロポケモンの烙印を押さなければならないみたいね?

「うっ…・・!うーうー!」
「言い訳してもダメよ。痴漢の罪は重いわ。あんたはしばらく、ボールで謹慎処分だから」
「う――」

閃光。ゲンガーが離れ、強張っていた足の緊張が一気に解けたのか、カエデが地面にへたり込む。

「……大丈夫?」

カエデは涙目であたしを見上げて

「だいじょうぶに見える? ヒナタの目、おかしいんじゃないの?」

と言い、洟をすすり上げた。半泣きだった。
あたしは、こうなった原因があたしの提案にあることもあって、
カエデのために休憩をとることにした。


物陰にシートをひいて、その上にあたしとカエデが座り、
少し離れたところでピッピとワニノコとパウワウが戯れ、
ゲンガーが幽体化して皆の死角で三角座りしていたのが最近の休憩風景だったけれど、
今日ば特別だった。

「風力よわーい。もっと優しく、力強く、ね?」

膝枕して団扇で仰いでまでしてあげてるのに――、まだ注文着ける気なの?

「はやくしてよね」
「………」

あたしは手の動きを早くしつつ、傍に視線をやった。
ワニノコと必死の攻防を繰り広げていたピッピは疲れたのか、
この丘陵のように豊沃なパウワウのお腹にもたれて眠り、
ワニノコは辛くも守りきった、現在謹慎中のゲンガーのボールを背中に隠したまま、警戒を続けていた。
あたしはいいお仕置きになると思って、遊び道具代わりにピッピにハイパーボールを貸したのに、
ワニノコは何故だか躍起になって、ボールをピッピから取り上げたのだった。

わけがわからない。
と、あたしの視線に気づいたのか、ワニノコが大口を

「ぐわっ」

と開き、威嚇してきた。
それはまるで「彼は悪くない。みんな酷いよ!」と言っているみたいで、
あたしはつい、もしかしてあの子は純粋にカエデを涼ませようといていたのかしら、とゲンガー擁護に傾きそうになる。
だめだめ、まだあのゲンガーを信用しきったわけじゃないわ。
第一、元がレベル90のギャラドスのくせに、落ち着きがなさ過ぎるのよね。
いつもオドオドしてるし、うーうー言ってるし……。

「ねぇ、ヒナタ。あんたさぁ、お父さんのことはどうするわけ?」

前触れ無い水向けに、

「ふぇ?」

あたしは情けない声を上げてしまう。……恥ずかしい。

「だから。ピカチュウを探すことを第一優先にしたら、
 必然的にバッジ集めに時間をかけにくくなるでしょ?」
 そしたら――、」
「今期のポケモンリーグに出場することは、かなり難しくなるでしょうね」
「どうしてヒナタはそんなに冷静なのよ。お父さんの居場所を知る機会が、遠のくことになっちゃうのよ?」
「今期がダメでも、来期があるわ。
 それにあたし、ピカチュウなしでポケモンリーグに進むことは、考えられないの。
 勿論、戦力的な意味じゃなくて……。
 あの子は一度体験しているかもしれないけど、あたしはあの子と一緒に、優勝したいから」

カエデはクス、と笑って、溜息を吐くように言った。

「ピカチュウを取り返して、バッジも集めて、リーグ優勝して、お父さんの居場所を探し出す――。
 考えてみたら、イベントが盛りだくさんね、あんたの旅路」
「何度も言ってるけど……カエデが自由に旅をしたいなら、そうしてもいいのよ?」
「もう。あたしだって何度も言ってるでじゃない。
 ヒナタと別れて一人旅するなんて、断固お断りだって!」

語調を荒げ、怒ったようにそう言って、
あたしと反対側に寝返りをうつカエデ。

「……ありがと」

しばし、温かい沈黙が流れる。
ふりそそぐ淡緑の木漏れ日の下。
吹きすぎる風は僅かな熱気を孕んでいるけれど、涼しくて。
カエデに膝枕したまま、眠ってしまいそうなほど、穏やかに時が過ぎて行って。
もしここにピカチュウがいたら……きっと、最高の午後だったに違いないのに。
カエデ、眠っちゃったかな。
あたしは適当に話題を選び、口にしてみることにした。

「カエデはあたしのお父さんのこと、どれくらい知ってるの?」
「……そんなこと聞かれても、あんたが初耳の知識は持ってないわよ。
 ヒナタが生まれた時、既に叔父さんは旅立っていたんでしょ」
「ええ」
「なら、誰でも本やインターネットから知ることの出来る、客観的な事実を除けば、
 カスミ叔母さんから色々思い出話を聞けるあんたの方が、ずっと叔父さんのことに詳しいに決まってるじゃない」
「……ママはあんまり、昔のことを話してくれなかったの」

物心ついて、あたしにお父さんがいない理由や、
お父さんがどんな人だったのかを知ってからというものの、
あたしは何かに取り憑かれたように、
図書館に通ったり、パソコンを使ったりして、お父さんに関する情報を集めるようになった。
情報はいくらでも転がっていた。
あたしはそれまで、自分がほとんど何も知らなかったことに驚いた。

お父さんの輝かしい功績を知る度に、あたしはお父さんのことを誇りに思い、
十代半ばでカントー地方のバッジを揃えストレートでリーグ出場したと知った時は、一人のトレーナーとして憧憬を抱き、
お父さんがかつて永世を冠され、全世界のポケモントレーナーのトップに君臨していることを知った時は、眩暈さえした。
そして――、自分がお父さんの娘であることを思い出す度に、あたしは無償の喜びを感じた。

あたしがインターネットでお父さんのことを調べていたとき、
必ずあたしの肩にはピカチュウが乗っていて、興味深げにディスプレイを眺めていたっけ。
今から思えば、あのときピカチュウはディスプレイではなく、
その向こう側……当時の旅の記憶に、焦点を合わせていたのかもしれない。

でも、あたしは違う。
何も知らない。他人の書いた文書や、色褪せた写真を通してでしか、お父さんの存在を感じることができない。
それってつまり、あたしにお父さんがいないことと、同じことなんじゃないかしら?
休日に友達の家に行くと、優しそうな微笑を浮かべた、友達のお父さんと話す機会があったりして、
その時はなんともなく、普通に接することが出来るのに、
家に帰ると、どうしてあたしにはお父さんがいないんだろう、どうしていつまで経っても旅から帰ってきてくれないんだろう、と考えて、
何か失ったわけでもないのにたまらない喪失感に襲われて、泣きたくなることがあった。

そうするともう、あたしがお父さんの娘であることを思い出しても、何の意味もなかった。
お父さんと言葉を交わしたり――、
せめて、あたしの目で見たお父さんの記憶でもありさえすれば、安心出来るのに。
あたしが確かにお父さんの娘で、お父さんに愛されていたことを、疑わずに済むのに。

「どうしてお父さん、あたしを置いて旅に出ちゃったのかな。
 ポケモンマスターじゃなくてもいいから、
 どんなお父さんでもいいから、あたしの傍にいてくれれば、良かったのに」
「ヒナタ……泣いてるの?」
「えっ?」

手の甲で目の端を拭うと、少し……、そう、ほんの少しだけ、湿っていた。
あたしは急いで目を擦ってから、

「あは……、あたし、子供みたいね。こんなの、とっくに乗り越えたはずなのに……今になって急に……馬鹿みたい」
「ヒナタ……」

なんでカエデがしんみりした顔になってるのよ。
いつもみたいに、とんだファザコンね、とか、泣き虫、とか言ってからかいなさいよ。

「ごめん」
「い、いきなり何?」
「あたし、今までヒナタにたくさん酷いことを言ったと思う。
 あんたってば、ちっともお父さんがいないことを、気にしていない風だったから……。
 お父さんがポケモンマスターだと便利でいいわね、とか、
 お父さんがいないと、躾が甘くて楽が出来る、とか、ヒナタを傷つけるようなことばっかり――」

もう。カエデが泣きそうになってどうするのよ。

「いいの。その時はまだあたしもカエデも子供だったんだし、気にしないで」

カエデが体を起こす。
まだ何か言いたそうにしていたけど、それより先に立ち上がって、

「はい、休憩終わり。
 日が暮れるまでに、タマムシシティ郊外に着かなくちゃ」

ポケモンたちを揺り起こす。
ピッピ、よく寝た?

「……ぴぃ」

パウワウ、お腹を貸してあげてくれて、ありがとう。

「ぱうー」

ワニノコ、そろそろ出発よ。ボールを返して?

「がぅ」

ありがとう。ゲンガー、反省した?

「………うー!」

半透明のボール越しに、首をコクコクと縦に振るゲンガー。
あたしはそれに微笑み返して、ハイパーボールをベルトに装着し、
空のモンスターボールと交換した。

三閃。

ワニノコ、パウワウ、ピッピが、それぞれのボールに仕舞われる。

あたしたちはシートを片付けて、傾きかけた太陽の下に足を踏み出した。
相変わらず暑い。でも、カエデは休憩前とは打って変わって、一言も文句を言わずに歩いた。
カエデは責任を感じると、途端に寡黙の我儘控えめ少女になる。あたしは

「そんなに早歩きしなくても、日暮れにまでは着けるわ」

と言って、カエデの横顔を盗み見る。
――果たして今回は、いつまで保つかしら。
あたしとしては、いつものカエデの性格の方が好きだから、
早いとこ気を取り直してくれると嬉しいんだけどな。

第11章終わり