強いポケモンと戦り合うことが、純粋に楽しかった。
が、あるとき勢いに乗りすぎて、相手トレーナーのポケモンを過剰攻撃、
死に至らしめた上に死体を損壊せさ、リーグ参加資格を剥奪された。
それからすぐに、謎の組織から接触を受けて、護衛要員として雇われた。
危険地域に趣き、探険家を原生ポケモンから守る。
命の危険を感じたことは無数にあるが、すんでのところで生き延びてきた。
顔に傷のある男は、適格者としてこの世に生まれ落ちたことに感謝している。
そしていま、

「びゃっ」

奇声を上げて護衛要員の一人が弾け、岩壁に赤い花が咲いた。
ツガキリのヌシがポケモンの防衛線を一瞬突破し、
その巨大な爪で護衛要員の一人を薙ぎ払ったのだ。

「おーおー、派手に逝ったなァ!」

顔に傷のある男は笑う。
人間もポケモンも、いつかは死ぬ。
主を失ったキングラーとブーバーは、じきに狩られるだろう。
顔に傷のある男と、もう一人の護衛要員は、防御線を引き直そうとした。
そのときだった。

「……カイリュー?」

竜種の王者が、大空洞の縁を沿うように飛び、青白い炎の壁を築いていった。
召喚者は、驚くべきことに、あのナヨナヨした眼鏡の男だ。

「加勢ってワケじゃなさそうだなァ」

突然降ってきた青い炎に、ツガキリのヌシは警戒するように動きを止めていたが、
やがて、着陸したカイリューの方向を向いた。
その目は既に、すぐそばの小さなポケモンと人間を見てはいない。
決断が求められていた。
今のうちに逃げるか、戦闘を継続するか。
オムスターの"ハイドロポンプ"を使えば、青い炎の壁の突破は可能だ。
だが、今逃げれば、調査隊の残りの面子は確実にヌシにやられるだろう。
奴等を死なせない、なんて上等な理屈はなかった。
顔に傷のある男の念頭にあったのは、ただ、

「――この俺様を無視してんじゃねェよ」

インターバルが出来たことで、いいモノが視えた。
顔に傷のある男は、生き残りの護衛要員に言った。

「ヌシの右腕の爪、人で言う親指の一本がもう少しで折れる」
「もっと早く言え」
「ヤツが頑丈すぎるのが悪い」

外部と内部に関わらず、ポケモンの壊れそうな部位・脆い部位が分かる。
それが顔に傷のある男の能力だった。

「"ハイドロポンプ"、"電光石火"」
「"かまいたち"、"電光石火"」

オムスターのハイドロポンプと、カモネギのかまいたちが、ツガキリのヌシを不意討ちする。
そして、ヌシが振り返ろうとした刹那、
サンダースとストライクの速攻が、ヌシの右手の爪をとらえた。
ギンッ、と鈍く高い音が響き、長く尖った爪の一本が、地面に転がる。

「オォオォオオオオォオォオォ!!!!!!」
「ハハ、ざまァみやがれ」

相手の武器の一部を壊したところで、戦況には微々たる変化しかない。

「悪ィな、お前ら」

顔に傷のある男は、既に召喚済みの二体と、ベルトのモンスターボールに格納されたポケモンに詫びた。
そして、隣の護衛要員と目を合わせ、肯く。
消耗を覚悟で戦わなければ勝機はないことを、ふたりともよく理解していた。



竜種は生物の頂点に君臨する。
全てを捻じ伏せるパワー。決して倒れないタフネス。
鍛えぬかれた一匹の竜種は、同レベルのポケモンが束になっても敵わない。
その伝承を、体現する。
竜種使いは言った。

「"竜巻"」

雌雄二体のカイリューが、羽を動かす。
局所的な渦巻きの上昇気流が、猛烈な風を生み出した。
相手が距離を置いた時点で、趨勢は決する。
が、カイリューの目前に、モルフォンとライチュウが"テレポート"で転移してきた。
ライチュウは既に充電を終えている。

「避けろ」

"十万ボルト"を避けるために、カイリュー二体は反発するように離れた。
そこに雷撃が落ちる。

「"竜の怒り"でモルフォンを殺れ。ライチュウは"叩きつけろ"」

雌のカイリューから青白い火線が迸るが、ライチュウの"アイアンテール"で妨害され、狙いが逸れる。
雄のカイリューがライチュウ目掛けて尾をしならせるが、"高速移動"でかわされる。
一方で、戦力を分断する目的で展開していた"竜巻"が、ヤドランの"念力"によって、その勢いを減衰させていた。
竜巻の防壁が甘くなった途端、ケンタロスが"突進"してくる。
上空ではモルフォンが"眠り粉"か"痺れ粉"を散布している。
ヤドランは"念力をやめ、"水鉄砲"によるケンタロスの援護を開始する。

「"暴風"、上がれ」

雄のカイリューが鱗粉と水弾を吹き飛ばし、同時に離陸した。
その四半秒後、雄のカイリューがいた位置に、オコリザルが地面から仕掛けた。
空に避けられたのは、偶然だ。

「受けろ」

雌のカイリューは、ケンタロスを真正面から受け止めた。
カイリューがかわせば、竜種使いが轢かれる。そう計算しての突進。
一秒に満たない地上の膠着は、フリーになっていたライチュウにとっての好機となる。
死神の鎌のような"アイアンテール"が竜種使いに迫り、

「"竜の怒り"」

雄のカイリューが、ライチュウの進路に青白い炎の雨を降らせる。
が、ライチュウはそれら全てを躱しきった。

「―――ッ」

ぱたた、と血飛沫が舞った。
ライチュウの硬質化した尾の勢いは、ハクリューの胴体を半分以上断ち、止まった。

「"巻きつけ"」

ハクリューはそのままライチュウに絡みつき、身動きを取れなくする。

「"翼で打て"」

空に上がっていた雄のカイリューが急降下、翼の一薙ぎで、ライチュウの頚椎を砕いた。
竜種使いは、身代わりにしたハクリューをボールに格納する。
ライチュウは死んだ。が、ハクリューもおそらくボールの中で死ぬ。

理不尽の権化が、静かに頭を垂れた。

「……ライチュウ、ごめん。本当に、ごめん……」

あいつは、なんだ?

ポケモンは凡庸で、練度は低い。
単純な足し算なら、やつらの総合力はカイリュー一匹のそれに劣る。
が、あの男の能力が、和算を積算にし、カイリュー二匹の武力を上回らせている。
さらに信じられないのは、あの男が、一切の指示をしていないことだ。
先手を打てたのは最初だけ。
後は全て後手後手にまわり、最後は死にかけた。
ああ……そうだ。オレはついさっき、

「死にかけた………?」

竜種使いは、胸の奥が冷え、手が汗ばみ、視野狭窄を起こしていることに気づいた。
それは彼が、竜種と心を通わせる適格者の才を発現し、
フスベシティの竜の穴で修行を積み、無敵の竜種使いとなってから、初めて抱く感情だった。



ツガキリのヌシの、右目は潰れ、両手の爪は半分が折れ、右足は相当に傷んでいる。
対する顔に傷のある男は、オムスターとサンダース、新たに出したサンドパンを失った。
もう一人の護衛要員は、手持ちのポケモンを全て失ったあげく、
ヌシが尻尾で吹き飛ばしてきた石礫を上半身に受け、人事不省に陥っている。
ツガキリのヌシに与えたダメージと、こちらの損害は、

「まったくもって割に合わねェ……が」

顔に傷のある男の眼は、ヌシの胸元に、ぼんやりと朱く光る箇所を認める。
実際にそのような光はない。彼の眼だけに映る、ポケモンの弱点。

「あともう一回持ちこたえろ、ゴローニャ。
 エビワラーは、次の一撃に全部乗っけろ」

ツガキリのヌシが、体勢を低くして突進してくる。
ゴローニャがヌシの傷ついた右足に組み付いた。
苦悶の鳴き声をあげて、ヌシの動きが止まる。

「"メガトンパンチ"だ!」

顔に傷のある男が叫んだ瞬間、エビワラーはヌシに肉薄し、渾身の力で正拳突きを叩き込んだ。
ずぶ、と拳がツガキリのヌシの硬い体表を貫き、心臓を破壊する。
が、ヌシはすぐには絶命せずに、胸を貫かれたまま、エビワラーの右肩を噛みちぎった。
顔に傷のある男が、エビワラーを格納する。
ポケモンセンターにすぐに連れて行けば、望みはあるだろう。
遅れて、ツガキリのヌシが、後ろに倒れた。

「へ、へへ……ツガキリのヌシ、討伐完了だ」

顔に傷のある男が、まだ息のある護衛要員のところへ歩いて行く。

「なあ、聞けよ。ヤツの胸をぶち抜いてやったぜ」

護衛要員は血まみれになっていた。
胸や腹に石礫が深くめり込み、手で抑えてみるが、出血が止まらない。
経験で、もう助からないと分かる。

「なあ……お前のゴルダックが"岩砕き"をやったから、脆くなってたんだ」

護衛要員は、ひゅー、ひゅー、と喉を鳴らしながら、

「……じゃ、半分は俺の手柄だな」
「何言ってんだ。決めたのは俺様のエビワラーだぜ」
「は、はは。それでいい……なあ、頼むわ」
「……遺言は?」
「天涯孤独だ」
「おう」

護衛要員を介錯した後、背後から近づく、人間の足音に気づいた。
カイリューが大空洞を縁取るように放った青の炎は、今や消えかかっている。
が、その明かりで、走ってくる人間の顔が分かった。

「お、隊長。血相変えてどうしたんだ?」
「ど、どど、どうしたもこうしたもねぇッ!」
「見ろよ、ツガキリのヌシは仕留めたぜ。生け捕りにするのは無理だったな」
「そんなことはどうでもいい!
 あいつめ、システムの手先で、最初からワシらを殺すつもりだったんじゃ!
 お前さんもさっさと逃げろ! カイリュー二体にはどうやっても勝てん!」

どたどたと走って行く隊長を見やりながら、顔に傷のある男は首をかしげた。

「ツガキリのヌシに加えて、カイリューと戦り合えるってのに勿体ねェ。
 つーかよォ……いったい誰が、カイリュー二体相手に持ちこたえてんだァ……?」

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最終更新:2015年04月30日 15:37