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青年らの班は、もう片方の班と合流を果たした。
ソフィアから聞いた話を共有すると、四人は頭から否定した。
研究データをコピーした情報端末のドキュメント(現代語に翻訳済み)を見せても、半信半疑といったところ。
が、これが通常の反応だ、と青年は思う。
情報端末を持ち帰り、本部に提出したとしても、
その研究データの価値が認められない限りは、青年らの話は眉唾物として扱われるだろう。

「とにもかくにも、帰還じゃ」

隊長が先導し、きた道を引き返す。

「や、やっと……帰れる……」

眼鏡の男の本音が漏れ、

「ッチ、ツガキリのヌシと出会えなかったのが残念だぜ」

顔に傷のある男が心底残念そうに舌打ちした。
彼にとっては、先のシェルターでの出来事は些事でしかなく、
恐ろしい原生ポケモンとの死闘こそが、この仕事のやりがいなのだろう。
そして、洞穴中腹の広い空間で、青年は、彼が喜ぶ言葉を口にしなければならなかった。
……ただで返してくれるほど、この洞穴は甘くなかったか。

「落ち着いて聞いてください。
 前方から、巨大なポケモンが接近してきます。距離は180、160――早い。
 逃げるのは無理でしょう。邂逅に備えてください」

調査隊全員に緊張が走る。脳裏をよぎるは、ツガキリのヌシ。
最悪の場合、人死が出る。

「さて、いっちょ派手にやるかァ!」

顔に傷のある男は、喜色を隠さずにポケモンを展開した。
オムスター、サンダース。遠近両方に優れた組み合わせだ。
他の護衛要員も、一人がカモネギ、ストライクを繰り出し、もう一人がブーバー、キングラーを繰り出す。

「会敵直前に、俺のサンダースが"フラッシュ"を焚く。
 隊長とその他は後ろに下がってな。俺様が原生との戦い方を教えてやる……クク」

青年は隊長、眼鏡の男、探険家二人とともに後退し、
念の為に、オコリザルとヤドランを召喚した。
隊長と探険家二人も、ドードリオ、ナッシー、フーディンを召喚する。
探険家で、人類未踏地域への探険経験が豊富な彼らは、当然のことながらパーフェクトホルダーだ。
護衛要員ほどではないにせよ、ポケモンの扱いには心得がある。

「60、40――来ます!」
「オォオオオオォオオオオォ!!!!」

霹靂神もかくやの大音声が、広い空間に木霊する。
瞬間、サンダースが発光し、襲来した原生ポケモンの全身を照らしだした。
薄い緑の体表は、往路で捕獲した新型ポケモンのそれとよく似ている。
あれの成体の可能性が高いが、体表以外の外見的特徴は、凶悪なまでに変化していた。
体長は四メートル近くある。
隊長が叫んだ。

「背中のトゲ、腹の菱型模様、両手足の三叉爪……間違いねえ、ツガキリのヌシだ!」

顔に傷のある男が命じ、他の護衛要員が続いた。

「”ミサイル針”、"刺キャノン"だ」
「二重の"かまいたち"」
「"ハイドロポンプ"」

ツガキリのヌシは体勢を低くして、鋭利な遠距離攻撃をかわした。
不可避の風の二太刀は、その硬い体表に傷ひとつ付けることができない。
高圧で噴射された水の弾丸を、巨体にそぐわない機敏な跳躍で超え、両手の爪を振りかぶりながら落下してくる。
その落下地点には、顔に傷のある男がいた。

「やべェ死ぬ――なんてな。ありがとよ」
「一個貸しだ。――"炎のパンチ"」

護衛要員の一人が繰り出していたキングラーが、ハサミでツガキリのヌシの爪を受け止める。
ブーバーがすかさず炎をまとった拳を繰り出すが、標的は後退していた。

「膂力はハンパねぇし、とっさの引き際も分かってるってか。最ッ高に面白ぇ相手だ!」

護衛要員三人が、再びポケモンに攻撃を命じる。
その後ろで、青年を含めた他のメンバーは、戦闘に参加できないでいた。
下手に参加すれば、逆に護衛要員の邪魔になると分かっていたからだ。

「ひ、ひぃいいぃ…………」

眼鏡の男が頭を抱え、一歩、二歩と後じさる。
隊長は振り返り、

「情けない男じゃな。
 やつらを信じて、もうちっと泰然自若と構えとらんか」
「は、はい……」
「せめてツガキリのヌシの恐ろしさを、その目に焼き付けちょれ」

そのとき、ツガキリのヌシが弾いた刺キャノンの一本が、青年らのいるところの近くに突き立った。

「ひぃぃいいぃっ!!」

眼鏡の男がまた大げさに後退する。
隊長がため息をついた。


その刹那、ボッ、と何かが弾けるような音がした。


「うん? なんで受け止められてる?」

吃音のない、クリアな声が眼鏡の男の口から漏れた。
青年は、一変した状況を把握することに努めた。
まず、青年の右隣にいた探険家二人が、左前方の離れたところに転がっていた。
瞬間的に大きな力を加えられたのだろう、彼らの上体はありえない形に曲がり、
横たわったまま、水揚げされた魚のように、びくびくと痙攣している。
それが遠景。
次に、目の焦点を近くに合わせる。
青年のすぐ右隣で、オコリザルが、何者かの太い尾を腕で受け止めていた。
ヤドランが"念力"で、迫ってきた尾の逆方向に力場を発生させなければ、確実にオコリザルの腕は砕かれていただろう。
ようやく、青年は振り返る。
そこにはツガキリのヌシと同格の体長を持つ、山吹色の竜種ポケモン、カイリューがそびえ立っていた。

古くから、竜種の育成・訓練は不可能とされてきた。
彼らは高い知性を持ち、人に従うことを厭い、たとえ幼生から育てても、恩を忘れて自然に帰る。
だからこそ、竜種に対するモンスターボールのインプリンティング効果の向上は、シルフカンパニー研究所の急務だった。
しかし、

「カイリュー、手加減したか?」
「ウォフ!」

違う、というようにカイリューが首を横に振る。
じゃあ現況はなんだ、と眼鏡の男は鼻を鳴らした。
その間には、主従関係とは違うものの、確かな信頼関係が伺えた。
眼鏡の男――否、竜種使いは、眼鏡を放り捨てながら、

「混乱に乗じて後方を一掃するつもりだったが、まあいい。
 なぁ……なんで反応できた? 演技がイマイチだったか?」
「君はいったい誰だ?」
「質問は交互に。こっちが先だ」
「俺は感知系の適格者。それは君も知ってるはず」
「醒めるようなことを言うなよ」
「……ポケモンの感知は、俺の能力のおまけみたいなものだ。
 実際には、俺の手持ちポケモンの思考・感覚を共有させられる」
「へえ。じゃあ、あんたのオコリザルとヤドランは、
 オレがカイリューを出した瞬間に、攻撃意図を把握して、防御に移った?」
「質問は交互、と君が言った。正解だけど」
「おっと、悪い。オレはフスベシティの竜使いだ。最近システムに雇われてね、
 アタラ沼沢地の空路って手土産を持って、この組織に潜り込んだ。
 記憶読みって能力は嘘だよ。
 カイリューの背中に乗っていれば、アタラの空で他の竜種に襲われることはない。
 時間をかけて地道に安全空域を探した」
「君が単独でツガキリを探索せず、かつこの組織の調査隊に潜り込んだのは、人的資源の節約と、保険のため?」
「あんたキレるな。そうだよ。
 調査に必要な探険家や護衛はこの組織に用意させて、最後にオレが成果を強奪、システムに持ち帰る。
 そういう算段だったのさ。
 オレは単身でツガキリに入っても良かったが、止められてね……」

竜種使いはやるせなさを感じる微笑を浮かべ、

「まあ、その、なんだ。そろそろ……続きをやるか」

閃光。二体目のカイリューが現れる。

ふいに、青年と竜種使いの男の間で、何かが放物線を描いた。
竜種使いがそれをキャッチする。シェルター内で得た、情報端末だった。
青年が端末を投擲した人物に問うた。

「隊長……どういうつもりですか?」
「なあ若いの。命あっての物種じゃ」

隊長は竜種使いに向きなおり、

「それはお前さんにやる。だから、ワシらは見逃してくれんか。
 下手な交渉をせんかったのは、ワシらが圧倒的に不利だと分かっちょるからじゃ。
 なんなら、捕まえた新種ポケモン二匹も――」
「"竜の怒り"で戦域を限定」

カイリューが飛翔した。
大空洞の縁の少し内側をなぞるように飛びながら、青白い炎をまき散らす。
ツガキリの出入口に通じる道、シェルターに通じる道、それら両方が封鎖された。
青年が言う。

「隊長。彼は最初から、俺たちを生きて帰すつもりはないんです」
「そのとおり。システムのオーダーは、調査隊全員の抹殺。
 だから、命乞いはやめてくれ。殺る方も辛くなる――うん?」

竜種使いは、青年の、ポケモントレーナーとしてあるまじき行為に目を瞠った。
全てを諦めて"こういうこと"をする輩はいる。
単一トレーナーによるポケモンの複数指揮は、出来て二匹、熟練して三匹、四匹ともなれば曲芸だ。
そして、最大効率で運用できるのは結局のところ二匹とされる。
しかし、この男は。

「いこう」

青年が呼びかける。彼はその一言で、追加召喚した四体を含む、
オコリザル、モルフォン、ヤドラン、ケンタロス、ライチュウ、メタモンの六匹による完璧な布陣を敷いた。