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両親はおらず、孤児院で育った。
院長は当時、希少なポケモントレーナーで、
孤児院の子供はみな、院長のポケモンと触れ合う機会があった。
だから、小さいころからポケモンマスターを目指していた。
必死に金を貯めて、高価なモンスターボールをひとつ買った。
命の危険を顧みずに、野生ポケモンを単身で捕まえにいった。
奇跡的にマダツボミを捕まえることができた。
ポケモンと心を通わせる楽しさを知り、ポケモンがいかに生物として優れているかを知った。
ポケモンを集め、ポケモンバトルをするようになった。
もっと強く。もっと上手く。
昔から要領は良かった。
効率の良いポケモンのトレーニング、理論立てた戦術を駆使することによって、大抵は勝てた。
でも、どうしても勝てない相手はいた。
努力が足りていないのだ、と思った。
自分のスタイルに反していると知りながらも、がむしゃらにポケモンと修行をした。
滅多に負けなくなった。
それでも、勝てない相手がわずかにいた。
ポケモンリーグのCランク以上は、魔境だと思い知った。

――適格者、という言葉を知っているか。

あるとき、謎の組織から接触を受けた。

――君は適格者ではない。ポケモントレーナーとしての能力は、頭打ちだ。

絶望した。
組織の男はこう続けた。

――しかしポケモンに対する深い理解と社交性の高さは特筆に値する。
――うちの組織で、君の能力を役立ててみないか。

その組織で、巷のポケモントレーナーの実力を評価し、組織に勧誘する仕事をするようになった。
天職だと思った。
ただ、スカウトする相手が適格者だったとき、わずかながら嫉妬した。
でも、そのうちにどうでもよくなった。
順調にキャリアを積み重ね、若くして人材調達部の主任に抜擢された。
自分が属する組織とは別に、システムという巨大な秘密組織があることを知った。

――秘書を雇うといい。武力付きのがいいぞ。

先輩に薦められて、セキチクの隠密衆から、直感で女を引き抜いた。
昔から直感は大切にしている。
大抵はそれでうまくいく。

――なぜ私をお選びに?

女から何度も訊かれたが、理由は明言できなかった。
まともに優しくしてやれなかったのが、ほんの少し、心残りだ。

少し普通とは違うだけの、くだらない人生。

走馬灯を見終えて、スカウトの男は閉じていた目を開く。
辺りにはウツボットを含めた、スカウトの男のポケモンが横たわっている。
ポケモンセンターに連れて行っても、彼らが目を覚ますことは、二度とないだろう。

「……敵わない、か。大木戸博士、あなたも適格者なんでしょう?」
「いいや。勘違いしているようだが、私に特別な能力はない」
「純粋な修練のみで、リーグSランクのナンバーズに?」
「随分と昔の話だ。私が現役の頃は、ポケモントレーナーの絶対数が少なかった。
 もしも私が今、リーグに参加したら、Aランク下位が関の山だろう」
「僕からしたら、十分に化けもんだ。いったいどんなトレーニングをしたんです?」
「白銀山にこもって原生ポケモンを殺し続けた。あの頃は若さを理由に無茶をしたものだ」

知らず、乾いた笑いが漏れる。
努力の質が、量が、違いすぎる。

「そろそろ時間だ。――腕をやれ」

フシギバナが身動ぎしたと思った次の瞬間、蔓が伸び、スカウトの男の両腕に巻き付いて、関節部分を潰した。
そのまま上に持ち上げられる。
奥歯を噛み締め、なんとか絶叫をこらえた。

「正解だよ。もしも声をあげたら、私は君を即座に殺していた。
 限界まで勝機を探る姿勢……よく薫陶されている。
 もっとも、君を教導した人物は、システム実動課の手で、既にこの世を去っているだろうが」

大木戸博士がゆったりと歩いてくる。

「さて。君は、君が犯した過ちが何か、説明できるかな」
「……あの適格者にシステムが気づいていないと、思い込んでいたこと、ですかね」
「明察だ。優を付けてあげよう」

大木戸博士は微笑む。目は細められ、口角は上がっている。
誰も作り笑いとは看過できない。でも、この笑みには温度がない。

「少し、彼について話をしよう。
 彼はわたしの教え子でね。とびきり優秀な学生だった。
 私は最初、彼をタマムシの先端科学技術研究所で働かせ、その後、システムの主要研究員として迎え入れるつもりだった。
 が、彼は探険家としての人生にも魅力を感じていた。
 君も知ってのとおり、彼は適格者だ。
 彼はあっという間にパーフェクトホルダーになり、特危の立ち入り許可を得た。
 まともにポケモンバトルの訓練を積んでいないにも拘わらず、だ。
 私は彼を、システムの研究部署ではなく、実働課に引き入れることを考えた。
 が、結局は断念した」
「……彼が田舎娘と結婚したから?」
「そのとおりだ。彼は普遍と凡庸の海に沈むことを決めた。
 他の人間なら、私は説得に当たっただろう。
 いっときの恋愛感情で、大志を見失ってはならないと。
 だが、彼は別だ。私は彼の選択を尊重した。
 そしてもう一つ。わたしは彼の妻となった女性に、負い目を感じていた。
 彼の妻――ハナコの父親は、私の古い友人でもあった。
 そして、その友人にシステムの調査隊に参加するように勧めたのが、他ならぬ私だった」
「……ハナコさんへの贖罪を兼ねていた、と」
「そうだ。私は、あの夫婦の幸せな生活を邪魔しないつもりだった。
 が、あるとき……何も知らぬ君が、彼に声をかけた。
 私は昨日まで、彼が君の組織の調査隊に編成されていることに気づけなかった。
 彼が探険への興味を失わず、彼の妻がそれを容認するなど、想像の埒外だった」
「……彼がツガキリに行ったことに、どうやって気づいたんですか?」
「彼には私のリザードンを貸し与えている。
 そのリザードンの体内に、衛星を用いた位置情報測位システムの受送信機を埋め込んでいる」
「……常に、彼の位置を把握していたわけだ」

最高のカードを引いたつもりが、
死神に見初められたジョーカーを引いていたとは。

「……不運だな」
「君に嘆く資格はない。真に不幸なのは、彼と、彼の妻だ」
「……なぜです? 彼はツガキリの調査が終われば戻ってくるはずだ」
「いいや。彼は帰らない」

大木戸博士は目を伏せた。
スカウトの男は、そこで初めて、大木戸博士の感情の発露を見た気がした。

「君たちが組織した調査隊には、システムのスパイが紛れている。
 そのスパイに下った指令はふたつ。調査成果を奪うこと。――そして、調査隊全員を殺害すること」