※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

ツガキリ大洞穴深部で発見した、分厚い金属壁の向こうは、矩形の広い空間だった。
一行はヘッドライトのスイッチをオフにした。
辺りが黄昏時の斜陽のような寂しい光で満ちていたからだ。
照明器具の類は見当たらない。床や壁そのものがぼんやりと光を放っている。
眼鏡の男が、ぺたぺたと壁を触りながら言った。

「こ、こんな構造体は、は、初めて見ます……」
「先に進むぞ。どうやらここは、単なる玄関口じゃ」

隊長が先行する。
入り口の穴の反対側に通路があり、そこに足を踏み入れた瞬間、

「……S*c*re an *vacu*ti*n r*u*e.E*c*pe f*om th** s*el**r im**di*tely……」

とぎれとぎれの声が、どこからともなく聞こえてきた。
それは一行のうち、誰も知らない言語だった。

「なんだ……先客がいんのかァ?」

顔に傷のある男が殺気立ち、青年がなだめた。

「おそらく録音された音声の放送です。
 何を言っているのかは分かりませんが、さっきから同じことを繰り返してる」
「………S*c*re an *vacu*ti*n r*u*e.E*c*pe f*om th** s*el**r im**di*tely……」

隊長が青年に言った。

「原生ポケモンの気配は感じんか?」
「いえ、何も感じません」
「妙じゃの。原生ポケモンの棲家になっとらんまでも、一匹や二匹、入り込んどってもおかしくないと思ったんじゃが」

通路を抜けると、立方体の空間に出た。
そこからさらに二本のスロープが左右に伸びている。

隊長が二手に分かれることを提案し、
隊長、顔に傷のある男、眼鏡の男、青年の一組と、
二人の探険家、二人の護衛要員のもう一組に分かれた。
青年らの班は、右手のスロープに進んだ。

スロープはやがて左に折れ、T字路に突き当たった。
左右の道はゆるくカーブしており、円状に繋がっていると考えられたため、
さらに二手に分かれることはせずに、青年らはT字路を右に進んだ。
カーブした通路の右側にはいくつもの部屋があり、扉という扉の全てが開け放たれていた。

「……A*th*rized *er*on*el o*ly.V*olat*rs wi** be p*oce*uted……」

どこからともなく聞こえる声の種類が変わった。
青年らは謎の声を無視して、通路の右側の各部屋を調べた。
室内には培養槽と思しきカプセル、大小様々な機械のフレームが所狭しと設置されていた。
それらの機械は、青年がタマムシ大学や研究施設で見たことのある、どのような機械とも異なっていた。
が、それらの機能は失われ、青年らが触れても反応を示すことはなかった。
青年が言った。

「ここで、何らかの生体実験が行われていた可能性が高いですね」
「いったい誰が、何をやっていたのか、尋ねようにも、人っ子一人おらん」と隊長。
「……俺の最大の疑問は、それが"いつ"行われていたか、です」

カーブする通路の右手に現れる部屋を調査しながら半円を歩き終えると、
今度は左手に、ドーナツ型の通路の内側に入ることのできる通路が表れた。
通路は高さが低く、底面の直径が広い円柱状の部屋につながっていた。
そこには、先ほどの部屋で見たような研究設備の類は何もなかった。

「……A*th*rized *er*on*el o*ly.V*olat*rs wi** be p*oce*uted……」
「いい加減、うるせえぞ。ワケのわかんねー言葉でしゃべりやがって」

顔に傷のある男が悪態をつく。
突然、上から声がした。

「申し訳ありません。
 自動警告システムは最上位権限によって有効化されているため、停止できません。
 なお、当研究区画はセキュリティクリアランス6以上の職員のみが立ち入り可能です。
 緊急プログラムが作動したため、現在、全区画の隔壁が解放されていますが、ただちに――」
「誰だ? どっから喋ってやがる!?」

顔に傷のある男が吠えた。

「わたしはシェルター管理用人工知能のソフィアと申します」
「はぁ?」
「俺が話します」

青年が顔に傷のある男を遮って言った。

「ソフィア、君に質問がある」
「はい」
「この施設は、いったい何だ?」
「緊急退避用のシェルターです。
 現代の時間基準において278567日前に建造され、その1934日後に2505名の避難入居が行われました」
「避難のきっかけは?」
「多国間戦争で使用された戦略兵器による広域環境汚染です」
「ここに住んでいた人たちはどうなった?」
「世代交代を繰り返しながらも人口が減少しました。
 住民はシェルター内が最も安全だとする監督官の地下派と、
 シェルターからの脱出、ひいては地上での生活を目指す副官の地上派に分かれました。
 長らく監督官はシェルター出入口を封鎖していましたが、
 副官が緊急脱出プログラムを起動し、全ての隔壁が解放されました」
「それで?」
「当時生存していた430名のうち、289名がシェルターを去りました。
 彼らがその後、どうなったのかは不明です。
 が、当時の地上には高濃度の汚染物質が残存しており、半年後の生存確率は10%を下回っていたものと推測されます」
「シェルターに残った人たちは?」
「シェルター解放の944日後に全員が死亡しました」
「彼らの遺体は?」
「最後の生存者の希望により、全て廃炉処分しました」

青年はそこで一息ついた。
隊長がソフィアに言った。

「お前さんの言っちょることをまとめると、ずっと昔々に人類が戦争起こして、
 地上が汚れて、そのせいで人類は地下のシェルターで暮らすようになった。こういうことか?」
「はい」
「途方もない話じゃな。なあ、お前さんは実は普通の人間で、
 どこかに隠れて、こんなホラ話を言っとる。ワシにはそう思えてならん」

顔に傷のある男は、既に完全に理解を放棄していた。
青年が言った。

「ソフィア、君はどうして俺たちと話ができる?
 当時と現代では、使っている言語が違うはずだけど」
「三年前、シェルターに四名の来訪者がありました。
 うち一名との対話を通じて、わたしは不完全ながら現代の言語アセットを構築しました」

青年の声は声量を増した。

「その来訪者について、詳しく教えてほしい」
「施設内の監視カメラの映像はアーカイブされています。
 その四名が来訪した際の映像データを再生しますか?」

青年が肯く。センサでその動きを把握したのだろう、
室内の光量が落ち、部屋の中央に立体映像が立ち上がる。
青年はソフィアが本物のAIであること、
この施設内で使われている技術の何もかも、現代科学では再現できないことを確信した。
再生を待つ間に、隊長が言った。

「その三年前の来訪者というのは、おそらく、システムの先行調査隊のやつらじゃな。
 当時はアタラの空路が発見されとらんかったのに、
 アタラを陸路で踏破して、無事にツガキリのこの深部まで潜ってこれるとは、運の良いやつらじゃわい……」

立体映像が動き出す。
青年の目は、シェルターに足を踏み入れた四名のうちの一人に、釘付けになっていた。
彼の風体、容貌は、いつかハナコに見せてもらった写真の、彼女の父親の外見によく似ていた。