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隻腕の老人が言っていたとおり、ツガキリ大洞穴の中腹から分岐した一方は、崩落で通れなくなっていた。
一行は分岐路の、もう片方へ進む。
青年は傍らを歩く隊長に言った。

「先ほど捕まえたポケモンを見せてもらえますか?」
「ほら、夢中になって足元を疎かにせんようにな」

青年はモンスターボール越しに、二匹の新種ポケモンを観察する。

「…………」
「こんな洞窟の中でよ、こいつらは何を食って生きてんだろうなァ?」

隣から覗きこんでいた顔に傷のある男が疑問を呈し、青年が答えた。

「たぶん、鉱物です」
「好物? ふざけてんのか?」
「俺が言ってるのは、硬い方の鉱物です」
「やっぱりふざけてるじゃねえか。コイツが石を食ってるって?」
「このポケモンは、天井から生える鍾乳石のひとつに掴まっていた。
 さっき確認したんですが、その鍾乳石の一部が、妙な抉れ方をしていました。
 ちょうど、牙のある動物がかじったように」
「ンなモン、よく見てたな……。でも、信じられねえ」
「人が食べられる岩塩も鉱物の一種ですよ。
 俺たちに食べられない鉱物も、このポケモンにとっては御馳走なのかもしれない」

青年は礼を言ってモンスターボールを隊長に返した。
隊長は青年に言った。

「お前さん、いい探険家になれるぞ」
「確かに、あの感知能力がありゃあ、ヤバイ原生ポケモンとの遭遇は楽に避けられるからな。探険家向きだ」と顔に傷のある男が賛同する。

隊長は首を横に振り、青年に言った。

「もちろんそれもあるが、ワシはお前さんの肝の座り方と、ポケモンに対する好奇心を見て、そう思ったんじゃ。
 お前さんが普段何をして生活しとるかは知らんし、聞かんがの、本業を探険家にすることを一度考えてみい」

もう、何度も考えた。
そして結論は、とうに出ている。
隊長の好意からの言葉を無下にしないために、青年は言葉を濁し、洞窟歩きに集中した。

ふいに、先頭を歩いていた護衛要員の一人が足を止めた。
先の大空洞には及ばないものの、少し開けた空間に、"それ"はあった。
疲れ果てていたはずの眼鏡の男が、瞠目して、黙りこくった全員の気持ちを代弁する。

「じ、人工物……?」

縦幅四メートル、横幅十メートルの金属の壁。
中央には一文字が人一人分ぐらいの大きさで「J-I-08」と描かれている。
その文字が、いや、この壁そのものが、なぜツガキリの深部に存在しているのかは分からない。だが、

「どうするよ、隊長さん。入るか、引き返すか、さっさと決めてくれ」と顔に傷のある男が言い、
「入るに決まっちょる。こんなにワクワクするのは、初めて旅に出たとき以来じゃわい」

巨大な長方形の壁の下部には、真円の穴が空いていた。
その穴を閉じていたであろう分厚い蓋は、外側、即ち一行の方に向かって開け放たれていた。



マサラの夜は静かだ。
一人きりの夕食を終え、居間で編み物をしていると、あまりの静謐さに、
自分以外の人間すべてが絶えてしまったかのような錯覚に陥る。
青年と結婚し、一緒に暮らすようになってからは、ずっと影を潜めていた孤独感……。
それを懐かしく思っていると、チャイムが鳴った。
編み物の手を止め、玄関に行くと、

「突然ごめんね。どうしても、ハナコに報告しなくちゃいけないコトができちゃってさ……」

普段の快活さはどこへやら、しおらしい様子の親友に、ハナコは相談の内容を予感する。
ハナコが入れたコーヒーを一口啜り、ハナコの親友はぽつりと言った。

「あたしさー……」
「うん」
「…………………プロポーズ、されちゃった」
「おめでとう」
「ありがとう……って、え? 何その全て分かってましたよ的な笑顔? あんた、もしかして……」
「ふふ、実はもう何度か、彼から相談を受けてたの」

彼とは、青年の親友のことだ。

「はぁ……なによそれぇ………」
「一応聞くけど、返事は?」

ハナコの親友は腰のあたりで、右手の人さし指と親指をくっつけた。オーケーした、の意味らしい。

「どんなふうに言われたの?」
「……秘密」
「そう。プロポーズのセリフは、彼と自分のものだけにしておきたいのね」
「も、もう忘れたんだってばぁ!」

ハナコはコーヒーを飲んで、親友の追及を続ける。

「じゃあ、これなら教えてくれる? どうしてプロポーズを受けたの?」
「それは……あいつって、普段はカッコつけてるけど、時々子供っぽいところもあって、ほっとけないし、
 女にはすごくだらしなかったけど、あたしに出会ってからは一筋だって言ってくれて、
 そもそも、お父さんの研究所の助手になってマサラタウンに来たのも、
 あたしと再会できるのを期待してたとこがあった、って今更カミングアウトされて、
 最後に、絶対にあたしのこと幸せにする、スクールの仕事続けながらでもいいから、一緒になろうって言われて……」

ハナコの親友は、ほとんどプロポーズのセリフを公開していることに気づいていない。

「なんかもう、わけわかんなくなって、涙出てきてさー……気づいたら、肯いちゃってた……」
「ねえ」
「な、なに?」
「もう一度言うわ。おめでとう」

ハナコの親友はしばらく黙りこくっていたが、やがて実感がこみ上げてきたのか、
ぶわっと目に涙を浮かべて、ハナコに抱きついた。

「ありがど〜〜〜!! あだじだぢ、ぜっだいあんだと旦那みだいになるがら〜〜〜〜!!」
「うん、うん」

ハナコは優しく親友の頭をなでた。

ハナコの親友が泣き止み、冷静に周りが見えるようになったところで、

「そういえばハナコ、旦那はどこ? もしかして、仕事で疲れてもう寝てたり?
 ど、どうしよ! あたしの泣き声で起こしてない?」
「安心して。出張中よ」
「なぁんだ、そうだったんだ……。出張って、どれくらい?」
「半月、くらいかしら」

嘘をついたことに、ちくりと胸が痛む。
けれど、青年が旅に出ることを知ったら、たとえハナコが許していようと、
青年の親友やハナコの親友は、絶対に反対しただろう。そして青年を非難しただろう。

青年は今ごろ、トキワシティの西部に位置する特定危険地域に指定された洞穴、
通称「チャンピオンロード」を探検しているはず。彼はそう言っていた。
バッジを八つ取得したパーフェクトホルダーが、
ポケモンリーグのトーナメントが行われる石英のスタジアムに入場するために、
踏破が義務付けられている場所なだけあって、上級トレーナーであれば命の危険はない……。
ハナコは自分に言い聞かせ、彼女の親友の意識を、青年の"出張"から反らすことにする。

「あのね、実はわたしにも、報告することがあるの」

いつもなら話題転換の不自然さに気づけるハナコの親友も、ハナコの二の句で、すぐに直前の話題を忘れた。
ハナコは言った。

「わたし、先月から月のものが来てなくて……。
 今日のお昼に、トキワ病院の産婦人科で検査を受けてきたの。そうしたら――」