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リザードンの背に乗り、先行するオニドリルの航跡をたどる。
アタラ沼沢地に点在する巨大な紺色の沼、
その近くに密集する灰色の岩石は、よく見ればサイホーンの群れだ。
目測による不確かな見積りでも、全長は3メートルを下らない。
一方で、沼地付近に多く生息する、草や虫タイプのポケモンはほとんど確認できない。
竜種ポケモンの育雛期に、その多くが餌となり、全体個体数を減らしたのだろう。
沼の透明度は低いものの、時折、大きな影が水草の合間に垣間見えた。
その正体に興味が引かれるが、確認のために降りている時間はない。
実質数時間の空の行程は、体感的には丸一日のように感じられた。

「……本当にアタラを翔破できちまうとはなぁ。
 おっかなびっくり、息を潜めてアタラを歩いてた頃が懐かしいわい」

スキットルの中の酒をちびりちびり舐めるようにしながら、赤ら顔の隊長が言った。
夜。広大な沼沢地を抜けた先の草原地帯で、一行は野営をしている。

「しみったれた昔話はよしてくれよ、オッサン」

同じくスキットルの酒を煽りながら、顔に深い傷跡のある男が言った。
彼の腰には6つのモンスターボール。
護衛要員の一人で、ポケモンの使役にかけては一番の実力者と目される。

「……う、運が良かっただけとも言えます。
 ……か、確率的に、この時期、この航路が、も、最も竜種に襲われにくいんです」

眼鏡をかけた痩身の隊員が、どもりながら小さな声で言った。
今回、ツガキリ大洞穴の調査にあたり、避けては通れないアタラ沼沢地の空の突破路を見出した人物だ。
調査隊を先導していた、オニドリルのトレーナーでもある。
その他にも、護衛と探険のエキスパートが二人ずつ、そして青年。
総勢八人の編成だった。
顔に傷のある男が、眼鏡の男を一瞥してから、隊長に話しかけた。

「運良くここまで来れたはいいけどよぉ、肝心の洞窟にはたどり着けんのか?」
「心配すんな。ワシは一度、ツガキリに入っちょる」
「そんときはどのくらい潜った?」
「恥ずかしい話じゃが、すぐに引き返しちまった。
 アタラで得体の知れねえ竜種に何度か襲われて、装備も仲間もボロボロでよ」
「つまりは怖気づいたんだろ?」

顔に傷のある男が笑い、彼に心服している護衛要員がそれに続く。
探険のエキスパート二名が表情を険しくしたが、隊長は気を悪くしたふうもなく、

「お前さんの言うとおりじゃ。ワシはビビった。
 が、畢竟、長生きの秘訣は恐怖心じゃ。
 よく聞け、ツガキリの闇を知らぬ若造ども。
 あの洞穴に棲まう魔物は、お前さんらの想像を遥かに凌駕しとるのよ」
「魔物ォ?」
「淡い緑の巨躯に、鋭い牙、獰猛な性格。
 何人もの探険家がヤツにやられて、生き残りがヤツの恐ろしさを語っちょる。
 今回、お前さんら護衛要員が何人もワシらにくっついとるのは、ヤツのためだと言っても過言ではない」

焚き火の傍で盛り上がる隊員を尻目に、青年は木に背中を預け、目を瞑る。
休めるときに休んでおいた方がいい、と考えてのことだった。

「あ、あなたは、か、彼らとは雰囲気が、ち、違いますね」

薄く目を開ければ、眼鏡をかけた痩せぎすの男が青年の方を見ていた。

「……俺に話しかけてますか?」
「え、あ、はは、はい」

目が合ったが、すぐにそらされる。よほどの人見知りなのだろう。

「俺はこの組織に飼われている人間じゃありません。雰囲気が違うと感じたのは、そのせいでしょう。
 ところで、ツガキリまでの安全な空路を発見したのは、あなただと伺いました。
 方法を訊いても?」
「ポ、ポッポです。な、何十ものポッポをニビから北に飛ばして、
 も、戻ってきた個体から、あ、安全な空域を割り出したんです」
「割り出した? 戻ってきたポッポから、どうやって彼らが取った航路を知ったんですか?」
「わ、わたしは、ポケモンの記憶が読めるんです。あ、頭に触れさえすれば」
「にわかには信じがたい話ですね」
「で、でも事実です。そ、そういうあなたも、わたしと同じ、て、適格者……なんでしょう?
 あ、あなたがいることで、げ、原生ポケモンへの迅速な、た、対処が可能だと、本部の方が言ってましたけど……」
「……そうですね。俺には近くにいるポケモンの気配が分かる」

顔に傷のある男が話に割って入ってきた。

「独立系に感知系か。戦闘じゃあ役に立たねえ能力だ。
 原生ポケモンとやむを得ずに接触したときは、怪我しねえように後ろに引っ込んでるんだな」

青年は会釈して言った。

「護衛要員として雇われた身ですが、原生ポケモンを相手にした経験はありません
 実際の対処は、最初からあなたを含めた俺以外の護衛要員にお任せするつもりでした」と青年。
「俺様もそいつらも、原生ポケモンの相手は慣れてる」

顔に傷のある男は、他の護衛要員を親指で示し、ニヤリと笑った。

「原生ポケモンを御すにはコツがあるんだよ、コツが。
 隊長さまが恐れてるツガキリのヌシとは出会ってみたいもんだな」


青年の真価が発揮されたのは、翌日、ツガキリ大洞穴の入り口を探す途上だった。
隊列の真ん中を歩いていた青年が歩みを止めて、

「二時の方向、百五十メートル先にニドキングとニドクインのつがいがいます。避けましょう」
「上出来じゃ、若いの。風下の右側から半円を描くようにして移動するぞ」

先頭の隊長が言い、迂回路を取った。

……この距離で気づけるモンなのか?

顔に傷のある男は半信半疑だったが、迂回の途中、
背の高い草むらから、むっくりと体を起こしたニドクインを見て、青年への疑いを払拭した。
原生ポケモンは例外なく巨大で、獰猛だ。やつらは人間の住処の傍に棲まう野生ポケモンとは違う。
やつらとの接触、交戦は可能な限り避けるのが鉄則。
ポケモンバトルに秀でた、自身の適格者としての能力には絶対の自信を持っているとはいえ、

「……便利な力だな」と本心から顔に傷のある男は言った。
「どうも」と青年は短く応えた。

草原を抜けた先の丘陵地帯で、隊長が一度足を止めた。
大地を背の低い草が覆い、墓石のような灰色の岩がまばらに突出している。
視界の遥か向こうには、アタラ沼沢地の沼よりも遥かに澄んだ青を湛えた湖がある。
青年が呟いた。

「……そろそろですね」
「おう、分かるか?」と隊長が彼の言葉を拾う。
「この辺りはドリーネで、向こうの湖はポリエ湖でしょう?」

隊長が肯く。

「ドリーネ? ポリエ? んだそりゃァ?」と顔に傷のある男が首を捻る。

隊長がほっほ、と笑って言った。

「ここら一帯の地層は石灰岩じゃ。
 石灰岩は水に溶けやすいが故に、雨や地下水に侵食され、複雑な地形を生むことがある。
 そこかしこのすり鉢状の窪みはドリーネと言って、
 ドリーネが集まって広く深い窪地を作り、そこに水が溜まったものをポリエ湖と呼ぶんじゃ」
「じゃあ俺らが目指してるツガキリも、石灰岩が自然の水に抉られてできたってワケか」

意外に物分かりが良い、と皆が感心していると、

「しっかしよォ、そんなに地形が変わりやすいなら、ツガキリの入り口も分からなくなってんじゃねえか?」

ぷっ、と眼鏡をかけた痩身の男が吹き出す。
顔に傷のある男は、彼の胸ぐらを掴みあげた。

「今、俺様のことをバカにしたな?!」
「ち、違います。ば、バカにしてないです」
「じゃあなんで笑った?!」

青年が助け舟を出した。

「俺たちと地層では、年月の影響の受け方が違う。
 大きな地殻変動でもない限り、十年や百年で地形はそうそう変わらないよ」
「ちっ……それならそうと最初から言えってんだ」

顔に傷のある男が手の力を緩め、眼鏡をかけた男がぽとり、と地面に落ちた。

以前訪れたことのある、隊長と他の探険家一名の記憶を頼りに、
時には青年の察知で原生ポケモンを避けつつ、一行は起伏の激しいカルスト地形を進む。
そして――。



岩礁から海に向かって釣り竿をしならせる。
システムに次ぐ秘密結社、その人材調達部の主任を務める、スカウトの男は束の間の休息を満喫していた。
ツガキリ大洞穴への調査隊の護衛要員を無事に確保し、彼らが出立した今、喫緊の仕事はない。

「七島が良かったなぁ……」

エビワラーにタウリンを処方しながら、隠密の女が呟いた。

「君、いまなんか言った?」
「い、いえ! 何も言ってません。ただ……」
「ただ?」
「休暇を過ごすなら、マサラよりも適した場所があったんじゃありませんか? 主任」
「どこでのんびりするかは僕の勝手でしょ。なんかこの町、気に入っちゃったんだよねえ。
 君もいったん故郷に帰ったら? 隠密衆の次代頭目と名高い、愛しのキョウ御兄様に会ってきなよ」
「い、愛しの、は余計です! 御兄様は聡明でお心優しい許嫁の方がいらっしゃいます。
 御兄様は御兄様であって、それ以上でもそれ以下でもありません」
「じゃあ、君、なんで僕と一緒にいるの?」
「主任のお傍にいるためです」
「トートロジーだね」

スカウトの男は釣りに意識を戻す。
が、周期的に心を揺り動かすのは、釣り竿ではなく、あの適格者のことだ。
彼は稀に見る感知系の上位適格者だった。
彼が同行したことで、ツガキリ大洞穴調査隊の生還率は七割を上回るだろう。
しかし――そんなことは些事だ。
彼は、単なる感知系ではない。
スカウトの男の直感は、そう告げていた。
彼に直接訊いたところで、彼は能力の全貌を明かさないだろう。
彼の能力について、この町の住人から、マサラタウン役所職員としての彼の動向を聴取し、帰納的に彼の能力を導く。
それがスカウトの男の、休暇の使い道だった。

「……我ながらワーカホリックだね、どうも」
「主任、釣り竿が!」

スカウトの男は、手の中で暴れる釣り竿のグリップを慌てて握り直した。
そして、一心不乱にリールを巻き上げた結果が、

「コイキング、ねえ。ぽいっと」
「あっ、返しちゃうんですか?」
「キャッチ・アンド・リリース。僕は釣りを楽しむために釣りをしてるんだよ」

餌をつけなおし、釣りを再開する。
が、彼の楽しみはすぐに妨害された。凶悪な形相のゴルバッドによって。
ゴルバッドの足に付けられていた筒から、書簡を抜き取り、それに目を通していた彼の表情が曇った。
隠密の女が恐る恐る尋ねる。

「本部からの連絡ですか?」
「ああ。でも……参ったなあ。ほら」

スカウトの男は、書簡を隠密の女に見えるように広げた。
そこには、彼の組織に協力していた石英リーグ委員会の構成員が、変死を遂げたことが記されていた。