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「早ければ明日……遅くても明後日には、また迎えに来るよ」

マサラタウンの住宅街からやや離れたところに位置する小高い丘で、青年とハナコは向き合っていた。
タマムシシティでの滞在が長期化したことで、いったん故郷に帰ることを青年がハナコに提案し、
青年がグレン島に行く道すがら、彼女をマサラタウンに降ろしたのである。
丘からの眺望は開け、ゆるやかな傾斜に点在する家々と、田園と、洋々たる海が見渡せた。

「海と田んぼと畑ばっかりでしょ?
 こんなところだから……真新しいもの、楽しいものが何もないから、
 男の人たちはみんな、他の町に行ったり、探検家を目指すのかしら」
「なんだか今の、村の存続を憂う村長みたいなセリフだ」
「もう、あたしがおばあさんみたいだって言いたいの?」

憤慨するハナコ。
青年は彼女の機嫌を直し、かつ自分の欲求も満たす一石二鳥の提案をする。

「そうだ。今度、俺がグレン島から戻ってきたときに、マサラタウンを案内してくれないかな?」
「えっ……わたしが、あなたを?」
「うん。俺がタマムシを案内した見返りということで」
「わたしは構わないけど、マサラに案内するところなんて……」
「ハナコが昔遊んでた場所とか、景色が綺麗なお気に入りの場所とか……そういうところが見てみたいんだ」
「…………」

ハナコが胸に手を当て、俯く。彼女は葛藤していた。
この一見頼りなく、その実、ポケモンの扱いに長け、豊富な知識を持つ青年は、
本当に純粋な厚意のみで、わたしに構ってくれているのだろうか……?
傍らで待機していたリザードンが、「まだか」と言わんばかりに、鼻孔から炎混じりの息を吐く。

「それじゃあ、俺はもう、行くよ」
「あ、ちょっと……」

ハナコは一瞬言い淀み、本当に言いたかった言葉とは別の言葉を口にした。

「……バッジ、ゲット出来るといいわね」
「ありがとう」

リザードンが羽ばたき、上昇すると、瞬く間にハナコの姿は小さな点になった。
青年は惜別の感情を押し殺しながら、グレン島へ向かった。



グレンジムには、入り口から最後の部屋までに、いくつものゲートが設置されている。
ゲート前でポケモンに関するクイズが出題され、正解すると素通りできるが、不正解だとジムトレーナーとの強制戦闘となる仕組みだ。
ポケモントレーナーたるもの、ポケモンに関する知識も十全に備えておくべし――というのがグレンジムのリーダー・カツラの信条だった。
電子音が響き、青年の目前で、最後のゲートが左右に開いた。
広間の中央には、禿頭にサングラスが特徴的な男が、不敵な笑みを浮かべている。

「全問正解か。大木戸研究室の学生に、ワシの用意した問題は簡単すぎたかな?」

カツラはジムリーダーであると同時に、遺伝子工学の草分け的研究者であり、大木戸博士との親交も深い。

「ポケモンスクールで予習はたっぷりしてきましたから」
「はっはっは。ユーモアに欠けた研究者はつまらん。その点において君は合格だ」
「それじゃあ、クリムゾンバッジを頂けますか?」
「残念だが、ポケモントレーナーの力量を測る試験が残っている。さあ、始めよう」

カツラがボールを投げる。閃光。
現れたのは火の馬ポケモン、ポニータ。
小柄な体格ながらも、たてがみは赤々と燃え盛り、成熟度の高さが伺える。
水タイプのヤドランは切り札に残しておくとして、一番手は――君に決めた。
青年がボールを投げる。閃光。
現れた暴れ牛ポケモン、ケンタロスは、ポニータと対照的な巨躯を怒らせた。

「これは面白い組み合わせだ。翻弄してやれ、ポニータ。"高速移動"」

たてがみの赤い残像を残して、ポニータが急加速する。
青年は言った。

「よく見ろ、ケンタウロス。カウンターを狙うんだ」
「安易に近づくな、ポニータ。"火の粉"で少しずつ削れ」

ポニータがケンタロスとすれ違いざまに身を震わせ、火の雨をケンタロスに降らせる。
旋回力・加速力に劣るケンタロスは、ポニータを捉えることができない。
火の粉で目が眩んだところに、ポニータの体当たりを横ざまに受けて、ケンタロスはよろめいた。

「ケンタロス、壁際に移動するんだ」
「壁を背にして、対処範囲を限定する作戦かね?
 しかしワシのポニータにそれは悪手だ。"炎の渦"」

ケンタロスは自ら壁際に追い詰められた形となって、炎の渦に閉じ込められる。

「"堪える"んだ、ケンタロス!」
「壁に残った炎の跡を見れば分かるだろう。君の選んだ作戦は、数多くの敗退者の踏襲だということが」

炎の渦の勢いが弱まり、火傷を負ったケンタロスの姿が露わになる。
ケンタロスは今にも倒れそうなほどに、ブルブル全身を震わせていた。
あと一撃を受ければ戦闘不能になる……それは誰の目にも明らかだった。ただ一人、青年を除いて。

「"突進"」

カツラが命じ、ポニータが駆ける。

「よく"我慢"したな。"暴れろ"」

青年が命じ、ケンタロスの震えが静止する。それは嵐の前の静けさだった。
カツラが攻撃を中止させようとしたとき、すでにポニータはケンタロスに文字通り弾き飛ばされていた。

「ポニータ、戦闘不能」

審判の声が響く。
追い打ちをかけようと姿勢を低くしたケンタロスに、青年が駆け寄った。

「もういい、ケンタロス。どうどう」
「見事な忍耐力と、爆発力だ」とカツラ。
「ケンタロスの持ち味は一撃の重たさです」

カツラと青年が、同時にポケモンをボールにしまう。ケンタロスも瀕死の一歩手前の状態だった。
カツラはサングラスの内側で、目を細めた。
先ほどのケンタロスは良く育てられていた。
が、より瞠目に値するのは、トレーナーだ。この青年は私が言うまでもなく、ポケモンが壁際に追い詰められる危険性を理解していた。
その上で、ケンタロスの体力と一撃に賭けた。否、果たしてそれは『賭け』だったのか?
カツラの口角が持ち上がる。
しかしすぐに別の懸念が、カツラの思考を完全に上書きした。

「よし、君には特別だがこれをやろう」

ピンッ、とカツラが指で何かを弾く。
次のポケモンを選んでいた青年は、慌ててそれをキャッチした。
それは橙、朱、紅のグラデーションを持つ鉱石を炎型に加工したアクセサリ――クリムゾンバッジだった。

「ど、どうしてですか? 試合はまだ……」
「うぉっほん。君は実力は存分に証明した。登録ポケモンにヤドランの名前があったね。
 あれを出されたらワシの後続ポケモンはひとたまりもなくやられることじゃろう。というわけで、合格!!
 ワシは大至急、病院に向かわなければならん!!」

ぽかんとしている青年をよそに、カツラはウィンディを召喚するや、その背中に乗ってジムを飛び出していった。
青年がこれまで通過してきたゲート脇に立っていたジムトレーナーたちが、わらわらと最後の広間にやってくる。
全員、青年を労い、同情するような笑みを浮かべていた。

「お疲れ様。グレンジム攻略、おめでとう」

おめでとう、と言われてもまったく攻略の実感がない。
なにせ、青年はグレンジムに足を踏み入れてから今まで、たったの一戦しかしていないのだ。

「カツラさんは、どこかお体の調子が悪かったんですか?」
「いいえ、そういうわけじゃないの」

女性トレーナーの一人が解説した。

「彼の奥さんの出産予定日が、今日なのよ」