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先日のヤマブキシティジム制覇時に感じた――否、以前からポケモンバトルで覚えていたある感覚について尋ねるため、
青年は大木戸博士の私室を訪れた。しかし大木戸博士は離席中で、帰ろうとした矢先、背後から男子学生が声をかけてきた。

「先輩!」
「ああ、空木か」

空木(ウツギ)は青年と同じ大木戸研究室のゼミ生で、青年の後輩だった。
タマムシ大入学以前から大木戸博士に心酔し、博士課程を終えた後は博士の助手になると公言して憚らず、
その研究熱心ぶりには目を見張るものがあり、頭も抜群に切れる……のだが、いかんせん影が薄い人物である。

「先輩、今何してるんですか? 最近は全然、研究室に来てなかったですよね?」
「まあ、色々とやることがあってさ……。ところで、空木も大木戸博士に用事?」
「はい」
「残念。博士はいないよ」
「そうですか。論文のドラフトが出来たから、軽く査読してもらおうと思ってたんだけどなぁ……」

空木はつるりとした頭皮を撫でる。
まだ若いというのに、彼の額は大きく後退していた。

「僕はここで、博士の帰りを待ちます。先輩はどうされますか?」
「俺は急ぎの用じゃないから、出直すよ」

帰りがけ、青年は大木戸博士に尋ねるつもりだった質問を、何の気なしに空木に投げかけてみた。
ポケモン研究者のほとんどはポケモントレーナーであり、
中でもフィールドワークを主とする研究者は、野生ポケモンに対処するため、ポケモンバトルによって手持ちポケモンを鍛えている。
青年の記憶が正しければ、空木はピンクバッジ保持者だ。

「空木は……ポケモンバトルの最中に、ポケモンとの一体感を感じたことはある?」
「それは心理的な話ですか?」
「認知的な話だよ」

それだけの応酬で、空木は青年の意図を理解した。

「僕はないですね。ただ、何かの文献で、戦闘中のポケモンに対する極度の感情移入と集中力が、
 あたかもトレーナー自身が相手ポケモンと戦っているかのような感覚に陥らせる、という記述を読んだことがあります。
 熟練トレーナーの何人かから証言を得られたそうですが、科学的な根拠に欠ける内容でした。
 僕個人の意見としては、脳内物質の過剰分泌による錯覚だと思ってます。
 先輩は、ポケモンとの一体感を感じたことが?」
「俺も空木と同意見だ」

青年は「それじゃ」と手を上げて研究室を後にする。
結局、言い出せなかった。
ヤマブキシティジムでのポケモンバトルで、ヤドランが編んだPKの軌跡が見えたような気がした――なんて。
巧みなフットワークで接近してくるジムリーダーのエビワラー。
あのとき青年は、ヤドランに『念力』を命じた。
PKは人間に視認できるものとできないものがある。『念力』は後者だ。
なのに、あのとき青年の目には確かに、ヤドランからほとばしる鮮やかな青と紫の螺旋が見えた。
大学構内の広場で、青年はヤドランを召喚する。
ヤドランはとろんとした目を擦りながら、青年を見上げた。

「お昼寝を邪魔してごめんよ……空に向かって『念力』」

ヤドランはあからさまにイヤそうな顔をしつつも、上空に向かって技を放つ。
あの美しい螺旋は見えない。

「……再現性は認められず、か。博士に話したら失笑を買ってたな」

青年はヤドランにお礼を言ってボールにしまう。
まったく、俺は。
ポケモンバトルにおいて『読み』が当たりやすいのに飽きたらず、
今度は不可視のPK技が『視える』ようになったと思い込んだのか?
お前はヤドランの――エスパーポケモンの眼を手に入れたつもりにでもなっていたのか……?
博士の代わりに、空木に話して良かった。

「ぅぉぉっぉぉおぉ!!」

雄叫びが聞こえた。
大学は色々な人間が集まる場所である。

「ぅぉぉっぉぉおぉぉおおおおお!!!!」

いかにタマムシ大学がこの国の最高学府といえど、奇人変人はいたるところにいる。

「うぉおおおおおぉおおぉぉおぉぉおおおおお!!!!!!!!」

……この雄叫び、なんかこっちに近づいてきてないか?
青年が振り返ろうとしたのと、雄叫びの下手人がドロップキックが青年の背中に決まったのは同時だった。

「ぶふぉぁっ!?!?!!」

青年はもんどり打って芝生の上に倒れこんだ。
その隣を、飛び蹴りの下手人が、ゴロゴロと転がる。青年の親友だった。
うつ伏せの状態で彼は絶叫した。

「何やってんだよお前は!」
「こっちのセリフだ! 痛てて……」

青年が背中の痛みをこらえつつ上体を起こし、口に入った芝を吐き出す。
ここまで全力疾走してきたのか、親友は大の字でぜいぜいと息を切らしながら、

「はぁ、はぁ……お前のハナコちゃんに対するヘタレっぷりには、さすがの俺もぷちんと来たぜ!
 なんでヤマブキでの絶好のチャンスをフイにしてんだよ、お前は。ホントに男か? あぁん!?」

絶好のチャンスとは、ハナコと同室で一夜を明かしたことを言っているのだろうが、

「なんでそれを知ってるんだ?」
「んなの、俺がお膳立てしてやったからに決まってんだろうーが!
 お前とハナコちゃんがきたら、ふすま仕切りの部屋に案内するように、宿の主人に予め話つけといてやったんだよ」
「………道理で」
「さっき偶然ハナコちゃんと会って、
 ヤマブキでの話を聞いたら、お前との仲がアレになってる気配は微塵もないと来た。
 俺は呆れたね。それで相棒の背中にドロップキックを叩き込むことを決意して、街中を走り回ってたわけだ」

ご苦労なことだ。
青年の親友は、急に真面目モードになって訊いてきた。

「で、今後の予定は?
 ヤマブキでハナコちゃんのお父さん探しに、何か進展はあったのかよ?」
「少しだけ。今は、調査をロケット団に委託して、結果待ちの状態」
「へー……………って、待て待て。ロケット団に委託って、あのサカキに頼みにいったのか?!」
「うん」

親友は口をあんぐり開けて青年の顔を見つめ、

「……お前、そういうところは度胸あんのな」
「使えるコネは最大限使わないとね」

親友は大きなため息をついて、

「じゃあ、お前もハナコちゃんも、しばらくはタマムシで待機か?」
「いや、俺はバッジのためにグレン島に行く。
 そのついでに、いったん、ハナコをマサラタウンに帰すつもりさ。大木戸博士のリザードン様々だ」
「確かマサラはタマムシとグレンの直線上だっけか。
 ……でもよ、バッジの方は、ちょっとインターバル置いた方がいいんじゃねーの?
 ヤマブキからトキワまでの難易度の上がり方が加速度的ってのは、割と有名な話だぜ?」
「知ってる。けど、大丈夫だよ」
「ゴールドバッジを一発でゲットできたからって、自惚れんなよ、こんにゃろ」

青年の親友は青年に掴みかかった。
ドロップキックの痛みが癒えていないのか、這々の体で逃げ出す青年。
ハナコと出会ってから、青年は変わった。いや、今も少しずつ変わっている。
あんまり俺の知らねーところに行っちまうんじゃねえぞ、相棒――と親友は青年を追いかけながら、心中で呟いた。