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タマムシシティ、ロケットゲームコーナーの地下。
黒の革ジャケットに黒のカーゴスラックス、艶のある黒髪をオールバックにした黒ずくめの男は、
しなだれかかる両脇の女には目もくれずに、煙草をふかしながら追憶にふけっていた。

『……あんたがロケット団だろうと、何だろうと、関係ない……』

生まれ持っての凶相は、俺が望むと望まざるに拘わらず、周囲の人間に畏怖心を植え付ける。
舎弟が勝手に用意した、この売女どもにしてもそうだ。嬌態を演じながら、内心は怯えている。
なのに、あいつは。

『……わたしたちに、謝って……』

この俺を、まったく恐れていなかった。

『お母さんから習わなかったの……悪いことしたら……相手に謝りなさいって……』

……習ったさ。嫌というほど叩きこまれた。
今なお鮮明な、幼少期の折檻の記憶。
ロケット団の首魁にしてサカキの母親こそ、彼がこの世で最も頭が上がらない人物だ。
傍らの女が、サカキの耳元で囁く。

「ねぇ、サカキさまぁ……アタシたちといいこと、しましょ……?」
「失せろ。こういった趣向は好まん、とリョウに伝えておけ」
「……あ、アタシたちはサカキさまに、心からご奉仕したくてぇ……」

そう嘯く女の声には、嘘特有の響きがない。
しかしその目に映っているのが、サカキ自身ではなく、
サカキが若くして手に入れた『カネ』と『権力』であることを、彼は見抜いていた。

「二度は言わん」
「でもぉ……」

部屋の隅でとぐろを巻いていた大蛇が、音もなくカーペットの上を滑り、サカキの革靴を細い舌で舐める。
サカキは言った。

「……こいつの餌になりたいか?」
「きゃあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」

サカキにまとわりついていた女たちは、泡を食って部屋を出て行った。

「利口だな、お前は」

アーボックは元の位置に戻り、とぐろを巻いて静かになった。
と思ったのも束の間、ノックの音がして扉が開き、よれたスーツを来た年配の男が入ってきた。

「サカキ様」
「……様付はよせ。昔のように呼び捨てで構わん」
「そんなわけには参りませんや。じゃ、若頭と」
「……好きにしろ」

彼は、昔からサカキの母親に帯同していた人物、すなわちロケット団の大幹部の一人。
サカキがタマムシの一区画のシノギを任されて以来、サカキの目付役を担っている。

「用件は?」
「若頭を名指しで面会を希望してる、妙な男女二人組がいましてね。
 のこのこカジノの隠し階段を降りてきたところを団員が捕まえて、表に放り出そうとしたら、
 そいつら、若頭の名刺を見せてきやがったんですよ、これが。若頭、どっかで落としましたね?」
「多分、そいつらは俺の客だ。名刺は俺が渡した」
「へ? でも、どう見ても若頭とは無縁の、育ちの良さそうなカップルなんですがね……ククッ」

慇懃無礼とはこのことを言う。
サカキは憮然とした面持ちで命じた。

「さっさと連れて来い」



革張りのソファ。
緋毛のカーペット。
扉の傍で銅像のように佇むニドリーナとニドリーノ。
部屋の隅でとぐろを巻く巨大なアーボック。
灰皿の煙草から立ち上る煙は、シーリングファンにかき乱され、部屋全体の空気を白っぽく濁らせている。
青年とハナコは、改めて、ここがロケット団のアジトであると理解した。
黒ずくめの男――サカキが口火を切った。

「それで、何の頼みだ?……復讐か? 私刑か? それとも、殺しか?」
「ちょ、ちょっと待って。あたしたちはそんな、物騒なお願いをしに来たわけじゃないわ。
 あたしはあなたに、ある調べ物をお願いしにきたの」
「調べ物……? その程度のことなら、そいつに頼めばいいだろう」

サカキの鋭い眼光を向けられた青年が答える。

「残念だけどこの調べ物は、あんたがこの前言っていた『堅気な方法では上手く行かないこと』なんだ」
「ほう」

サカキは煙草を取り上げ、一口で半分ほど灰にし、煙を吐き出しながら言った。

「……詳しく話せ」

青年とハナコは、半年前に行方不明になったハナコの父親を探していることを話した。

「つまり貴様らは、私的に未踏地域の調査を行い、かつその調査隊の存在・調査記録を隠匿している闇の組織が存在し、
 行方不明になった親父が最後に参加していたのは、その組織の調査隊だと考えた。
 そして、そういった闇の組織と、ロケット団の間に繋がりがあるのではないか、と考えたわけだ」
「概ねはそのとおりだよ。ただ、」

青年は笑顔で付け足した。

「俺はその組織が、ロケット団そのものなんじゃないか、とも疑ってる」
「はっ……相変わらず、揃いも揃っていい度胸してやがる」

ハナコは「え、そうだったの?」ときょとんとした顔をしてサカキを見つめている。
サカキはため息を吐く。が、その口角は愉快げに持ち上がっていた。

「なわけねえだろう。おふく――ボスは、未踏地域の調査なんぞ、一度も口にしたことがない。
 だが、貴様らの読み通り、ロケット団は得体の知れねえ組織との関わりが多い。
 貴様らが存在すると信じている謎の組織について、何か知っている団員がいるかもしれん。
 一週間……いや、三日だ。三日後、またここに来い。情報収集の結果を知らせてやる」
「ありがとう」とハナコ。
「礼はいらねえ。俺は不出来な舎弟の尻拭いをしているだけだ」
「お願いを聞いてもらうんだから、お礼を言うのは当然よ」

サカキは頭痛がした。この女と話していると、どうも調子が狂う。
青年が苦笑しているのを見て、さらに苛立ちが強まった。

「……断っておくが、もし何の情報が得られなかったとしても、貴様らに手を貸すのはこれが最後だ」

サカキは青年とハナコを帰し、ソファに一人、新しい煙草に火を付ける。
もどかしいやつらだ、とサカキは思う。
青年はあの女を、あの女は青年を意識するあまりに、相手の気持ちに気づいていない。
無意識のボディランゲージ、例えば目線の動きや距離感から、客観的には分かりやすいことこの上ない……。
そのとき、目付役の幹部が断りもなくドアを開けた。

「あの二人、若頭とはどういった関係で?」
「……いちいち詮索するな」
「女の方は今どき珍しい、正統派の別嬪でしたなあ。う〜ん、大和撫子と呼ぶにふさわしい。
 若頭も早いとこ、ああいう女を捕まえなきゃいけませんよ?」

サカキはほとんど吸っていない煙草を灰皿に押し付けた。

「暇をしている部下に仕事を与えるのも若頭の務めだったな」
「はあ、この私に仕事。なんでございましょうか?」
「急ぎ調べてもらいたいことがある」

サカキの私室を出た男は、すぐさま電話がある部屋に向かった。
ロケット団大幹部の一人にして、サカキの目付役をボス――サカキの母親――から仰せつかっているということは、
すなわち、彼がボスから最高レベルの信頼を置かれている、ということに他ならない。
必然的に彼はロケット団の内情に精通し、一般団員や、若頭のサカキでさえ知り得ないロケット団の暗部を知悉していた。
るるるるるる、るるるるるる、がちゃり。
ボスとのホットラインが通じる。

「――何だ」

聞くものを心酔させ、畏怖させるアンビバレントな女声が受話器越しに響く。
大幹部の男は静かに告げた。

「ご子息が"システム"を認知する恐れがあります」