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「よし……完成だ」

書類をまとめ、綺麗に角を揃えてから、茶封筒にしまう。
大学図書館のフリースペースで、青年は悪戦苦闘しつつも、情報開示請求書を作り上げた。
ハナコは青年のすぐ隣で作業を見守っているだけだったが、青年にとってはそれだけで励みになった。

「お疲れさま。
 でも、本当にこれを送るだけで、お父さんの行き先を教えてもらえるの?」
「大丈夫。ハナコのお父さんが調査隊の一員だったなら、ちゃんと教えてもらえるよ。
 法律で決まってるからね」

ハナコは手段の手軽さに半信半疑といった感じだが、
行政機関が保有する行政文書は、誰にでも開示請求が行える。
原則的に開示請求が棄却されることはないが、審査には早くて十日、遅くて二週間程度かかる。
開示が決定されれば、その旨を知らせる書類がこちらに届く。
あとは実際にヤマブキの国交省情報公開窓口に行けば、資料を閲覧することができる。
大学図書館を出たところで、ハナコが言った。

「それじゃあ、次は郵便局ね。
 伝書ポッポ……ううん、この大きさだと伝書ピジョンかしら……」
「郵便局は使わないよ」
「えっ?」
「郵便局の今日の受付は終わってるし、それに……大事なものだからね。
 絶対確実に届けられる手段を選ぼう」

伝書ポケモンが道中、野生の飛行ポケモンに襲われて配送物を失う事例は、そう珍しくない。
またごく稀にだが、伝書ポケモンを狙って配送物を強奪する悪質トレーナーも存在する。
というわけで、絶対確実――というには不安が残るが――な手段である青年の親友を頼ることにしたのだが、
青年とハナコが彼の研究室に赴くと、他の研究生は一様に苦笑いを浮かべて、彼の出先を口にした。

「……ハナコは大学で待ってる?」
「どうして?わたしも着いていくわ」
「いや……あまりハナコに来て欲しくない場所なんだけど……」

果たして、青年の親友はロケットゲームコーナーにいた。
スロット台がまき散らす騒音、利用客の口から吐き出される煙草の煙。
持ち金を失う恐怖心と、それが倍増する射幸心がせめぎ合う異質な空間で、ハナコは目を白黒させていた。

「……なんというか、すごい場所ね」

少なくとも、良い意味での「すごい」ではないだろう。
これだから連れてきたくなかったんだ。
溜息をつきつつ店内を巡っていると、青年の親友はすぐに見つかった。

「おい」
「……んだよ。今いいところなんだよ」
「俺だよ。俺」

青年の親友が胡乱な目で青年を認め、

「あの、こんにちは」

そしてその隣に付き添うハナコを見た瞬間、

「俺に何か用かい?」

姿勢は正しく、表情はきりっと。
ここまで俺とハナコで反応が違うと、いっそ清々しい。

「いったん外に出よう」

喧噪を避けるために青年が提案し、三人はスロットコーナーの外に出た。
青年が茶封筒を手渡し、用件を伝えると、青年の親友はあからさまに怪訝な顔をした。

「何かと思ったら、お使いの頼みかよ」
「定例行事の片手間に出来る、簡単な仕事だろ」
「定例行事?」

首を傾げるハナコに、青年の親友が慌てて取り繕う。
定例行事とはナンパのことで、タマムシの女の子に飽きた青年の親友は、
週末になるとわざわざヤマブキシティにリザードンで繰り出しているのだ。
ちなみにリザードンは彼の父、大木戸博士からの借り物である。
青年は小声で、親友の耳元にささやいた。

「ちなみにお前に拒否権はない。
 イヤだと言ったら、大木戸博士に、お前が博士のリザードンを何に使ってるかバラす」
「それだけは勘弁してください」

青年はハナコを振り返り、

「交渉成立だよ」
「……お願いしてもいいの?」
「喜んで引き受けさせて頂きます」
「ちょうど明日、ヤマブキシティに行く用事があるんだってさ」
「本当に?ありがとう!」

ハナコの純真無垢なお礼に、青年の親友はたじろぎつつ、

「これをヤマブキの……ええと、国交省……情報公開窓口!?」

茶封筒の宛名を確認して、怪訝な表情を浮かべた。

「……お前らはいったい、何をしてるんだ?」
「ちょっとした調べ物だよ」

青年の親友が、ぐいと青年を引き寄せる。
ハナコが何故か愉しそうに笑う。

「なあに?内緒話?」
「そう、男と男の内緒話だ」

ハナコから少し距離を置いた場所で、青年の親友が言った。

「ハナコちゃんとなかなか上手くやってるみたいじゃねーか。羨ましいかぎりだぜ」
「タマムシ観光の延長だよ。特に俺とあの子の仲が進展したってわけじゃない」
「いい年した男女が一定時間以上、一緒に行動してるんだ。
 何もなかったわけじゃないんだろ。手は出したか?」
「俺をお前と一緒にするな」
「このヘタレ」
「うるさい」
「お前はいいよなぁ。ハナコちゃんと毎日デートでよ。
 俺は本気になれる子が現れなくて、仕方なくギャンブルで気を紛らわしてるっていうのに」

「本気になれる子が現れない」は青年の親友の口癖だが、
いつも不特定多数の女の子に囲まれている人物の発言であるからして、
まともに取り合うだけ無駄である。

「つーか、何調べてるのか教えてくれたってよくね?
 俺だけ仲間はずれにしたまま、パシリに使うってのは酷くねえか?ん?」
「それは……」

ハナコの父親に関するエピソードを話すか否か、さっきは咄嗟に迷って口を濁したが、
話したところで問題はないだろう。口が軽そうに見えて、その実、秘密を無闇に吹聴しない男だ。
それでも一応、ハナコの許可を取ったほうがいいだろう――そう思って青年が振り向くと、

「……ハナコ?」

ハナコの姿が忽然と消えていた。
ロケットゲームコーナーの店内に戻ったのだろうか。
それとも雑踏に紛れているだけだろうか。

「あれ、ハナコちゃん、どこに行ったんだろうな?」

悠長に辺りを見渡す親友を横目に、青年は焦りを覚えていた。
店内の喧噪の中に、彼女が戻ったとは思えない。
土地勘のない彼女が、自ら往来の盛んな雑踏に立ち入ったとも考えられない。
青年の第六感は、ハナコに危機が迫っていることを告げていた。