「冗談だろ……おい……」

もう終わりか、とでも言いたげに、玲瓏に嘶くギャロップ。
圧倒的な試合運びだった。
信じられねえ。
俺のマグマラシが、何も出来ずにやられちまうなんて。

「立て、立つんだ、マグマラシ!」
「勝負あった。無理に動かせば大事になるぞ。
 ポケモンの治癒力をあまり過信しすぎないほうがいい」

 カレンさんは艶然と笑んで、ギャロップの首筋に指を這わす。

「君は、今し方の敗北の理由を何とする?」
「それは……あんたのポケモンが速すぎて……」

マグマラシとギャロップの機動力には懸隔があった。
爆発的な加速。
安定した急制動。
徹底したヒット&アウェイ。
目の前のギャロップに、親父のウィンディが重なる。
勝てっこなかったんだ。
勝負を吹っ掛けたのがそもそもの間違いだった……。
消沈する俺に、カレンさんは溜息をついて言った。

「違うな。敗因は君の慢心だ」
「なっ」
「単純なポケモンの性能差では、
 こうもハッキリと明暗分かたれた試合にはならない。
 正直に答えて欲しい。
 君はわたしのギャロップを、
 戦闘経験が浅い、もしくは全くないポケモンだと侮っていなかったかな?」
「…………」

顔を逸らして頷く。図星だった。

「トレーナーの驕りはポケモンに伝播するものだ。
 もし君と君のマグマラシがギャロップの突進を冷静に処理できていたら、
 勝利の女神は君に微笑んでいたと思う」

俺はマグマラシの状態を確認して、ボールに格納する。
そんなわけがない、と思った。
マグマラシの打ち身はどれも軽度で、
重傷を負わせないよう、カレンさんが加減していたことを教えてくれたから。
やるせない気持ちは口を衝いて出ていたようで、

「そんなわけがない……?
 根拠ならあるさ。
 種明かしをすると、この仔は元々は競技用に育てられていた名馬でね。
 敏捷性は折り紙付きだが、戦闘経験は乏しい。
 痛みにも慣れていない。
 つまり一矢報いられた場合、簡単に戦意を喪失してしまう。
 人の揺りかごで長く育ったポケモンは、
 苦痛への恐怖を克服するのに長い時間が要る。
 だからこそわたしはこの子に、
 『反撃を受けない戦い方』を教え込んでいる」

戦闘経験が乏しい、という俺の推測は当たっていた。
でも、競技のために鍛えられたギャロップの脚力と、
ポケモンの性行を理解したカレンさんの育成までは見抜けなかった。
そしてその事実は、暗にもう一つの絶望的な事実を仄めかしている。
いったいどれほどの強さなんだ?
最初から『ポケモンバトルに特化させた』カレンさんのポケモンは……。

「何者だよ、あんた」

パーフェクトホルダー?
高等資格持ちの上級トレーナー?
それともまさか、リーグ出場経験のあるランカートレーナーか?
カレンさんは海風に靡く髪を押さえながら、

「しがないポケモントレーナーさ。
 長年ポケモンバトルに慣れ親しんではいるがね……」
「嘘だ。それだけの腕で、ただのトレーナーってことはねえだろ」
「本当だよ。ああ、そういえば……」

カレンさんは華々しい経歴を語るかと思いきや、
可笑しそうな表情で俺を見つめ返すと、

「少し前までポケモンスクールの講師をしていたな」

はぁ?
ポケモンスクールの講師なんて、ポケモン免許取りたての子供や、
年取ってからポケモンバトルに興味を持った爺さん婆さんの先生役じゃねーか。
愕然とする俺を余所に、育て屋の資格も持っているよ、と胸を張るカレンさん。
ジムリーダーを父親に持っていた俺は、
心のどこかで、ポケモンスクールの存在を下に見ていた。
スクールに通う奴らも、そこで先生をやっている奴も、
大したことはないと決めつけていた。それも今じゃ過去の話だ。

「時に君は、ポケモンリーグを目指して旅をしているのかな?」
「そうだけど……」
「安直な推測かもしれないが、君は炎タイプのポケモンを特に好んでいる?」

俺は頷く。
昔、俺が守れなかった女の子をいとも簡単に救ってみせた、
炎熱系最強ポケモンとそのトレーナーの記憶は、
十年近く経った今でも瑞々しいままだ。
いつか、あんな炎タイプ遣いになりたいと思っていた。
だから親父にポケモンを一匹譲ってもらえる年齢になったとき、
俺は迷わず、ヒノアラシを選んだんだ――。

「君は筋はいい。が、若すぎる」

カレンさんは出し抜けに言った。

「これも何かの縁だ、わたしが鍛えてやろう」
「は、はぁ?」
「己を高める最良の道は、よき師を得ることだ。
 奇しくもわたしは君と同じ炎タイプのポケモンをこよなく愛しているし、
 素質ある若者を鍛えることは吝かでは――」
「ちょ、ちょっとタンマ!
 あんたが俺の師匠になるって……それ、マジで言ってんの?」
「わたしはいつも真面目だが?」

カレンさんが俺よりも強いのは、さっきのバトルでよく分かったし、
俺にとっちゃ願ってもない申し出なのかもしれねえ……けどさ、
色々と問題がありすぎるだろ。
カレンさんは俺の考えていることを察したのか、

「心配は要らない。
 わたしはクチバに休養目的で訪れていて、
 招集がない限りはのんびり滞在する予定だ。
 君も、急ぎの旅ではないのだろう?」

俺には……すぐにでも追いかけなくちゃならねえ女の子がいる。
でも、今の俺がその子の『盾』になれるかと訊かれたら、
俺は自信を持って頷くことができない。
無意識のうちに尋ねていた。

「あんたに師事すれば、俺は本当に強くなれるのか?」
「ふふっ、その点については保証しよう。
 これでもポケモンスクールでは有能な講師として人気だったんだ」
「理由があってさ……俺はなるべく早く、強くならなくちゃならないんだ」
「スパルタ教育はわたしが最も得意とするところでね。
 短期間で君と君のポケモンを強化できるか否かは、
 むしろ君たちの忍耐力に懸かっていると思う」
「へっ……望むところだぜ」

カントー発電所で出会った、キュウコンを駆る赤髪の少女。
あいつに勝てる実力がつくまで、俺はクチバシティを発たない。
今、そう決めた。

「では、契約の印に……」

カレンさんは右手を差し出して、

「握手しよう。これからよろしく、タイチ」
「あ、ああ。よろしく……お願いします」

間近で見る整った顔立ちと綺麗な赤髪に、
ささやかな既視感を覚えて……気のせいかと思い直した。
カレンさんはグレン島出身だ。
数ヶ月前までトキワ界隈にいた俺が、これまでに出会ってるわけがねえよな。




それは今から思えば、運命の出会いだった。
あのとき踵を返して全力ダッシュしていたら、
きっと俺は地獄の修行生活を送らずに済んだ。
でもさ、後悔はしてねえんだ。
カレンさんと出会うことができたから――俺はあの子の前に、
胸を張って舞い戻るが出来たんだからさ。

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最終更新:2011年03月27日 18:09