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「行ってくれ、リザードン、ラプラス」
「ストライクに有利な炎タイプと、サーナイトに対抗するエスパー技持ちか。
 ……合理主義者の君らしい、無難な選択だね」

一体のエスパータイプは、二体の物理タイプに勝る。
サイコキネシスは多様性に富む技で、
精神汚染するタイプと、動きを封じる等の物体に影響を及ぼすタイプがある。
防ぐには同種の"サイコキネシス"で、相手のPKに干渉するしかない。

「飛べ、リザ―ドン。ラプラスはリザ―ドンを援護しろ」

金髪は唇の端をつり上げて笑う。

「そんな甘い指示でいいのかい、サトシ?
 僕のサーナイトは援護と攻撃を同時にこなす」

サーナイトの瞳が妖しい光を放つ。
リザードンの離陸を妨害するためではなく、ラプラスを直接攻撃するために。
"テレポート"で死角に回り込み、"念力"で加速させた"マジカルリーフ"。
高速で飛来する木の葉の刃を、ラプラスは視認せず、"サイコキネシス"で失速させた。
"サイコキネシス"に移行しようとするサーナイトに、すぐさま同等の"サイコキネシス"で干渉する。
リザードンさえ飛び上がれば、戦いは俄然こちらに有利になる。

「よく防いだね!
 任務でも使わなかった秘密のコンボだったのに」

ストライクの"電光石火"は、風を置き去りにした。
一陣の風がリザードンの尾炎を揺らす。
そのとき既に両手の大鎌は、リザードンの急所に迫っていた。
最小限……よりもわずかに足りない動きで攻撃を躱し、至近距離から火の玉を放つ。
ストライクはそれをアクロバットな挙動で真上に回避、自身の回転速度を加えた神速の"切り裂き"を繰り出す。
視界――正確にはリザードンの――が赤に染まった。右目の上あたりをさっくりとやられたらしい。
初撃を完全に躱さなかったことで、正中線に沿うようにして胸にも切り傷を負ってしまった。
攻撃が速すぎる。中距離を得意とするリザードンには辛い。
「近づかせるな!"炎の渦"だ!」

太い尾で周囲を薙ぎ払いながら、炎の螺旋を創り出す。
ストライクはバックステップで安全圏に逃れた。これで少しは時間が稼げる。

「"冷凍ビーム"、"サイコキネシス"。相手の得物を利用しろ」

PK干渉は中止。干渉をやめたことでリザードンの思考が汚染されていくが、今はいい。
ラプラスは周囲に落ちた"マジカルリーフ"を凍てつかせ、
格段に切れ味を増した氷刃として、サーナイトを全方位から狙い撃った。

「逃げ場はどこにだってある。なあ、サーナイト?
 "テレポート"、"催眠術"」

金髪の涼しげな声。
ラプラスの目前に"テレポート"したサーナイトの紅玉が、眠りに誘う光を放つ。
だがそれは、想定通りの反撃だった。

「"妖しい光"」

瞳術が至近距離で交錯し、互いの瞳に吸い込まれていく。
もたらされるはずの混乱と眠り――しかして正常に技が機能したのは、ラプラスのみだった。

「"神秘の護り"か……!」

宙に浮かんでいたサーナイトが、地に落ちる。
リザードンの思考ノイズが消える。

「飛べ、今なら行ける!」

炎の渦を突き抜けて、翼竜が大空に飛び出す。
リザードンはストライクのアウトレンジから、圧倒的な"火炎放射"を繰り出す――はずだった。

「誰が勝手に飛んでもいいと言ったんだい?堕ちろ」

リザードンの体が青白く発光し、羽ばたきが止まる。
"サイコキネシス"!?だがサーナイトはもう――。

「ラプラス、"サイコキネシス"だ!」
「今更干渉かい?遅すぎるよ。"封印"」

翼竜の巨体が墜落する、鈍い音が鳴った。
リザードンの視界が激しく揺れ、止まる。喀血が目の前の草花を赤く濡らした。

「サーナイトは"催眠術"をかける直前に、"神秘の護り"に気づいていた。
 それで技を中止して目を瞑り、あたかも技を掛け合った末に混乱したかのように振る舞ったのさ。
 ふふっ、彼女は名女優なんだ」

ストライクがリザードンの元へ、悠然と歩み寄っていく。
ラプラスの"サイコキネシス"は"封印"された。
サヤが解放される見込みはなく、胸に抱かれたケーシィは幼すぎる。
"テレポート"の連続使用可能特性は、熟練のポケモンにはまだ通用しない。
サーナイトのような強力無比な技との連携があって初めて、"テレポート"は生きる。
これ以上戦いを長引かせる方法は、最早どこを探しても見つからないように思えた。

「弱いな。これが『最強』か?
 これが僕の期待していた『サトシ』なのか?」

金髪の手がサヤの体をまさぐる。
サヤの表情が、嫌悪と恥辱に歪んだ。

「君も失望だろう?
 サトシが囚われの君を救うこともできない、
 情けないポケモントレーナーだったことが証明されて」
「そんなことない!サトシは……あなたよりも強いわ!」
「面白いことを言うね。僕も、ポケモンも、まだ本気を出していない。
 それでも君は、まだ同じことが言えるのかい?」
「何度だって言うわ。サトシは、あなたなんかよりもずっと強いのよ。
 わたしの先生は、誰にも負けないんだから。
 ねえサトシ、わたしのことは気にしなくていいわ。……だから、全力で戦って!」
「おやおや、恋は盲目だ。このお嬢さんは君が全力を出せば、僕に勝てると思っている!」

金髪は高笑いし、しかし思い当たる節があったのか、

「ピカチュウを出せ」
「…………」
「どうした?
 君が表で活躍していた時代、最強のパートナーとして名を馳せた、あのピカチュウがいるだろう?
 そういえば、任務では一度も見たことが無かったな。
 出し惜しみせずに、さっさとしろよ。さもなくばリザードンの首が胴体とお別れの挨拶をすることになるぜ」
「………」
「これは脅しじゃない、命令……何がおかしい?」

身の置かれている状況を忘れて、笑ってしまう。

「気にしないでくれ。ただ、懐かしかったんだ」
「何を言ってるんだ、君は?」

金髪の笑みが、気味が悪いものを見るような表情に変わる。
そう、ただ俺は、束の間の懐古に浸っていただけだった。

『ピカチュウを出せ!』
『お前の電気鼠と戦いたい』
『あなたのピカチュウと、手合わせさせてくれませんか』

ポケモントレーナーになって、そこそこ名が知られた頃。
旅路の野良試合で、何度、ピカチュウの召還をせがまれたことだろう?
俺とピカチュウは、ふたつでひとつの存在だった。一心同体だった。
それが、今では……。

「もう、いないんだ」
「何だって?」
「言葉の通りだ。もう、ピカチュウは、いない」
「なんだ、……死んだのか?」

金髪の笑みが復元する。
サヤは唇を噛み、必死に感情を押し殺しているようだった。
では俺は今、どんな表情をしているんだろう。

「それならそう、早く言え。要らない期待をさせるな」

金髪は左手の腕時計をわざとらしく眺め、

「時間はたっぷりあるが、無駄遣いはしたくない。
 僕が君よりも強いことを証明できた今、君を生かしておく意味はどこにもないんだ」
メタモンが盛り上がり、カレンの姿をものの数秒で再現する。
贋物のカレン両手では艶やかに髪をかき上げ、厚ぼったい唇を動かした。
声は伴っていないが、こう読み取れた。

――シネ――

金髪はどこまでも演出に拘泥した。
その性質が、本人曰く"芸術的な"計画を失敗に導くとも知らずに。

それから、濃密な五秒が流れた。
最初に小気味よい音が鳴った。その音の出自は、ポケモントレーナーなら誰もが知っている。
ボールが、アタッチメントから外れる音。
ケーシィはサヤの胸に抱かれたまま、ずっと足で、サヤのベルトに装着されたボールを探していた。
"念力"は対象を視認するか、正確に対象の位置を把握する必要がある。
はじき飛ばされたボールが宙を舞う。
「"鎌鼬"」金髪がストライクに指示した。
「ダメっ!」サヤがケーシィを制止した。
前者は従い、後者は逆らった。
そのときのケーシィが何を思って行動したのか、今となっては知ることができない。
ボールを抱えて安全地帯に逃れようとしたのかもしれないし、
"念力"では加減がつかめない開閉スイッチを手動で作動させようとしたのかもしれない。
ぱっ、と赤い花が開いた――としか形容できない光景がそこに生まれた。
結果として、ケーシィは胴の半分を断たれながら、ボールが破壊されるのを防いだ。
赤一色に染まったボールが、中空で展開される。
ケーシィの体はヘルガーと入れ替わるようにして、草むらに消えた。
サヤは絶叫した。

「撃って!!」

金髪の顔が凍りついた。
狙い澄まされた紫の炎が駆け抜ける。
金髪は咄嗟にサヤを突き飛ばした。
サヤの長い髪は、毛先から肩口にかけてを焼失した。
金髪の右手は、一瞬の躊躇いが災いし、おぞましい火傷を負った。

「うぁ、ああ、あああああああ!!!!!!」

金切り声が木霊する。
金髪は眼球が飛び出しそうなほどに目を見開き、
荒い呼吸を繰り返しながら、右手の激痛を堪えていた。

「サトシ!ケーシィが、ケーシィが……はやくポケモンセンターに連れていかなくちゃ……!」

サヤは目に涙を浮かべながら、草むらに消えたケーシィを探している。
阿鼻叫喚の絵図の中、情動を殺し、第六感を研ぎ澄ませた。
ケーシィの犠牲によって、サヤは金髪から距離を取った。
ヘルガーが召還された以上、再び人質にされる心配はない。もはや時間稼ぎは必要ない。
金髪を無力化することだけに全力を注げばいい。

「サヤ、ヘルガーを正面に置いて、下がっていてくれ」
「いやよ!あの子を放っておくことなんて、できない!
 サトシを一人で戦わせたりもしない!
 わたしもヘルガーと一緒に戦って、」
「下がれ。ケーシィのことは諦めろ。あいつの相手は俺がする。
 今のサヤは、足手まといだ」
「っ……」

サヤを傷つけない言い方を考えている時間は無かった。
集中力を限界まで高めていく。
無数に散在する匿名の精神波から敵性のそれを抽出し、監視下に置く。
感覚共有は、進化する。

「はぁ……ああっ……僕の体を傷つけたな……!!
 よくも、よくもよくもよくもよくも……許さない……許さないぞ……!!
 首を切り取れ、ストライク! 動きを封じて嬲り殺せ、サーナイト!」

指示を受けるまでもなく、ストライクは"剣の舞"を終えていた。
サーナイトの瞳が赤く光り、ラプラスの体が青白く光る。
大幅に攻撃力を増した"切り裂く"。
"サイコキネシス"による行動制限と追撃。
しかし現実は、金髪の願望とは真逆の様相を呈していた。
リザードンは振り下ろされた大鎌の付け根をつかみ、
起き上がりざま、尻尾でストライクを真横から薙ぎ倒した。

「どうし……て……」

金髪の呟きに、氷像と化した抱擁ポケモンは沈黙で答えた。
「ありえない……ありえないありえないありえないありえないっ!!」
「サーナイトは自滅したんだ」
「まさか――ベクトル変換?いや、違う、そんなことは不可能だ!」
「理論上は、の話だろう?」
「即興で組み立てる"サイコキネシス"のアルゴリズムを解析したのか、君のラプラスは……!?」

解析とは、勘違いも甚だしい。
サーナイトがアルゴリズムを組んだ瞬間に、ラプラスはそれを知っていた。
座標を微細のPKで弄るだけで、サーナイトのPKは自身に働き、"冷凍ビーム"の良い的になった。

「戻れ、サーナイト!退け、ストライク!」

閃光。サーナイトが格納され、入れ違いにボールが宙を舞う。
金髪の表情が、崩壊の瀬戸際で均衡を保つ。
火傷を負った右腕を脱力して、金髪は言った。

「ふふっ、いいだろう……これが君の本気か。
 なら僕も、とっておきの僕を見せてあげる。行け、カブトプス!」

現れた甲羅ポケモンは、予想に違わず通常個体よりも大きな鎌を持っていた。
腕の筋肉の太さ、脚のかぎ爪の鋭さからも、より戦闘に特化した個体であることが伺える。

「首だけを残して、胴はずたずたに引き裂いてやる。
 "高速移動"、"電光石火"、"鎌鼬"。ストライクはラプラスを殺せ!
 "影分身"、"辻斬"。カブトプス、お前はリザードンをやれ!」

ストライクとサーナイト。任務でもこの二匹には、驚嘆に値するものがあった。
それを上回るというストライクとカブトプスのコンビネーションは、果たしてどれほどの実力を秘めているのだろうか。

「なにぼーっとしてるのよ、サトシ!
 リザードンとラプラスがやられちゃうわ!早く指示を――」

サヤの叫びに、今は耳を塞ぐ。

カブトプスの"影分身"の一体が、"水の波動"を輻射する。
"高速移動"によってさらに敏捷性を増したストライクが、"サイコキネシス"を"封印"されたラプラスに真正面から近づく。

リザードンは押し寄せる水に、"熱風"でそつなく対処した。
水蒸気の靄を突っ切って、カブトプスが現れる。
一撃、二撃、三撃。リザードンは丁寧に躱していく。
なるほど、鎌捌きはストライクよりもカブトプスが上のようだ。
両手の鎌をいったん背後にひき、片側をもう片側の鎌に滑らせるようにして、
加速のついた"辻斬"がリザードンの首筋に迫る。

ストライクの"鎌鼬"を、ラプラスは全周に氷壁を創り出すことで対処した。
氷の井戸の底、ラプラスは小さく伏せ、真上に"棘キャノン"を放つ。
跳躍してきたストライクは、突如真下から飛来した棘の嵐を、鎌の腹で難なくいなし、器用に縁に立って見せた。
ラプラスは狭い井戸の底で、身動きがとれずにいる。絶好のチャンスだが、しかし。

「退け!」

カブトプスとストライクが距離を取る。

「急にポケモンの反応が良くなったじゃないか?ええ?……なんとか言ったらどうなんだ、サトシ!
 その目をやめろ……やめろよ……僕を、見下すような目をするな!」

金髪の声は酷く裏返っていた。
限定状況における危険察知――金髪の能力はどうやらはったりではなかったらしい。
あの瞬間、もしも金髪が制止していなければ、
カブトプスは鎌の内側に入り込まれたリザードンに"炎の牙"で、
ストライクは氷壁に乱反射したラプラスの"妖しい光"で仲良く戦闘不能に陥っていた。
「どうしてポケモンに『命令』しない?
 まさかこの僕を、かか、格下扱いしているのか?」
「違う」

最早、命令は俺のポケモンにとって無用の長物でしかない。
ラプラスは"怪力"で周りの氷壁を砕き、嫋々と鳴き声を響かせた。
見苦しい、と言わんばかりに。

「ふ、ふざけるなっ!
 挑発なんて、に、二流のトレーナーがすること……がぁっ……あぁあああ!」

金髪の右腕がびくん、と痙攣する。
赤黒く焼け爛れた傷跡は、錯覚ではなく、二の腕のあたりまで浸食していた。

「は、ハハ、ハハハ。
 なにがタッグバトルだ……僕は最強だ……そんなことは分かりきっている……こんな戦いは無駄だ。
 カブトプス、ストライク、ラプラスから先に始末しろ!
 リザードンのことは、こいつらに任せろ!」

最初に偽カレンのポケモンとしてサヤを襲わせた、バシャーモ、ウィンディ、ブースターが現れる。
「ヘルガー、行って!!」

堪えきれなくなったのだろう、サヤが叫ぶ。
今度は止めなかった。
ヘルガーがリザードンに追いつくよりも先に、全てが終わることが分かっていたからだ。

"電光石火"からの"炎の牙"。
"ビルドアップ"からの"ブレイズキック"。
"神速"からの"雷の牙"。
速度に重きを置いた攻撃は、しかし、リザードンには止まって見えていた。
"エアスラッシュ"が大地を穿つ。
三匹が怯んだ隙を見て、翼竜は空に上がった。
地上からの攻撃は
逆にリザードンがすれ違いざまに放った"ドラゴンクロー"は、正確に三匹の急所を切り裂いた。

ラプラスは氷の礫と棘の同時射撃で面制圧を試みたが、主力の二匹もさるもの、
的確に躱し、あるいは鎌の腹でいなしながら突進してくる。止めることはできない。
やがて距離はつまり、二方向から必殺の連係攻撃が繰り出され――予定調和の終演が訪れた。

「退け!退くんだっ!!」

金髪の悲鳴にも似た命令は悲しいほどに遅く、カブトプスとストライクには届かない。
ラプラスが首をもたげ、頭上に大質量の水をはき出す。
厚い透明の壁を隔てて、リザードンと視線を交わす。
そうして次の瞬間、ラプラスの半径15メートル以内の物質が『焼却』された。

リザードンの"オーバーヒート"はラプラスごと有効範囲を焼き尽くし、
ラプラスの"絶対零度"は大質量の水を氷の盾とし、身を守った。

肩口まで火傷に侵された金髪が、

「どこだ?僕の最高傑作はどこだ?
 僕のストライクとカブトプスはどこに行ったんだ?」

譫言のように呟き、熱砂の上を彷徨い歩く。
やがて金髪の目は、ふたつの黒い塊――体表組織が完全に炭化した二匹の亡骸――に釘付けになる。
完全に気がふれるかに思えた金髪の表情は、しかし、いやに穏やかだった。

「そうか。僕は負けたのか。
 お見事。ブラボー。素晴らしい戦いだったよ。そうだ。僕は負けた。
 僕が持つ最高のポケモンで挑んで、君のポケモンにやられてしまった。
 これはいけない。僕の計画は台無しだ。まったく、お前たちのせいで僕は、僕は、」

手のひらが焼けるのも構わずに、左手で、黒い塊に触れる。
微笑さえ浮かべて見せる。そうして次の瞬間、金髪は左手を固く握った。
炭化した亡骸の首の部分が砕け、首が落ちた。

「この……役立たずが!!」
「やめてっ!あなたのポケモンでしょ!?」

サヤの声に、金髪が面をこちらに向ける。

「だから、何なんだ。ふ、ふふっ、これはお仕置きなんだよ……僕との約束を破ったことに対する、ね。
 このストライクとカブトプスは逸材なんだ。遺伝子操作で肉体の殺傷能力を限界まで高めた殺しの天才なんだよ。
 悪いのは、頭だ。馬鹿は死ななきゃ治らない。言いつけをきちんと守るように、一から躾直さなくちゃなあ……。」

左こぶしを振り下ろす。
首を失った胴体に亀裂が走る。
手の皮膚が裂け、血が滲もうが、何度も何度も。

「アハ、ハハハはハ――がぁッ!」

胴体が崩壊する直前、金髪の脇腹を、ヘルガーが強く突いた。
「自分のポケモンを辱めて、何が可笑しいの!」
「ポケモンは僕の所有物だ。何をしようが僕の勝手だろう?
 ましてやこの二匹は、戦って勝つために創られたポケモンなんだぜ。
 負けたら、何の価値もないんだ。ククッ、アハハ……」

金髪は仰向けになりながら、なおも笑い続ける。
時折右腕が別の生き物のように、びくびくと跳ねる。
金髪の左手が、金髪を見下ろすヘルガーの頬に触れた。

「まったく、上手い皮肉だ、お嬢さん。
このヘルガーだって特別製だそうじゃないか。諜報部の友人に聞いたよ?
 君が"お父様"に頼んで、ポケモンを何匹も、何十匹もお強請りしていることを。
 僕と君は本質的に同じなんだ。お嬢さん。
 負けたら、もっと強いポケモンが欲しくなるだろう?
 今まで愛着のあったポケモンが、殺したいほど憎くなっただろう?」
「サトシと出会って、わたしは変わったわ。
 あなたなんかと、一緒にしないで!」
「それでも、教えてもらわなければ変われなかった。
 もしも君が"まとも"な適格者なら、君も僕と同じように、
 自分のポケモンで相手を蹂躙する歓びに取り憑かれていたはずだ」
「まともな、適格者?」
「手で触れたポケモンを手懐ける。独立系にしては驚嘆に値する能力だよ。
 しかし悲しいかな、独立系は作戦行動には絶望的に向かない。
 君の父上もそれを理解していた。
 だから君は組織所属の適格者として、しかし箱入り娘として育てられた。
 いずれ他の適格者と■■■■■ために」

リザードンの羽音が、金髪の戯れ言をかき消す。
俺はサヤの肩を抱いて、

「こいつはもう、いや、ずっと前から、まともじゃない。
 話せば話すほど、サヤが傷つく」

金髪は俺に向き直る。
目が合うと、金髪の目にふと光が戻り、普段の余裕たっぷりな声で、

「無様な姿だろう、サトシ。君は僕のことを笑わないのか?」

火傷の浸食は進む。首筋の青白い皮膚が、今まさに、ゆっくりと、赤黒く変色していく。

「最後に、お前に訊きたいことがある」
「最後か。そうだ、僕も君に訊きたいことがあったんだ。
 お互いにお互いの質問に絶対答える。約束だよ」
「カレンは無事なのか」
「安心しなよ。彼女は生きている。もっとも、僕が失敗しなければ、
 彼女は一両日中に自殺を装った死体になって、発見されていただろうけど」
「お姉様は、今、どこにいるの?」

金髪は本土の辺境の地名と、監禁場所の詳細を告げた。
「次は僕の番だね。サトシ、君の能力について、訊きたい。
 君は、ポケモンの――全てのポケモンの思考が読めるのか」

首肯する。サヤの驚きが、触れた体を通して伝わってくる。

「ふふっ、道理で僕のポケモンの速攻が、いとも容易く防がれたわけだ。
 君のポケモンは……、常に最適解を選択する。最強の矛と盾、僕の能力の、完全な上位互換か。
 この話を知っているのは、組織では君と僕の他に誰がいるんだい?」
「直属の上司だけだ」
「当然、機密扱いなんだろうね?
 もし誰かに知られた場合は……言うまでもないか。
 以前訊いたときは口を堅く閉ざしていたのに、今度はあっさり教えてくれたんだものな」

金髪が目を細める。
この先の展開を悟ったのだろうか、サヤは媚びるような目で、俺を見上げた。

「まさか……ねえ、そんなこと、しないわよね?」
「こいつは、殺しすぎた。今回の件については、被疑者の処分は遭遇者に一任されている」
「罪は、きちんと時間をかけて、償わせるべきよ。
 確かにお姉様を身代わりにしようとしたことは許せないけど、……サトシが背負うこと、ないじゃない」
「サヤの私情を酌む気はない」
「そんなの、そんなのって、酷いわ!わたしはサトシのことを思って、」
「俺は組織の命を受けた人間として、こいつを、裁く。邪魔するな」

リザードンが金髪の傍に着陸する。ヘルガーは静かに、サヤの足許に戻った。
金髪の目から、正気の光が失われる。
右腕の痙攣が止まり、代わりに、胸が激しく上下する。

「嫌だ……死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!
 サトシ、君が僕を、殺すのか?冗談だろう?
 僕たちは仲間だ!いっぱいいっぱい、組織に敵対する屑どもを殺してきたじゃないか!!」

サヤの愛らしい耳を塞いでしまいたい衝動を堪える。
これは事実だ。誤魔化したところで、サヤはいずれ知ることになる。
俺が任務という名の下に、数え切れないほどのポケモンと、敵対組織の要人の命を奪ってきたことを。

「もういちどあの屠殺を楽しもう?
 僕たちは最高のコンビだ。くふ、クハ、アハッハハ……!」

カクレオンが金髪の姿を熱砂の色と同化させる。
メタモンが悲愴な顔をしたカレンに擬態し、金髪の体を覆う。
戦いに向かないが故に生き残った二匹は、あくまで、主人と道を共にする気でいるらしい。
俺は言った。

「リザードン、頼む」
「いや……」

サヤが俺の腕を振りほどき、顔を両手で覆う。言葉は要らなかった。

"火炎放射"は金髪の体を余さず包み込み、火葬した。