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両腕を砕かれ、フシギバナによって吊られたスカウトの男が、大木戸博士に尋ねた。 「調査隊に紛れ込んだそいつは、強いんですか?」 「フスベの竜種使いだよ」 「そんな逸材を、どうやってスカウトしたんです?」 「竜の穴の長老とは懇意にしていてね。最も見込みのある若者を紹介してもらって、交渉した」 懇意・紹介・交渉といった言葉の真意は、一般の温かいイメージの対極に位置する。 スカウトの男が好まない手段も、システムの連中は息をするように行う。 「その竜種使いに、彼を殺さないように、あの機械で伝えればいいじゃないですか」 「今は繋がらない。彼らは洞穴に潜ってしまっている」 「そうですか。じゃ、残念ですね」 大木戸博士が、フシギバナを振り返る。 スカウトの男が言った。 「ひとつだけ……ひとつだけ、質問させてください。  なに、死に瀕した男の、最後の好奇心です。  大木戸博士……あなたはシステムの中で、どのような立ち位置なんですか?」 「その質問には答えられない」 「あなたが上位メンバであることに疑いはありません。  が、あなたはシステムについて、とても主体的に語る。  ……まるで、システムがあなたのものであるかのように」 「…………」 「石英リーグ統括委員に潜っていた男から、こんな話を聞いたことがあるんです。  システムには、全てを統括する人間がいる。その人物は、管理者と呼ばれている」 「私がその管理者だとしたら、君はどうする?」 「こうします。――僕ごとやれ」 スカウトの男の背後で倒れていた瀕死のウツボットが、最後の力を振り絞って、蔓を伸ばした。 それは博士にとっての死角である、スカウトの男の背中から胸を貫通し、博士の眼前に迫った。が、 「最期の一矢は読めていたよ。ああ、勘の良い人間ほど早く死ぬ」 フシギバナが即座に編んだ蔓の盾が、ウツボットの蔓を弾いた。 ごぼ、と口から血をこぼしながら、スカウトの男は力なく笑った。 頬に湿ったものを感じて、大木戸博士がそこに触れると、 ウツボットの蔓がスカウトの男の胸を貫いたときに飛んだのか、血が付着していた。 博士はハンカチで念入りにそれを拭き取りながら、フシギバナに命じた。 「……引導を渡してやれ」 ---- ライチュウを失い五匹となった青年の軍勢は、一見して、 最強の矛と盾を持つカイリュー二匹を相手に、互角に立ち回っている――ように見える。 しかし、実態はそうではない。 数的有利によって手数では勝るものの、ポケモンのレベル差は酷いものだ。 純粋なバトルなら、とうに青年のポケモンは全滅させられている。 間断なく竜種使い本人を狙い続けることで、カイリュー二匹の行動を制限し、均衡を保てているが、 体力の消耗によって、時間の経過とともに、青年のポケモンの動きは悪くなっていく。 対するカイリューのタフネスは尋常ではない。 青年は問うた。 「和解することはできない?」 竜種使いは首を左右に振った。 「無理だな。命令は絶対だし、オレはあんたと白黒つけたい。  オレのハクリューも、あんたのライチュウも死んでるんだ。ここでやめる、はナシだろ。  逃げても背中からやる。俺のプライドに期待するなよ」 「……そう」 青年は覚悟する。今日、自分は人を殺すことになるかもしれない。 マサラタウンに帰って、ハナコを抱きしめる。 彼女に、彼女の父親の最期と、彼が死の間際まで家族を想っていたことを伝える。 彼の遺志を継ぎ、ポケモン発生や先史文明の真実を、世間にしらしめる。 ――それらのためには、竜種使いを倒すしかない。 竜種使いが言った。 「ツガキリの保存は二の次だ……"破壊光線"」 大空洞の制空権を争っていた雄のカイリューが、モルフォンから距離を取る。 「――リザードン、力を貸してくれ」 青年はすかさず、博士から譲渡されたリザードンを繰り出した。 できることなら、戦闘に出したくなかった。 もともと、自分のポケモンではない。 バトルに出したことはなく、指示を聞いてくれるかどうかは分からなかった。 が、リザードンは召喚された途端、共感ネットワークから青年の意図を読み取り、飛翔した。 上空で"破壊光線"の予備動作に入っていた雄のカイリューに組み付く。 「ふりほどけ、"逆鱗"」 リザードンと雄のカイリューはもつれあったまま墜落する。 堕ちた方の雄のカイリューに見切りをつけるように、竜種使いはすぐ側の雌のカイリューに「"竜巻"」と命じた。 「――させない」 と青年が呟き、彼のポケモンが応えた。 ヤドランの"金縛り"が雌のカイリューの"竜巻"を未然に防ぐ。 ケンタロスとオコリザルが雌のカイリューに肉薄する。 が、ケンタロスの"突進"は避けられ、オコリザルの"空手チョップ"は簡単にいなされた。 「格下の攻撃は二度も通用しない」 竜種使いは自信に満ちた声で言う。 それを裏付けるように、雌のカイリューがケンタロスの"突進"を回避すると同時に反転、ケンタロスの首を抱え込む。 そしてもう半回転し、ケンタロスを軽々と、オコリザルの方に放り投げた。 オコリザルはなんとかケンタロスの巨体を受け止め、ケンタロスのダメージを最小限に抑えた。 が、雌のカイリューに、何者にも干渉されない時間が生まれた。 ---- 顔に傷のある男は、眼前の光景が信じられなかった。 カイリュー二匹と互角に渡り合う六匹のポケモン。 一匹一匹のレベルは、顔に傷のある男のポケモンの最低レベルにすら及ばない。 が、しかし、神がかり的な立ち回りと連携が、竜種の王族を翻弄している……。 「あー……混じりてェ……ゴローニャ、どうだ?」 ゴローニャは問われるまでもなく、戦闘地域に足を向けていた。 ポケモンは主に似る。 顔に傷のある男はゴローニャの背を撫でて言った。 「そんじゃ、仲間に入れてもらいに行くかァ!」 ---- "破壊光線"の発射を許してしまう、と思ったのは束の間。 青年の隣を、大きな岩石の塊のようなポケモンが転がっていき、雌のカイリューの動きを止めた。 「……ありがとうございます」 青年は振り返らずに、顔に傷がある男にお礼を言った。 周囲に、青年と、竜種使いと、顔に傷のある男のポケモン以外に、ポケモンは感知できない。 ということは、つまり……。 青年は考えないようにした。 顔に傷のある男が言った。 「ゴローニャはツガキリのヌシとやりあったせいで消耗してる。さっさと決めちまえ」 青年が肯く。対する竜種使いは落ち着いていた。 顔に傷のある男のゴローニャが雌のカイリューの身動きを取れなくした一方で、 リザードンともつれあって墜落した雄のカイリューが、もう一度空に上がったからだ。 雄のカイリューは"逆鱗"によってリザードンを滅多打ちにしたことで、多量の返り血にまみれていた。 「今度こそモルフォンを殺れ。"竜の怒り"だ」 竜種使いに近づいてきていたモルフォンに、雄のカイリューから青白い火線が迸る。 モルフォンの羽が燃え落ち、行動不能になれば、青年の遠距離攻撃手段は消える。 顔に傷のある男にしても、残っているポケモンは傷だらけのゴローニャだけ。 あとは、一方的な殺しになる……。 しかし瞬きした後、竜使いが見たのは、モルフォンの背中から何かが剥がれ、"竜の怒り"をモルフォンの代わりに受けた場面だった。 あれは……メタモンだ。メタモンがモルフォンに同化していて、身代わりになった……! モルフォンが"サイケ光線"の有効射程に竜種使いを収める。 もう、身代わりにできるポケモンはいない。 濃密な、三秒の時が流れた。 青年が、自身の能力をはっきり自覚したのは、トキワシティジムでのことだった。 あのとき彼は、サイドンの攻撃をかわさせるために、オコリザルに"穴を掘る"を指示した。 次いで、回避行動を攻撃に利用できると気づいた。 オコリザルは地中を移動し、サイドンの脚下に向かった。 なぜオコリザルは思惑どおりに動いてくれたのか。 なぜオコリザルは、サイドンが位置を変えていないことを知り、かつサイドンの正確な座標を把握できたのか。 考えれば、答えはわかった。 青年とオコリザルの間で、感覚・思考の共有が行われていたからだ。 青年の意図がオコリザルに伝わり、 オコリザルは地中にいることで使えない視覚を、青年のそれで代用したのだ。 マサラタウンに移住後、役所仕事で野生ポケモンの分布調査を行うようになってから、気づいたことがあった。 茂みの向こうにいるコラッタ、木の裏側を這っているキャタピー、 樹冠の向こう側を飛翔するバタフリーの存在を、知覚できる。 少し訓練すると、ポケモンの種類、数の識別精度は上がり、有効知覚範囲が拡大した。 白鉄組の頭領に絡まれたときに出したライチュウとモルフォンのように、 複数体のポケモンを出すと、特に何も言わずとも、連携攻撃・防御を行ってくれるようになった。 阿吽の呼吸は、ポケモン同士の感覚・思考の共有によって実現している。 これだけの能力の開花が、自然に、二年をかけて行われた。 もしリーグの公式試合に参加していたら、開花時期はさらに早まっていたかもしれない。 そして今、竜種使いとの戦闘の最中、青年の能力はさらなる進化を遂げようとしていた。 心を通わせた自分のポケモン以外のポケモン、すなわち、カイリューやゴローニャの思考・感覚情報までもが流れこんでくる。 さらに、後の時代、彼の血統を継いだ誰もが到達できなかった域に、彼は一足とびで到達した。 それはポケモンの記憶読み――奇しくも、竜種使いが騙った能力である。 『お父ちゃん、ぼくもドラゴンタイプのポケモンがほしい』――目元が竜種使いに良く似た少年。 『もう少し大きくなったらな、ワタル』――竜種使いが、その少年を抱き上げる。 『ねえ、あなた。最近様子が変だわ。竜の穴での仕事に戻ったらどう?』――心配そうな表情の美しい女性。 『……オレは必要とされてるんだ。分かってくれ』――竜種使いが彼女を安心させるように、優しく彼女にキスをする。 『ぼくね、スクールからの帰りに、へんな人に会ったよ。ドラゴンポケモンとおしゃべりできるかってきかれたの』――少年は無邪気に笑っている。 『そんな人に会っても、無視するんだ。いいね』――竜種使いの表情はこわばっていた。 『最近、あなたが家にいない間に、誰かから見られている気がするの……』――彼女の声は震えていた。 『家族には関わらないという約束だったろ』――金属の端末に竜種使いが、必死に話しかけている。 竜種使いとともに生きてきたカイリューの目から見た、竜種使いの記憶が、 カイリューと回線が開いた瞬間に、脳内に流れ込んできた。 彼にも家庭がある。 妻がいる。 子供がいる。 システムでの仕事は強制のようだ。 家族を人質に取られているらしい。 それらは同情に値する事柄だ。 けれど、今彼を殺さなければ、自分が殺される。 やるべきことはわかっている。 考えるだけだ。考えるだけでいい。 ただ、竜種使いを殺す、と考えれば、あとはモルフォンが実行する……。 「…………"竜の怒り"」 雄のカイリューの青白い炎を受けて、モルフォンが焼失した。 「おいおいおいおい、最後の最後で、なーにやってんだよ。お前はよォ……」 顔に傷のある男が、青年に掴みかかる。 が、その握力は弱々しく、ずるずると青年にもたれかかるように、彼はくずおれた。 失血が酷い。 ツガキリのヌシが飛ばした石礫は、護衛要員の上体だけでなく、 顔に傷のある男の腕にも当たり、動脈を深く傷つけていた。 「"叩きつけろ"」 雌のカイリューがゴローニャを振り払い、尻尾の一撃でゴローニャを砕く。 竜種使いが青ざめた表情で尋ねる。 「……なんで、さっきオレを殺らなかった?」 「……見てはいけないものを、見てしまったから」 強すぎる共有能力が、カイリューを通じて竜種使いの身上を明確にした。 言葉で語られるよりも、遥かに情緒を伴う情報の奔流。 まるで、竜種使いのカイリューとして、長いときを竜種使いと過ごしたかのような感覚。 そのために竜種使いへの攻撃意識が一時的に低下、青年のポケモンは攻撃を中止した。 能力の最終開花こそが、敗着だった。 ライチュウとモルフォンは死んだ。 残っているのは、火傷を負ったメタモン、瀕死のリザードン、疲弊したオコリザルとケンタロスとヤドラン。 青年はゆっくりと歩き出す。 竜種使いに三メートルの距離に迫った時、その間に雄のカイリューが着陸した。 「いい」 竜種使いの一言で、カイリューが渋々といったように道を開ける。 青年は指輪を外しながら、 「マサラタウンのハナコのという女性に、この指輪を届けてほしい。  彼女に、彼女のお父さんの最期を伝える、というのと、  俺のポケモンを野生に帰す、というのは命令違反になる?」 「叶えてやれるのは、指輪だけだな」 「……分かった」 モルフォンを焼く青白い炎が、放物線を描く指輪を照らした。 竜種使いは、受け取った指輪の重みを感じながら、考える。 もしも目の前の男が、最後の最後にモルフォンに攻撃させることをためらわなかったら。 もしも目の前の男が、自分のポケモンと同程度、いや、それにやや劣る程度のポケモンを持っていたら。 ――立場は、真逆になっていた。 青年の思念が伝わり、一瞬の躊躇いの後、青年のポケモンが四方に駆け出した。 「……あんたは逃げないのか」 青年は頷き、目を瞑る。 思い出すのはハナコのことだ。 竜種使いは言った。 「……勝ち逃げされるのは癪だが、任務だ。  なあ、あんたとは別の形で会いたかったよ。例えば、リーグの決勝戦とかで、さ……」 「……指輪を、よろしく」 「…………ああ」 ツガキリ中腹の大空洞をカイリューの"破壊光線"で完全に崩落させ、 アタラの上空で逃走中の隊長を落とし、竜種使いは帰投した。 後に、彼はツガキリでの任務を、 彼がシステム実働課竜種特殊作戦群初代郡長となる過程で、必要不可欠な通過儀礼だったと語る。 ---- 大木戸博士が、人とポケモンの亡骸を海辺で処分し、 研究所までの道を歩いていると、衛星電話に着信があった。 「終わりました」 「ご苦労。全員始末したか?」 「はい。シェルターの研究データも確保しました」 「……よくやった」 博士は通話を切った。 聖蹟――先史時代の人類が築いた建造物を探索、 そこに眠るオーバーテクノロジーを回収、独占し、先史文明の存在を秘匿する。 そここそがシステムの存在意義だった。 この島国の人間は誰もが、数百年前に遥か外洋から、 先祖が播種船によってこの弓状列島に渡来し、先住生物であるポケモンとの共生を開始した、と信じている。 実際は、惑星全土に甚大な環境破壊をもたらした戦争の末、 汚染物質が消えた地上に、地下シェルターから恐る恐る出てきた、 ごく僅かな先史時代の人類の生き残りこそが、今の人類の祖先であり、 ポケモンは、彼らが地下での飽くなき研究の末に生み出した合成生物である。 そして、真実の歴史を知っている者は、システム内でも十名に満たない。 研究所に到着し、そのまま実験室に入ろうとすると、カンカンに怒った息子に遮られた。 「どこ行ってたんだよ、親父!  今日は一緒に昼飯を食うって約束してただろ」 「ああ、ちょっと、海辺を散歩をしていた。  確か、お前の婚約者も同席するのだったな。もう彼女は来ているのかね」 「とっくにな。……今はリビングで待ってくれてる」 「それは悪いことをした」 「ったく、しっかりしてくれよ。  こっちは緊張して待ってたっつーのに……なあ、なんか親父、顔が疲れてるぞ。大丈夫か?」 「心配ない。それから、お前が熟慮の末に選んだ女性なら、私に異論はない」 「そういう問題じゃないんだよ。俺たちは親父のお墨付きが欲しいんだ」 「……キクコにはもう紹介したのかね」 「ん……まだだ。まずは親父から、と思ってさ」 息子が、別れた内縁の妻と、定期的に会っていることは知っていた。 子供なんて邪魔なだけ、と彼女は出産前に言っていたが、いざ生まれると、息子に深い愛情を注いでいたように思える。 が、その後徐々に、彼女のリーグ戦の成績が悪化。 彼女はポケモントレーナーとしてのキャリアと子供を天秤にかけ、前者を選んだ。 今や彼女は、ゴーストタイプ使いとして大成している。 あれの性格だ。当時の選択を悔いてはいないだろうが、 息子と会いたい気持ちは、ずっと彼女の中に、燻り続けていたのだろう。 「あ、ちゃんとそれっぽい格好してから来てくれよな」 息子に追い立てられて私室に戻る。 白衣を脱ぎ、上等な服に袖を通していると、どっと疲労感が押し寄せてきた。 久々に直接手を汚した。 目をかけていた教え子を失った。 息子が愛する人を見つけて家庭を築こうとしている。 言葉にすれば、ただそれだけのことだ。 しかし……。 博士は目を閉じて独りごちた。 「……歳を取ったな、私も……」 ---- 季節はめぐる。 竜種使いが、ある責務を果たす決意をしたのは、マサラタウン近くの空を、カイリューの背に乗って飛んでいるときだった。 ポケットに入った、とても小さな、それでいて重すぎる『預かり物』を思い出す。 マサラタウンの役所に行って、住基帳を閲覧させてもらうと、目的の人物の居場所が分かった。 夕刻。 彼はその人物の家に向かい、ポストに預かり物を入れて、立ち去った。 直接手渡す勇気はなかった。 フスベシティの家に帰る頃には、夜の帳がすっかり下りていて、 なのに妻と子供は、彼の帰りを待ってくれていた。 その日、彼はたくさん子供の話を聞いてやり、妻に直接、愛していると伝えた。 妻も、子供も、いつもより優しい彼を不思議に思ったが、やがて彼を抱きしめた。 表で物音が聞こえた気がして、ハナコは洗い物の手を止めた。 つい先ほどまで、彼女の親友とその夫が、この前生まれたばかりの赤ん坊を連れて、夕食を食べに来ていた。 物音の正体を確かめるために、彼女は、この世で一番大切なものを腕に抱き、玄関の外に出る。 ただいま、という幻聴を聞くことは、もうなくなっていた。 決して忘れたわけではないが、期待をすることに疲れてしまった。 でも、もしかしたら……。 果たして、表には誰もいなかった。 ふと仰いだ残照の空に、山吹色の流れ星を見た。 夕刊を取り忘れていたことを思い出し、ポストを開く。 そこにあるものが目に入ったとき、彼との様々な幸せの思い出が脳裏をよぎった。 この指輪を、ここに置いていったということは……。 熱い雫が落ちてくるのを肌に感じたのか、腕の中の赤ん坊が母親を見上げた。 そして、小さな手で彼女の胸元を掴み、笑う。 まるで、涙に濡れた彼女を慰めるように。 そこに彼の面影を見て、彼女は優しく赤ん坊の頬にくちづけ、言った。 「サトシ……あなたのパパは、今もきっと、どこかで旅を続けているわ」 了

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