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季節はめぐる。 休日の朝、青年は大木戸博士の私立研究所の一室で、複数の論文に目を通していた。 白衣を着た老人――博士が青年に話しかけた。 「こうしていると、大学での君を思い出すよ。毎度のことながら、助かる」 「タダで最新の研究を知ることができるんです。得をしてるのは俺の方ですよ」 「最近は要旨を読むことすら億劫でね」 「そんなことを仰らないでください、博士」 博士の元へは、定期的にタマムシ大学から、最新の研究論文の写しが届く。 それを読ませてもらうのが、青年の時々の楽しみのひとつだった。 「目についたものを簡単に」 「いよいよ、木戸マサキのポケモン転送理論が完成したそうです」 「ここだけの話だが、タマムシの技開局では既に転送装置の設計に相当な人員を割いている。他には?」 「モンスターボールのインプリンティング技術の汎用性が向上したとか」 「残すは竜種と、希少種のみといったところだろう。が、竜種は時間の問題だな……」 「今のところは、その二本です」 青年は論文を文机に置いた。 博士は窓の外に広がる、牧歌的なマサラタウンの風景を眺めながら、 「今はもう、冒険より家庭かね。大学四年次に君が言ったことは未だ記憶に新しいが」 「そうですね。結局のところ、俺はハナコと……妻と出会って、彼女と平穏に暮らす人生を選んだ」 「結構。君の人生だ。  私としては、君が時折、私の研究所を訪れてくれるだけでありがたい」 「そろそろお暇します。午後からマサラ近郊の野生ポケモン分布調査を進めるつもりなんです」 「そうか。頑張りたまえ」 青年は実験室で試料と悪戦苦闘する親友に挨拶をしてから、研究所を後にした。 遠ざかる彼の後ろ姿を、博士は私室の窓から、目を細めて見つめていた。 ---- 長袖のシャツにジーンズ。 両手には手袋。両足には歩きやすいスニーカー。 背中のリュックサックには、ハナコお手製の弁当が詰まっている。 夏の日の午後。 険しい獣道を歩きながらも、青年の顔は晴れやかだ。 「キャタピー発見、と」 青年は発見した野生ポケモンの種類と数を、事細かに記録する。 こうした資料は、いつかマサラタウンの人口が膨らみ、居住区を拡張する際に、 森のどの方面を切り崩すべきかの判断材料になるはずだ。 ああ。役所で事務仕事をしているときよりも、博士の研究所で論文を読ませてもらっているときよりも、 外で野生ポケモンとの邂逅を心待ちにしている今この瞬間が、一番楽しい。 水筒から水を飲みながら見上げた、木漏れ日の光の中に、青年はありえたかもしれない、別の今を夢想する……。 「どうも、こんにちは」 間の抜けた挨拶が、森の中の蒸し暑い空気に響いた。 青年が振り返ると、スラックスとポロシャツ姿の若い男が立っていた。 年の頃は、青年と同じくらいか。 「こんにちは」 「突然すみません。奥さんにあなたの居場所を伺いましたら、こちらにいるという話でしたので。  奥さんにはあなたの帰りを待つように言われたんですが、待ちきれなくて」 「はあ……それで、あなたはいったい?」 「僕は強いポケモントレーナーと戦うために全国津々浦々、旅をしています。  そこで是非、あなたに僕と手合わせ願いたいんです」 「俺は強いポケモントレーナーじゃない」 「あなたはパーフェクトホルダーで、しかしなぜかリーグ公式試合には一切参加していない。  なぜそれを知ってる、とお尋ねしたいでしょうから先回りしますね。  僕の知り合いが石英リーグ委員会に所属してまして、リーグ参加資格保持者の名簿と、対戦履歴をこっそり見せてもらってるんです。  せっかくのパーフェクトホルダーなのに、なぜ公式試合に参加しないんですか?」 「単純に、リーグに興味がないからです。パーフェクトホルダーになったのは、別の目的のためです」 「別の目的とは?」 「あまり人の手が入っていない、特別な場所を探険したくて」 「特定危険地域、ですね。でも、だとしたら矛盾ですね。あなたは辺境の土地で、一介の公僕として人生に幕を下ろそうとしている」 若い男の煽りに対し、青年は冷静に返した。 「俺は今、大事な仕事の最中。バトルをしている暇はない」 「殺生なことをいいますね。  こんな安全地帯のフィールドワークなんて、いつでも、誰にでも出来るじゃないですか。  あなたには、あなたにしかできない仕事がある」 「強いポケモントレーナーとバトルしたいなら、他を当たってください。  俺より強いトレーナーは、全国にはごまんと――」 「つべこべ言わずにやり合おうよ」 閃光。 青年が反射的に繰り出したオコリザルが、四方から飛来した"葉っぱカッター"をはたき落とす。 「う〜ん、これを凌ぐかぁ」 「逃げるぞ、オコリザル」 青年がオコリザルの背中に乗ったことを確認し、オコリザルが跳躍しようとした。 が、 「できると思う? もうとっくに囲まれているんだよ」 木々の影から何本もの蔦が伸び、上空を封鎖する。 「続いて"痺れ粉"だ。さあ、どうする?」 風上から、濃厚な麻痺毒の霧が押し寄せてくる。 青年とオコリザルは為す術もなく、その霧に飲み込まれたように、若い男の目には映った。 「……あらあら、期待はずれだったかな?」 若い男が、痺れ粉が晴れるのを待ってから、倒れ伏した青年の元に近づく。 そして、青年の体を起こそうとしたそのとき、 「服が粉まみれだ。ハナコに怒られる。あとね、これは立派な暴行罪だよ」 「なっ!」 若い男が振り返ると、青年が平然と立っていた。 咄嗟に別のボールに手を伸ばすが、オコリザルが一瞬で若い男の胸ぐらを掴み上げ、身動きがとれなくなる。 「もういいよ、メタモン。いい演技だった」 倒れている方の青年の体が溶け、ボールに格納される。 「メタモンを身代わりに……でも、あの痺れ粉をどうやって?!」 青年はリュックサックからガスマスクを取り出して見せる。 「以前、同じ手で眠り粉を凌がれたことがあってね。自分も真似できるように、持ち歩いているんだ」 「くそ……ウツボット! 何をボンヤリしてる!」 若い男の声が森に響く。が、何者も答えない。 「最初に蔦を張り巡らしていたウツボット三匹なら、ライチュウが電気ショックで痺れさせて動けないよ」 若い男は薄ら笑いを浮かべて、両手を上に上げた。 青年の質問に、若い男はなんら抵抗を見せずに白状した。 「有能なポケモントレーナーは引っ張りだこです。  中にはリーグチャンピオンを目指して、ストイックに修行を続けるトレーナーもいますが、  有名になったトレーナーは大抵、どこかしらの企業や組織に囲われて、高額の報酬で仕事を請け負うようになる。  僕の仕事は、頭角をあらわす前の金の卵を見つけ出して、うちの組織に引き入れること」 「つまり、君はその組織のスカウトなんだね」 「はい」 「その組織の名前は、もしかして、システム?」 若い男がぎょっとする。 「なんでその名前を知ってるんですか?」 「何年か前に、間接的に関わる機会があってね」 「参ったな。でも、システムを知ってるなら話は早い。  うちは、システムとは別の組織です。規模はシステムに次いでナンバー2といったところですかね」 「システムとは、対立してるの?」 「対立というよりは、システム対他の全ての組織というような様相を呈してます。  システムが大きすぎるんですよ。小さな組織はどんどん吸収されている。まるでブラックホールだ」 「君の組織の目的は?」 「人類未踏地域の探索に相当な資金が注ぎ込まれているようです」 「じゃあ、システムと同じなのかな」 「僕は末端なんで、詳しいことは分かりませんが、  どの組織も未踏地域の探索に躍起になっているようですね。競るようにして調査隊を派遣している」 「何を持ち帰ったかは、明かされない?」 若い男は肯く。 「ところで、これ、君も食べる?」 青年が渡したハナコお手製のおにぎりを、若い男は困惑顔で見つめ、受け取った。 しばし、青年と若い男は木陰で昼食を楽しんだ。 「どうも調子が狂うなあ。僕はあなたと和やかにご飯を食べてる場合じゃないんですが。  まあいいや、話を戻します。……ぜひ、うちの組織に来てください」 「もし俺が君の組織に協力するとして、何をするの?」 「調査隊の護衛です。さっきの奇襲は、突発的な危険への対処能力を測る試験でもあったんです。  僕の奇襲をああも見事に返り討ちにしたのは、あなたが初めてですよ。  あなたがまだシステムから誘いを受けていないのは、僥倖でした。  もしもうちの組織に来てくれるなら、報酬はあなたの年収の三倍を用意します。一回の仕事で、です」 「残念だけど、お金には興味がないんだ」 「ですよね。マサラタウンを終の棲家に選ぶくらいですもんね」 「それで? もし君の依頼を断ったら?」 「あなたの大切なモノをひとつひとつ奪って……わわ、冗談ですよ! そんな怖い目をしないでください。  まあ、僕はしつこい男ですから、定期的にあなたの元を訪れて、協力のお願いをしに来ます」 「何度来ても無駄だよ」 「そんなに悪い話じゃないと思うんですけど。あなたは学生時代、ポケモン進化系統学を専攻されていて、  古い世代のポケモンに興味がある。人類未踏地域はそういったポケモンの宝庫です。  だからこそあなたは、パーフェクトホルダーになって、人類未踏地域の立ち入り資格を得ようとしていた。  僕の推測、間違ってますか?」 「いいや」 「じゃあ、この依頼の何が不満なんです?」 青年は立ち上がり、穏やかに言った。 「妻が望んでいないんだ。それに尽きる」 「なら、奥さんが希望すればあなたは首を縦にふるわけだ」 若い男はいたずらっぽく笑い、 「失礼ですが、あなたの奥さんについても調べさせてもらいました。  彼女の父親は名の知れた探検家で、システムに囲われていた。  実は、うちの組織も彼には目をつけていたんです。  彼は、ポケモンの扱いは二流でも、探険家としてのセンスは一流だった。  が、数年前に彼は失踪。彼の最後の行き先は、ツガキリ大洞穴。  わかっているのはここまでです。  彼の娘……あなたの奥さんの心中はお察ししますよ」 「彼女はもう、見切りをつけている」 「果たして本当にそうでしょうか?  ツガキリ大洞穴で父親が失踪した理由を、知るチャンスがあるとしたら?」 若い男は青年の前に回りこんで言った。 「うちの組織はツガキリへの調査隊派遣を計画している。  ツガキリ大洞穴に通じるアタラ沼沢地は竜種ポケモンの餌場だ。  今まで、何十人もの探険家が飛行ポケモンによる翔破を試み、竜種ポケモンの餌になってきた。  結果、探険家はツガキリまでの陸路を、上空からの襲撃に怯えながら進まなければならなかった。  しかし最近になって、ツガキリ大洞穴への安全な空路が発見されたんです」 青年は黙って、若い男の隣を通り過ぎる。 青年の背中に向かって、若い男は語りかけた。 「僕は、あなたこそ、今回の調査隊に参加すべきだと思っている!  あなたはツガキリに生息する原生ポケモンに興味がある!  あなたはツガキリで、あなたの奥さんの父親が消えた理由を調べることができるんですよ!」 青年は振り返らなかった。
季節はめぐる。 休日の朝、青年は大木戸博士の私立研究所の一室で、複数の論文に目を通していた。 博士が青年に話しかけた。 「こうしていると、大学での君を思い出すよ。毎度のことながら、助かる」 「タダで最新の研究を知ることができるんです。得をしてるのは俺の方ですよ」 「最近は要旨を読むことすら億劫でね」 「そんなことを仰らないでください、博士」 博士の元へは、定期的にタマムシ大学から、最新の研究論文の写しが届く。 それを読ませてもらうのが、青年の時々の楽しみのひとつだった。 「目についたものを簡単に」 「いよいよ、木戸マサキのポケモン転送理論が完成したそうです」 「ここだけの話だが、タマムシの技開局では既に転送装置の設計に相当な人員を割いている。他には?」 「モンスターボールのインプリンティング技術の汎用性が向上したとか」 「残すは竜種と、希少種のみといったところだろう。が、竜種は時間の問題だな……」 「今のところは、その二本です」 青年は論文を文机に置いた。 博士は窓の外に広がる、牧歌的なマサラタウンの風景を眺めながら、 「今はもう、冒険より家庭かね。大学四年次に君が言ったことは未だ記憶に新しいが」 「そうですね。結局のところ、俺はハナコと……妻と出会って、彼女と平穏に暮らす人生を選んだ」 「結構。君の人生だ。  私としては、君が時折、私の研究所を訪れてくれるだけでありがたい」 「そろそろお暇します。午後からマサラ近郊の野生ポケモン分布調査を進めるつもりなんです」 「そうか。頑張りたまえ」 青年は実験室で試料と悪戦苦闘する親友に挨拶をしてから、研究所を後にした。 遠ざかる彼の後ろ姿を、博士は私室の窓から、目を細めて見つめていた。 ---- 長袖のシャツにジーンズ。 両手には手袋。両足には歩きやすいスニーカー。 背中のリュックサックには、ハナコお手製の弁当が詰まっている。 夏の日の午後。 険しい獣道を歩きながらも、青年の顔は晴れやかだ。 「キャタピー発見、と」 青年は発見した野生ポケモンの種類と数を、事細かに記録する。 こうした資料は、いつかマサラタウンの人口が膨らみ、居住区を拡張する際に、 森のどの方面を切り崩すべきかの判断材料になるはずだ。 ああ。役所で事務仕事をしているときよりも、博士の研究所で論文を読ませてもらっているときよりも、 外で野生ポケモンとの邂逅を心待ちにしている今この瞬間が、一番楽しい。 水筒から水を飲みながら見上げた、木漏れ日の光の中に、青年はありえたかもしれない、別の今を夢想する……。 「どうも、こんにちは」 間の抜けた挨拶が、森の中の蒸し暑い空気に響いた。 青年が振り返ると、スラックスとポロシャツ姿の若い男が立っていた。 年の頃は、青年と同じくらいか。 「こんにちは」 「突然すみません。奥さんにあなたの居場所を伺いましたら、こちらにいるという話でしたので。  奥さんにはあなたの帰りを待つように言われたんですが、待ちきれなくて」 「はあ……それで、あなたはいったい?」 「僕は強いポケモントレーナーと戦うために全国津々浦々、旅をしています。  そこで是非、あなたに僕と手合わせ願いたいんです」 「俺は強いポケモントレーナーじゃない」 「あなたはパーフェクトホルダーで、しかしなぜかリーグ公式試合には一切参加していない。  なぜそれを知ってる、とお尋ねしたいでしょうから先回りしますね。  僕の知り合いが石英リーグ委員会に所属してまして、リーグ参加資格保持者の名簿と、対戦履歴をこっそり見せてもらってるんです。  せっかくのパーフェクトホルダーなのに、なぜ公式試合に参加しないんですか?」 「単純に、リーグに興味がないからです。パーフェクトホルダーになったのは、別の目的のためです」 「別の目的とは?」 「あまり人の手が入っていない、特別な場所を探険したくて」 「特定危険地域、ですね。でも、だとしたら矛盾ですね。あなたは辺境の土地で、一介の公僕として人生に幕を下ろそうとしている」 若い男の煽りに対し、青年は冷静に返した。 「俺は今、大事な仕事の最中。バトルをしている暇はない」 「殺生なことをいいますね。  こんな安全地帯のフィールドワークなんて、いつでも、誰にでも出来るじゃないですか。  あなたには、あなたにしかできない仕事がある」 「強いポケモントレーナーとバトルしたいなら、他を当たってください。  俺より強いトレーナーは、全国にはごまんと――」 「つべこべ言わずにやり合おうよ」 閃光。 青年が反射的に繰り出したオコリザルが、四方から飛来した"葉っぱカッター"をはたき落とす。 「う〜ん、これを凌ぐかぁ」 「逃げるぞ、オコリザル」 青年がオコリザルの背中に乗ったことを確認し、オコリザルが跳躍しようとした。 が、 「できると思う? もうとっくに囲まれているんだよ」 木々の影から何本もの蔦が伸び、上空を封鎖する。 「続いて"痺れ粉"だ。さあ、どうする?」 風上から、濃厚な麻痺毒の霧が押し寄せてくる。 青年とオコリザルは為す術もなく、その霧に飲み込まれたように、若い男の目には映った。 「……あらあら、期待はずれだったかな?」 若い男が、痺れ粉が晴れるのを待ってから、倒れ伏した青年の元に近づく。 そして、青年の体を起こそうとしたそのとき、 「服が粉まみれだ。ハナコに怒られる。あとね、これは立派な暴行罪だよ」 「なっ!」 若い男が振り返ると、青年が平然と立っていた。 咄嗟に別のボールに手を伸ばすが、オコリザルが一瞬で若い男の胸ぐらを掴み上げ、身動きがとれなくなる。 「もういいよ、メタモン。いい演技だった」 倒れている方の青年の体が溶け、ボールに格納される。 「メタモンを身代わりに……でも、あの痺れ粉をどうやって?!」 青年はリュックサックからガスマスクを取り出して見せる。 「以前、同じ手で眠り粉を凌がれたことがあってね。自分も真似できるように、持ち歩いているんだ」 「くそ……ウツボット! 何をボンヤリしてる!」 若い男の声が森に響く。が、何者も答えない。 「最初に蔦を張り巡らしていたウツボット三匹なら、ライチュウが電気ショックで痺れさせて動けないよ」 若い男は薄ら笑いを浮かべて、両手を上に上げた。 青年の質問に、若い男はなんら抵抗を見せずに白状した。 「有能なポケモントレーナーは引っ張りだこです。  中にはリーグチャンピオンを目指して、ストイックに修行を続けるトレーナーもいますが、  有名になったトレーナーは大抵、どこかしらの企業や組織に囲われて、高額の報酬で仕事を請け負うようになる。  僕の仕事は、頭角をあらわす前の金の卵を見つけ出して、うちの組織に引き入れること」 「つまり、君はその組織のスカウトなんだね」 「はい」 「その組織の名前は、もしかして、システム?」 若い男がぎょっとする。 「なんでその名前を知ってるんですか?」 「何年か前に、間接的に関わる機会があってね」 「参ったな。でも、システムを知ってるなら話は早い。  うちは、システムとは別の組織です。規模はシステムに次いでナンバー2といったところですかね」 「システムとは、対立してるの?」 「対立というよりは、システム対他の全ての組織というような様相を呈してます。  システムが大きすぎるんですよ。小さな組織はどんどん吸収されている。まるでブラックホールだ」 「君の組織の目的は?」 「人類未踏地域の探索に相当な資金が注ぎ込まれているようです」 「じゃあ、システムと同じなのかな」 「僕は末端なんで、詳しいことは分かりませんが、  どの組織も未踏地域の探索に躍起になっているようですね。競るようにして調査隊を派遣している」 「何を持ち帰ったかは、明かされない?」 若い男は肯く。 「ところで、これ、君も食べる?」 青年が渡したハナコお手製のおにぎりを、若い男は困惑顔で見つめ、受け取った。 しばし、青年と若い男は木陰で昼食を楽しんだ。 「どうも調子が狂うなあ。僕はあなたと和やかにご飯を食べてる場合じゃないんですが。  まあいいや、話を戻します。……ぜひ、うちの組織に来てください」 「もし俺が君の組織に協力するとして、何をするの?」 「調査隊の護衛です。さっきの奇襲は、突発的な危険への対処能力を測る試験でもあったんです。  僕の奇襲をああも見事に返り討ちにしたのは、あなたが初めてですよ。  あなたがまだシステムから誘いを受けていないのは、僥倖でした。  もしもうちの組織に来てくれるなら、報酬はあなたの年収の三倍を用意します。一回の仕事で、です」 「残念だけど、お金には興味がないんだ」 「ですよね。マサラタウンを終の棲家に選ぶくらいですもんね」 「それで? もし君の依頼を断ったら?」 「あなたの大切なモノをひとつひとつ奪って……わわ、冗談ですよ! そんな怖い目をしないでください。  まあ、僕はしつこい男ですから、定期的にあなたの元を訪れて、協力のお願いをしに来ます」 「何度来ても無駄だよ」 「そんなに悪い話じゃないと思うんですけど。あなたは学生時代、ポケモン進化系統学を専攻されていて、  古い世代のポケモンに興味がある。人類未踏地域はそういったポケモンの宝庫です。  だからこそあなたは、パーフェクトホルダーになって、人類未踏地域の立ち入り資格を得ようとしていた。  僕の推測、間違ってますか?」 「いいや」 「じゃあ、この依頼の何が不満なんです?」 青年は立ち上がり、穏やかに言った。 「妻が望んでいないんだ。それに尽きる」 「なら、奥さんが希望すればあなたは首を縦にふるわけだ」 若い男はいたずらっぽく笑い、 「失礼ですが、あなたの奥さんについても調べさせてもらいました。  彼女の父親は名の知れた探検家で、システムに囲われていた。  実は、うちの組織も彼には目をつけていたんです。  彼は、ポケモンの扱いは二流でも、探険家としてのセンスは一流だった。  が、数年前に彼は失踪。彼の最後の行き先は、ツガキリ大洞穴。  わかっているのはここまでです。  彼の娘……あなたの奥さんの心中はお察ししますよ」 「彼女はもう、見切りをつけている」 「果たして本当にそうでしょうか?  ツガキリ大洞穴で父親が失踪した理由を、知るチャンスがあるとしたら?」 若い男は青年の前に回りこんで言った。 「うちの組織はツガキリへの調査隊派遣を計画している。  ツガキリ大洞穴に通じるアタラ沼沢地は竜種ポケモンの餌場だ。  今まで、何十人もの探険家が飛行ポケモンによる翔破を試み、竜種ポケモンの餌になってきた。  結果、探険家はツガキリまでの陸路を、上空からの襲撃に怯えながら進まなければならなかった。  しかし最近になって、ツガキリ大洞穴への安全な空路が発見されたんです」 青年は黙って、若い男の隣を通り過ぎる。 青年の背中に向かって、若い男は語りかけた。 「僕は、あなたこそ、今回の調査隊に参加すべきだと思っている!  あなたはツガキリに生息する原生ポケモンに興味がある!  あなたはツガキリで、あなたの奥さんの父親が消えた理由を調べることができるんですよ!」 青年は振り返らなかった。

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