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翌朝、タマムシの関所。 青年とハナコは、青年の親友とハナコの親友をそっちのけで、もう十分も別れの言葉を交わしている。 「……また、必ず会いに行くよ」 「……ええ、待ってるわ。いつでも構わないから」 ハナコの親友が憤懣やるかたないという面持ちで、思いを通わせたハナコと青年を見つめていた。 小さなころから可愛がってきたハナコが、ポッと出の男に誑かされてしまった。 これもわたしの監督不行き届きが招いた事態。 さりとて、いまさら二人の仲を引き裂くようなマネはできない……。 ハナコの親友の肩に、青年の親友が手をおいて言った。 「いやー、俺もビックリだよ。あいつらがまさか往来でキスをかますなんてな」 「思い出させないで頂戴!」 ハナコの親友は、昨夜ハナコが唇を奪われた(とハナコの親友は信じている)シーンを思い出し、下唇を噛んだ。 ついでに、馴れ馴れしく肩に置かれた手を振り払う。 「あんな熱々の関係見てたらさ、こう、触発されるモンがあるよな」 「ありません。もうこれでお別れだから、ハッキリ言っときますけどね、  あたしはあんたみたいな、全体的に軽い男は嫌いなの。  年がら年中、どうやって女心をもてあそぶか考えてるような男はね」 「おいおい、その言い草はひどすぎるぜ。俺は君が思ってるよりもずっと真面目な男さ」 「ほーう、真面目。あんた、なんか悩みあるの?」 「もちろんあるさ。目下の悩みは、とても魅力的なマサラ出身の女の子が、俺に振り向いてくれないことかな」 「ふざけないで」 ツン、と顔をそむけるハナコの親友。 「冗談、でもないんだけどな。分かったよ……」 青年の親友は、本当の悩み事を打ち明けた。 ドードーの背中に乗ったハナコとハナコの親友を見送った後、 青年は、妙な表情を浮かべた青年の親友に気がついた。 軽佻な態度と浮薄な笑みがない。 「どうしたんだい?」 「代償行為、かぁ。当たらずとも遠からず、ってトコなんだよなぁ……」 「何の話?」 「いやな、俺ってお袋いないだろ。その話をしたら、あの子に  『だから愛情に飢えてるのね』って言われちまってさ。  こうも言われたよ。『お母さんの居場所の見当がついていて、会いたいなら、どうして会いに行かないんだ』って」 「いいストレートをもらったわけだ。  俺があえて触れずにおいたところだったのに」 「そゆこと。ま、その話はもういいとして……良かったな。ハナコちゃんと付き合えて。  これからどうすんだ?」 「俺が定期的に会いに行く約束をしてる」 青年の親友が笑って言った。 「ちげーよ。将来的にお前があっちで住むのか、ハナコちゃんがこっちで住むのかって話だ」 「気が早すぎるよ。まだ何も考えてないけど……彼女が望むなら、卒業後はマサラタウンに住む」 「尽くすねえ。大学の教授どもが大反対しそうだな。  それと……なんとなく聞きにくかったんだけどさ、やっぱハナコちゃんのお父さん探しは頓挫しちまったのか?」 「うん」 「他にもう手がかりはないのか?」 「彼女が『諦める』と結論した以上、俺に出来ることは、もうないよ」 「そっか。じゃ、仕方ねえな」 青年の親友は無意識に深い息を吐く。 こいつがハナコちゃんと結ばれて、マサラタウンで暮らすようになれば、 特定危険地域なんて物騒なところでフィールドワークする未来はなくなる。 ――と、青年と青年の親友のすぐ傍を、今風の女の子二人組が通り過ぎた。 「お、左の子は七点、右の子は八点だな。上々。ちょっと声かけてくるぜ。じゃーな、相棒!」 青年の親友が風のように駆けていく。 ハナコの親友にこっぴどく振られた件はまるで堪えていないみたいだ……。 青年は苦笑した。それは、彼にとっては珍しい洞察ミスだった。 ---- 「いいぞ、ケンタロス。引っ張ってくれ」 ケンタロスの胸懸から後方に伸びた綱がピンと張り詰め、倒れた建材を牽引する。 その傍らで、青年を含めた復興作業員が、人でも運べる瓦礫や建材を撤去していた。 「ポケモンに手伝ってもらうと作業効率が段違いじゃ」 「これも役所の兄ちゃんのおかげだ、感謝せにゃ」 青年は滴る汗を手ぬぐいで拭い、笑顔で応える。 「この作業が終わったら、お昼休憩にしましょう」 先日の地震は津波を伴い、マサラタウン沿岸部の住宅地に中度の被害をもたらした。 高台に避難する最中で転倒した負傷者はいたものの、行方不明者・死者はゼロ。不幸中の幸いだった。 津波後の復興作業には複数の土木事業者が集められ、 彼らの監督員としてマサラタウン役所の環境対策・保全課の職員が派遣された。 それが青年である。 簡単な集会用テントの下で、マサラタウンの女衆がボランティアで炊き出しを行っていた。 ブルーシートの上で味噌汁とご飯と炒めものをかきこみながら、青年は作業員と談笑していた。 「ほそっこい体してんのに、よう働くなあ、兄ちゃんは」 「本職の人たちには及びませんが、少しでも役に立ちたくて」 「お役所の人間とは思えねえ」 「俺だけ日陰で休憩していたら、頑張っているケンタロスに怒られちゃいますからね」 青年の周囲に笑いが起きる。 作業員が口々に訊いてきた。 「なあ、兄ちゃんはマサラの出身じゃねえんだろ?」 「うちの嫁が言ってたぜ。タマムシ大学に通ってたんだって?」 「そんなエリート様が、どーしてまた、こんな片田舎にやってきたんだ?」 「やっぱ都会は怖ぇトコだからよ。人は冷てぇし、物事が複雑だし、そういうのが嫌になったんだよなぁ?」 青年が苦笑する。 「あはは……まあ、そんなところです」 そんな光景を、面白く思わない者がいた。 「けっ、余所モンのくせに、偉そうに指図しやがって」 復興作業に従事する複数の土木業者のうちの、 青年が談笑している業者とは別の業者――白鉄組――のグループから、聞えよがしに声が響く。 「だいたい、マサラの公的工事は代々ウチら白鉄組が全部担ってきたんだ。  それを七面倒臭ぇ入札制にしやがって。挙句の果てには、複数の事業者での共同作業だぁ?  ふざけんじゃねえ!」 「おい、いくらなんでも――」 激昂しかけた隣の作業員の肩に手をおいて、青年は静かに言った。 「申し訳ありません。ですが、現状ですら、あなたがたに配慮した結果なんです」 「どういう意味だ?」 白鉄組の頭領が青年を睨みつける。 「もしも、私が公平かつ厳正に事業者を選定していたら、あなたがたは選択肢から消えていた」 「ンだと!?」 「あなた方は契約不履行が慣習化している。  納期や品質を守る意識が低い。あなた方がこれまで公的事業を任されてきたのは、私の前任者への過剰接待によるものです。  そして前任者は左遷された。それが何を意味するかは白鉄組頭領、あなた自身が一番良くお分かりのことかと存じますが」 頭領の額に青筋が浮かぶ。が、事実だ。 論理的に抑えこまれた愚者が取る道はひとつ。感情に訴えること。 「き、気に入らねえ気に入らねえ!  てめぇは余所モンだ! 他所モンが口出ししてもロクなことにならねえに決まってんだ!」 「そ、そうだ。他所モンはマサラタウンから出てけ!」 「てめぇみたいな人間の居場所は、マサラタウンにねえんだよ!」 白鉄組の面々が、次々に辛辣な言葉を青年に浴びせかける。 不意に、カァーン、と甲高い音が鳴り響いた。 それはボランティアの女衆の一人が、金属製のおたまを集会テントの支柱に叩きつけた音だった。 青年が目頭を押さえる。 割烹着姿の女が言った。 「本当に……恥ずかしい人たち」 「おい、今なんつった!?」 割烹着姿の女は、ずいっと白鉄組頭領に詰めより、 「白鉄組だか何だか知らないけど、今はあなたたちの既得権益を気にしてる場合じゃないのよ。恥を知りなさい」 「あんたらの強引な仕事のかっさらいには前からウンザリしてたんだ」 「復興作業ぐらい、みんなで協力して仲良くやろうや」 白鉄組以外の業者の作業員と、ボランティアの女衆が青年の前に居並ぶ。 白鉄組頭領の怒りが臨界点を突破した。 「俺はなぁ、インテリぶった糞ガキと、生意気な女が大嫌いなんだ!」 白鉄組頭領が、ベルトに着けていたツールケースに手を伸ばす。 それは青年にとって、テレフォンパンチに等しい緩慢な攻撃行動だった。 頭領の右手が、虚しく空をかく。 留め具を切断されたツールケースが地面に落ち、モンスターボールがコロコロと地面を転がった。 ボールに飛びつこうとした頭領の目前に、帯電したライチュウの尾が振り下ろされる。 静寂。 「な、何が……」 状況を理解している者は少ない。 青年は頭領よりも先にモルフォンとライチュウを召喚した。 モルフォンはライチュウに触れた状態で頭領の背後に"テレポート"し、 ライチュウは"アイアンテール"で頭領のモンスターボールが入ったツールケースの留め具を断ち切った。 "アイアンテール"の予備動作は、モルフォンがライチュウを"テレポート"で運ぶ前に終えており、転移直後に発動された。 結果的に、その連携は四半秒で完結した。 「あなた方が私を嫌おうと構いません。ただ、仕事はきちんとしてください。  それと、どうして俺がマサラタウンにやってきたか、理由をお話しておきます。  俺には故郷がないんです。だから、その代わりに、最愛の人が生まれた町を良くしたい。  もっと住み良い町に変えていきたい。それだけです」 うなだれる白鉄組頭領。 青年の傍らの作業員が、愉快げに尋ねる。 「兄ちゃんの"最愛の人"ってのはどこにいるんだ?」 「そこにいますよ」 青年に指をさされた、おたまで支柱をぶったたいた割烹着の女――ハナコ――が、マスクを着けていても分かるほどに赤面する。 その後、一日中青年とハナコがからかわれたのは言うまでもない。 青年とハナコが出会ってから、既に二度、季節が巡っていた。 タマムシ大学卒業後、青年は迷わずマサラタウンの公務員試験を受験、 最高成績で筆記試験を突破し、あってないようなものの面接試験で、採用担当者は純粋な興味からこう尋ねた。 タマムシ大学主席卒業、在学中にパーフェクトホルダーとなった逸材が、なぜマサラのような辺境の市役所職員に? 当時、青年は臆することなく答えた。 好きな人が住む町を、もっと豊かにしたいからです――と。

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