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「サイドンを倒した時点で、勝敗はほぼ決していたんだよ」 グリーンバッジ取得の理由を、青年はハナコに、トキワからタマムシへの航路上で語っていた。 ハナコが言った。 「あなたのポケモンでまだ戦えるのは、オコリザルと、足が麻痺したライチュウ。  ジムリーダーのポケモンでまだ戦えるのは、スピアー……。  確かに数で言えばリーダーが不利だけど、最後まで戦わないと、試合の勝ち負けは分からないわ」 「俺のモルフォンが倒される前に、スピアーに"眠り粉"を浴びせたのは覚えてる?」 「……あ」 「すぐに効かなかったのは、スピアーが虫ポケモンで、多少は耐性があったからだ。  でも、いつかは効果が表れる。時間の問題だった。  狡い手だけど、俺はあの後、スピアーに眠り粉が効くまで、ひたすらオコリザルに回避行動を取らせるつもりだった。  スピアーの素早さから考えて、オコリザルは徐々にダメージは受けていったと思う。  サイドンの"怪力"で障害物の数が減っていたから、もしかしたら"ミサイル針"をかわしきれずに、倒されていたかも。  それでも、オコリザルが倒れるか、その次に繰り出すライチュウがやられてしまうより、スピアーが意識を失う方が早い。  リーダーはそれを見越して、俺にバッジをくれたんだ」 タマムシシティに帰った青年とハナコは、 その足で、タマムシの中心から南西に外れた場所にある高級住宅街を訪れた。 今度は、地図は必要なかった。 黄昏時。 黄金色の弱日の中で、隻腕の老人は水やりの手を止めて振り返った。 「おや……また来たのかい。  君のお父さんについて、私が知っていることは全て話したつもりだが」 トキワシティジムリーダー、サカキの母親、ロケット団ボス……複数の肩書を持つ女性は、 「ハナコの父親が最後に参加していたシステムの調査隊の一員」の名前を口にした。 それは奇しくも、以前青年とハナコが訪問したことのある、隻腕の老人の名だった。 ハナコが静かに尋ねた。 「……システム、という組織にお心当たりはありますか?」 老人の表情が、驚きから諦めへと移り変わり、瞑目する。そして、 「知っているよ」 「半年前、あなたはわたしのお父さんと一緒に、システムの調査隊に参加していた?」 「この前、私が君たちにした話には、三つの嘘があった」 青年が言った。 「二つは、あなたが左腕を失った時期と場所、ですか」 「そうだ。私が左腕を失ったのは半年前……つい最近の話だ。  そして、その場所はお月見山の奥地ではない。  ニビシティ北北東に位置するアタラ沼沢地、それを超えたところに位置する大洞穴だ。  公式に知られてはいないが、第一発見者の名を取って、『ツガキリ大洞穴』と呼ばれている」 隣で青年が息を飲んだことに気づかず、ハナコは問うた。 「探検の途中で、何があったんですか?  どうしてお父さんは、あなたと一緒に帰ってこなかったんですか?」 「君のお父さんはね、洞窟探索の最中に消えてしまったんだ」 「……消えた?」 「私が直接見たわけではない。  崩落に巻き込まれた私は左腕を失い、失血から危険な状態にあった。  三つ目の嘘は、洞穴が完全に崩落した、という点だ。探索は継続可能だった。  目的地までたどり着いた以上、私一人の負傷で、探検を中断するわけにはいかない。  私は洞穴中腹の開けたところで待機し、君のお父さんを含めた他の調査隊のメンバー四人は先に進んだ。  それから一時間ほど経った。戻ってきたのは二人だけだった。  訳を訊くと、君のお父さんともう一人の隊員は、探索の最中、突如として姿を消してしまったという。  洞穴内に潜んでいた原生ポケモンに襲われた、と考えるしかなかった。  我々は相談の結果、ツガキリ大洞穴を抜け出し、帰還することを決めた」 ハナコが震えた声で言った。 「つまり、お父さんを置いていった……」 「そう捉えられても致し方ない」 「どうして……どうして以前伺ったときには教えてくれなかったんですか?」 「決まり事だからだよ」 語調は穏やかだが、窘めるような言葉だった。 「我々が調査で何を見て、何を持ち帰ったか。  それを明かすことはおろか、調査が行われている事実すら話すことはできない。  システムはそれを許さない。  他の公的機関や、資産家の道楽で組織された調査隊とは、根本からして成り立ちが違う」 ハナコが、固く拳を握りしめる。 「……システムって、何なんですか?  どうしてお父さんは、そんな組織に協力したんですか?!」 「ハナコ……」 青年がハナコの肩に手を添えた。 老人に怒りをぶつけても仕方ないことは、彼女とて理解している。 「システムが何か、という問いには答えられない。  彼らの組織した調査隊に、実際に参加した私ですら、その実体はまったく掴めなかった。  私に求められたのは、探険者の一人として仕事を果たすこと、システムの存在を誰にも明かさないこと。  第三者にシステムの存在をほのめかした場合は、然るべき処分が下る、と言われた。  君たちがどうやってシステムのことや、私がシステムの調査隊に参加していたことを知ったのかは聞かない。  が、君たちに情報を与えた人物は、相当なリスクを犯している。  君たちも平穏無事な生活が惜しければ、今後一切、システムの存在を仄めかすような言動は慎みなさい」 老人は淡々と語る。 「父の足跡を辿ろうなどとは思わないことだ。  君のお父さんが行方不明になったツガキリ大洞穴は、未踏地域の中でもレベルDに分類される。  そこに到達し、成果を持ち帰るためには、最高レベルのチームとバックアップが必要不可欠だ。  恐らく、システムはそれを持つ唯一の組織だろう。  システムからのスカウトは、君のお父さんに限らず、探険者にとっては夢のような誘いなんだ。  そして私は、その誘いに乗った後で知った。あそこに立ち入る資格を、人類はまだ有していない」 さあ、もう帰りたまえ。今度こそ、私が話せることは何も残っていない――老人はそう言って、水やりを再開した。 立ち尽くすハナコの手を、青年の手が引いた。 タマムシ中央に向かうバスに揺られながら、ハナコは事実を噛みしめていた。 特定危険地域立入許可証の正式な入手には、途方もない時間がかかる。 パーフェクトホルダーを目指すにしても、彼女には未だ、ジムへの挑戦経験がない。 両親の貯蓄を崩して、探険家に父の消息調査を依頼しようと、漠然と考えていた。 しかし彼女の父親が失踪した場所は、優秀な探険家がチームを組み、最高の援助を受けて、ようやく到達できる場所。 そして何よりも、彼女の心に伸し掛かる事実は、 彼女の父親が、得体の知れない秘密組織に、望んで身を捧げたこと。 自分が探険中に死んだとしても、遺族――妻やハナコ――に自分の最期が伝わらなくても構わない、と考えていたこと……。 青年はいくつかの慰めの言葉を思いつき、最終的には口を閉ざした。 ――彼女が自分から諦めの言葉を口にするまで待とう。 その選択が、青年の深層意識に確立した、ある決意から生じたことに、青年自身は気づいていない。

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