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翌朝。 マサラタウンからタマムシまでの空路上で、青年はハナコと自然に話すことができなかった。 昨夜の別れ際の出来事について、蒸し返すべきか否か。 青年の腰に回された、ハナコの腕をいつも以上に意識してしまう。 あれは酒精が見せた酔夢……そうだ。そうに違いない。 その証拠に、ハナコは普段となんら変わりないじゃないか。 仮に現実だったとして、彼女も酔っ払っていたのだ。 足取りも意識もしっかりしているように見えたが、その実、泥酔状態だったのだ。きっとそうだ。 青年は誰かに同意を求めようとしたが、脚下のリザードンは、それに応えることなく飛翔を続けた。 タマムシに降り立った青年とハナコは、その足でロケットゲームコーナーに向かった。 ゲームマシンが並ぶメインフロアの死角に、一枚の大きなポスターが飾られており、その裏に秘密のスイッチがある。 それを押すと、僅かな擦過音とともに隠し階段が現れる。 ガードの年若いロケット団員にあの名刺を見せて「サカキに会いに来た」と告げると、 「本日、サカキ様は不在だ。出なおせ」と突き返された。 青年はいったんハナコを民宿に送り届けたあと、大学の大木戸博士の私室に赴き、 ゴールドバッジ、クリムゾンバッジを首尾よく取得できたことを伝えた。 大木戸博士は青インクの万年筆を論文に走らせながら、 「残すはグリーンバッジか。快調だな」 「自分でも、まだ実感がありません。  ここまでは順調でしたが、最後の壁――トキワジムは、じっくり腰を据えて取り組む必要がありそうです」 「果たしてそうかな。その調子でリーグを目指す気は?」 「まさか。俺の目標はパーフェクトホルダーです。  とにかく今は、トキワジム攻略を目標に頑張ります。リザードンもいい加減、博士の元に帰りたがっているでしょうし」 「ああ、その必要はない。無期延期だよ」 「えっ?」 「初めから、リザードンは君に譲ろうと思っていた。気の早い卒業祝いだ。  私の手元で燻らせるよりは、君の足として空を飛ぶ方が、あれにとっても幸せだろう」 「でも、リザードンは……」 「すまない。そろそろ先科に行かなければ」 博士は腕時計に目をやると、ドキュメントケースを携えて部屋の外に出た。 青年が残っていては施錠できない。 青年は言葉を飲み込んで、博士の私室を辞去した。 研究棟の外に出ると、小粒の雨が、大学敷地内のあずき色のタイルを黒っぽく染めていた。 傘をさして家路を歩む。 博士の申し出はありがたかった。感謝してもしきれない。 しかしその一方で、長い時間を共にしたポケモンを、あっさりと手放した博士の心情が理解できなかった。 それは今に始まったことではない。 博士のポケモンに向けられる感情は、愛情とは似て非なるものだ。 ポケモントレーナーとしては、純粋な育成対象。 研究者としては、純粋な研究対象。 うまく割り切れない自分は、トレーナーとしても研究者としても、大成できないのかもしれない。 それでも……。 「あらためてよろしく、リザードン」 雨の中、ボールの中のリザードンに語りかける。 「これからも羽を伸ばすついでに、俺を運んでくれると助かる」 手の中に、微かに振動が伝わった。 それが承諾か不服、どちらのサインかは、後々明らかになるだろう。 アパートに帰り、雨に濡れた服をタオルで拭くことしばらく、チャイムの音が静寂を破った。 玄関ドアの覗き穴を見ると、黒い傘に黒いスーツという、 葬式帰りのような出で立ちの男が立っていた。 老いを帯び始めた柔和な顔立ちに、これまた人懐こい笑みを浮かべている。 「どちらさまですか?」 「若頭の使いです。さっきは何も知らねぇ若手が無礼を働いて、誠に申し訳ない。  若頭がいないのは本当だったんですが、わたしが代わりにお相手をする手筈だったんです」 「そうだったんですか。あの、どうやって俺の家を調べたんですか?」 「わたしらはロケット団です」 理由としては十分だ。 納得した青年はドアを開け、男を招じ入れた。 「どうぞ、お入り下さい」 「ああ、いえいえ、お構いなく。  実はわたし、若頭の命令で調べ物をしてた者でね、単刀直入に結果をお伝えします。  残念ながら、兄ちゃんが考えていたような秘密組織は、存在が確認できませんでした」 「そうですか」 「団員にも当たれるだけ当たってみたんですがね、いや、申し訳ない」 「構いませんよ。  ところで、俺はサカキさんから"直接"お話を伺う約束なんですが、彼はいつアジトに戻られますか?」 中年の男の雰囲気が変わった。 「なぁ、童……若頭は忙しい。我儘言っちゃいけねえ」 「俺は二十二です。童顔でよく間違えられるんですが、未成年じゃない」 「面白い。が、長生きできるタイプじゃない」 「脅しですか?」 「他にどう受け取れる?」 「若頭は、あなたの行動を容認してるんですか?」 「……当然だ」 一瞬の遅延を、青年は見逃さなかった。 「彼は仁義を重んじる。  その性質から考えて、結果は直接俺たちに伝えようとするはずだ。  これはあなたの独断専行なのでは?」 「……続けてみろ」 「あなたは俺と若頭のやりとりを知っている。若頭から調査を任されたという話に信憑性はある。  ここで、あなたが首尾よく件の組織の正体を突き止めた、あるいは初めから知っていたと仮定しましょう。  その情報が俺に伝わることで、何らかの不利益を被るのが俺だけなら、あなたは若頭に情報を挙げていた。  しかしそうしなかった。  なぜなら俺のような第三者に情報が漏れることで、あなた方ロケット団にも不利益が及ぶ可能性があったから。  調べたが何も分からなかった、と若頭に嘘を吐くのは危険だ。  若頭は俺たちに負い目を感じている。今度は若頭自ら、その組織について調べかねない。  そこで、あなたは俺の依頼をもみ消す道を選んだ。アジト入り口の若手構成員にはあなたの息がかかっていた。  アジトには若頭がいるのでは?」 「……大した妄想だ」 「妄想ついでに言います。  その組織の調査隊が公式記録に残らない以前に、その組織の存在自体が隠蔽されている。  情報漏洩が認められれば、漏洩した者にペナルティが与えられる。ロケット団すらその法に縛られる」 「つまり?」 「食物連鎖の頂点は、あなた方ではない」 中年の男は無表情で言った。 「……別の形で出会いたかった。幹部に推していただろうに」 「遠慮しておきます。光栄だとも思いませんね」 「そうか。まぁ所詮……喩え話だ」 男はベルトのボールの開閉スイッチを袖口の仕掛けで押した。 ほぼ同時に青年がボールを展開できたのは、僥倖という他ない――とその時の青年は信じていた。 一刹那の後、男の繰り出したニョロボンの拳打を、青年の繰り出したオコリザルが受け止める、という構図が部屋の玄関に生まれた。 「なるほど。若頭と五分でやりあったってのは嘘じゃなさそうだ」 男の目がゆっくりと細められる。格別の獲物を前にした猛禽類のように。 それは、路地裏で対峙した時のサカキのそれによく似ていたが、込められた殺意は比較にならないほどの鋭さだった。 長く裏の世界を生き延びてきた人間の目。それも、捕食者として。 これは敵いそうにない――と青年が嘆息しかけたそのとき、男はニカッと屈託のない笑顔を見せた。 「いやぁ、失礼。ちょいっと兄ちゃんを試させてもらいました。これまでの無礼はお詫びします」 青年は瞬きして、 「……俺は何を試されていたんでしょうか?」 ニョロボンをボールに戻し、男は人の良さそうな笑みを深める。 「一つは意志。生半可な興味で首を突っ込まれても困るんでね。他の首まで一緒に落ちかねない。  もう一つは力。せっかく情報を与えても、志半ばで倒れられちゃ艶消しです」 男が口をつぐんだタイミングで、部屋に備え付けられていた黒電話が鳴った。 「どうぞ、お出になってください」 「出てもいいんですか?」 「あんたの電話です」 「誰に繋がっているんですか?」 「出りゃ分かる」 青年は電話の前に立ち、受話器を取り上げた。 「もしもし……」

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