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タマムシの中心から南西に外れた場所にある高級住宅街。 小高い丘から海岸にかけての傾斜地には、広々とした家屋が建ち並んでいる。 都心からバスで一時間。 後にタマムシ近郊最大のベッドタウンとなる場所に、ハナコの父と旧知の間柄である人物が住んでいた。 「それにしても、君が公衆電話の使い方を知らないなんてね」 「仕方ないじゃない。マサラタウンでは、電話なんて公共施設か、裕福なお家にしかないんだもの」 面会の約束を取り付ける際、青年が電話ボックスに入るのを、ハナコは不思議そうな目で見ていたものだ。 情報インフラの拡充が急ピッチで進められているとは言え、 マサラタウンのような――といえばハナコからの顰蹙を買うが――辺境の地では、 電線の敷設が遅れており、野生ポケモンが邪魔をして、そもそも敷設が行われていない地域も存在する。 「このあたりだと思うんだけどな……」 青年が地図に視線を落としていると、 「あっ、あのお家じゃないかしら」 ハナコがいち早く、目的の家を発見したようだ。 庭先で、老人が植物に水を撒いていた。 葉の先端に茶色いものが混じり始めたフシギバナが、のそのそと彼の傍らを歩いている。 「すみません」 声をかけると、老人が振り向いた。 「ああ、もうこんな時間かね」 「あの、わたしは――」 「あいつの娘だろう。目元がよく似ている。  大きくなったねぇ。君が赤ん坊の頃に一度会っているんだが……さすがに覚えていないか」 ハナコは申し訳なさそうに首を振った。 「まあ、こんなところで立ち話もなんだ、どうぞ上がってくれ」 老人はからからと笑うと、蛇口を閉めてホースを置き、矍鑠とした足取りで家の中に入っていく。 青年はハナコと顔を見合わせ、老人の後に続いた。 老人の衣服の左肩から先が、風でひらひらとはためいていたことには、お互いに触れなかった。 邸内はひっそりと静まりかえっていた。 客間の置き時計が穏やかに時を刻んでいる。まるでこの場所だけ、時の流れが緩やかなようだ。 ハナコと青年、老人が向かい合う形でカウチに腰掛け、ハナコが口火を切った。 「わたし……お父さんの行方について調べているんです。  半年前に旅に出て以来、それっきり連絡も途絶えていて……何か存じませんか」 「…………」 「どんなに些細なことでもいいんです。何か、手がかりになるようなこと……」 「君ももう大人だ。おおよそ、想像はついているんじゃないかね」 「……っ」 青年はこれが、ハナコと大木戸博士の対話の再現であることに気付いた。 でも、父親の知り合いに面会する度、残酷な可能性を突きつけられることは、ハナコも覚悟していたはずだ。 「父がもう、死んでるかもしれないことは、分かっています。  それでも、何もしないで父のことを諦めるのは、イヤなんです」 「そうか……。だが、残念だけれども、私は探検家としての生命を絶たれた身でね。  君のお父さんとは何度も同じ調査隊の一員として探検したが、  一線を退いてからは、こんな場所で隠居生活を送っている。  君が望んでいるような情報は、何も持っていない」 「そう、ですか……」 「あいつとは若い頃からとても優秀な探検家だったよ。  知識も実践経験も豊富で、私などすぐに追い抜かされてしまったな。  わたしの左肩から先がないのは……わたしが君のお父さんに、命を救われた名残でね。  お月見山の奥地を探検していた際、崩落があって、わたしは運悪く落石に挟まれてしまった。  もがいている間にも、崩落は続いていたが、どうしても左腕が抜け出せなくてね。  君のお父さんは、迷わずライチュウにアイアンテールを命じた。  わたしたちがそこから離れて間もなく、その洞穴は完全に崩落した。  わたしは左肩から先を失う代わりに、こうして命をつなぎ止めることができた。君のお父さんのおかげだ」 老人は左肩をさすりつつ、 「つい昔話をしてしまったが、何が言いたいかと言うと、  それだけ君のお父さんは、生き残る術や判断力に長けた人物だった、ということだ。  君は探検家としてのお父さんを、誇りに思っていい」 「じゃあ、お父さんがそれほど優秀な探検家だったなら……!」 ハナコが一縷の希望に縋るように、口を挟んだ。 老人はしみじみと言った。 「半年という月日は長すぎる。  君のお父さんが生きている可能性は、限りなく低い。  いいかね、厳しいことを言うようだが、探検家は常に、死と隣り合わせだ。  それは新米の探検家であろうと熟練の探検家であろうと変わりはない。  未知の天候、未知の土地、そして未知のポケモン。不測の事態は日常茶飯事だ。  それでもなお、私たち探検家が探検をやめないのは、私たちが好奇心の塊であるからに他ならない」 「その好奇心は……家族よりも大切なものなんですか」 老人は面食らったように瞬きした。 「家族……そうだな。わたしは妻に先立たれ、子供も自立して久しい身だが、  わたしが探検家としての盛りで、家族とも一緒に暮していた頃は、  わたしがいつ帰らぬ身になっても、わたしを待ち続けるようなことはしないでくれ、と言い聞かせていた。  家族はわたしの生き方を理解してくれていたよ。  だが、わたしは決して家族を蔑ろにしていたわけではない。  家族と過ごす時間を他の何よりも尊重して、これが今生の別れになってもいいと、覚悟しながら旅に出た」 「…………」 「わたしは、あいつが君や君のお母さんを、探検よりも優先順位が低いもの、として見ていたとは思えない。  あいつはそんなやつじゃない。それはわたしよりも、君のほうがよく分かっていると思うが」 ハナコの目が、遠いものになる。 ややあって、彼女はこくんと頷いた。 それまで黙っていた青年が、そこで初めて、会話に参加した。 「先ほど、同じ調査隊で、と仰られていましたが、  調査には出資者……あなたや彼女のお父さんに、調査を依頼した個人がいるはずですよね」 「君は?」 「失礼しました。僕は彼女の友人です」 「そうだったのか。……君の言うとおり、探検にはパトロンが不可欠だ。  といっても、ある程度実績を積めば、研究機関や政府からの援助が一般的だがね」 「調査隊の派遣記録は、地理院で……?」 老人は渋い顔になり、仕方なしというように頷いた。 「政府主導の調査であれば、記録されているはずだ」 「……ありがとうございます」 それから老人はハナコに、彼女の父の冒険譚のいくつかを話し、昼食にも誘ってくれたが、 二人は何度もお礼を言って、辞去することにした。 バス停までの道のりを歩きながら、ハナコが言った。 「あなたと話していたとき、おじいさん、怒っているような感じがしたけれど……」 「あの人はきっと、ハナコがお父さんのことを諦めて、マサラタウンに帰ることを望んでいたんだと思う」 「えっ?」 「ハナコがいつまでもお父さんの行方を追うことが、可哀想に思えたんじゃないかな。  だから核心を突いた俺の質問に、イヤな顔をしたんだ」 「核心って?ごめんなさい、わたしあのとき、少しぼうっとしていて……」 青年が老人と話しているとき、ハナコは追憶に耽っていた。 「国土地理院はこの国の測量を行う機関だ。  その目的はこの国の精確な地図を作り上げることだと言っていい。  だから当然、人が立ち入ったことのない場所に測量士を派遣するわけだけど、  その前に一帯の安全確認……つまりは尖兵として、調査隊を送り込む」 「じゃあ、もしお父さんが、半年前に派遣された調査隊に加わっていたとしたら……」 「記録に残っているはずだ。お父さんの行き先も一緒にね」 ハナコの瞳が輝く。 新たな手がかりを得て喜び勇む彼女を横目に、青年は問いかけられないでいた。 もし、君のお父さんの行方が分かったとして――それから君は、どうするつもりなんだい?

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