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「君は優秀だ。研究者に必要なセンスを備えている。  もし君が希望するなら、その旨を先科の人事に伝えよう」 タマムシ大学ポケモン進化系統学科棟のとある研究室。 今年で二十二になる一人の青年は、対面に座る白衣の男に、先端科学技術研究所への就職を勧められていた。 「先生の言葉はとてもありがたいのですが、  やはり、身持ちを固めるのには、まだ抵抗があります」 「……そうか。残念だが、君の人生だ、進路は君が自由に選べばいい。  ただ、院に進まず、研究職に就かず、君は今後どうするつもりなのかな?」 青年は正直に、思いの丈を告げた。 「しばらく旅に出たいと思っています。こいつらと一緒に」 青年は視線を、ベルトに備え付けられた六つのボールに注いだ。 白衣の男は懐かしそうに言った。 「私も若い頃は、各地を巡ってポケモンマスターを目指したものだ。  しかし私の予感では、君の旅の目的は、私とは違うところにある」 「俺は……俺は、境界の向こう側を見てみたいんです。  あの先にどんなポケモンがいるのか、何が遺されているのか、知りたいんです」 「危険は承知の上なんだろうね」 「はい」 力強く頷いた青年に、白衣の男――大木戸教授――は微笑を浮かべて、 「旅は見聞を広める良い機会だ。無事に旅を終えたそのときには、  君は研究者として、ポケモントレーナーとして、一皮も二皮も剥けているだろう。  ……気を付けて行ってきたまえ」 「はい。ありがとうございます」 研究室を出た青年の胸中は、自身の計画を認めてもらえた安堵と喜びに充ち満ちていた。 やはり大木戸教授は理解のある方だ。 短い間でも、あの人と一緒に研究できて良かった。 自然と、笑みが零れた。 卒業研究を終え、必要な単位は全て取得しているとは言え、卒業までにはまだ数ヶ月ある。 青年はその期間を、旅の準備に充てることに決めていた。 彼は早速、タマムシデパートに向かった。 友人には「気が早い」と笑われるかもしれないが、野宿に必要な道具や装備を揃えておきたかったからだ。 カントー地方に限れば、タマムシはヤマブキと双璧を成す近代都市と言えた。 平日の昼間だというのに、通りは人とポケモンでごった返している。 顔を上げれば、建設途中のビルがそこかしこに立っていて、 秋口の高く澄んだ青空を、真新しいガラスに反射させている……。 「やめてくださいっ!もう放っておいて!」 平穏な空気を、甲高い悲鳴が切り裂いた。 通りの脇道にそれたところで、自転車に跨がった屈強な男たちが、うら若い女性を取り囲んでいた。 通行人は見て見ぬフリ。 最近サイクリングロードで屯している、柄の悪い集団の一派だろう。 ロケット団ほどではないが、関わり合いになれば、面倒は必至だ。 が、月並みな正義感を持つ男として、青年はその場面を見過ごすことができなかった。 「あのさ、ちょっといい?」 「あん?ガキは引っ込んでろ!」 どん、と年長の男に肩で突き飛ばされる。 確かに童顔なのは認める。でも、ガキはないんじゃないか。 青年は怒りを抑えて笑顔を浮かべつつ、 「もうじき警察が来る。さっき誰かが通報してたからね。  補導されたくなかったら、さっさとズラかった方がいいよ」 「だから失せろって言ってんだろ!  俺たちはこの姉ちゃんと話してんだ。  テメーみてえなガキの相手してるヒマはねえんだよ!」 青年は二度目の尻餅をついた。 仏の顔をも三度まで、という言葉を思い出した。 逆説的に解釈すれば、三度までは我慢してやれ、ということだ。 「話をするにしたって、やり方があるだろう?  路地裏で女性に寄って集って、これじゃあどう見ても恫喝だよ。  近くに落ち着いた良い店があるんだ。  どうかな、そこで仕切り直すというのは、」 閃光が走り、青年と男たちの間にガルーラが出現した。 お腹の袋に入った子供を愛でる姿が愛らしいポケモン――のはずなのだが、 主の醜悪な面立ちと性格が影響したのか、 親ガルーラも子ガルーラも、鋭い眼光で青年を睨み付けている。 「五秒以内に消えな。俺は今最高に気が立ってるんだ。手加減はしねえぞ」 「で、出た!リョウさんのガルーラだ!」 「リョウさん、ただのガキ相手にガルーラはマズいっスよ!」 浮き足立つ男たち。そんなにこのガルーラは強いのだろうか? 訝しみながら、青年もボールを展開する。 現れたのは紫の体に極彩色の輝きを帯びた、スライムのようなポケモン――メタモン。 男たちは一瞬静まり返り、どっと沸き返る。 メタモンが"変身"したところで、勝ち目は薄いのが常識である。 相手のポケモンとメタモンのレベルが同等でも、メタモンの不利。 相手のポケモンのレベルを大幅に上回って、初めて勝機が見えてくる。 そして青年が推定したところ、青年のメタモンは、ガルーラよりも能力値、経験値ともに劣っていた。 年長の男が言った。 「今更ごめんなさいですむと思うなよ。  ポケモンを出した以上は、尋常にバトルする。  賭け金は百万、払えなかったときは半殺しだ」 「リョウさんマジ鬼畜っス」 「これくらい当然だ。俺たちの邪魔をしたんだからな。  おい姉ちゃん、そこで俺の戦いを見てろよ。  俺がこの小生意気なガキに、社会の仕組みを叩き込むところをな」 男は鼻息を荒くしながら、先ほどから蚊帳の外になっている女性に、熱い視線を送った。 今更だが、この男たちとあの女性の関係は何なのだろうか? 疑問に思いながら、青年は言った。 「"変身"しろ、メタモン」 メタモンの体が膨張し、体色は紫から薄茶色と肌色とに変化する。 やがてメタモンはガルーラとまったく同じ外見、大きさに"変身"し、 「お、おい、なんだよこりゃあ……」 「あ、有り得えねぇ……」 完全に"変身"が終わる頃、メタモンの背丈は相手のガルーラの倍程度に達していた。 青年は声に余裕を滲ませて、 「さあ、尋常に勝負しようか。  どっちのポケモンが先に倒れるか見物――」 「ひいぃいいぃい!」 「逃げろぉっ!」 「うわああぁぁ、殺される!」 シャコシャコ、と情けない音を響かせて、自転車の一群は小さくなっていく。 なんともまあ、骨のない。 勝ち目がないと見れば潔く退散する、勝負師の鑑と言えば鑑だが、せめて通行人の手前、 『覚えていやがれ』などの捨て台詞を吐き、戦略的撤退の体をとってもよかったものを。 「まあ、マジで突っかかってこられたら、こっちがヤバかったんだけどね」 青年は独りごち、メタモンが変身したガルーラの巨躯に触れた。 見た目の頑強さとは裏腹に、感触はマシュマロのように柔らかで、 何かにパンチしようものなら、逆にこっちが吹き飛んでいきそうな塩梅だった。 普通に戦えば多勢に無勢、青年は為す術もなくやられていただろう。 「あの……」 それまで壁際で萎縮していた女が言った。 「ありがとう、助けてくれて」 「どういたしまして。怪我はない?」 「ううん、大丈夫」 「君はどういう経緯であいつらと?」 青年の質問に、女はバツの悪そうな顔になり、 「わたしのドードーが、あの人たちの自転車にイタズラしちゃったの」 「イタズラ?」 「くちばしで、タイヤをぶすっと。  わたしが気づいたときには、もう遅かった。  あっという間に取り囲まれて……」 「弁償しろ、と迫られたわけ?」 「ドードーのトレーナーとして、わたしはきちんと弁償すると言ったわ。  あの人たちも、デタラメな値段を吹っ掛けてきたりはしなかった」 「じゃあ、どうして?」 「あの人たちの中に、リーダー格の人がいたでしょ?  ほら、仲間からリョウさんと呼ばれていた人」 真っ先に逃げ出したあいつか。 「わたし、その人にすごく気に入られちゃったみたいで、  弁償しなくてもいいから、これからどこかに遊びに行かないか、ってしつこく誘われたのよ。  本当にしつこかったわ」 女の声にうっすらと怒気がこもる。 なんだ、ただのナンパだったのか――事件性皆無の真相に、青年は内心、溜息をついた。 しかし女の怒りの矛先は、別のところに向けられているようで、 「……都会の人って冷たいのね。  わたしと目があっても、すぐに逸らして、知らんぷりをするんだもの」 口ぶりからすると、これが初めての上京なのだろう。 「みんな自分のことで精一杯なんだよ。  面倒ごとを抱えこむのはご免だと思ってる」 「でも、あなたは助けに来てくれたわ」 「俺はたまたまヒマだったからね」 「じゃあ、忙しかったら、無視してたってこと?」 「かもしれない」 「ひどい。嘘でも『助けてた』って言いなさいよ」 言葉は詰るようで、しかし口調は綻んでいた。 そこで青年は初めて、真正面から女性の顔を見つめた。 髪はウェーブがかった栗色で、後ろで一つに結わえられている。 目の切れ込みは浅く、見る者に優しげな印象を与える。 服装は地味で化粧気も薄く、垢抜けない雰囲気を漂わせていたが、素材の良さがそれを帳消しにしていた。 この街で稀少な純朴さは、白昼であろうと、誘蛾灯の役割を果たす。 「なあに、わたしの顔をジロジロ見て」 「いや、なんでも……そういえば君は、どうしてタマムシに?」 女は数秒黙りこくり、 「……観光よ」 と呟いた。観光ね。ありふれた理由だ。 青年はさして疑うこともなく、女の言葉を信じた。 「これからの予定は?」 「それが、何も考えてないの。  わたし、こんなに大きな街に来たのは初めてだから、目が回っちゃって。  日陰で休憩してたら、今度はドードーがイタズラしちゃうし……もう散々」 青年はごくりと生唾を飲みこんだ。 彼はもともと、女性に積極的なタイプではなかった。 が、この出会いを一期一会にしたくないという気持ちが、彼の背中を後押しした。 「あの、さ。近くに行き着けの喫茶店があるんだけど……お茶でもどうかな」 「ぷっ……。そのセリフはあまりにも時代遅れじゃない?」 「タマムシ生まれの俺が言われちゃ、形無しだな」 「でも、いいわ。  あなたはわたしの恩人だし、それに何より、さっきからお腹がぺこぺこだから」 連れて行って、と華やぐ笑みで女は言った。

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