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fathers & mothers 31 - (2015/04/29 (水) 18:23:40) のソース

映像の中で、システムの先行調査隊は、青年らと同様の説明をソフィアから受けていた。
そして、ハナコの父親は、言ってはならないことを言った。

――この事実を広く公開すべきだ。

彼に反対したのは二名。賛同したのは一名。
ハナコの父親は説得を試みた。

――この施設に眠る技術は素晴らしいものだが、システムはそれを独占するだろう。
――俺ひとりの証言では、誰も取り合わない。しがない妄想だと一笑に付される。
――だからこの調査隊の全員で、ツガキリの真実を白日の下に晒そう。

反対派の一人が言った。

――頭がおかしくなったのか、君は。

ハナコの父親は言った。

――本気だ。

反対派の一人がモンスターボールを展開した。
次の瞬間、カイリキーの掌打によって、ハナコの父親は壁に叩きつけられていた。
彼は激しく喀血した後、前のめりに倒れた。
ハナコの父親に賛同していたもう一人の隊員がボールを展開しようとして、
カイリキーの拳打に遮られた。血煙が舞った。

――まったく残念だ。優秀な隊員を二人を失ってしまった。
――しかし早晩、彼は下らない義侠心によって、システム実動課の手を煩わせていただろう。

もう一人の反対派は、何もせずにただただ震えていた。
自分が賛成に手を上げなかったことに、心から安堵していたに違いない。



そこで立体映像が止まる。
ソフィアが言った。

「その後、わたしは治安維持規則により自律型ドローンを展開しましたが、彼らの脱出を許しました」

青年は、隻腕の老人の、ハナコに向けた言葉を思い出す。

――それから一時間ほど経った。戻ってきたのは二人だけだった。 
  訳を訊くと、君のお父さんともう一人の隊員は、探索の最中、突如として姿を消してしまったという――

隻腕の老人は、戻ってきた二人の隊員から、嘘をつかれていたのだ。
が、真実を知らされなかったのは、逆に幸せだったのかもしれない。
青年はソフィアに尋ねた。

「カイリキーにやられた二人は、即死?」
「文脈から、"カイリキー"とは二人を攻撃した生物を指すと判断しましたが、よろしいでしょうか」
「ああ、合ってる」
「わたしは二人をドローンを用いて集中医療室に搬送し、治療を行いました。
 カイリキーの初撃を受けた人物は、頚椎を含む複数箇所の骨折、打撲、多臓器破裂。
 第二撃を受けた人物は頭部損壊により、まもなく死亡しました」
「……前者は治ったのか?」
「いいえ。意識は回復したものの、全身麻痺および臓器移植が必要な状態でした。
 わたしはモルヒネによる安楽死を視覚情報で提案しましたが、彼は拒否しました。
 わたしは彼が死亡するまでの56日間に、彼との対話からあなた方の言語を学習しました」
「……彼は、彼自身のことについて……何か君に語っていた?」
「妻と娘がいる、会いたい、と」
「……」

隊長が青年に言った。

「感傷に浸っちょるところ悪いが、別の質問がある。
 ソフィア、この研究区画では、いったい何の研究がされとったんじゃ?」
「汚染された地上で自由な生活をすることを目標に、複数の研究が行われていました。
 中でも、耐放射線性の単細胞生物から、放射線によって損壊したDNAの自己修復システムを解明し、
 それを複雑化した生物の細胞群に応用する研究が主でした。
 なお、当該研究は合成生物学と相性が良く、ゲノム設計研究と同時並行で行われていました」
「やれやれ、もうちっと、分かりやすいように言ってくれんか……」

眼鏡をかけていた男が、震える声で言った。

「つ、つまり、あの、ば、培養槽に入っていたのは……」

ソフィアが言った。

「耐放射線性を持つ新生物です」
「シェルター内の人間が全て死んだ後、その新生物は?」と青年が尋ねた。
「生存者が14名になった段階で、研究員が、新生物17体を全てシェルター外に放ちました。
 高い環境適応能力により、新たな生態系を確立していると予想されます」

ホログラムで、外に放たれた新生物の外見が示される。
若干の違いはあるものの、それはまさしく、

「おっ、ポケモンじゃねえか!」

顔に傷のある男が、空中に投影された様々な"ポケモン"の姿に反応した。
青年は感嘆する。

「……これまで科学者を悩ませてきた、ポケモン発生の真相が、これか」

ポケモン進化系統学には、断絶点という学術用語が存在する。
ポケモンの歴史を辿っても、どこかで、そのポケモンの先祖となる種が分からなくなる。
それはほぼ全てのポケモンに共通し、多くの科学者が断絶点の解明を試み、匙を投げた。

「君の予想は正しいよ、ソフィア……。
 このシェルターと同様の施設は、他にもあるのかな」
「正確な数字は分かりませんが、当シェルターと同様の施設は、
 このシェルターが位置する弓状列島の各地に、10以上存在すると思われます」
「当然、それらの施設も、ここと同様の研究設備を揃えている?」
「はい」

人の考えることは同じだ。
汚染された地上で暮らすために研究を積み重ね、その過程で耐放射線性の生物を生み出そうとした。
成功したシェルターもあれば、失敗したシェルターもあっただろう。
いま、地球上を闊歩しているポケモンは、きっと、人の希望を背負って生まれた生物の子孫だ。
隊長は青年に言った。

「ワシはお前さんとソフィアの話の半分も分かっちょらん。
 が、このシェルターで途方も無い研究がされとったことは分かった。
 その研究データを持ち帰ることはできるか、ソフィアに聞いてみてくれ」
「ソフィア。ここで行われていた研究の知見、
 つまり、複雑な生物に適用可能なDNA自己修復システムと、ゲノム設計のノウハウを、持ち帰ることはできる?」
「はい。当シェルターの終末期に、セキュリティクリアランスレベル7の研究員が、
 全てのドキュメントの権限をオープンに設定したため、自由な閲覧、複写、削除が可能です」

おそらくその研究員は、叡智の結晶を誰かに見せたかったのだろう。
それが青年らの目に触れるまで、700年近くの歳月を要したのは、短かったと捉えるべきか、長かったと捉えるべきか。

「この部屋を出て、正面の部屋に小型の情報端末があります。
 そこに全ドキュメントを転送しました」
「もう一つ。君自身のプログラムをコピーすることはできる?」
「二点の理由から不可能です。第一に、設計者によって禁止されています。
 第二に、わたしの肥大したプログラム群を複写するには、当シェルター内に存在するどの端末も記憶容量が不足しています」
「わかった。君自身を持ち帰ることは諦めるよ」

そこで眼鏡の男が、恐る恐る進言した。

「あ、あの……その情報端末に、研究データがコピーされたなら、こ、この施設に残っている研究データは、
 ぜ、全部削除した方がいいんじゃ……」

隊長が肯く。

「確かにそうじゃ。他の調査隊がやってきて、同じように持ち帰られても困るわな」

隊長はぐるりと全員を見渡した。

「今更言うのもなんじゃが、ワシは金と好奇心のためにこの仕事をやっちょる。
 本部のやつらには何の恩義もないが、仕事としてやっとる以上は、やっこさんらの最大利益を考える必要がある。
 異論があるもんは?」

青年は黙っている。
顔に傷のある男は、さっさと帰ろうぜ、と言わんばかりに鼻をほじっている。
隊長はソフィアに、施設内の研究データの破棄を依頼し、それは実行された。
隊長が研究データが移された情報端末を確保した後、
いったん、二手に別れたもう片方の班と合流することになり、青年らは研究区画を離れた。
研究区画の去り際、ソフィアと会話ができる境界線の手前で、青年は言った。

「ソフィア。君は、シェルター内の人間が全滅してから、
 長い年月を経て、今、人類がどんなふうに地上で繁栄しているか、興味はないかな?」
「いいえ」
「そう」

それが、シェルター管理用AI・ソフィアが人類と交わした最後の言葉になった。