映像の中で、システムの先行調査隊は、青年らと同様の説明をソフィアから受けていた。 そして、ハナコの父親は、言ってはならないことを言った。 ――この事実を広く公開すべきだ。 彼に反対したのは二名。賛同したのは一名。 ハナコの父親は説得を試みた。 ――この施設に眠る技術は素晴らしいものだが、システムはそれを独占するだろう。 ――俺ひとりの証言では、誰も取り合わない。しがない妄想だと一笑に付される。 ――だからこの調査隊の全員で、ツガキリの真実を白日の下に晒そう。 反対派の一人が言った。 ――頭がおかしくなったのか、君は。 ハナコの父親は言った。 ――本気だ。 反対派の一人がモンスターボールを展開した。 次の瞬間、カイリキーの掌打によって、ハナコの父親は壁に叩きつけられていた。 彼は激しく喀血した後、前のめりに倒れた。 ハナコの父親に賛同していたもう一人の隊員がボールを展開しようとして、 カイリキーの拳打に遮られた。血煙が舞った。 ――まったく残念だ。優秀な隊員を二人を失ってしまった。 ――しかし早晩、彼は下らない義侠心によって、システム実動課の手を煩わせていただろう。 もう一人の反対派は、何もせずにただただ震えていた。 自分が賛成に手を上げなかったことに、心から安堵していたに違いない。 そこで立体映像が止まる。 ソフィアが言った。 「その後、わたしは治安維持規則により自律型ドローンを展開しましたが、彼らの脱出を許しました」 青年は、隻腕の老人の、ハナコに向けた言葉を思い出す。 ――それから一時間ほど経った。戻ってきたのは二人だけだった。 訳を訊くと、君のお父さんともう一人の隊員は、探索の最中、突如として姿を消してしまったという―― 隻腕の老人は、戻ってきた二人の隊員から、嘘をつかれていたのだ。 が、真実を知らされなかったのは、逆に幸せだったのかもしれない。 青年はソフィアに尋ねた。 「カイリキーにやられた二人は、即死?」 「文脈から、"カイリキー"とは二人を攻撃した生物を指すと判断しましたが、よろしいでしょうか」 「ああ、合ってる」 「わたしは二人をドローンを用いて集中医療室に搬送し、治療を行いました。 カイリキーの初撃を受けた人物は、頚椎を含む複数箇所の骨折、打撲、多臓器破裂。 第二撃を受けた人物は頭部損壊により、まもなく死亡しました」 「……前者は治ったのか?」 「いいえ。意識は回復したものの、全身麻痺および臓器移植が必要な状態でした。 わたしはモルヒネによる安楽死を視覚情報で提案しましたが、彼は拒否しました。 わたしは彼が死亡するまでの56日間に、彼との対話からあなた方の言語を学習しました」 「……彼は、彼自身のことについて……何か君に語っていた?」 「妻と娘がいる、会いたい、と」 「……」 隊長が青年に言った。 「感傷に浸っちょるところ悪いが、別の質問がある。 ソフィア、この研究区画では、いったい何の研究がされとったんじゃ?」 「汚染された地上で自由な生活をすることを目標に、複数の研究が行われていました。 中でも、耐放射線性の単細胞生物から、放射線によって損壊したDNAの自己修復システムを解明し、 それを複雑化した生物の細胞群に応用する研究が主でした。 なお、当該研究は合成生物学と相性が良く、ゲノム設計研究と同時並行で行われていました」 「やれやれ、もうちっと、分かりやすいように言ってくれんか……」 眼鏡をかけていた男が、震える声で言った。 「つ、つまり、あの、ば、培養槽に入っていたのは……」 ソフィアが言った。 「耐放射線性を持つ新生物です」 「シェルター内の人間が全て死んだ後、その新生物は?」と青年が尋ねた。 「生存者が14名になった段階で、研究員が、新生物17体を全てシェルター外に放ちました。 高い環境適応能力により、新たな生態系を確立していると予想されます」 ホログラムで、外に放たれた新生物の外見が示される。 若干の違いはあるものの、それはまさしく、 「おっ、ポケモンじゃねえか!」 顔に傷のある男が、空中に投影された様々な"ポケモン"の姿に反応した。 青年は感嘆する。 「……これまで科学者を悩ませてきた、ポケモン発生の真相が、これか」 ポケモン進化系統学には、断絶点という学術用語が存在する。 ポケモンの歴史を辿っても、どこかで、そのポケモンの先祖となる種が分からなくなる。 それはほぼ全てのポケモンに共通し、多くの科学者が断絶点の解明を試み、匙を投げた。 「君の予想は正しいよ、ソフィア……。 このシェルターと同様の施設は、他にもあるのかな」 「正確な数字は分かりませんが、当シェルターと同様の施設は、 このシェルターが位置する弓状列島の各地に、10以上存在すると思われます」 「当然、それらの施設も、ここと同様の研究設備を揃えている?」 「はい」 人の考えることは同じだ。 汚染された地上で暮らすために研究を積み重ね、その過程で耐放射線性の生物を生み出そうとした。 成功したシェルターもあれば、失敗したシェルターもあっただろう。 いま、地球上を闊歩しているポケモンは、きっと、人の希望を背負って生まれた生物の子孫だ。 隊長は青年に言った。 「ワシはお前さんとソフィアの話の半分も分かっちょらん。 が、このシェルターで途方も無い研究がされとったことは分かった。 その研究データを持ち帰ることはできるか、ソフィアに聞いてみてくれ」 「ソフィア。ここで行われていた研究の知見、 つまり、複雑な生物に適用可能なDNA自己修復システムと、ゲノム設計のノウハウを、持ち帰ることはできる?」 「はい。当シェルターの終末期に、セキュリティクリアランスレベル7の研究員が、 全てのドキュメントの権限をオープンに設定したため、自由な閲覧、複写、削除が可能です」 おそらくその研究員は、叡智の結晶を誰かに見せたかったのだろう。 それが青年らの目に触れるまで、700年近くの歳月を要したのは、短かったと捉えるべきか、長かったと捉えるべきか。 「この部屋を出て、正面の部屋に小型の情報端末があります。 そこに全ドキュメントを転送しました」 「もう一つ。君自身のプログラムをコピーすることはできる?」 「二点の理由から不可能です。第一に、設計者によって禁止されています。 第二に、わたしの肥大したプログラム群を複写するには、当シェルター内に存在するどの端末も記憶容量が不足しています」 「わかった。君自身を持ち帰ることは諦めるよ」 そこで眼鏡の男が、恐る恐る進言した。 「あ、あの……その情報端末に、研究データがコピーされたなら、こ、この施設に残っている研究データは、 ぜ、全部削除した方がいいんじゃ……」 隊長が肯く。 「確かにそうじゃ。他の調査隊がやってきて、同じように持ち帰られても困るわな」 隊長はぐるりと全員を見渡した。 「今更言うのもなんじゃが、ワシは金と好奇心のためにこの仕事をやっちょる。 本部のやつらには何の恩義もないが、仕事としてやっとる以上は、やっこさんらの最大利益を考える必要がある。 異論があるもんは?」 青年は黙っている。 顔に傷のある男は、さっさと帰ろうぜ、と言わんばかりに鼻をほじっている。 隊長はソフィアに、施設内の研究データの破棄を依頼し、それは実行された。 隊長が研究データが移された情報端末を確保した後、 いったん、二手に別れたもう片方の班と合流することになり、青年らは研究区画を離れた。 研究区画の去り際、ソフィアと会話ができる境界線の手前で、青年は言った。 「ソフィア。君は、シェルター内の人間が全滅してから、 長い年月を経て、今、人類がどんなふうに地上で繁栄しているか、興味はないかな?」 「いいえ」 「そう」 それが、シェルター管理用AI・ソフィアが人類と交わした最後の言葉になった。