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 大魔王を倒したのに、平和がやってきたのに、何故こんなことが起きるのだろう、と一匹の大ネズミが、雲の吹き飛んだ青空をわけがわからないまま愕然と凝視する。
「ポップ、ダイは………?」
「…………あの、大馬鹿野郎」
 地面に落ちてきた大魔導士を、自分の姉弟子でもある人間の少女が抱きとめて、膝を地面に落とし、そのまま声もなく泣き崩れる。
「マァムさん……」
 彼をして声をかけられない沈鬱な雰囲気が立ちこめる。喉の奥からこみ上げてきた涙混じりの鼻水をすすりあげ、がくり、と肩を落としたその途端、ポケットから、ぽとんと何かが地面に落ちた。
「これは……」
 涙のドングリである。ころり、ころりと転がって、何かにぶつかってこつん、と音を立てる。地面に突き刺さったままの、勇者の剣だった。悲しみが支配するこの空間に、やけに大きくその小さな音が響く。ロモスでの出来事以来、彼はポケットに、いついかなる時でもこのドングリだけは入れておくよう、心がけていた。スズメの涙くらいほんのわずかだが体力を回復してくれるこの魔法のドングリは、大魔王の宮殿に行った時にもポケットに入っていた。最も、それを役に立たせるどころの話ではなかったのだが。
「剣……」
 戦いの最中、北の凍り付いた海に落下して行方不明になった勇者ダイを捜索しに行ったことがある。その時、たまたまこの彼の剣を運ぶことになったのだが、シンプルな剣なのに、とんでもない重さだったのを思い出す。後で、この剣は意志を持っていると聞かされて仰天したものだった。あれから数ヶ月も経っていないはずなのに、あの出来事がもう、何年も何年も前のことのように感じる。だが、そんな勇者の剣の宝石が、いつもと変わらず、晴れ渡った太陽の光をきらきらと美しく反射しているのを見つめて、彼は呟いた。
「今度も、また、やってみせるぞ」
 何かを探すことにかけては、目も鼻も効く自分と、自分の部下達は、決して誰にもひけをとらないはずである。海底に隠されていた大魔宮の入り口すら、一番に見つけることが出来たではないか。クロコダインの肩から一気に飛び降りて、涙のどんぐりを拾い上げると、彼はおもむろにそれを口の中に放り込んで、気合いと共に一口で噛み砕く。そして、その場にはあまりにもふさわしくない、場違いな程に威勢の良い気合いの入った声を、腹の底から絞り出した。
「獣王遊撃隊、しゅうごーーうッッ!!」
 皆がぎょっとしてチウを見る。
「今すぐ仲間を集めて、ぼくらの勇者ダイ君を探すのだ! 海も、空も、森も、全部全部、我々遊撃隊は探しきってみせるぞぉ!」
 次の瞬間、彼の身長と大して変わらない長さの勇者の剣の前で、でん、と仁王立ちしている『自慢の隊長』に、大小様々なモンスター達が威勢良く雄叫びをあげて、応えてみせる。唖然とする人間達を後目に、クロコダインが思わず、くつくつと笑いだした。
「それでこそ、オレが見込んだ男だ」
 ヒムがつられて笑い出す。
「オレはどうやら今度も、良い司令官に恵まれたらしいなぁ」
 マァムに回復魔法をかけられながら無言で沈み込んでいたポップが、涙と鼻水を勢いよく拭って、口を開く。
「デルムリン島に行くといいぜ、チウ。きっと、お前を手伝ってくれる仲間があそこにはいっぱいいるはずだしな。ブラスじいさんに宜しく伝えておいてくれよ」
 最高の、何にも代え難い親友が目の前で大爆発と共に姿を消してしまった。だが、
「死んだって決まったわけじゃない。アイツのことだから、どっかに吹っ飛んで迷子にでもなってるに違いないさ」
 マァムが涙を拭う。
「そう………そうよね。ダイ、地図が苦手だものね」
「大体さ、チウに先越されるなんて情けねえ話じゃないか」
「な、なんだとぉ!?」
「ありがとよ。メソメソしてるだけ時間の無駄だってことを忘れてたぜ」
 ポップに素直に礼を言われると、どうやって返していいのかわからない。
「お礼なんてキミらしくないぞ、ポップ。ぼくは前々からこういうのは誰よりも得意なんだ。キミにだけは負けないぞ!」
 レオナが立ち上がる。
「ネズミ君に教えられちゃうなんてね。私には私に出来ることを、してこなきゃ」
 世界中に平和到来宣言と、勇者探索の詔を出す準備を整えないとならない。まずは各国の王達に速やかに連絡しないと、と彼女はゆっくり立ち上がる。その隣でロン・ベルクが剣に目を落とす。そしてしばらくそれをじっと凝視し、言った。
「いいことを言ったなネズミ。オレの腕が無事だったら、お前にも剣の一本くらい造ってやりたいところだが、こうも平和なご時世じゃあな」
「そうよ、平和がやってきたのよ。それなのに、希望が消えるわけないじゃないの」
 悲しくない、と言えば嘘になる。だが希望がないわけではない。
「ネズミ君、いいえチウ。モンスター達にしっかり伝えてきてちょうだい。世界は平和になったのよって。クロコダイン、ヒム、二人でしっかりサポートしてあげて」
 パプニカの姫君が、髪を揺らして微笑んだ。
「は、はいっ!」
 一国のお姫様に頼まれて、顔を紅潮させてぴしっと敬礼する大ネズミとそのユニークな部下達を見て、一同の間に希望にも似た風が拭いてくる。
「わかりました、姫。ロモスのシナナ王にも報告してきましょう」
 クロコダインがゆっくりと厳かに頷いた。
「助かるわ。いつもありがとう。もし何かあったら、すぐに連絡してちょうだい。まだまだこれからも頼みたいことがいっぱいあるのだけれど」
 レオナの瞳に理知的な光が灯っている。この分だと、どうやらパプニカ王国の心配は当分いらないらしいが、見た目の何倍も気配りの上手い、この獣王と称されるリザードマンの戦士が言った。
「遠慮なく何なりと申しつけて下さって結構ですが、姫、くれぐれも無茶をなさらないように頼みますぞ。ポップもマァムも、ヒュンケルもな」
「わかってるって、おっさん。ダイのやつを探すついでに、おっさんの未来の嫁さん候補も探して置いてやらあ」
「お前さんに言われるとはな。そろそろ自分の未来の嫁さんの心配もしたほうがいいんじゃあないのか?」
 クロコダインがチウを肩の上に乗せて豪快に笑う。一方、
「じゃあな、ヒュンケル。うちの隊長さんはそそっかしいから、しばらくはオレ達が面倒見てやらなきゃなんねえみたいだ」
 オリハルコンの兵士がその後ろに続く。ヒュンケルが珍しく、穏やかに笑みを浮かべて答えた。
「ああ、また会おう」
「それまでに、身体を治しておけよ。オレとの勝負はついてないんだからな!」
「では、獣王遊撃隊、しゅっぱーっつ!!」
 胸にお揃いのバッチをつけた賑やかなモンスターの集団が、チウとヒムとクロコダインの後に続いて、がやがやと立ち去っていく。
 アバンがその様子を見送りながら、ブロキーナに微笑んだ。
「素晴らしい弟子ですね。実にカッコいい」
 ブロキーナがのんびりと微笑んだ。
「アイツは、カッコよさを意識せずに行動すると、一番カッコいいことが出来る奴なんじゃよ。それにしても、やっと一人前になってきたみたいじゃが、きっとそれは、お前さんの弟子達と、仲間達のおかげじゃなあ」
 青い空が、どこまでも広がっている。
「まだまだ、やらなきゃならんことがあるじゃろ?」
「わかってますよ」
 アバンが、レオナとフローラの二人に視線を投げる。
「勇者っていうのは、いつか必ずお姫様のところに帰ってくると相場が決まってますからね」
 勇者が笑顔で帰還できるのはどんな時なのか、先代の勇者でもある彼はよく知っていた。そして、いつかやってくるであろうその日の為に、彼はゆっくりと、二人の姫君の元へと歩いていった。

+ あとがき