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『マアいらっしゃい先生』
 脳が納められたケースに取り付けられた簡易スピーカーから、妙齢の女性の声が響く。
「0012かね?」
 配線の先にカメラが繋がっている。これがいわゆる目らしい。
「はじめまして、かね。君の修理を仰せつかった者だよ」
『お名前を聞かせて貰っても宜しいかしら』
「ロス博士、とだけ呼んで下されば結構だよ」
『ではロス博士。お聞きしたいことがありますの』
「何かね」
『………わたくし、また「家」になるのかしら?』
 思わず言葉に詰まって、博士が瞳を瞬かせた。そして、数秒の間の後に、決まり悪そうに首を振る。
「すまんなあ。私の技術力では……」
 丸々家にされるというのは、どんな気分なのだろう。想像もつかない。しかもここにいる彼女は、目と耳と脳しか存在しない状態である。
「専門は恐竜の骨格なんだよ。まあ、恐竜型サイボーグになるよりはマシだろう」
『……そうですわね。わたくし、トカゲは苦手でしてよ』
「そいつは残念」
 ホホホ、と0012が品良く笑う。だが、その品の良さにくるまれた、とてつもなく哀れな響きに、彼は何とも言えない気持ちになる。
「私の出来る限り、良い形にするよ。君にとっての」
 部屋の隅に、調度品のカタログがある。どうせ予算はたんまりと出るのだから、可能な限り内装くらいは彼女に好きなものを選ばせてやろう、と博士は立ち上がってそれを手に取った。
『召使達もいなくなってしまって、アア、わたくしすっかり寂しくなってしまってよ……』
 多数の部下を抱え、『裏切り者』達と戦った女丈夫であっても、この状況は何とも心細いものらしい。初期型00ナンバーの半数以上はギルモア博士と共に未だ逃亡中である。
(もしかしたら、彼らの方が幸せなのかもしれないな)
 特別に親しいわけではなかったが、ギルモア博士とは面識があった。機械工学の権威でもある彼に、何度か技術指導を仰ぎに行ったこともある。己が改造した9体の『人間型』サイボーグと共に脱走した彼は、今頃どうしているのだろうか。膝の上に乗せてある0010兄弟と0011の仕様書を手にして、彼はふと呟いた。
「変なことにならなければいいが」
 001から009までの、いわゆる一桁台の裏切りサイボーグを抹殺するために派遣されたのが、これから自分が修繕およびメンテナンスを担当する二桁台サイボーグである。0013が現在彼らと交戦し、今後は自分達の護衛も兼ねる予定の0010兄弟達もそちらに向かっているらしいが、彼はギルモア博士の科学力を良く知っていた。
(争うのだけはごめんだな……)
 試作品とはいえ、彼の作った完成度の高いサイボーグ9体を敵に回すのは勘弁である。だが、彼らを修理した後のことは聞いていない。
『これから、どうなるのかしらねぇ……』
「どうしたものか……」
 二人の溜息混じりの独り言が、小さな部屋の中に同時に響き渡った。

「微かだが電波反応がある。ここから北に数キロだ」
 コードネーム0013、という文字と、コンソールの地図の上に弱々しく映る小さな点を凝視しながら、プラスが言った。
『片方は反応がない。どうやら片方……大型ロボットの方はやられたらしい』
「とぎれとぎれだな。故障したのか」
『移動しているな。速度も遅い』
 音もなく雲の上を飛び続けながら、0011が呟いた。
『一桁どもは近くにいないようだが……』
 入手した設計図から、彼らの発信する脳波数などを割り出した彼が、眼下を探りながら言う。
『警察の無線も聞こえるな。パトカーと乗っていたポリスが犠牲になったそうだ。ロボットが爆発したのはその後だ』
 思わずマイナスが口笛を吹く。
「派手にやったもんだな」
『赤い服の少年がどう、とか聞こえるな。……00ナンバーのソナー反応だ。確かあの娘さんには遠距離探知機能があったな。それかもしれん。遠ざかっていくが』
 ウーン、と複雑そうに呻いて、黒い戦車が言った。
「……あいつらか」
 以前戦った、とはいえ実際のところ、こちらが一方的に痛めつけた覚えがあるサイボーグの娘の顔を思い浮かべて、マイナスが苦い顔になる。そんな弟を見てプラスが言った。
「まあいい。とりあえず0013を回収するぞ。まずは、やられたのを見てみるか」
 雲の切れ目から、黒い煙が流れ込んでくる。
『ガスタンクに引火したらしい』
 切れ切れの雲の下を遠距離スコープで映し、それをコンソールに転送する。そこに映っていたのは、慌ただしく働き回る消防士達と、壊れたロボットの周りに非常線を張っている警官と自衛官達の姿だった。
「あれがサーティーンロボか」
「随分と大事になってるな」
「どうせBGが上手くもみ消すんだろう」
 双子が顔を見合わせて首をすくめる。
『頭部が爆破されたのか。いや、自爆したのかもしれんが……あれでは基幹部分が全てやられているだろう。ロボットの方に脳は搭載されていないようだがな』
 キュルキュルとデータを解析する音がコクピットに響く。
『わしの末路を見ているようだな……』
 0011がぽつりと呟いた。
「弱気だな、おっさん」
 やれやれ、といわんばかりにマイナスが溜息をつく。
『歳だからな。もっとも、脳だけになった今、老化なんてものとは半分無縁だがね』
 ウーン、と呻く彼のぼやきを聞きつつ、兄のプラスが聞いた。
「あのロボの回収は不可能だろうな」
『うむ。あちらは諦めて、もう一体の方を回収しにいったほうが良いだろう。まだ僅かに移動している。誰かに運ばれているのかもしれん』
 双子を乗せた0011が、空中できびすを返す。

 女の子を片手で引いて、0013を背中に抱えた安が、町外れの教会の前で足を止める。
「ここしか、ねえんだよなあ」
 ジリ貧生活をしている彼にとって、教会の炊き出しというのはそれこそ、神様や仏様よりよほどありがたいものだった。叩けば埃が出てくるチンピラという身分ゆえに、警察に駆け込むわけにもいかない。
「墓も作って貰えるだろうしよ」
 息をしていない背中の少年の体内から、微かに電子音が聞こえてくる。半分が冷えて、半分が妙に熱いところから察するに、
(生身と、機械の合いの子ってやつか)
 サイボーグなどという単語を知らない安が、思わず身震いする。
「何がどうなってやがんだ」
 ふと、女の子が大事そうに手にしているキャラメルの箱が目に入る。
「食べねえのか?」
「ウン。大事に……取っておくの」
 クスン、と小さくすすりあげる女の子に安は言った。
「あそこについたら、上手いメシが食えるからな」
 あそこのお人好しの神父なら、上手く取りはからってくれるだろう。丘の上の教会が見えてきた。日はとうに暮れていて、嘘のように静かな夜がひたひたと近づいてくる。
「あそこに着いたらな、お前、自分の名前をちゃんと言うんだぞ」
 コクリと頷く少女に、名前くらいは聞いておこうと思ったその時、丘の下から何やら奇妙な音が響きわたる。飛び上がらんばかりに肝を潰し、思わず振り返った安が、目をみはる。
「な、ななななな何だいありゃあ!」
 我ながら情けない声が喉の奥から飛び出してくると同時に、反射的に彼は立ちすくむ女の子の手を引っ張って、怒鳴りつけるように叫ぶ。
「は、走れ!」
 丘の下から、人間の声にも似た低い機械音を響かせながら低速飛行してきたのは、見たこともない、黒くて球形の、ところどころ配線が剥き出しになった鉄の塊だった。

「あれか?」
 コンソールに映っていたのは、『チンケな』という形容詞がぴったりくるチンピラ風の青年と、小さな少女だった。青年が誰かを背負っている。
『あれが0013だな。あの男……どこかに持ち去るつもりだろうか』
 兄弟が顔を見合わせる。
「敵か?」
 マイナスの問いに、プラスが皮肉げな笑みを浮かべる。
「そうだとしたら、我らがBGの人手不足は相当、深刻極まりない事態にまで陥っているという事だな」
 今にもすっころびそうにあたふたと丘を駆けあがる男が、子供の手を引っ張って駆けていく先は何故か、教会らしき建物だった。バタン、と扉を開けて女の子を押し込む姿を見た0011が
『入られると面倒だ』
 ガシャン、と素早く機体下部から砲口を覗かせ、真っ白い球体を撃ち放つ。何か粘性を持った物体が教会のドアと、ドアを開けていた男の腕に絡みつく。
「流石だな、0011」
「やるじゃないか、おっさん」
 コンソールの両端に座った双子が笑う。満更でもなさそうにウーンと唸ってから、0011が言った。
『ありがとうよ。じゃあ、回収は任せた』

 銀色の肌の男が、いつの間にか自分の目の前に立っていた。背中に0013を抱えたまま大量のトリモチに絡まれて身動きの取れなくなった安が、声にならない声を上げる。
「どうする?」
「始末するか?」
 二人がほぼ同時に、腰から下げていた変な形の銃を抜いて、彼の頭と心臓にそれぞれピタリと照準を合わせる。
「ただの人間らしいが……BGの人間にしては、貧乏臭い格好をしているな」
 ルンペン姿の構成員もいるにはいたが、そういう人材は大概にして暗殺用サイボーグの借りの姿である。
「じゃあ何故こいつは0013をこんなところまで……」
「0013?」
 思わず安が口走る。
「ど、どどどどいつもこいつも妙な番号ばっかで……俺ァ何も知らねえってんのに」
 双子が視線を見交わした。
「忌々しい一桁どものことか」
「ひ、一桁?ジョウの奴のことか?」
 先程妙ちくりんな外国人連中に、何故か『009番』などと、呼ばれていた友人と、どうやら因縁浅からぬ仲らしい。
「ジョウ?」
 このやり取りが聞こえていたらしい、後ろの0011が、声を投げる。
『009のことだ。この国の人間らしい』
 ヒィ、と声にならない声を上げて、安が呟く。
「009の知り合いか」
「成る程。裏切り者のお知り合いというわけか」
「……」
 何が何だかわからないまま足をガタガタ震わせている男を、鼻を鳴らして射すくめながら、プラスが聞いた。
「お前の友人はどこに消えた。それで、何を頼まれた」
 黙っておくべきかそうでないべきか一瞬考えるが、そもそも自分は、この一連のよくわからないことだらけの事件の詳細を良くは知っていないという事に思い当たり、安は正直に答える。
「ジョウの奴がどこに行ったかは知らねえ、こっちが聞きたいくらいだ。あのお人好しに頼まれて、死んじまったこいつの面倒を……」
 双子が顔を見合わせた。
「なるほど、埋葬か」
 何故に教会に運ばれようとしていたのかを察した双子が皮肉げに笑う。
「実にご親切なことだ」
「こいつが鉄の塊だと知ってのことか?」
 すると、安が言う。
「お、お前達はどうだか知らねえが、お…俺達みたいに、一緒にメシを食った仲間はな、し、下町では兄弟って呼ぶんだ。鉄だか何だか知らねえけどよぉ、きょ、兄弟だったら、うっちゃっておけねえじゃねえか!」
 鉄の塊の兄弟が、顔を見合わせた。
「………どうする?」
「生憎、我々兄弟は、教会の扉にトリモチで死体を張りつけるほど悪趣味じゃない」
 プラスが笑って銃を納めて、ニヤリと笑い、
「そいつはまだ埋められては困るんでね」
 マイナスが悠然と腕を伸ばし、0013を抱え上げる。
「て、てめえ何しやが……!!」
 慌てて地面にずり落ちていた少年を奪い返そうと、安がその男の銀色の腕を掴んだその瞬間、何かが弾けるような音と共に、体中を一気に強烈な電流が走り抜けた。
「言うのを忘れていた。まあ、手間が省けて何よりだな、マイナス」
「そうだな、兄さん」
 飛び上がってそのまま気絶し、トリモチの中で大の字になって伸びている安を見て、
「俺達が完全に修理された状態だったら、即死だったかもしれないがな」
「そうだな。運がついてる」
「本当によくついている」
 0013を確保した双子のサイボーグは笑いながら、0011の元へと戻っていった。


+ あとがきとか補足とか