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 小脇に、年季の入った恐竜図鑑を抱えた小柄な男が、えっちらおっちらと車から降りてくる。
(参ったな)
 相変わらず、組織から抜けることが出来ない。資金だけたんまり稼いだ後はとっとと母国アメリカに戻って、アリゾナあたりの平原で、趣味の一つでもある化石の発掘に勤しみたかった。それが何故、こんなジャパンの小さな町のうら寂れた郊外に連れてこられる羽目になったのか。博士らしからぬユーモラスな形の口ひげを撫でながら、彼は考える。
(ギルモア君は脱走した、ウラノス君とガイア君は何だっけ、最新型サイボーグとやらの開発で忙しいらしい………)
 「人間」型のサイボーグはほとんど管轄外な自分が使命されたのは、何と「家」の形のサイボーグの全面修復だった。
(基本的に修理なんてしないうちの組織にしちゃあ、珍しいことがあるもんだ)
 しかも、護衛及び助手もつけてくれるらしい。目立つ存在ではなかったはずの自分が、思わぬ出世である。
(問題は………)
 この「家」型サイボーグ、もはやサイボーグと呼んでいいものかどうか迷う「0012」の内部動力を、どうやって確保すれば良いのだろうか。自分の得意とする大型ロボットに使用する機関では小さすぎる。館内の大量のギミックを動かすにはかなりのエネルギーがいる。指令系統の要である脳の部分はかろうじて生きているらしい。
(まずは小さな部屋から作るか)
 渡された設計図に、ポケットから出したペンであれこれ書き込みながら歩いていくと、前方から来た誰かにぶつかった。
「おっと、失礼」
 脇に抱えていた図鑑が地面に落ちる。それを拾い上げてくれた男がふと自分の手にしている図面を見て聞いた。
「……君が、0012の修理担当の博士かね?」
 強烈なロシア訛りの英語である。
「あ、ああ」
 濃い髭面に白衣、そしてもう何十年も彼の顔に染み着いているとおぼしき目の下の隈を持った大柄な男が、拾った本を一瞥し、興味なさそうに鼻を鳴らしてからそれを突き返す。
「気をつけてくれたまえ。それと、0013の凍結保護された脳は蘇生させておいた」
「あなたが?」
 脳外科医か何かなのだろうか。そういえば、この組織はとにかく人間の脳に関する研究に熱心である。
「後は頑張ってくれたまえ。左官屋の仕事はわしの管轄外だ」
 要するに、脳は治したが家を直すのは自分の仕事ではない、ということらしい。何となく、自分が急遽呼び出された理由を彼は察知する。
(この気むずかしそうな博士の後釜というわけか)
 どちらかといえば、脳やら神経やらといった生化学よりは、色々なギミックで動かす大型ロボット工学が得意分野である。自分にとっては、厄介な課題が一つ減っただけだ、と彼は考えることにして、言った。
「脳の部分が治っているなら話は早い。感謝するよ、ドクター」
「………アメリカ人は呑気で困る」
 陰鬱なロシアの冬の気候がそのまま引っ越してきた様な声で、そう呟いてから男が立ち去っていく。思わず首をすくめてから、彼は町外れの土地に似つかわしくない頑丈なコンクリート製の塀の前までやってくる。しばらくすると中から黒服の男が現れた。
「ゴットフリート・ロス博士ですね?」
 昨今流行っているらしいマフィア映画に出てくるエージェントみたいだ、と思わずそんなことを考えながら、名前を問われた男が落ち着きなく頷く。
「こちらへどうぞ。0012の内部へ案内します」
 ふと、彼は聞いてみた。
「さっき、ここから出て行った博士がいただろう?」
「ガモ博士にお会いに?」
「ガモ博士?」
 どこかで聞いた名前である。男が言った。
「00プロジェクトの創始者の一人ですよ。館の修理に嫌な顔をしましてね。全く、裏切りサイボーグの実の父だっていうのに……プライドがやたら高いときている。腕は確かなんですがね」
 館だったとおぼしき廃墟の中央部に、小さなコンテナ程の部屋が据え付けられている。
「ここかね?」
「脳と生きていた機材を集めて組み立て直したんですよ。すっかり小さくなってしまった」
 図面に目を落として、博士が聞いた。
「すっかり元通りにするまでに、時間がかかるな」
「まあ、我々としても、脳でコントロールできる基地の構築過程を、改めてつぶさに見られるいい機会ですからね」
「ああ、成る程………」
 『改めて』と言われることが何となく腑に落ちないが、何せ巨大な組織である。この0012を『再利用』することに目を付けた幹部がいるのかもしれない。組織内に属する科学者達と組織の上層部の間では、いわゆる「余計な詮索」はしない、というのが暗黙の協定でもあった。最も、科学者だった人間が上層部にのしあがることもあるらしい。ただし、自分に関しては、そういった出世やら何やらに縁があった試しがなかった。
「それと、例の裏切りサイボーグ達がいつ再来するかわからない。念のために護衛も置いていきますよ。今はいないが、そのうち戻ってくるかもしれませんからね」
「その護衛というのは……」
「もちろん、サイボーグですよ。彼らの仕様書も渡しておきましょう」
 丸で家電の取扱説明書を渡されるかのように、分厚い紙の束を渡される。やはり、何というかこの組織には慣れることが出来ない。彼にとってロボットやサイボーグは己の手で生み出し、動かすことが出来る最高の「動く芸術品」の一種である。取扱説明書であってはならなかった。何となくすっきりしないものを抱えつつも、やや小心なところのあるこの博士は頷いた。
「は、はあ。じゃあ、受け取っておこう」
「では、我々はこれで」
 「0010±」「0011」と記された仕様書を手にとって、立ち去っていく男を見送ってから、博士は目の前の小さな小屋、0012の中に入っていった。

 東京の遙か上空をゆっくりと旋回しながら、0011が呟いた。
『自爆装置がついている、と言っていたな』
「ああ」
『ということは、0013の行動をBGは常に観察しているということだ。わしの場合と同じで、通信機で制御しているのだろう』
 機械に詳しかった為、自分でどうにか取り外して事なきを得たが、それは一般人にできるものではない。
「監視カメラと盗聴機みたいなものなのか?」
『まあ、そうだな。わしの場合はカメラはなかったがね。本部へ繋がっている通信機を壊して、事なきを得たが』
 よく見ると、丸いコクピットの天井の中央部分についている機械が、奇妙な形にへしゃげている。今に至るまで0011が使用する電波の全ては、外部へと発信できない状態である。0012内で使用していたのも、双子達が使っていた簡易通信機だけだった。
「電波の受信には問題ないだろう?」
 兄が聞く。
『うむ。だから今こうして、BGが使っている特殊電波を傍受しようと試みているんだが…』
「成る程。0013から発信されているはずの電波をキャッチしようってわけだ」
 弟が相槌を打つ。双子の目の前にあるコンソールには、東京上空に飛び交う無数の電波が色とりどりの波線を描いて踊っている。サブディスプレイで0012の金庫から盗んできたデータを見ていたプラスが言った。
「0011、これを見てくれ」
『何かね?』
「0013の図面だが、二枚もあるんだ」
 マイナスと0011が同時に問い返す。
『二枚?』
「双子なのか? 俺達みたいに」
「片方には脳が積まれていない。こっちのでかいのは……完全にロボットらしいな。サイボーグじゃない。もう一体は、脳も心臓も……加速装置もあるのか。しかも俺達のより遙かに高速で高性能らしい」
 サブディスプレイの映像を見ながら呟いた兄に、
「そいつらがコンビで動いているのか。ロボットとサイボーグで」
 マイナスは聞く。
「ああ。しかもロボットの方はかなり大きいな。東京湾にこっそり沈めてあるらしい」
『成る程。では、そちらに向かうか』
 黒い機体が、ゆっくりと旋回する。

 鑑別所に放り込まれたはずの友人が、珍妙な赤い服を来て、いきなり自分の住んでいるボロアパートにやってきたのには驚いた。何だかよくわからないが、彼にいっちょ『シャバ』での上手いメシでも食わせてやろう、と威勢良く表に出たものの、万年金欠な自分の懐の中には一円玉すら入っていなかった。
(………それが、何でこんなことになってんだ?)
 地面に無言で横たわっているのは、自分がカツアゲしようと試みた少年である。確かに、ちょっとばかし自慢のキックをお見舞いしたのは認める。だがそれは、彼が旨そうなパンとミルクを抱えて、のほほんと歩いていたからであり、決して命まで取ろうとはこれっぽっちも考えていなかった。カツアゲしようとしていたら、当の友人本人、これがまた鑑別所に入れられた程の生粋の不良とは思えない程の心優しい奴だが、この彼に止められて、結局自分を含めた3人で、パンとミルクを分けあって食べた。自分みたいなボロアパートに住む貧乏人が、下町でご飯を分けあうのは当たり前の日常風景だった。それが、つい今朝方の出来事である。
「お、おいジョウ……こいつは、一体、何なんでぇ?」
 何故か腕に小さな少女を抱えた友人が、振り返る。
「安か……」
 ジョウこと島村ジョーの周りに、日本では滅多に見かけないような、巨漢のインディアンやら、フランス人形みたいな女の子やら、鼻の高い赤毛のアメリカンやらが揃っている。半泣きの顔をしたジョーが、
「この子を、頼んでもいいかい。お母さんが、亡くなったんだ」
 掠れた声で、彼の腕の中でこれまたヒックヒックと泣いている少女を見て、言った。そういえば、こいつは昔から良く泣く奴だった、そのせいでしょっちゅう、周りの奴らから『日本男児らしくない』といじめられていたっけなァ、と一瞬懐かしく思いながら、再び彼を見る。そして、再び地面に目を落として、聞いた
「このアホウは何で……なあ、何があったんだ」
 階段を昇ってきたアフリカ人の男が、日本語で言う。
「敵らしい飛行物体の電波をキャッチした。こちらに向かってくる」
「009、もう、行かねば」
 一体何人だかわからない、銀髪で青い目をした外人の男が、これまた日本語で言う。
「…………ウン。わかってるよ、004。でも」
 旧友の視線が自分の方に投げられる。それにつられるように、この得体の知れない外人連中の視線も一気に自分の方へ集まった。文字通り色とりどりの、ただしあまり穏やかとは言いがたい視線に、思わず安はゴクリと息を飲む。どうやらこの旧友は、鑑別所の中よりよほど、何やら『厄介な』ことになっているらしい。
「この人は?」
 フランス人形が日本語で聞いた。
「ボクの友達なんだ。まだ、ボクが人間だった頃のね。そうだろう?」
 地面に倒れた少年の背中の傷口から、明らかに、血液じゃない何かが流れ出ているのに気付き、安は思わず絶句する。
「友達だったんだ。って言った方がいいかい?」
「まさか……」
 ところどころ破れたジョーの服から垣間見える彼の傷が、パチパチと微かに火花を上げる。現に自分は彼が『人間技とは思えない』スピードで走り去っていくのを、つい先ほどこの目で見たばかりではないか。
「もしかして、お前も……」
「彼を、人目のつかないところに………。キミはこのあたりでは、顔が利くんだろう?」
「ジョウ、お前、鑑別所抜け出して、何したんだ。一体、どうなってんだ。このアホウは、何だ、人間じゃあねえってのか? まさかお前も……」
 沈黙が下る。
「言えないよ。キミまで巻き込みたくない」
 その言い方も、昔の彼と何ら変わったところはない。
「こいつらは、何なんだ」
「仲間だよ」
 お揃いの服を着た外国人連中が、思い思いの所作で、横たわった少年に手短だが沈痛な祈りの言葉を投げかける。フランス人形みたいな女が目に涙を浮かべているのに気付き、何者なのかさっぱり見当は付かなかったが、どうやらこの連中は『アヤシイ奴ら』ではあるが、彼の考える『悪い奴ら』ではないらしい、と安は思わず安堵の息を吐き出した。
「おいチビお前、母ちゃん以外の家族はどうした。親父はいねぇのか? 家はどこだ」
 涙をいっぱい溜めた目で、少女は答える。
「ウウン」
「俺ん家の近くに教会がある。このちっこい嬢ちゃんはそこに連れていってやる」
「このおにいちゃんは?」
 少女が手に何かを握りしめている。見るとキャラメルの箱だった。
「あのアホウに貰ったのか?」
「ウン」
「おいジョウ」
「え?」
「俺ァ、お前にまだ服を買ってやってねぇ。次までに用意しておいてやるから、今度必ず取りに来やがれ。必ずだぞ!」
「え……」
 キョトンとした顔が妙に間が抜けている。こういう奴だからこそ、この年下の友人は昔からやたら厄介事に巻き込まれて、割に合わない目にばっか遭っているんだ、ということを安は良く知っていた。
「お前がどんな厄介事に巻き込まれたかは知らねぇが、約束は破らねぇのがダチ公だ」
 ジョーの腕の、まだ微かに火花を立てている傷、倒れた少年の背中から流れ出すオイルのような液体をちらりちらりと交互に見て、彼は言った。
「怖く、ないのかい? それに、さっきも言ったけれどボクはもう……」
「そりゃあ、おっかねえさ!一体何がどうなってんのかわかりゃしねえ。だけど俺ァ、島村ジョーのダチ公だ。ダチを怖がる馬鹿がいるか! このアホウだって……」
 柄は悪いが情には厚い。そういう奴だからこそ、この男は下町での貧乏生活を抜け出せないんだ、ということをジョーは良く知っていた。まくしたてるように一気にがなりたてた安が、地面に視線を落として呟く。
「………あの時、蹴ったくっちまって悪かったな。おめぇの名前も、聞いてなかった。同じメシを食った仲だってのによォ」
 上着を脱いで、倒れた少年の痛々しい傷、通常ならば『破損箇所』と呼ばれる場所を覆うように着せかけてやる。
「0013。ボクも、キミの名前を知りたかった」
 ぽつん、と涙が地面に落ちる。
「このカタキは、きっととってやるからな」
 よく泣く少年だった。だが、彼は約束を決して破らない奴でもあった。何かが大きく変わってしまった友人の、決して変わらない『何か』をはっきりと確認、否、確信し、安は目をごしごしと拭ってから力強く言った。
「後は、この鼻キズの安様に任せやがれ」


+ あとがきとか補足とか