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外界からの刺激がなければ脳は成長しないと言っていたのは、博士号を数々持っているこの博士よりも60歳以上年下の赤ん坊、001ことイワンだった。そんなことを思わず思い出す。
「これを」
 本の隅々に、赤いインクで様々な記号が付け加えられている。各部屋に備え付けられていたボールペンで、目の前に立っている大男が書き込んだらしい。そこには「野蛮人」とは思えない静謐さを持った細かく美しいアルファベットが並んでいた。英語の文章を書き記すのが苦手なはずのこの男が、補助脳をフルに使って書き記したらしい。発音の難しい先住民族の使う単語に、世界共通の発音記号がつけられていた。
「これは………」
 機械工学や人体科学、そして特殊外科が専門の彼にはわからないが、言語学的にも貴重な資料かもしれない。自分の学会仲間に言語学者はいただろうか。そんな事を考えながら再び本をよく見ると、ページのあちらこちらに色んな文体のメモが残っている。女性らしい柔らかい筆記体、シンプルで無駄のないかっちりとした綴り、更には、雑だが活力のあるゴシックで何故か『HELLO!』と落書きされている。思わず博士が皺の多い口元を緩める。この博士が年相応の好々爺然とした笑みを浮かべるのを初めて見たジェロニモが、呟いた。
「白人は……」
「え?」
「何でも、ない」
 自分を改造した人間の一人だというこの男は、いかなる人間なのだろうか。己が自然に浮かべていた微笑みの奥底に、間違いなく根付いているであろうものに、もしかしたらこの老人本人は未だ、気付いていないのかもしれない。
(白人は、何でも造り方は知っているが、分け合う事を知らない)
 故郷で伝わっている言葉を思い浮かべながら、彼はこの博士の丸い背中を無言で見下ろし、微かに息をはいた。

to be continued...


+ あとがき