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 コズミ博士の屋敷でギルモア博士と00サイボーグ達が暮らす様になってから、3日ほど経った日の出来事だった。
「シャボン玉?」
 所用で街まで外出していたコズミ博士が、何かを片手に帰ってきた。
「お土産を持たされてしまっての」
 のんびりと笑った老博士が、出迎えたジョーに手渡したのはシャボン玉セットだった。
「お土産?」
 そういえば先日、イワンの散歩がてら、この博士の買い物に付き合ったっけ、と彼は思い出す。

『あら博士、お孫さんですか?』
『まあそんなものじゃよ』
『マア可愛い!あら、でもこの子……』
『イワン君はロシア生まれでのう。今ウチに子供達がいっぱい来ておるんじゃ』

 グレートや張々湖は『子供』に入るのか否か一瞬本気で悩みながら、近所の奥様に囲まれて、イワンを抱えたまま耳まで赤くなり右往左往したことを思いおこす。
「砂糖を入れるとのう、長持ちするんじゃよ」
 ピンク色の容器に入った石鹸水に、ガムシロップをぽとりと垂らして、博士が縁側に腰をおろす。
「遊んだことはあるかね?」
「すごく小さいときに、少しだけなら……」
 鑑別所に入れられる前に育てられていた施設で、シャボン玉遊びをしていた子達がいた。ただし、ハーフだという理由でいじめられていた自分は入れて貰えなかったっけ、とそんなことを思い出す。二つある筒のもう一つにガムシロップを垂らして、コズミは少し睫を伏せたジョーに微笑んだ。
「たまには童心に帰るかのう。ジョー君、付き合ってくれんかね?」
「は、はい」
 緑色の筒の先に石鹸水を浸し、息を吹き込んで、ゆっくりと吐き出す。七色の虹の玉が、風に揺られてコズミ邸の庭中をゆらりゆらりと踊り出す。そこに後ろから声があがる。
「まあ綺麗!」
 亜麻色の髪の、自分と同じくらいの歳の少女である。
「フランソワーズ」
 戦闘などといった物騒なことでもない限りは、それぞれの『名前』を呼んでいたいと言った彼女の意見を、ここの皆は尊重していた。ハーフではあっても日本男児なジョーにしてみれば、外国人の女の子のファーストネームを人前で呼ぶのは、ちょっと気恥ずかしかったのだが、国籍も民族も年齢さえも異なっている8人の仲間を前に、そんなことを言えるわけもなかった。腕の中に抱き抱えたイワンも、今日は珍しく目を覚ましているらしい。小さな手が宙を泳いでいる。
『ハジメテ見ルナア』
「そうなんだ。じゃあ、こっちにおいでよ。天気もいいし」 
 赤ん坊であって赤ん坊ではない不思議な存在である001ことイワンに対する接し方は、最初は全くわからなかった。だが、赤ちゃん言葉を呟きながら小さな手を伸ばす彼を見て、ジョーは思わず微笑む。緑色の細い筒を石鹸水に浸して、コズミに負けじとばかりにふうっと息を吐くと 七色の球体が庭先の風に吹かれて舞い上がる。
「私も、やってみていい? 小さい頃よく遊んでたの」
「うん、いいよ」 
 自分の持っている緑の細い筒を差し出して、代わりにイワンを受け取って抱き上げる。形の良い唇に加えられた緑の筒から、ガムシロップの混ざった石鹸水で出来た、ほの甘いシャボン玉が、ふわりふわりと踊り出す。何度も何度もシャボン玉を紡ぎ出し、楽しげにそれを堪能してから彼女は言った。
「ふふ、口紅してなくってよかったわ。はい、ジョー、次はあなたの番よ」
 石鹸水の入ったピンク色の容器を、彼の方へと再び手渡す。
「え………」
 間接キス、そんな言葉が瞬時に脳裏をよぎる。緑の筒を差し出したのは自分だというのに、今の今まで寸とも気が付かなかった自分が呪わしい。
(何てことをしてしまったんだ!)
 人体をサイボーグに改造されて以来かもしれない衝撃が、一気に全身を貫いた。だがしかし、平然としているフランソワーズをちらっと横目で見て、
(彼女は間接キスだなんて言葉、知らないのかもしれない。でも………)
 彼は考え込む。詳しくは知らないが、フランスという国は愛情表現が大胆かつとても豊かな土地柄らしい。
(大胆……)
 どんな風に大胆なのかは、全く預かり知らぬ世界ではあったが、それでも謙遜を美徳として尊ぶ小さな島国の中で生まれ育ったジョーの中では、バナナがおやつに含まれるのと同じく、間接キスは正当たる『接吻』の中に含まれていた。
(こんな可愛い女の子と……キスをしてしまうなんて)
『何ヲ考エテイルノ、じょー? 思念ガ急ニ乱レハジメタケド』
 いきなりイワンに頭の中へと語りかけられて、彼はぎょっとして腕の中の赤ん坊に視線を落とす。ちょっと伸びた前髪の下の小さな瞳が悪戯っぽく笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
「な、ななな何でもないよ!」
「あら、何が?」
「こ、こっちの話……」
 ほんの少し首を傾げながらフランソワーズが緑の筒を軽く指先で拭い、彼に手渡した。
「あ、ありがとう………」
 拭われてしまったことがほんのり残念な気が、しないでもない。だがそれでも口をつけてもいいのか、と緑の筒を前に本気で考え込むが、
「さっきから……どうかしたの? 変よ、ジョーったら」
 不思議そうに聞かれると、何と返事していいのかわからない。ぶんぶんぶんぶんと頭を横に振って、
「あの、キミがとても……じゃない、あ、でもキミもだけど、えっと、その、シャボン玉も………とても綺麗だったから」
 ごにょごにょとあらぬことを口走りながら、それでも『彼なりに』さりげなさを『可能な限り』装い、ゆっくりと、慎重かつ控えめに、そしてうやうやしく、シャボンの筒に唇を寄せた。

 一方、のほほんと七色の玉を大量生産しながら、そんな二人を眺めてにこにこ微笑むコズミが、ジョーとフランソワーズ両方の耳が真っ赤になっていることに気付いていたかどうかは、定かではない。


+あとがき
後々のジョーが「そう思っていた時期が僕にもありました」なんて言っちゃいそうな(やめなさい)、初々しさ大爆発なストーリーにしてみました。
島村さん初登場なのに情けなさ全開で申し訳ないです。
とてもじゃないけど元不良とは思えません。教会育ちの平成版かしら?
メンバー全員に何かしら出歯亀させてやろうか、と本気で思っていたり、最初の間接キスの『媒体物』を歯ブラシにしてやろうかと考えていたりしたのは、内緒の話ですよ。
タイトルは古いミュージカル映画より。