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「メリークリスマス、ヒルダ」
 ベルリンの小さな場末のレストランで、二人はワイングラスを傾ける。
「たまにはビール以外も悪くない」
「メリークリスマス、アルベルト。あら、それは何かしら?」
「これか? 最小にして、最大のプレゼントだ」
 細い指と、節くれ立った指が、触れあった。ふと、男の顔に疑問が浮かぶ。
(俺の指は、こんな風だっただろうか)
次の瞬間、ゆっくりと彼の視界が暗転していく。
「………夢か」
 朝になると自動的に人工照明が点灯される殺風景な部屋で、彼は寝台から起きあがる。アームマシンガンに改造され銀色に鈍く光る右手の指を眺めて、息を吐き出した。
「左手は、まだ生身だがな………」
 喉が乾く。いつものように立ち上がって、食事差し出し口の方へ目をやった彼が、思わずそこにあったものを見て息を呑んだ。

 クリスマスの朝だというのに、妙に慌ただしい。昨日の閑散さが嘘のように、廊下を人が行き来している。
「倉庫のドアがこじ開けられた?」
「警備室の鍵も開けられていたらしいぜ。オート警備が一晩中止まってたんだ」
「アイツ等の仕業じゃないのか? あのサイボーグ連中の」
「あいつら、部屋から出た形跡がないんだよ。ギルモア博士がオートキーを厳重に管理してるはずだ」
「じゃあ誰の仕業なんだよ。そもそも、あんなところを荒らして何があるんだ。で、何が盗られたんだ?」
「それが、わからないらしい。誰も使ってない場所だしな……」
 強化された聴覚に、そんな会話が響く。窓一つない小さく殺風景な部屋の、これまた殺風景な寝台から起きあがったフランソワーズが、ふとドアの食事差し出し口を見て、思わず目を丸くする。そこには、朝日を反射して鈍く光る何かが、そっと置かれていた。
(あれは………)
 起きあがって、それを手に取ってみて彼女は思わず声を上げた。
「兄さん………」
 それは誘拐される前に兄から贈られた、大切な時計だった。

「今日が、誕生日?」
 いつものように集まったメディカルルームで、フランソワーズが時計を握りしめたまま目を丸くする。
「じゃあ、あなたも……もしかして、何か貰った?」
 愛おしそうに時計を握りしめている彼女を見下ろして、肯定とも否定とも受け取れる笑みを浮かべ、ジェロニモは言う。
「来年は、もっと皆、ゆっくり祝いたい」
「え、あ、そうね……」
 アルベルトが目を細め、そんな大男を見上げて呟いた。
「成る程」
 厭世的だが頭の切れる壮年の男の、物言いたげな視線が突き刺さる。
「………」
「誕生日やクリスマスっていうのはな、当事者が祝われるためにあるんだ。少なくとも俺の習慣ではそうだ」
 機械の手の中に、閉じこめたはずの思い出を握りしめた男が、なおも口を開こうとした時、いつもならば朝一番には起きてこないはずのジェットが顔を出す。 
「結局オレのところには、今年も何もなかったけどな。来年はオレにもよこせよ」
 そんなことを言いながら、あくび混じりにジェロニモの背中を叩く彼の髪の先に、微かに埃がついている。倉庫を荒らして中から「プレゼント」を持ち出してきたのは、この二人だろうか。そこに、ドアがノックされる。いつになく眠そうな博士が、これまたあくびを噛み殺しながら入ってきた。
「メリークリスマス、諸君。昨夜は良く眠れたかね?」
 やってきたフランソワーズが、金時計を手に博士に聞いた。
「ギルモア博士、これは、もしかして………」
 博士がその時計を見て、複雑な、だが穏やかな笑みを微かに目元に浮かべて言った。
「おや、良い時計じゃな。ねじを巻けばまた使えるだろうて」