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アフリカにおける近年最悪の飢餓
情報発信日 2002年06月10日

アンゴラで飢餓が起こっています。この数ヶ月間で次々と明らかになったその実態は、過去10年間にアフリカで発生した飢餓の中でも最悪の部類にかぞえられるものと見られています。

●異常に高い栄養失調率、死亡率

MSFがこれまでに行った調査の結果は一様に、緊急と呼べる域をはるかに超える異常な状況が「空白地帯」に蔓延していることを示しています。ウィラ州ガラングエでは、5月の2週間で31人が命を落としていることが分かりました。5歳以下の子どもの40%以上が栄養失調であり、健康ならば20kgはなければならない体重が6kgしかない子どももいます。開発途上国の粗死亡率は人口1万人に対し1日平均約0.7人です。しかしウィラ州シピンドでは4.5人、5歳以下の子どもでは6.1人、フアンボ州シレンボでは5〜10人という結果が出ました。今わかっている状況は氷山の一角にすぎません。人口50万人と推定される「空白地帯」の中には、橋や道路の破壊、地雷のためにいまだに接近できない地域が多く残っており、そこでは更に深刻な事態が予想されます。

MSFは4月の停戦以降、7州で調査を実施し、現在までに12の栄養補給センターを新設しました。また既設の11センターの拡充や、地域搬送システムの確立を急ピッチで進め、各地で栄養プログラムを実施し、対策を進めています。しかしこの広範な飢餓に対し、国際社会全体が迅速かつ大規模な行動を取らなければ、更に何十万もの人々が死に追いやられてしまいます。

●飢餓の背景 −なぜ今アンゴラで飢餓が起こるのか

1975年から断続的に続いていた内戦は、今年に入り反政府勢力UNITA指導者の死により和平交渉が進展、4月4日に停戦協定が結ばれついに終結に至りました。しかし1998年の戦闘激化以来、その国土の約90%は交通が完全に遮断され国連やNGOによる人道援助の手が一切届かない「空白地帯」となり、その中では政府軍とUNITA軍の住民を巻き込んだ戦闘が行われてきました。3年ぶりにこの「空白地帯」への接近が可能になり、調査に入った国境なき医師団(MSF)の医師たちが目にしたものは、孤立した住民の凄惨な状況でした。

この食糧危機の根は、紛争当事者双方の非人道的な戦略にあります。戦闘地域の住民は森の中に強制移住させられ、その間に作物や家財を略奪されました。さらに労働資源として戦場に駆り出され、男性は前線に立つことを、女性は荷物運びや兵士の世話などを強要されました。自給のための農耕は不可能となり食糧が欠乏する中、外部からの援助がまったく入れなかったことで飢餓が進行したと考えられます。先日、南部アフリカにおける食糧危機の可能性がWFPなどの国連機関により指摘されましたが、今回のアンゴラの飢餓は、これとはまったく異なる文脈で捉えられなければなりません。この悲劇は、国際人道法を無視して援助団体の活動を阻んだ紛争当事者による人災以外の何者でもありません。

●避難民の証言 −47歳男性 ブンジェイにて

「私は牧師だった。妻と8人の子どもがいたが先月4人死んでしまった。1月、町は武装集団から毎日のように襲撃を受けていたので森に逃げ込んだ。衣服などはすべて奪われ、私達は裸でいるしかなかった。1月末に着いたブンジェイでも毎日40〜50人もの人々が次々と死んでいた。数日後、2000人ほどの人々と共にUNITA軍によりビクンゴへ強制移住させられた。栄養失調で病気になった子ども達をクイトの病院へ連れていきたかったが、UNITA兵が町を出ることを許可しなかった。一度逃げようとしたが息子は兵士に頭や胸をなたで殴られた。その後は脱出を試みることさえできなかった。 町は病人であふれており、日に8〜10人が飢えで亡くなった。食べ物はキャッサバとさつまいもの葉しかない。しばらくしてブンジェイでは子どもを治療してもらえると知り、戻ることを決意したが、多くの人は衰弱して歩くこともできず、体力の残っている者だけが出発した。その頃には路上から兵士の姿も消え、襲撃もなかった。子どもを含む13人で森の中で野宿しながら4日間歩き続けた。結局息子はブンジェイにたどり着く前に息を引き取った。」


その2こっっ今日なき医師団の画像云々


WFP発表の2001ハンガーマップ

http://www.wfp.or.jp/pr/archive/2001010801.html
アンゴラ - 暴力の支配する国での不安定な食糧事情は、政情不安が高まり、目前の作付け時期に影響があればさらに悪化する。WFPは資金不足から支援対象を150万人から100万人へと30パーセント削減した。ドナーからのより多くの資金供与がなされなければ2001年にはさらなる支援削減を余儀なくされる。

国境なき医師団2002年報告書っぽいやつ


大見出し


 ■名称 アンゴラ共和国 Republic of Angola

 ■面積 124万6700平方キロメートル(日本の約3.3倍)

 ■位置 南西アフリカに位置し、北と北東はコンゴ共和国、南西はザンビア、南はナミビアとそれぞれ国境を接し、西は大西洋に面す。

  国境 5198キロメートル
  内訳 コンゴ人民共和国間 2511キロメートル
    コンゴ共和国間国  201キロメートル
    ナミビア間     1376キロメートル
    ザンビア間     1100キロメートル

  海岸線 1600キロメートル(南太平洋)

 ■首都 ルアンダ Luanda 

 ■人口 1200万人(2000年推定)

 ■人種構成 
    オビンブンドウ人Ovimbundu 37%
    キンブンドゥ人Kimbundu 25%
    バコンゴ人Bakongo 13%
    メスティーソmestico 2%
    西欧人 1%
    他 22% 

 ■言語 公用語 ポルトガル語
   その他、60以上のバンツー語系言語
          ウンブンドゥ語Umbundu
          キンブンドゥ語Kimbundu
          キコンゴ語Kikongo
          チョクエ語Tchokwe
          オバンド語Ovambo

 ■宗教 伝統宗教47% ローマカトリック38%、プロテスタント15%

 ■気候 北部 熱帯
      南部 亜熱帯

 ■通貨 1977年までAE(アンゴラ・スクエード)
      1977年からKwanza クワンザ(Kzr)

 ■貿易額 輸出 86億ドル(2002年推定)
        輸入 41億ドル(2002年推定)

      主要輸出品目 
        石油、ダイアモンド、ガス、サイザル麻、魚、木材、綿
      主要輸出相手国  
        米国41.2%、中国13.7%、フランス8%、ベルギー6.3%、
        台湾6.3%、日本4.9%、スペイン4.3%(2002年)

      主要輸入品目 資本財、食糧、医薬品
      主要輸入相手国 
        ポルトガル20.2%、米国13.9%、南アフリカ12.4%、
        フランス6.7%、ブラジル5.8%、ベルギー5.3%、
        オランダ4% (2002年)

 ■公休日 独立記念日11月11日

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